小説探偵

夕凪ヨウ

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Case143.小さな手の向かう先②

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「坂藤グループ?ああ、あの手広く会社経営している富豪ね。聞いたことあるわ。」

 アサヒは肘をつき、パソコンの画面と睨み合いをしながらそう言った。

「まあ、大きい会社の割には黒い噂がない珍しい所よ。そこのお嬢さんが攫われたとなれば、恨み?」
「可能性としては高いだろうな。だが犯人からの電話や脅迫はなく、目撃者もいない。後を尾けていたなんて話もなかった。」
「また面倒くさい案件拾ってきたのね。あなた呪われてるんじゃないの?」

 アサヒのからかいに龍は溜息をついた。

「それは江本に言ってくれ。偶然とはいえ、被害者の兄と出くわすなんておかしいだろ。」
「それは言えてるわね。で?あなたの持ってきたその“靴”・・そのお嬢さんが履いてたものなの?」
「そうらしい。」

 龍はそう言いながらジップロックに入れた靴を差し出した。アサヒはそれを受け取り、じっと見つめる。

「どこに落ちてたの?」
「坂藤家の近くの植え込みだ。と言っても表通りじゃない。人目につきにくい場所さ。」
「植え込みか・・・。新品そうなのに汚れているところを見ると、拐われた時に抵抗したのね。犯人も騒がれて、靴を拾う暇はなかったってとこかしら。」
「多分な。で、植え込みの側の道路に砂が落ちてた。靴の裏を見ても砂はなかったし、植え込みの土とも色が違った。」
「タイヤの跡があったのね。」

 龍は頷いた。アサヒは息を吐く。

「正直、これだけじゃ鑑識としての仕事はできないわ。他に所持品とか落ちてなかった?」
「兄貴が行ったが無しだと。」
「じゃあ無いわね。となると・・・家の帰り道で傍に停まっていた、もしくは停まった車に乗っていた犯人に誘拐されそうになり抵抗した。でも大の大人に小学生が敵うはずもなく連れ去られた。
 その時、悲鳴を上げていないにせよ、誰かに見られた可能性があると思った犯人は、急いでいたあまり、靴を残して逃亡した。」
「大方そんなところだろう。よくある誘拐事件のパターンと同じだ。違うのは、身代金等の犯人からの連絡がなく、居場所の特定が困難ってことだ。」

 龍の言葉に、アサヒは同意を示した。すると、扉が開き、玲央が入ってきた。スーツに少し土埃が付いており、汗を掻いている。

「坂藤家にいた江本君から、犯人からの電話がかかってきたという連絡が入った。一旦戻る。」
「分かった。アサヒ、同行してくれ。」
「はいはい。」

 3人はすぐに坂藤家へ戻り、家の電話がある居間へ向かった。

「録音は?」
「できました。どうぞ。」

 海里が差し出したレコーダーをアサヒが受け取り、再生した。それは電話が鳴る音から始まり、以下のようなものであった。



『坂藤信義だな?』
『お前、何者だ⁉︎』
『お前の娘を誘拐した人間だ。返して欲しければ、明後日の夜20時に“城の前”に来い。』
『城の前?何のことだ?』
『じゃあな。』
『おい、待て!』



 そこで電話は終わっていた。龍たちは怪訝な顔をする。

「これだけなの?」
「はい。金銭の要求はなく、“城の前”に来い・・それだけなんです。不思議に思いましたが、犯人もそれしか言わなくて。」
「意味が分からない。金銭目的の誘拐じゃないのか?」
「要求がないのでしたら、そういうことでしょう。ただ“城の前”の意味が分からない。考えられる線としては、有名なお城かと思ったんですが・・・それだと言葉の意味を通すのが難しいんです。」

 海里たちは首を傾げた。アサヒはとにかく、と言いレコーダーをポケットに入れる。

「解析はしてみるわ。あと、電話番号を逆探知して犯人の携帯あるいはかけた場所を探る。1人で電話をかけるとしても、紗凪さんが逃げ出さないようにそう遠くにはいかないはず。」
「そうだね。始めようか。」

