小説探偵

夕凪ヨウ

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Case120.悪の巣窟②

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 仕事があると言って帰ったアサヒを抜いて、海里たち4人は早速聞き取り調査を始めた。小夜は男女とも生徒に人気があるらしく、彼女の呼びかけで、多くの生徒が海里たちのもと(会議室を捜査本部代わりに使用を許可された)に集まった。

「みんなそんな顔しないで。知っていることを話してくれたらいいの。少しだけでもいいから話してくれない?」
「・・・先生、ここにいる?」
「ええ。安心して。」

 財閥などの子女だと分かっていても、彼らはまだ中学生。微かに体は震え、顔は真っ青になっている。

「蕾は・・学校の成績も良くて、友人も多かったんです。なぜか男性は嫌いだったみたいですけど、とにかく、これといった問題はありません。クラスのリーダーでもあったし、とても自殺するなんて・・・!」

 その言葉を聞いた時、海里は思わず小夜を見た。彼女は指の前に人差し指を立て、何も言わないよう伝えた。

「では・・小鳥遊さんに限らず、クラスや学園にいじめなどはありませんでしたか?」
「・・・・生徒間では、ありません。」
「生徒と教師での間ではあると?」
「はい。だって・・教師って偉そうじゃないですか。一部の人だけですけど、嫌らしい目で見てきたり、お金のことしか頭に無かったり・・・嫌なんです。」

 海里は苦い顔をしながら言葉を続けた。

「しかし、教師の方々にもそれぞれの思いがあるでしょう?それを踏み躙るような真似をしても良いと思うのですか?」
「・・・人が他人に抱く価値観は違うじゃない。お金の有無で人の態度は変わるの。先生なら分かるでしょ?」

 同意を求められた小夜は、苦い笑みを浮かべるだけだった。海里は持っていたペンで机を叩きながら息を吐く。

「ありがとうございました。次の生徒を呼んでください。出席番号からいくと・・浅田さんですね。」

 その言葉に応えるように、ゆっくりと扉が開いた。A組の生徒、浅田樹である。

「浅田樹さんで間違いありませんね?」
「はい。」

 礼儀正しい生徒だった。入ってくるなり一礼し、丁寧な仕草で椅子に腰掛ける。小夜を一瞥して、どこか安堵した表情を見せた。

「浅田さんはクラス委員長、小鳥遊さんは副委員長だと聞いています。あなたが見たところ、彼女の印象はどのようでしたか?」
「そうですね・・・文武両道で、他人に気遣いができる、優しい人・・と言ったところでしょうか。現に、僕も委員長として支えてもらいました。亡くなったなんて、とても信じられません。」
「・・・・彼女を恨んでいそうな人間はいますか?」
「恨む?彼女は自殺なのでは?」
「あくまで確認です。仮に彼女がそのような方に脅されていたりすれば、自殺を仄めかすようなことを言っている可能性もあります。」

 浅田は少し考え込む姿勢をして、首を横に振った。

「いないと思います。第一、彼女を脅すなんて・・・」
「社長令嬢だから不可能だと?」
「・・・それが半分。もう半分は、先ほど申し上げた人間性ですよ。仮に彼女がそんなことをされていたら、他人の力を借りて解決しようとしたはずですから。」
「なるほど、分かりました。ありがとうございます。」
                    
            ※

「あまり踏み込まないでと言ったはずよね。本当に人の言葉を聞かないんだから。」

 小夜は苛ついた調子で海里にそう言った。海里は苦笑する。

「すみません。」
「全く・・・玲央もどうして止めないの?彼らに真実を伏せると決めたのはあなたじゃない。」
「ごめん、ごめん。生徒たちの態度を見てたんだ。今のところ、彼らの言葉に嘘はない。だよね?龍。」
「・・・・ああ。」

