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第六話 揺らめきの行方

Act.2-02

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「――俺、傷付けちまったかもしれねえ……」
 酔った勢いだとばかりに、朋也は重くなっていた口を開いた。
 宏樹はコップの中のビールを空にし、まさに冷や酒に手を伸ばそうとしていたところだった。
「傷付けた?」
 宏樹は怪訝そうに首を傾げていたが、すぐに、「もしかして」と言葉を紡いだ。
「傷付けたかもしれない相手って、紫織の友達か?」
「――うん……」
 察しが良い、というより、先日の電話で朋也は『紫織の友達絡み』だと言っていたのだ。いちいち驚きはしない。むしろ、宏樹から切り出してくれたことに心のどこかで安堵している。
「どう傷付けたかもしれないんだ?」
 そう訊ねてくる宏樹からは、好奇心は微塵も感じられない。本当に、悩みを抱えた弟を気遣う兄そのものだ。いや、たとえ好奇心丸出しだったとしても、朋也は宏樹を頼りたい気持ちが強かった。十歳離れた人生経験豊富な兄貴が、人間としてまだまだ未熟な自分をどう諭してくれるだろうか、と。
「俺、女の気持ちってよく分かんねえし……」
「まあ、お前は男だからなあ。俺も男だし、女性の気持ちはそんなに分からんよ」
「けど、俺よりは分かってんじゃねえの、兄貴の方が?」
「どうだかねえ」
 宏樹はフンと鼻を鳴らした。朋也を馬鹿にしている、というより、自らを嘲っているように映った。
「俺こそ、『女心を全然分かってない!』って散々叱られたぞ? まあ、分かろうともしなかったってのがほんとのトコなんだけどな。色々すったもんだあって、気付いたら大切なものを失って……。けど、俺の中にぽっかり空いた穴を埋めてくれる存在がすぐ側にいたことにも気付けた」
「それって紫織のこと?」
「まあな」
 素っ気なく答え、宏樹は今度こそ冷や酒に手を伸ばして口に含む。明らかに照れ隠しだ。
「ああ、俺の話はどうでもいい。さっきも言っただろ? 今日はお前の相談がメインだ」
 宏樹が真っ直ぐな視線を朋也に注いでくる。アルコールが入っていい感じになっているとはいえ、やはり、あんまりジッと見つめられるのも正直なところ困る。
「――急に、『帰る』って走り出してしまった……」
「ん? 話が全然見えねえけど……?」
 朋也は意を決して、涼香と飲みに出かけた時のことを話した。
 宏樹は時おり酒をちびちび飲んでは、小さく頷く仕草を見せる。
「つまりあれか、朋也に積極的にアピールしてきた同僚のことを話したら、紫織の友達の態度が急変した、と?」
「まあ、そうなるの、かな……?」
 一気に話して、急激に喉の渇きを覚えた。朋也はコップのビールを飲みきり、瓶に残っていたそれも全部コップに注いで一気に呷ってしまった。
 宏樹がすかさず、従業員を掴まえてビールの追加を頼む。
「しっかしまあ、お前も罪な男だねえ」
 それまで真剣に朋也の話に耳を傾けていた宏樹が、茶化すような言い回しをしてきた。
 酔っ払っていても、朋也はそれを聞き流さなかった。眉をひそめながら宏樹を睨む。
「どういう意味だよ、それ?」
「お前、本気で気付いてないの?」
「は? 気付くとか気付かないとか意味分かんねえし?」
「やれやれ……」
 溜め息を吐きながら首を何度も横に振っている。
「確かに、紫織が聴いたら朋也に掴みかからん勢いで怒ってたな」
「――それは、何となくそんな気がしてた……」
「そこまで分かってて紫織の友達の気持ちは分からんのか、我が弟は?」
「ふざけんなよ」
「ふざけてないぞ? 俺は率直に思ったことを言ったまでだ」
 宏樹が胸の前で両腕を組み、踏ん反り返ったところへ追加のビールが運ばれてきた。
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