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Case65.2人の探偵①
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「いい風が吹いてますね。」
海里は巨大な船の甲板から、夜風に揺れる海を眺めていた。季節は春。涼しい風が心地よく、遠くに見える山桜が蕾から花へと変化し始めていた。
「それにしても・・・編集者さんも粋なことをなさる。休暇のため、わざわざこんな豪華な船の予約を取ってくださるとは。」
そう。海里は、水嶋大学の事件と立石家の事件。双方の執筆が終わって本が出版された後、休暇を取っていた。
そしてそんな中、彼の編集者がぜひ気休めに・・・と進めた豪華客船の船旅をしていたのだ。
海里の乗っている船は、マリーゴールド号。数年前、この船を作った人物がマリーゴールドが好きで、そう名付けたそうだ。船の側面には大きなマリーゴールドが描かれ、真っ白な船体と、部屋の黄色い灯りがよくマッチしていた。1000人以上の客と乗組員がいるこの船は、まさしく日本最大級のものだった。
「あー!海里のお兄ちゃんだ‼︎」
「えっ?」
突然自分の名前を呼ばれ、海里は驚いて振り返った。彼の背後には、天宮家の次男・夏弥の姿があった。
「夏弥さん?なぜこんな所に・・・」
「こんな所でお会いするなんて思いませんでしたよ、江本さん。」
「小夜さん!」
小夜の背後には、秋平と春菜がいた。小夜は柔らかい笑みを浮かべ、海里の隣に立つ。
「お久しぶりです。お会いするのは水嶋大学の1件以来ですね。」
「ええ。あ・・・先日は、すみませんでした。電話で不躾なことを聞いてしまって。」
海里の言葉に、小夜は首を振った。
「私も感情的になり過ぎました・・・・ごめんなさい。それより、江本さんはなぜここへ?また小説のアイデア探しですか?」
「いいえ。今日は編集者さんが休暇を取ってくださって。船旅などどうかとチケットを頂いたんです。海は嫌いじゃありませんし、気晴らしに。」
「まあ、そうだったんですね。」
「はい。小夜さんは、どうしてこちらに?泉龍寺家の皆様と家族旅行ですか?」
「元々、そのつもりでした。でも急にご両親の予定が合わなくなってしまって。せっかくの機会を無駄にするのも勿体ないので、私たち4人で来たんです。」
しばらくの間、海里は小夜と話していた。しかし、彼は少しして、この船が妙なことに気がついた。
「江本さん・・・どうかされましたか?浮かない顔。」
「ああ・・何と言いますか・・・乗客の方々が・・・・“違いすぎる”。このような言い方は良くありませんが、社会的地位の上下があるように思います。」
一瞬、小夜の顔から笑みが消えたが、海里はそれに気が付かなかった。小夜は愛想笑いを浮かべ、ホールにいる乗客を見渡す。
「さすが、よく見ていらっしゃいますね。その頭脳があるなら、小説家以外にも道があったでしょうに。」
「よく言われます。でも、どうしても小説家になりたくて。」
小夜は笑った。船内の明かりが黒い髪を照らす。
「・・・・どうして?」
海里は笑うだけだった。小夜は答えが得られないと思ったのか、それ以上何も言わず、目を細めて海を見ていた。
「天宮様。」
「あら、六条船長。私はもう天宮ではありませんよ?」
「申し訳ない。いやはや、しかし、再びお会いできるとは思いませんでした。その節は、お世話に。」
「お礼なら父に。私は何もしていません。」
(六条春也。マリーゴールド号の船長じゃないか。なぜ彼が、小夜さんに?しかも彼は“天宮”と呼んだ。過去に何かあったのだろうか。)
「ああ、六条船長。こちら、江本海里さん。以前、天宮家で起きた一件を解決してくださった探偵さんです。」
「おお、あなたが!よろしくお願いします。」
