小説探偵

夕凪ヨウ

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Case64.鮮血の迷宮美術館⑤

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「やってみてくれ。」
『うん!あ・・でも、その前に、1つだけーーーー・・・』
                   
            ※

 遠山は、地下の迷宮を走っていた。美術館の外に出る道を辿りながら、警察の目を掻い潜っていた。ポケットには、龍から密かに奪った浜崎有紗のハンカチが入っている。

「・・・・有紗・・」

(ねえ、祥。私、あなたの芸術をもっと見たいわ。だから、一緒に美術館を作りましょう? 私、あなたの芸術が好きよ。)

「あの言葉は・・・何だったんだ。好きだと・・そう言ったくせに、あんなーーーー」

(どうしてそんなことができるの⁉︎人を殺しておいて、芸術なんておかしいわ‼︎いつから、こんなことをしてたのよ⁉︎)

「どうして・・・否定するんだ。お前は、僕の、たった1人の・・・・・」

 うわごとを呟きながら、遠山は縄梯子を登った。手に持ったハンカチと共に、過去が思い出され、鼻で笑う。

(馬鹿馬鹿しい。今更、あんな女のことを思い出して何になる。忘れよう。僕の芸術を理解できなかった人間なんて、不必要だったのだから。)

 遠山は縄梯子を上り切り、真上にある蓋を押した。蓋を開けた途端、勢いよく飛び出し、外へーーーー

「はい、確保。」
「は・・・⁉︎」

 突如、自分を押し倒し、手錠をかけた玲央に、遠山は困惑した。玲央は深い溜息をつく。

「上手くいくとは思わなかった。美希子に感謝しなきゃいけないね。」
「なっ・・なぜだ⁉︎僕の迷宮は完璧だったはず・・・!攻略できるわけがない!」
「できたからこうなってんだろ。」
「え。」

 遠山は、信じられないという顔をした。無理もない。消音銃で致命傷を負わせたはずの龍が、何も感じていないような顔で立っていたのだ。龍は遠山の前に屈み、静かに告げる。

「確かに弾は当たった。ただしーーーーこれにな。」

 龍はそう言いながら警察手帳を床に投げた。遠山は愕然とし、口を開けている。

「制御室の操作をしたのは美希子だ。分かるか? 俺たちと一緒にいた高校生だよ。」
「あの・・子供が⁉︎ まさか! なぜそんなことができる⁉︎ 第一、あそこに入るためには3つの段階を踏む必要があると言ったのはお前じゃないか‼︎」
「その通りにやったんだってば。信用ないなあ。」

 美希子が頭を掻きながら歩いてきた。遠山は鬼の形相で彼女を睨みつける。美希子は、無言でポケットからスマートフォンを取り出した。

「これ、あなたのでしょ?龍さんが奪ってたみたいよ。」
「ま・・まさか、撃たれたあの時に・・・」
「そっ。あなた、スマホのパスワードかけてないでしょ? だから、適当にアプリいじったらあっさり暗証番号出てきちゃった。緊急時にはそれを入れるなんていう丁寧なことまで書いてあったから、それに従って開けただけ。」

 遠山は信じられなかった。自分よりも遥かに年下である少女に、出し抜かれるなど思ってもみなかったのだ。

「ついでに言うと、龍さんは鏡の間に向かっている最中に、あなたにGPSをつけた。そんな本格的なものじゃないけど、制御室の画面で見るくらいなら、十分事足りる。後は私が制御室のコンピュータシステムに侵入して、“迷宮”を動かしたってわけ。」

 遠山は項垂れた。龍は遠山を見て、彼のポケットから例のハンカチを取り出す。

「返せ! それは・・・‼︎」
「“大事な物”、か?」

 遠山は黙った。龍は遠山の髪を掴み、持ち上げた。

「だったら何で殺した。お前は今まで、死人のことなんて気にしてないだろ。今回の事件だってそうだ。残酷に殺し、幼い少年にその現実を突きつけた。鏡の間にあった死体は50を超えてる。そんなお前が、なぜこんなハンカチ1枚、残していた?」
「い、今言っただろう! 大事な物なんだ‼︎ 返せ‼︎」
「だから何で殺したって聞いてんだよ。“双子の妹”を殺して、罪悪感から持っていたとでも言うのか?」

