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Case40.見えない狙撃手②
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机の上で鳴るスマートフォンの画面を見て、浩史はすぐに通話ボタンを押した。
『凪か。声を聞くのは久々だな』
「そうね、浩史兄さん。
2人にはちゃんと忠告したわよ。情報も法の範囲内で提供したし、心配しないで」
『わざわざすまない。2人は何か言っていたか?』
「そうね・・・あ、“巻き込みたくない人がいるなら遠ざけろ”って言ったら、何だか様子が変だったわ。誰か、大切な人でもいるのかしら?」
凪の言葉に浩史は眉を動かした。しばらく間を開け、彼は続ける。
『・・・・そうか、分かった。また、何かあったら頼む』
「ええ」
※
捜査が開始された翌日、海里は1人、現場検証へ向かった。見張りの警察官に一言言って中に入り、現場を見渡す。
「この銃弾のめり込み方・・・遺体がうつ伏せに倒れていたことを考えると、やはり弾丸は背後から飛んできた。武器はライフルや消音銃で、高所から撃ったことは確実。やはり・・・・」
海里は、ゆっくりと警察庁や省庁を目で追った。ふと思い立ち、立ち上がって警視庁を見る。
「いや・・まさか、そんなこと・・・」
海里は自分の考えを打ち消すように失笑した。
その時、
「あれ? 江本さん?」
聞き覚えのある声に、海里は視線を背後へ動かした。
「美希子さん。お久しぶりです。ここで何を?」
「お父さんに現場見て来いって言われたの。遺体はないから、大丈夫だろって」
「いいんですか、それ・・・・」
海里は苦笑した。美希子は笑いながら中に入る。
現場の検分を始めると、美希子は跳ねたり、屈んだりした。昨夜の被害者は海里と同じくらいの身長のため、その目線に立とうとしているのだろう。屈むのは、殺された時の景色を探るためだ。いくら警察官の娘とはいえ、よくここまで冷静に現場に身を置けるものだと海里は思う。
しかし、そんなことを考えていた時、美希子は不吉な呟きを口にした。
「・・・・火薬の臭いがする」
「え?」
海里は首を傾げた。今は風がかなり吹いており、そんな臭いなど彼は感じなかったからだ。
「南・・ううん、南西。場所は・・・・警視庁」
その言葉を聞いた瞬間、海里は美希子の腕を強く引き、自分の胸に押し込んだ。すぐに腰を落とし、現場の端へ転がる。
直後、美希子が立っていた位置に銃弾が埋まった。海里は唖然とする。
「美希子さんも標的・・・⁉︎ これは、警察官が殺害される事件のはずなのに・・・・」
「別に驚くことじゃないよ。元々、私が狙われることなんて分かってる。警視庁に行こう。お父さんたちに報告しないと」
美希子は海里に礼を述べ、彼の腕を解いて立ち上がった。彼女の瞳にも表情にも、一切の不安は感じられない。海里は、何と肝の座った少女だろうと思った。普通の少女であれば、怯え、泣いてもおかしくない。
しかし彼女は、己の立場を理解し、海里が自分を助けることを分かった上で、現場へ来たのだ。犯人を誘い出すかのように、大きく動いて。いくら父親に言われたとしても、実行できるなどあり得なかった。あまりに危険な行為だからだ。
「おお、江本君。美希子を助けてくれたそうだな。礼を言うよ、ありがとう」
白々しいとすら感じる浩史の言葉に、海里は珍しく不快さを表した。
「九重さん・・・趣味が悪いですよ。私がいなければどうするつもりだったのですか?」
「それは考えなかったよ。君は、1度現場を見たくらいで納得するような男じゃないからな」
海里は深い溜息をついた。美希子は3人の元へ行き、状況を報告する。
「昨日の被害者はうつ伏せに倒れていたから、背後から撃たれたことは間違いないよ。あと、弾道は警察庁か周辺の省庁、もしくは警視庁の屋上」
「警視庁の? 犯人は、殺害する警察官の職場で、堂々と犯罪を犯したの?」
「あくまで可能性。どちらかと言うと、周辺の省庁の方が可能性としては高いかな。被害者に見られないことは条件として大事だし」
美希子の方向に納得しつつ、海里が3人の方へ踏み出した。しかし、龍は静かに押し留める。
「東堂さん?」
「お前はこの事件の捜査から手を引け。この先起こる事件はともかく、この事件の間は小説家として活動していろ」
「は・・・・? な・・何で・・・・」
