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Case144.小さな手の向かう先③
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「瑠璃さんとお話をさせて頂きたいのですが。」
「・・・警察の方も一緒に?」
「もちろんです。私は警察ではありませんから、許可なく1人で聞き込みはできません。」
「分かりました。」
男がすっと立ち上がり、部屋から出て行った。海里は瑠璃の前にあるソファに腰掛け、優しく微笑む。
「初めまして、渋谷瑠璃さん。江本海里と申します。」
「・・・初めまして、江本さん。聞きたいことって、紗凪のこと?」
丁寧な挨拶を終え、瑠璃は尋ねた。海里は頷く。
「はい。誘拐されたことはご存知ですか?」
「うん。坂藤さんが父様に話したって聞いた。」
瑠璃は抑揚のない声でそう答えた。海里は、快斗が話した姿と随分違うと感じ、内心首を傾げる。
「紗凪さんが狙われる理由に心当たりは?」
「あの子本人にはないよ。でも、ご両親が会社経営をしているし、恨み嫉みはあると思う。まあそうなった場合、ご両親のせいになるかもしれないけど。」
「・・・賢いですね。」
「ありがとうございます。」
沈黙が流れ、海里は話題を変えることにした。軽く咳払いをし、瑠璃に向き直る。
「眼鏡の女性はお母さまですか?」
「ううん、あの人は家庭教師。お母さんは海外赴任中。」
「お忙しいんですね。」
「キャビンアテンダントだから。ほぼ毎日飛び回ってる。」
「お父様は社長で、お母様はキャビンアテンダント・・・。忙しいご家庭なんですね。」
「まあね。でも、紗凪と一緒にいると楽しいから、寂しさなんて吹き飛んじゃうの。あの子は私を明るいと言うけれど、私にとってはあの子の大人しさが明るく見える。なんて言うのかな・・・“家”ってものに、囚われてない感じがする。」
瑠璃は苦笑いを浮かべた。海里は彼女の服装や肌、髪を見てわずかに眉を顰める。
「勉強に熱心なのは良いと思いますが、無理はしない方がいいのではありませんか?他人の私が言うのもなんですが・・・。」
「ふふっ、そうだね。私も、できることならもう少し楽したい・・・。まあ、そんなこと許してくれないんだけどね。」
(何だ・・?この少女の暗さと似たようなものを、私は知っている気がする。当然、この少女出会ったのは今日が初めてだ。でも、これと似た感情を、どこかで・・・?)
その時、海里の脳裏に小夜の顔が浮かんだ。
(そうだ。この少女は、両親と叔父に虐げられていた頃の小夜さんと同じ瞳をしている。全てを諦め、思考を停止して・・・。友人を希望としているのも、小夜さんと同じ・・・・。)
「あの・・・何か?」
瑠璃が不思議そうに海里の顔を見た。海里は作り笑いを浮かべる。
「・・・・いいえ、何でもありません。瑠璃さんは、紗凪さんの誘拐についてはお父様から聞いたことしか知りませんか?」
「うん。」
「そうですか・・・。では、お父様を呼んできてくれませんか?お話を伺いたいので。」
「分かった。」
瑠璃と入れ替わりに、彼女の父親・渋谷一紀が部屋に来た。彼は不快そうな顔をしながら椅子に腰掛ける。
「特にお話しすることはありませんが。」
「いいえ、紗凪さんのことではなく、坂藤グループのことを教えて頂きたいんです。内と外で考えが違うこともあり得ますから。」
「・・・・容疑者の1人、ということですかな?」
「そういうわけではありません。誘拐犯は犯人の特定が難しいですし、私は聞き込みをしているだけです。深くお考えにならず、思うままに答えて頂ければ。」
一紀は頷くと、軽く息を吐いて口を開いた。