 その場が静まり返った。玲央が静かに言葉を継ぐ。

「君と君の妹・・・浜崎有紗は、義母による虐待に苦しんでいたそうだね。君が初めに殺したのは、その義母だった。妹にはそれを隠し、君たち兄妹は違う家へ預けられた。」
「・・・・何で、知ってる?」
「調べたからだよ。まあ、連絡を受けたと言った方が正しいか・・・とにかく、君たちは別々の人生を歩んだ。でも、大学生の時に再会を果たした。そして、同じ芸術の道に進んでいたことを知ると、共に美術館を立ち上げることを約束した。」

 遠山の肩が、微かに震えた。玲央は眉間の皺を深める。

「鏡の間の作成者は浜崎有紗・・・当初、君はただその部屋を“芸術”として見ていただけだった。でも、殺人欲は止まらなかった。」

 玲央の声が、心なしか大きくなった。遠山は震える声で言う。

「仕方なかったんだ! 義母を殺してから・・・抑えられなくなった‼︎ 有紗といる時は普通の人間になれたのに・・・彼女と別れた瞬間! 殺人鬼が語りかけてくる! だから・・・」
「それが人の命を奪う理由にはならない。俺も・・・人のことを言えないだろう。でも、やっぱり違うんだよ。」

 玲央は深い溜息をついた。その顔には、微かに悲しみが見え隠れしている。

「欲に溺れたら、それで終わりだ。もう“普通の人間”には戻れない。君は・・満足しなきゃいけなかったんだ。ただ君を愛し、支えてくれる存在がいることに。それができなかった君を救う手立てなんて、ありはしない。」

 消え入るような玲央の言葉に、遠山は静かに涙を流した。龍が持ったハンカチを見つめながら、涙は止まるところを知らない。

「後の話は警視庁で聞く。立て。」

 遠山は、無表情だった。涙の跡だけが残り、笑顔も、希望も失った顔。だが、数多の人間を殺めてきた彼に同情する人間はおらず、取り調べと裁判を経て、彼は死刑判決を受けた。彼は死刑を告げられた際、何も言わず、ただ静かに頷いただけだったという。
                    
            ※

「お前とあの男が“同じ”だと思ったのか?」

 事件後、浩史に呼び出された玲央は、その質問に答えられなかった。浩史は続ける。

「勘違いするなよ、玲央。お前は、確かに過ちを犯したかもしれない。だがその裏に、どれほどの苦しみと悲しみがあったかを、私は知っている。お前は、弟の思いすら無視して、犯人に同情した。違うか?」
「・・・・否定は・・しません。私は、過去の自分を彼に重ねた。同じ殺人者だと・・そう思って。」
「実際は違うことを知っていながら同情か。いたたまれない思いだな。」

 浩史は笑ってそう言った。玲央は俯き、拳を握りしめる。

「自分を責めたいのは、お前だけじゃない。龍も、ずっと己を責めている。守れなかったこと、死なせてしまったことを。お前も分かっているはずだ。」
「・・はい・・・」
「ならば嘘をつくな。天宮小夜との件に関してもそうだ。隠し続けるつもりか?」

 浩史の言葉に、玲央は何も言わなかった。長い沈黙の後、玲央は口を開く。

「それが約束です。私と“彼女”の。私は、小夜を守らなければならない。今までも、これからも。彼女を見捨てるようなことはあってはならない。彼女には、常に闇が付き纏う。」
「そうだろうな。“私もよく知っているよ”。だがそれは・・・龍と共に守る、ではダメなのか?お前がこの世で最も信頼している人間は、龍だろう。」
「だからこそ、教えられることにも限度がある。小夜の件は、3年前とは違い、私が背負うべき業です。それを、弟に背負わせることはできません。大切だからこそ・・です。」

 玲央の言葉に、浩史はやれやれと首を振った。

「全く・・・あいも変わらず、面倒だな、お前たち兄弟は。」
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