躊躇いもなく差し出した六条の手を、海里は遠慮がちに握り返した。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
六条が去っていくと、小夜は深い溜息をついた。持っていたハンドバックからスマートフォンを取り出し、誰かに電話をかける。
「ええ、そうよ。全く、どうなってるの?私たちに接触しないよう、言いつけていたはずでしょ?・・・え?言ってない?だったら言っておいて頂戴。私はこれ以上家柄に振り回される気はないってね。」
短い電話を終えると、小夜は苦笑した。
「お見苦しいところをお見せしました。」
「いえいえ。そんなことはありませんよ。」
「ふふっ。相変わらずお優しいですね。」
小夜は笑うと食事の準備が始まっている船内を一瞥し、自分の腕時計を見た。
「さて・・・と。そろそろ夕食の時間ですね。中に入りましょうか。」
「そうですね。ご一緒しても?」
「大歓迎です。秋平たちも喜びます。」
その後、海里と小夜たち4人は共に夕食を取った。海里は事件後のことを聞き、彼らが泉龍寺家で何不自由なく暮らしていることを知った。
「和豊さんたちに面会などはされているんですか?」
「一応。父が残した財産のいざこざもあって、会いたくなくても会わなきゃいけないんです。まあ、それも既に終盤。全てが終われば、もう・・・・」
会わなくていい。そう、彼女が呟いた気がした。海里は何も言わずに笑顔を浮かべ、食事を続ける。
「玲央さんをなぜあんなに信頼されているんですか?失礼ですが、小夜さんはあまり他人を信頼されませんよね?」
突然の質問に、小夜は動揺せずに答えた。
「信頼に足る人だから・・・と言っておきましょう。」
「相変わらずかわすのがお上手ですね。本当の理由をそんなに隠したいですか?」
「ええ。みすみす人に話したくはありませんから。」
小夜は何食わぬ顔で食事を続け、隣にいる秋平たちも何も言わなかった。
食事中、上流階級と思わしき多くの客が小夜たちに挨拶をしに来たが、彼女たちは皆、いい顔をしなかった。海里はそれを見ながら、この船における彼女たちの見方と、天宮家の影響力を理解した。
「大変ですね。天宮の名をとってもなお、待遇が変わらないのですか?」
「ええ。おかげで、ろくに出かけることもできません。財閥は全国各地にありますし、未だに天宮家の財産が所有している土地もある。立石家のように、契約者のみが天宮家の土地も多くあります。」
「手放されなかったのですね。」
「あまりにも多くて・・・。いくらか持っている方が安心かと。」
「なるほど。」
そんな他愛もない会話をしながら、海里たちは夕食を終えた。当然部屋は別々なので彼らはそこで別れ、各々の部屋へ急いだ。
「お姉様。いいの?」
春菜の質問に小夜は間を開けて答えた。
「・・・・何が?」
「協力してもらわなくていいのかって話。そりゃ、あの時は仕方なかったけど・・・」
「ダメよ。私たちの目的を知れば、彼はまた反対する。それに彼は・・・・」
優しすぎる。消え入るような小さな声だったが、秋平たちは同意した。小夜は続ける。
「あの事件で、確かに私たちは彼らに救われたわ。でも、彼らと私たちの生きる世界は違う。こんな無茶苦茶な世界に、あの人を巻き込むわけにはいかないのよ。」
「・・・そう・・だね。うん。そうかもしれない。江本さんは、私たちとは違うから。」
海里は部屋に戻るなり入浴を済ませ、颯爽と眠りについた。仕事続きだった彼は、自分が思っているより疲れていたらしく、部屋の外で聞こえる話し声などで目覚めることもないほど、深く眠った。
「ひどい風だわ。海が荒れているのね。」
「・・・・姉さん・・やっぱりこんなこと・・・」
秋平はパソコンをいじる小夜を見ながら呟いた。しかし小夜はすかさず口を開く。
「それは言わない約束よ。それに、私たちが止められる程度の事件に抑えなければならないでしょう?ここで大きな事件が起きれば、江本さんは必ず解決しようとする。でも私は、それを阻止しなきゃならないの。他でもない江本さんのために。」