「別に悪い会社じゃないさ。問題もなく、普通に事業が回る・・・。だが、社員の質があまり高くない。小さな生産でも時間がかかることが難点だった。社長はお金にうるさいところがあって、給料も出し惜しみしているから、そこら辺で恨みを買う可能性はある。」
「しかし有名な会社なのでしょう?普通の会社より給料は高いですよね?」
「ああ。だが、期待が高かった分、期待より少ないーーーーそういう場合があると聞く。」
「何とも面倒な話ですね。」
「君は正直者だな。」
海里は苦笑した。一紀は続ける。
「しかし、表立って恨まれる理由は思い浮かばないな。社長が起業する前のことなら私たちも把握できないし・・・。」
「起業・・・ということは、信義さんがご自身で立ち上げられた会社で、ご両親から受け継いだわけではないのですね?」
「そうだ。社長は人柄が良いから、人もよく集まるのさ。」
「・・・・その人の良い信義さんが、警察を信用されない理由はご存知ですか?」
海里の質問に、一紀は一瞬表情を固くした。が、すぐに真顔になり、首を横に振った。
「知らないな。人を恨むという感情が社長にあるとも思わなかったよ。」
「・・・そうですか。ありがとうございました。」
※
「というような結果で、あまり情報は得られませんでした。」
「そうか。だが、坂藤さんが警察を嫌う理由・・・渋谷さんは知ってるな。」
「はい。ただ、事件と無関係だと思いましたので、それ以上は聞いていません。」
「まあ、それでいいだろ。無理に詮索する気はない。」
龍の言葉に海里は頷いた。すると、アサヒが居間から顔を出し、言った。
「レコーダーの音声解析終わったわ。犯人、携帯からかけてたみたいよ。」
そう言いながらアサヒは電話番号が書かれた手紙を差し出した。
「場所は分かったんですか?玲央さんたちが調査中ですよね?」
「生憎、まだだ。“城”というのがどうしても分からない。」
「もう1回番号にかければ?出るかもしれないわよ。」
アサヒの助言のもと、龍は犯人の携帯に電話をかけたが、やはり出なかった。
「コールはしてますね。犯人は携帯を手放していない・・・そうでなくとも、壊したりはしていないということですか。」
「ああ。声紋認証はできそうか?」
「ここじゃ無理ね。戻ってやらなきゃ。送って頂戴。」
龍とアサヒが警視庁に戻っていくと、海里は客間で調査をしている玲央の元へ向かった。
「あ、お帰り。何か有力な情報はあった?」
「残念ながらありませんでした。玲央さんはどうです?」
「全然ダメ。いっそ片っ端から城を当たろうという話にもなったんだけど、警察が配備されていることを知ったら下手な行動をされるかもしれない。最悪の場合もあるから、場所はきちんと特定しないと。」
海里はふと時計に目をやった。その途端、彼ははっとし、玲央を見る。
「すみません、これから編集者さんと打ち合わせなんです。今日はこれで失礼します。」
「うん。また明日ね。」
海里は急足で坂藤家を飛び出し、編集社のビルへ駆けていった。
「遅れました!すみません!」
「大丈夫、大丈夫。」
編集者は人のいい笑みを浮かべながら、読んでいた本を閉じた。海里は本を一瞥する。
「その本は・・?」
「ん?これ?ミステリー小説だよ。」
編集者が表紙を見せた。カバーが色落ちし、角の方はゴワゴワしている。
「どんな内容なんですか?少し古い本とか・・・?」
「うん。江本君が生まれる少し前くらいに出された本だよ。ストーリーは・・・ある名門家の令嬢が誘拐されて、探偵と警察が犯人を追うっていう、比較的シンプルなもの。」
海里は目を見開いた。今の自分たちの状況と、全く同じに思えたのだ。
「身代金が発生するんだけど、犯人が伝えた場所が“城の前”って不思議な話でね。探偵たちも苦戦してーーーー・・・江本君?」
