小説探偵

夕凪ヨウ

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Case141.進学校に潜む影⑤

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「急に俺を呼び出して何の用です?」

 松井の前には海里と神道兄弟、アサヒの4人がいた。

「・・・・あなたが1番分かっているはずですよ、松井先生。」

 海里は真っ直ぐに松井を見つめ、言った。松井は呆れたように溜息をつく。

「あくまではぐらかすのでしたらそれで構いません。こちらで全て説明させて頂きます。」
「どうぞ、ご自由に。」

 挑戦的な松井の態度を海里は特に気にかけず、言葉を続けた。

「まず・・・先日起こった蛍光灯と窓ガラスが割れたあの一件・・あれは人為的な物ではありません。あれは呪いです。」
「呪い?冗談でしょう。探偵であるあなたが、そんな非科学的なものを信じるのですか?」

 松井は苦笑した。海里は息を吐く。

「確かに・・・1度目撃しなければ信じませんね。私はそこらの専門ではないので深くは言いません。大和さん。先に説明してくださいませんか?」
「分かりました。」

 大和は頷き、一歩前に出た。白衣のポケットに手を入れ、何かを取り出す。

「これが何か分かりますか?」
「さあ?」

 大和が出したのは、人型に作られた木の板だった。真ん中には墨で人の名前らしきものが描かれている。

「偶人・・・この場合は、人に呪いをかけるためのものです。そして、真ん中には俊逸高校と書かれていた。つまり、この学校自体が呪われていたんです。同じ偶人が、学校の至る所から発見されました。」
「興味深い話ですね。それで?その板と俺と、何か関係が?」
「大いにあります。生徒の自殺未遂も食中毒も、全てはあなたの過去の罪から始まったんですから。」

 “罪”という言葉に、松井の眉が動いた。大和は圭介から資料を受け取り、海里に手渡す。海里は礼を言い、松井に向き直って口を開いた。

「20年前の8月31日、俊逸高校に通う1人の男子生徒が飛び降り自殺をしました。ここでは便宜上Kさんと呼びます。
 Kさんは、仲の良い両親と2つ年上の兄との4人家族。どこにでもいる、普通のご家族でした。彼の自殺を知ったご家族は、学校側でいじめがあったと思った・・・。まあ当然ですね。
 屋上には遺書が置いてあり、警察は自殺と断定した。ご両親とお兄さんは、遺書の件も含めて警察と学校に本格的な調査を依頼した・・・ここまではよろしいですか?」

 松井は軽く頷くだけだった。海里は気にせず淡々と説明をする。

「しかし、アンケートを取り、個人個人と話しても、彼が“生徒に”いじめられた形跡は見当たらない・・・。友人関係にも問題がなかった彼は、いじめられる理由がなかったんです。」
「理由がない?ではなぜ彼は自殺を・・・」
「話はまだ終わっていませんよ。」

 海里は強い口調で松井の言葉を遮った。彼は軽く舌打ちをする。

「Kさんは、確かに生徒からはいじめられていませんでした。しかし調査を展開しているうちに、“ある教師”との関係が悪かったことが発覚した。」

 海里はわざとらしく言葉を止め、ゆっくりとこう言った。

「あなたですよ、松井佑樹先生。あなたは当時・・・Kさんが所属する剣道部の顧問をされていましたよね?」
「・・・・ええ。それが何か?」
「あなたは、特別優秀な彼を陰でいじめていましたよね?殴る、蹴るなどの暴行及び罵声。竹刀による傷もあったんじゃないですか?」

 松井は鼻で笑った。大袈裟に両手を広げて肩をすくめる。

「俺がいじめ?馬鹿馬鹿しい。どこにそんな証拠がある?」
「ここにあるわよ。」

 アサヒはそう言いながらレコーダーを取り出し、再生ボタンを押した。


『松井佑樹・・・⁉︎あいつ、まだ教師をやってるのか⁉︎』
『おぞましい・・・!息子を殺しておきながら!』
『弟はあいつにいじめられていたんだ‼︎毎日体に傷を作っていたのに、俺は何も気づけなかった・・・。でも、あいつが何の罰も受けないなんて、納得できない!弟が死ぬ理由なんてなかった‼︎」


「これは私と圭介がKさんの遺族に聞き込みをした音声よ。十分証拠になるでしょう?加えて、一課に頼んで現在作成してもらっている過去の事件の資料もある。何だったら一緒に警視庁で確認でもする?」

 アサヒは挑戦的な笑みを浮かべた。やがて、松井が呟く。

「・・・・どうやって、遺族の場所を特定した。あの後、一家は引っ越したはずだ。」
「ええ。でも運の良いことに、Kさんの友人が昔引っ越し先を聞いていてね。そこから連絡して、話を聞いたの。ちょっと面倒だったけど、証拠は溢れるほど出て来たわ。」

 松井は歯軋りをした。海里が口を開く。

「あなたは20年前の事件の後、1度別の学校に行き、1年足らずで戻って来た。現在に至るまで体育教師及び剣道部顧問として活動・・・そしてその中で、多くの生徒に魔の手を向けた。」
「魔の手?何のこと・・・・」

 逃れようとする松井に、海里はすかさず言葉を続けた。

「気に入らない男子生徒には暴力を振るい、女子生徒へのセクハラをした。当然校長はご存知でしょう。
 しかし、彼らはあなたを罰せない。学校の評判だけではなく、あなたのご両親が手広く会社を経営する財閥の長だからです。あなたはそれを理解しており、ずっと同じことをやり続けてきた。被害が大きかったので、多くの生徒が同じような証言をしてくれましたよ。」
「どこからそんな情報を聞いた?」