 暗い顔をした弟を見て、玲央は首を傾げた。

「どうしたの?」
「いや、鑑識が調べた際、被害者の荷物の話をしていなかったと思ったんだ。屋上には何も無かったらしいし、教室にあると思ったんだが・・・・」

 言いながら龍はスマートフォンを出した。校内を見回っている部下からのメールである。玲央はそれを覗き込み、怪訝な顔をした。

「“被害者の荷物がない”・・・?被害者は殺されるなんて分かっていないんだから、荷物がないのはおかしい。犯人が隠した?」
「だろうな。だが、なぜ?凶器は犯人が持ち込んだ物のはずだし、鞄に触れていること=犯人にはならない。現場に荷物がないなら、血痕も付かないはずだ。」

 2人の指摘に、海里は頷いた。小夜は何かを思い出すように首を傾げるが、溜息をつく。

「ダメね。私はあくまで高等部の数学教師だし、初等部・中等部とは関わりがないもの。」
「そうですか・・・。では、探すしかありませんね。」
「やれやれ・・・・仕事増やしてくれるなあ。」
                    
 その後、龍と玲央は聞き取り調査を続け、部下たちに被害者の荷物を探すよう言った。クラスメイトに聞いたところ、学園に鞄の規定はなく、彼女は白を基調としたリュックサックを愛用しており、金のキーホルダーが付けられていたらしい。

「犯人が学校の人間と考えた場合、隠す場所は限られているはずだ。多少の無茶は理事長から許可をもらっているから、大丈夫だろう。」
「どういう大丈夫なんですか・・・?」

 不安げな顔をした海里に龍は何食わぬ顔をして言った。

「壁の内部とかに隠されていた場合、破壊しないと無理だろ。その辺の許可はもらってるんだよ。」

 3人は午後の授業が始まる前に一旦聞き取り調査を終え、会議室で話し込んでいた。海里は壁の修理代の話などし始めた2人に眉を顰める。

「横暴すぎるって顔だね。でも、こんな場所なら仕方ないよ。できる範囲のことは全てやらなきゃ。」

 その時だった。どこかで悲鳴が聞こえた。3人は驚きながら立ち上がる。

「どこだ⁉︎」
「恐らく特棟です!行きましょう‼︎」

 3人は会議室を飛び出し、特棟に走った。彼らが現在いる東棟から行くには、2階にある渡り廊下を通らなければならず、かなり遠かった。

「あ。警察の人⁉︎大変なの!職員室が・・・‼︎」
「職員室⁉︎」

 海里は生徒の言葉を聞くなりスピードを上げ、職員室の扉を開け放った。

「これは・・・⁉︎」

 職員室には、割れた窓ガラスが散乱していた。所々に石が転がっており、怪我をしている教師も多くいる。

「小夜さん、大丈夫ですか⁉︎一体、何が・・・」
「・・・・心配、ないです。いつものこと・・いいえ、よくあることです。」
「よくあること・・・?これが⁉︎」

 龍と玲央は職員室に入り、驚きながらも教師たちを起こした。幸い大した怪我ではないが、散乱した窓ガラスはすぐに拾わなければ危険だった。
 2人が急いで窓ガラスを拾っていると、不和理事長が顔を出した。海里は彼を睨みつけ、口を開く。

「不和理事長。あなたは、この事を知っていましたよね?知らないはずがない。こんなこと、死人が出てもおかしくないんですよ?」
「・・・生徒の悪ふざけでしょう。そんなに怒らなくても・・・・」
「これのどこが悪ふざけですか!」

 海里は早歩きで不和に近づいた。彼は右手で背後を指し示し、怒鳴る。

「例え小学生でも物事の分別はつくはずです‼︎放っておくなど、教育者以前に人としておかしいでしょう!」
「・・・・例えそうでも、逆らえば多くの者が立場を失うんですよ。それなら、少しの犠牲を払うべきだ。」

 その時、小夜が海里の肩を掴んだ。肩越しに彼女を見ると、切れた右腕を庇いながら首を横に振っている。その表情は苦しげだった。

 まるで、“これが世の中の現状だ”、とでも言うかのように。
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