 龍たちが動き出すと海里は再び坂藤家の3人と話を始めた。誘拐された紗凪の性格や交友関係を聞き、両親と快斗の人間関係も聞き込みをした。

「紗凪さんご本人に問題があるわけではないようですね。」
「紗凪は優しい子ですもの。喧嘩なんてしないし、友人も多かった。」
「・・・しかし、友人が同じことを思っているとは限りません。人の感情を一方的に決めつければ危険に巻き込まれる時がある。紗凪さんのご友人についてもう少し詳しく知りませんか?」
「快斗、知ってるか?」

 父親に聞かれ、快斗は首を傾げた。

「うーん・・・確か、1番仲が良いのが“渋谷瑠璃”っていう子らしい。」
「渋谷・・・ああ、坂藤グループの重役を務める家だ。娘がいると聞いていたが、恐らくその子だな。」
「どんな子か分かりますか?快斗さん。」

 快斗は腕を組み、シャンデリアがかかった天井を見つめた。

「えーっと・・・よく喋って、明るくて、文武両道って言ってた。両親の跡を継ぐために頑張ってるんだって本人から聞いたらしいよ。」
「なるほど・・・。その渋谷さんご一家と喧嘩になったことなどは?」
「無いな。不満のある仕事を押し付けた記憶も・・・。」
「・・・・その渋谷さんの家は分かりますか?」

 信義たちがギョッとした。海里は落ち着いて続ける。

「私1人では行きません。私はあくまで警察からの要請で動く身ですし、警察の立場にいない私では勝手な聞き込みはできない。」
「しかし・・・もし関係なかったら?」
「誠心誠意、謝ります。常識は身に付けているつもりですし、そういったことを不快に思われる方が多いのも事実です。ですから、問題はありません。」

 海里はちらりと龍に視線を移した。龍は玲央と目を合わせ、軽く頷く。

「部下をつけるから行ってくれ。何かあったら責任は俺たちが取るから心配するな。」
「分かりました。」

 海里は渋谷家の住所を聞き、2人の部下と共に家へ向かった。距離はそう遠くはなく、歩いて10分程度であった。
 部下が頷くと、海里はインターホンを鳴らした。

『どなたですか?』

 刺々しい女性の声が聞こえた。部下が一歩前に進み出て口を開く。

「警視庁の者です。少しお聞きしたいことがありまして、よろしいですか?」
『・・・少しお待ちください。』

 走り去っていく音が聞こえると同時にインターホンが切れた。少しすると、立派な扉が開き、中から眼鏡をかけ、髪を団子に結んだ女性が現れた。

「どうぞ。・・・そちらの方は?」
「江本海里と申します。警察の協力者です。」

 女性はわずかに頷くと、2人に中へ入るよう促した。2人は頭を下げながら家の中へ足を踏み入れる。

(すごいな・・・。坂藤さんといい、この家といい、舌を巻くほどの豪邸だ。でも、内部の作りは大体同じ・・・・。玄関の先に広間があって、左右に階段がある。当然家具の位置は違いますが、部屋の位置は同じ・・・。一気に作られたのか?)

 2人は客間に通された。そこには、立派な杖を持ち、深くソファーに腰掛ける男の姿があった。男の横には、快斗と同じくらいの年頃の少女がいる。恐らく、彼女が“瑠璃”だろう。

「ご用件は、坂藤社長の娘さんの件ですかな?」
「はい。何かご存知ありませんか?娘の瑠璃さんは、紗凪さんと仲が良かったと。」
「仲が良いというより、上司の娘として敬意を払っていただけです。そうだろう?瑠璃。」
「・・・・はい、父様。」

 やけに暗い顔で頷く少女の顔を、海里は不審げに見つめていた。
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