荒れる海。交差する思惑。暗い夜に、事件は起こる。
海里は巨大な船の甲板から、夜風に揺れる海を眺めていた。季節は春。涼しい風が心地よく、遠くに見える山桜が蕾から花へと変化し始めていた。
「それにしても・・・編集者さんも粋なことをなさる。休暇のため、わざわざこんな豪華な船の予約を取ってくださるとは。」
そう。海里は、水嶋大学の事件と立石家の事件。双方の執筆が終わって本が出版された後、休暇を取っていた。
そしてそんな中、彼の編集者がぜひ気休めに・・・と進めた豪華客船の船旅をしていたのだ。
海里の乗っている船は、マリーゴールド号。数年前、この船を作った人物がマリーゴールドが好きで、そう名付けたそうだ。船の側面には大きなマリーゴールドが描かれ、真っ白な船体と、部屋の黄色い灯りがよくマッチしていた。1000人以上の客と乗組員がいるこの船は、まさしく日本最大級のものだった。
「あー!海里のお兄ちゃんだ‼︎」
「えっ?」
突然自分の名前を呼ばれ、海里は驚いて振り返った。彼の背後には、天宮家の次男・夏弥の姿があった。
「夏弥さん?なぜこんな所に・・・」
「こんな所でお会いするなんて思いませんでしたよ、江本さん。」
「小夜さん!」
小夜の背後には、秋平と春菜がいた。小夜は柔らかい笑みを浮かべ、海里の隣に立つ。
「お久しぶりです。お会いするのは水嶋大学の1件以来ですね。」
「ええ。あ・・・先日は、すみませんでした。電話で不躾なことを聞いてしまって。」
海里の言葉に、小夜は首を振った。
「私も感情的になり過ぎました・・・・ごめんなさい。それより、江本さんはなぜここへ?また小説のアイデア探しですか?」
「いいえ。今日は編集者さんが休暇を取ってくださって。船旅などどうかとチケットを頂いたんです。海は嫌いじゃありませんし、気晴らしに。」
「まあ、そうだったんですね。」
「はい。小夜さんは、どうしてこちらに?泉龍寺家の皆様と家族旅行ですか?」
「元々、そのつもりでした。でも急にご両親の予定が合わなくなってしまって。せっかくの機会を無駄にするのも勿体ないので、私たち4人で来たんです。」
しばらくの間、海里は小夜と話していた。しかし、彼は少しして、この船が妙なことに気がついた。
「江本さん・・・どうかされましたか?浮かない顔。」
「ああ・・何と言いますか・・・乗客の方々が・・・・“違いすぎる”。このような言い方は良くありませんが、社会的地位の上下があるように思います。」
一瞬、小夜の顔から笑みが消えたが、海里はそれに気が付かなかった。小夜は愛想笑いを浮かべ、ホールにいる乗客を見渡す。
「さすが、よく見ていらっしゃいますね。その頭脳があるなら、小説家以外にも道があったでしょうに。」
「よく言われます。でも、どうしても小説家になりたくて。」
小夜は笑った。船内の明かりが黒い髪を照らす。
「・・・・どうして?」
海里は笑うだけだった。小夜は答えが得られないと思ったのか、それ以上何も言わず、目を細めて海を見ていた。
「天宮様。」
「あら、六条船長。私はもう天宮ではありませんよ?」
「申し訳ない。いやはや、しかし、再びお会いできるとは思いませんでした。その節は、お世話に。」
「お礼なら父に。私は何もしていません。」
(六条春也。マリーゴールド号の船長じゃないか。なぜ彼が、小夜さんに?しかも彼は“天宮”と呼んだ。過去に何かあったのだろうか。)
「ああ、六条船長。こちら、江本海里さん。以前、天宮家で起きた一件を解決してくださった探偵さんです。」
「おお、あなたが!よろしくお願いします。」
躊躇いもなく差し出した六条の手を、海里は遠慮がちに握り返した。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
六条が去っていくと、小夜は深い溜息をついた。持っていたハンドバックからスマートフォンを取り出し、誰かに電話をかける。