海里は自分の鼓動が速くなっているのが分かった。打ち合わせのことも忘れて、必死の顔で叫ぶ。
「・・・・教えてください。その本のこと、もっと詳しく教えてください!」
「・・・警察の方も一緒に?」
「もちろんです。私は警察ではありませんから、許可なく1人で聞き込みはできません。」
「分かりました。」
男がすっと立ち上がり、部屋から出て行った。海里は瑠璃の前にあるソファに腰掛け、優しく微笑む。
「初めまして、渋谷瑠璃さん。江本海里と申します。」
「・・・初めまして、江本さん。聞きたいことって、紗凪のこと?」
丁寧な挨拶を終え、瑠璃は尋ねた。海里は頷く。
「はい。誘拐されたことはご存知ですか?」
「うん。坂藤さんが父様に話したって聞いた。」
瑠璃は抑揚のない声でそう答えた。海里は、快斗が話した姿と随分違うと感じ、内心首を傾げる。
「紗凪さんが狙われる理由に心当たりは?」
「あの子本人にはないよ。でも、ご両親が会社経営をしているし、恨み嫉みはあると思う。まあそうなった場合、ご両親のせいになるかもしれないけど。」
「・・・賢いですね。」
「ありがとうございます。」
沈黙が流れ、海里は話題を変えることにした。軽く咳払いをし、瑠璃に向き直る。
「眼鏡の女性はお母さまですか?」
「ううん、あの人は家庭教師。お母さんは海外赴任中。」
「お忙しいんですね。」
「キャビンアテンダントだから。ほぼ毎日飛び回ってる。」
「お父様は社長で、お母様はキャビンアテンダント・・・。忙しいご家庭なんですね。」
「まあね。でも、紗凪と一緒にいると楽しいから、寂しさなんて吹き飛んじゃうの。あの子は私を明るいと言うけれど、私にとってはあの子の大人しさが明るく見える。なんて言うのかな・・・“家”ってものに、囚われてない感じがする。」
瑠璃は苦笑いを浮かべた。海里は彼女の服装や肌、髪を見てわずかに眉を顰める。
「勉強に熱心なのは良いと思いますが、無理はしない方がいいのではありませんか?他人の私が言うのもなんですが・・・。」
「ふふっ、そうだね。私も、できることならもう少し楽したい・・・。まあ、そんなこと許してくれないんだけどね。」
(何だ・・?この少女の暗さと似たようなものを、私は知っている気がする。当然、この少女出会ったのは今日が初めてだ。でも、これと似た感情を、どこかで・・・?)
その時、海里の脳裏に小夜の顔が浮かんだ。
(そうだ。この少女は、両親と叔父に虐げられていた頃の小夜さんと同じ瞳をしている。全てを諦め、思考を停止して・・・。友人を希望としているのも、小夜さんと同じ・・・・。)
「あの・・・何か?」
瑠璃が不思議そうに海里の顔を見た。海里は作り笑いを浮かべる。
「・・・・いいえ、何でもありません。瑠璃さんは、紗凪さんの誘拐についてはお父様から聞いたことしか知りませんか?」
「うん。」
「そうですか・・・。では、お父様を呼んできてくれませんか?お話を伺いたいので。」
「分かった。」
瑠璃と入れ替わりに、彼女の父親・渋谷一紀が部屋に来た。彼は不快そうな顔をしながら椅子に腰掛ける。
「特にお話しすることはありませんが。」
「いいえ、紗凪さんのことではなく、坂藤グループのことを教えて頂きたいんです。内と外で考えが違うこともあり得ますから。」
「・・・・容疑者の1人、ということですかな?」
「そういうわけではありません。誘拐犯は犯人の特定が難しいですし、私は聞き込みをしているだけです。深くお考えにならず、思うままに答えて頂ければ。」
一紀は頷くと、軽く息を吐いて口を開いた。
「別に悪い会社じゃないさ。問題もなく、普通に事業が回る・・・。だが、社員の質があまり高くない。小さな生産でも時間がかかることが難点だった。社長はお金にうるさいところがあって、給料も出し惜しみしているから、そこら辺で恨みを買う可能性はある。」
