小説探偵

夕凪ヨウ

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Case119.悪の巣窟①

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 東京都、怜悧学園。

「ちょっと・・あれ何?」

 女子生徒は屋上を指さし、不安な目つきで屋上にいる人影を見た。周囲の生徒が不思議に思って振り向いたその瞬間、人影はゆっくりと落下した。

「き・・きゃぁぁぁぁぁぁ・・・・‼︎」
                    
            ※

 海里たちが現場に到着すると、そこには既にマスコミが駆けつけていた。

「何ですか?これ・・どうしてこんなことに・・・・。」
「この学園は社長令息や令嬢、財閥の子女が通うからね。普通より情報の周りが早いんだと思うよ。」

 玲央はそう言って溜息をついた。海里、龍、玲央の3人は裏門へ回り、教師の案内で遺体発見場所である東棟の裏手へ回った。

「遅かったわね。何してたの?」

 龍が人混みを掻き分けてついた埃を払いながら口を開いた。

「マスコミを巻いてたんだよ。アサヒは会わなかったのか?」
「ギリギリね。それより・・・・江本さん大丈夫?転落死って、結構体の損傷が激しいんだけど。」
「ご心配なく。」
「そう。じゃ、どうぞ。」

 アサヒはブルーシートを捲り、3人を中に通した。中には、鮮血が飛び散り、全身の骨が奇妙な方向に曲がっている遺体があった。女子生徒の遺体である。

「被害者はここ怜悧学園のA組の生徒、小鳥遊蕾さん。14歳。
 あ、ちなみにこの学園は小学校から高校までエスカレーター式に上がる学園ね。彼女も小学生の時からここに通っていたみたいよ。」
「となると・・・生徒の半数はその方式に乗っとってるのかな?」
「聞いたところそうみたい。まあそっちの方が楽だし、お金もかからないからね。」
「死亡推定時刻はいつですか?」
「今朝8時ごろよ。早めに来ていた生徒が落ちる瞬間を目撃したらしいわ。幸い、遺体は目撃しなかったらしいけど・・・」
「8時?確かこの学園の始業時間は9時半だろ。何でそんなに早く来てたんだ?」
「学園祭の準備ですって。」

 海里は考え込み、遺体の側に屈んだ。鑑識が撮った写真を見て、彼は首を傾げる。

「この遺体・・変ではありませんか?いや、変というか・・その・・・」

 言葉に詰まる海里に対し、龍は冷静に頷いた。

「言いたいことは分かる。“転落死のわりに損傷が少ない”だろ?」
「はい。アサヒさんが取ってくださったメモを見る限り、彼女は頭から地面に落ちたことになります。しかしもしそうなら、脳を含め、体全体の損傷がもっと激しいはずです。」
「同意見。でも、場所が場所だから遺体を長い間放置できない。できるだけ早く遺体を運び出して、親御さんに連絡をして・・・理事長と話し合おう。」
                    
            ※

 その後、3人が理事長である不和貴弘と面会できたのは、正午を過ぎた頃だった。

「いやあすみません。会議が立て込んでしまって。」
「いえいえ。早速ですが、いくつか質問しても構いませんか?」
「どうぞ。」

 海里は咳払いをし、メモを取り出した。不和の顔に微かな緊張が走る。

「学校での転落死といえばいじめが連想されますが、小鳥遊さんはいじめに遭われていましたか?」
「聞いたこともありません。成績も良く、人間関係にも問題はありませんでした。」
「教師の方々との仲はどうでしたか?」
「男性教師に対して警戒心のようなものを抱いていた気がします。」
「警戒心?なぜ?」

 海里は目を丸くした。不和は首を傾げる。

「さあ・・そこまでは。」
「・・・そうですか。では、小鳥遊さんの友人にお会いすることは可能ですか?」
「それはお辞めください。」

 急に強くなった口調に、海里は押し黙った。不和は軽く溜息をつき、海里を見る。

「そもそも、深い調査は必要ありませんよ。彼女は屋上から誤って転落し、亡くなった。その事実さえあれば・・・・」
「転落死ではありませんよ。」

 そう言って校長室に入って来たのはアサヒだった。止めようとしている教師数人の手を振り払い、不和の前に立つ。

「この事件は事故でも、いじめによる自殺でもない。立派な殺人です。」
「根拠は?」
「彼女の頭部から、金属片が発見されました。調べたところ、鉄製のハンマーの破片です。つまり、彼女は殴り殺された後、全身の骨を砕かれた。こんなこと、事故で起こり得ません。何者かが、明確な殺意を持って彼女を殺したんです。」
「・・・・だとしても、誰が?」