「ええ、そうよ。全く、どうなってるの?私たちに接触しないよう、言いつけていたはずでしょ?・・・え?言ってない?だったら言っておいて頂戴。私はこれ以上家柄に振り回される気はないってね。」
短い電話を終えると、小夜は苦笑した。
「お見苦しいところをお見せしました。」
「いえいえ。そんなことはありませんよ。」
「ふふっ。相変わらずお優しいですね。」
小夜は笑うと食事の準備が始まっている船内を一瞥し、自分の腕時計を見た。
「さて・・・と。そろそろ夕食の時間ですね。中に入りましょうか。」
「そうですね。ご一緒しても?」
「大歓迎です。秋平たちも喜びます。」
その後、海里と小夜たち4人は共に夕食を取った。海里は事件後のことを聞き、彼らが泉龍寺家で何不自由なく暮らしていることを知った。
「和豊さんたちに面会などはされているんですか?」
「一応。父が残した財産のいざこざもあって、会いたくなくても会わなきゃいけないんです。まあ、それも既に終盤。全てが終われば、もう・・・・」
会わなくていい。そう、彼女が呟いた気がした。海里は何も言わずに笑顔を浮かべ、食事を続ける。
「玲央さんをなぜあんなに信頼されているんですか?失礼ですが、小夜さんはあまり他人を信頼されませんよね?」
突然の質問に、小夜は動揺せずに答えた。
「信頼に足る人だから・・・と言っておきましょう。」
「相変わらずかわすのがお上手ですね。本当の理由をそんなに隠したいですか?」
「ええ。みすみす人に話したくはありませんから。」
小夜は何食わぬ顔で食事を続け、隣にいる秋平たちも何も言わなかった。
食事中、上流階級と思わしき多くの客が小夜たちに挨拶をしに来たが、彼女たちは皆、いい顔をしなかった。海里はそれを見ながら、この船における彼女たちの見方と、天宮家の影響力を理解した。
「大変ですね。天宮の名をとってもなお、待遇が変わらないのですか?」
「ええ。おかげで、ろくに出かけることもできません。財閥は全国各地にありますし、未だに天宮家の財産が所有している土地もある。立石家のように、契約者のみが天宮家の土地も多くあります。」
「手放されなかったのですね。」
「あまりにも多くて・・・。いくらか持っている方が安心かと。」
「なるほど。」
そんな他愛もない会話をしながら、海里たちは夕食を終えた。当然部屋は別々なので彼らはそこで別れ、各々の部屋へ急いだ。
「お姉様。いいの?」
春菜の質問に小夜は間を開けて答えた。
「・・・・何が?」
「協力してもらわなくていいのかって話。そりゃ、あの時は仕方なかったけど・・・」
「ダメよ。私たちの目的を知れば、彼はまた反対する。それに彼は・・・・」
優しすぎる。消え入るような小さな声だったが、秋平たちは同意した。小夜は続ける。
「あの事件で、確かに私たちは彼らに救われたわ。でも、彼らと私たちの生きる世界は違う。こんな無茶苦茶な世界に、あの人を巻き込むわけにはいかないのよ。」
「・・・そう・・だね。うん。そうかもしれない。江本さんは、私たちとは違うから。」
海里は部屋に戻るなり入浴を済ませ、颯爽と眠りについた。仕事続きだった彼は、自分が思っているより疲れていたらしく、部屋の外で聞こえる話し声などで目覚めることもないほど、深く眠った。
「ひどい風だわ。海が荒れているのね。」
「・・・・姉さん・・やっぱりこんなこと・・・」
秋平はパソコンをいじる小夜を見ながら呟いた。しかし小夜はすかさず口を開く。
「それは言わない約束よ。それに、私たちが止められる程度の事件に抑えなければならないでしょう?ここで大きな事件が起きれば、江本さんは必ず解決しようとする。でも私は、それを阻止しなきゃならないの。他でもない江本さんのために。」
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