「しかし有名な会社なのでしょう?普通の会社より給料は高いですよね?」
「ああ。だが、期待が高かった分、期待より少ないーーーーそういう場合があると聞く。」
「何とも面倒な話ですね。」
「君は正直者だな。」
海里は苦笑した。一紀は続ける。
「しかし、表立って恨まれる理由は思い浮かばないな。社長が起業する前のことなら私たちも把握できないし・・・。」
「起業・・・ということは、信義さんがご自身で立ち上げられた会社で、ご両親から受け継いだわけではないのですね?」
「そうだ。社長は人柄が良いから、人もよく集まるのさ。」
「・・・・その人の良い信義さんが、警察を信用されない理由はご存知ですか?」
海里の質問に、一紀は一瞬表情を固くした。が、すぐに真顔になり、首を横に振った。
「知らないな。人を恨むという感情が社長にあるとも思わなかったよ。」
「・・・そうですか。ありがとうございました。」
※
「というような結果で、あまり情報は得られませんでした。」
「そうか。だが、坂藤さんが警察を嫌う理由・・・渋谷さんは知ってるな。」
「はい。ただ、事件と無関係だと思いましたので、それ以上は聞いていません。」
「まあ、それでいいだろ。無理に詮索する気はない。」
龍の言葉に海里は頷いた。すると、アサヒが居間から顔を出し、言った。
「レコーダーの音声解析終わったわ。犯人、携帯からかけてたみたいよ。」
そう言いながらアサヒは電話番号が書かれた手紙を差し出した。
「場所は分かったんですか?玲央さんたちが調査中ですよね?」
「生憎、まだだ。“城”というのがどうしても分からない。」
「もう1回番号にかければ?出るかもしれないわよ。」
アサヒの助言のもと、龍は犯人の携帯に電話をかけたが、やはり出なかった。
「コールはしてますね。犯人は携帯を手放していない・・・そうでなくとも、壊したりはしていないということですか。」
「ああ。声紋認証はできそうか?」
「ここじゃ無理ね。戻ってやらなきゃ。送って頂戴。」
龍とアサヒが警視庁に戻っていくと、海里は客間で調査をしている玲央の元へ向かった。
「あ、お帰り。何か有力な情報はあった?」
「残念ながらありませんでした。玲央さんはどうです?」
「全然ダメ。いっそ片っ端から城を当たろうという話にもなったんだけど、警察が配備されていることを知ったら下手な行動をされるかもしれない。最悪の場合もあるから、場所はきちんと特定しないと。」
海里はふと時計に目をやった。その途端、彼ははっとし、玲央を見る。
「すみません、これから編集者さんと打ち合わせなんです。今日はこれで失礼します。」
「うん。また明日ね。」
海里は急足で坂藤家を飛び出し、編集社のビルへ駆けていった。
「遅れました!すみません!」
「大丈夫、大丈夫。」
編集者は人のいい笑みを浮かべながら、読んでいた本を閉じた。海里は本を一瞥する。
「その本は・・?」
「ん?これ?ミステリー小説だよ。」
編集者が表紙を見せた。カバーが色落ちし、角の方はゴワゴワしている。
「どんな内容なんですか?少し古い本とか・・・?」
「うん。江本君が生まれる少し前くらいに出された本だよ。ストーリーは・・・ある名門家の令嬢が誘拐されて、探偵と警察が犯人を追うっていう、比較的シンプルなもの。」
海里は目を見開いた。今の自分たちの状況と、全く同じに思えたのだ。
「身代金が発生するんだけど、犯人が伝えた場所が“城の前”って不思議な話でね。探偵たちも苦戦してーーーー・・・江本君?」
海里は自分の鼓動が速くなっているのが分かった。打ち合わせのことも忘れて、必死の顔で叫ぶ。
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