 不和の問い詰めるような口調にアサヒは臆すことなく答えた。

「それを調べるのが私たちの仕事です。調査を許可してください。」

 不和は苦い顔をした。しばらく沈黙が流れた後、彼は信じられない言葉を発した。

「お帰りください。お金は警視庁に送ります。どなたに送ればいいですか?」
「は?」
「聞こえませんでしたか?お帰りください。お金を支払うのですから、文句はないでしょう?」

 アサヒが不和の胸倉を掴もうとした瞬間、出し抜けに理事長室の扉が開いた。4人は驚いて振り向き、扉の側に立っていた人物を見て、唖然とする。

「私からもお願いします、理事長。彼らの調査を許可してください。」
「小夜⁉︎」
「天宮先生・・・しかし・・・・」
「彼らは信用できます。加えて、調査が素早い。理事長が“恐れているようなこと”は、起こらないと思いますが?」

 小夜は微笑を浮かべた。それはどこか挑発的な笑みでもあった。長い沈黙が流れ、やがて不和は溜息をつき、言った。

「・・・・分かりました。ただし、天宮先生。あなたが監視してください。余計なことをされてはたまりませんから。」
「承りました。では、4人とも行きましょう。少しお話があります。」

 会議室に移った4人は、小夜の登場にまだ混乱していた。彼女は息を吐き、振り向く。

「元気そうで何より。」
「どっ・・どうしてここに?水嶋大学の後、別の大学にいたんだろう?」

 未だ混乱している玲央が尋ねた。小夜は頷く。

「ええ。ここに来たのは私の意思じゃない・・不和理事長が呼び寄せたのよ。」
「呼び寄せた?」
「そう。今回の事件を話す前に、この学園の話をさせて。」

 小夜は会議室の椅子に座るよう言い、4人が座ると、自分も座った。

「この学園は歴史の長い学園で、昔からいわゆる上流社会の子女が通う学園だったの。私の両親と叔父も、ここの出身。」
「へえ。でも君は普通の学校に通っていたよね?」
「父の意思だったのよ。この学園は学力より家柄重視で入学する。私が子供の頃から財閥として前線にいた天宮家は、家柄として何の問題もなかったのだけれど、父は学力を取って私を普通の学校に通わせた。」

 小夜は苦笑した。彼女はでも、と言って続ける。

「その代わり悪知恵は働くのね。私がここに来てから、3人教師が辞めたわ。辞めた3人は全員非常勤講師・・・生徒のいたずらと教師間のいじめに耐えかねて自殺未遂を起こした教師もいたのよ。」
「そんな状況を放っておいたんですか?」
「上流社会なんてそんなものよ。恐らく過去にも同じような事例があるけれど、何1つ公になったものは聞かない。」
「では、なぜ今回?」
「生徒が目撃したからよ。まあ、転落死じゃないなら人形か何か・・・小鳥遊さんを殺した犯人も、わざと公にしたような気もするしね。」

 海里は顎に手を当てた。犯人の目的が全く読み取れないのだ。

「何にせよ、この学園は生徒・教師共に家柄が全て。低い家柄の教師は排除され、生徒はそもそも入学すら難しい。仮に入学したとしても、すぐにいじめの被害に遭う。」
「小鳥遊さんはA組だったよね?いじめは?」
「聞いてないわね。そもそも、クラス分けすら家柄なのよ。彼女は社長令嬢で、資産も溢れるほどある。動機としても思いつくのは、上の人間が邪魔ってところかしら。」

 あまりに異様な状況に、海里たちは言葉を失った。その現状を放っている教師たちに対しても、だ。

「取り敢えず、理事長の許可は降りたから調査はできるわ。早く解決してほしいみたいだし、早速始めましょう。」
「はい。よろしくお願いします。」
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