 苛立つ松井に、海里は冷静に答えた。

「蓼沼君です。彼には学校に怪談が無いか聞きに行ってもらったのですが、生徒たちは怪談ではなくあなたからの被害を話し始めたそうですよ。彼も気付いていたのか、驚いた様子はありませんでした。」

 海里は息を吐いた。松井を睨みつけ、厳しい口調で言う。

「お分かりでしょう?自殺や自殺未遂をした生徒は、皆あなたに目をつけられた生徒。
 食中毒は、何もしない学校を恨み、学校を罰するための生徒の知恵。
 ガラスと蛍光灯が割れたのは、学校に対する恨みが爆発した生徒たちの叫び。
 そしてあなたの事故。あれもまた、呪いによって引き起こされた事件です。」

 驚く松井をよそに、海里は圭介に視線を移した。彼は頷き、スマートフォンの写真を見せる。そこには、偶人があった。

「あんたの車を調査した時、警察が見つけた物だ。何でもないと処分しかけたらしいが、間一髪で手に入れられたよ。見えにくいだろうが、この真ん中に書いてある文字はあんたの名前だ。これが、後部座席の椅子の下に貼り付けてあった。つまり、あんた個人も呪われていたのさ。助かったことに感謝するんだな。」

 圭介は明らかに怒っていた。松井は彼を睨みつける。

「・・・・誰だ?誰が俺を呪った⁉︎」
「筆跡鑑定の結果、あなたの偶人に名前を書いたのは蓼沼君だと分かりました。彼もまた、あなたを憎む1人だったんです。」

 沈黙が流れた。やがて、松井が拳を握りしめ、校舎の壁を叩いた。

「ガキの1人や2人いじめて、何が悪い⁉︎俺たちだってストレスが溜まる・・・しんどくなるんだよ!その腹いせに、ガキをいじめた・・・・それだけじゃないか!第一、ガキどもも頭がおかしいさ!呪いなんてくだらない方法で人を殺すなんてこと、できるわけない。」
「本当にそう思いますか?」

 大和は落ち着いた声で尋ねた。腕を組み、彼はゆっくりと続ける。

「実際、偶人のせいで多くの生徒・職員が怪我をしました。呪いは、確実に効果を発揮している。あなただって、一歩間違えれば死んでいました。それは事故にあったご自分が、1番分かっておられるでしょう。」
「だったらガキどもを罰しろ!呪いなど・・・許されない‼︎」

 松井の言葉に大和は頷き、答えた。

「確かに許されませんね。除霊師としては、降霊術も呪いもやって欲しくはない。関係のない者まで巻き込むから。
 しかし、“人を呪い殺してはいけない”という法律はない。当然、結果的に人が死ねば殺人です。ですが、刑法に存在しないのですから、罰は下せない。せいぜい、2度とやるなと注意を促す程度です。」

 彼はあくまで冷淡に答えた。大和はそれに、と言う。

「呪われる原因を作ったのはご自分の行いでしょう?ストレスがどうこう仰いますが、そんなものくだらない言い訳です。人を自殺に追い込んだ時点で、それは殺人なんですよ。」
「何だ?医者みたいなことを言うじゃないか。」
「医者ですからね。とにかく、あなたに生徒たちを恨む権利はない。もちろん後日注意はしに行きますが・・・・」

 その瞬間、大和に向かって竹刀が飛んで来た。しかし彼は軽々とそれを避け、転がった竹刀を拾った。大和はもう1度松井を見据え、怒りに満ちた瞳で続ける。

「1つ言い忘れていました。人は、命を失えば必ず死にます。しかし、心を壊されることも、死ぬことと同義なんですよ。あなたが手を出した生徒たちが、どれほどの傷を負ったか、考えたことはありますか?」

 沈黙が流れた。松井は肩をわなわなと震わし、右の拳を海里に向かって繰り出した。
 と同時に、松井の体が地面に沈んだ。

「東堂さん!玲央さん!」
「悪いな。別件で遅くなった。」
「怪我してない?江本君。」

 海里は頷いた。龍は倒れて呻き声を上げている松井の腕を掴み、手錠をかけた。

「あんたの罪状は掃いて捨てるほどある。亡くなった生徒たちのためにも、絶対に無罪にはさせない。犯した罪の分、きっちり罰は受けてもらうぞ。」

 龍がパトカーに松井を押し込んでいる間、玲央は海里から解決の一部始終を聞いていた。

「ありがとう。取り敢えず一件落着だよ。」
「お役に立てて良かったです。・・・大和さん。」
「はい?」

 帰る準備をしていた大和は不思議そうに海里を見た。

「蓼沼君たちには・・・何か罰を?」
「いえ。先ほども申し上げた通り、呪殺に明確な罰はない。どれだけ危険なことなのかを1から教え、2度としないよう念を押します。圭介。お前暇だろ?偶人を焼いておいてくれ。」
「はあ?兄さんも手伝えよ!」
「俺はお前より忙しい。車借りるぞ。」

 大和は片手をひらひらと振りながら車に乗り込んだ。
 しかし、彼は何かを思い出したように窓から顔を出し、玲央に言った。

「天宮さんの件ですが、状態は芳しくありません。手術は成功しましたが、まだ意識不明。まるで・・・彼女が目覚めるのを拒んでいる。そんな気がします。こちらとしても最善は尽くしますが。」
「・・・・そっか。ありがとう、またお見舞いに行くよ。」

 玲央は笑ったが、その笑顔はどこか不安を滲ませていた。海里は心配そうに玲央を見つめ、尋ねる。

「さっきの別件とは?事件が起きたとは聞いてませんが。」

 海里の質問に玲央の瞳が揺らいだ。しかし彼はすぐにいつものように笑い、言う。

「んーまあ・・・家族の団欒、ってやつかな。時間があったら話すよ。またね。」
「はい。また。」
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