突然の拒絶に、海里は言葉を失った。浩史が続ける。
「美希子を守ってくれて、ありがとう。改めて礼を言うよ。それじゃあ」
4人が踵を返した。海里は訳が分からず、咄嗟に龍の肩を掴む。
「意味が分かりません! 私は確かに、小説のために謎を解いています。しかし! その過程で奪われる命があることを、忘れたわけじゃない・・・‼︎
私が謎を解く理由は、あなた方の助けになりたいからです! 謎を解き始めたあの頃とは違います!」
「そんな問題じゃねえんだよ。とにかく、お前はこの事件に関わるな」
「理由を教えてください! なぜ関わってはダメなのですか⁉︎ 危険な目に遭うくらい、どうってことありません‼︎」
眉を顰めた龍を宥めるように、玲央が穏やかな声を上げた。
「ダメだよ、江本君」
玲央は悲しそうな表情で海里を見つめていた。海里は名前の分からぬ威圧感に飲まれそうになり、思わず言葉を見失う。
「危険な目に遭うことに慣れちゃダメだ。君は・・・まだ失っていない。失いたくないものが、君にもあるだろう?」
海里の頭に、妹・真衣の姿が浮かんだ。交通事故に遭い、意識不明の重体に陥った妹。彼が小説を書き続けるのは、妹のためでもあるのだ。彼女を失うことなど、あってはならないことだった。
「ええ・・・ありますよ。ですが、それとこの事件の何が関係しているのですか?」
拒絶の理由が本当に分からないからこそ、海里は尋ねた。龍は淡々と答える。
「犯人は警察官を狙った連続殺人鬼だ。お前がこれまで出会ってきた犯人とは違う。下手をすれば、親族や関係者に手を出される。最悪の場合、命を奪われる可能性もあるんだ。そんな危険な場所にお前を放り込むほど、俺たちは馬鹿にはなれない」
それらしい理由で遠ざけているようにしか聞こえなかった。龍の言葉は、演者が渡された台本を読んでいるようだった。
海里は龍を見据え、思わず名前を呼ぶ。
「東堂さん!」
続けて何かを叫ぼうとした海里だったが、先に龍の声が飛んで来た。
「いいから帰れ‼︎ これ以上お前に話すことは何もない! 協力してもらうことも!」
何一つ明かさない龍に、海里は何も言えなかった。浩史は2人のやり取りを見た後、龍たちと共に奥へ消えて行った。
※
「九重警視長。本当に・・・これで良かったのでしょうか。私は、彼の力が必要である気がします。何より、彼自身が私たちを助けることを望んでいる」
玲央の言葉に浩史は重々しく頷いた。
「分かっている。だが、江本君は私たちとは違う。まだ失っていないんだ。彼から大切な存在を奪う権利は私たちにはない」
「・・・・江本さん自身のためって言うけれど・・・お父さん。あの人、そんな簡単に諦めないよ。私たちがYesと言うその時まで、関わり続ける」
浩史は苦笑した。分かっていると言わんばかりに。
「そうだろうな。だが受け入れてはいけない。彼自身のために」
3人のやり取りを聞きながら、龍は無言で資料を見ていた。玲央が意見を求めるように横目で見るが、龍は気づかない振りをする。
美希子はそんな龍を気遣ってか、浩史の発言を深掘りするかのよう、更に尋ねた。
「彼自身のためって・・・本気で言ってる? お父さん」
その問いは、自分たちの力になりたいと言う海里の心を無為にしていいのか、という意味だった。
しかし、浩史はあくまで警察官と一般人という線を引いた答えを口にする。
「・・・・ああ。そうすべきだ。あと、美希子。しばらく凪の所へ泊まれ。あそこなら多少は安全だ。私はしばらく帰らないから」
「・・・うん、お父さん」
悲しそうな娘の表情を、浩史は曖昧な笑みで誤魔化した。美希子も父の想いが分かるのか、すぐに花が咲くような笑顔を浮かべ、龍の方を見た。
「龍さん! 何か分かった?」
声をかけられた龍は、出来る限り明るい声で応じた。
「いや、まだ何も。だが、犯人が警察官を狙っていることは明白。過去の件は凪が調べ直してくれたから、そろそろ何か分かるだろう」
「良かった~。私が現場に行った甲斐もあるってものだね」
美希子はわざとらしいほど明るい声でそう言った。龍は作り笑いを浮かべ、調査を続ける。玲央は、その光景から目を逸らすように窓の外を見ていた。
「玲央さん! どこ見てるの? 一緒に調べ物しようよ! 事件、解決しなきゃでしょ?」
「あ・・ああ・・・・そうだね。」
玲央は頭の中で過去を巡らせていた。この件に関わり始めたのは自分だが、過去を思い出すと、どうしても酷い頭痛がするのだ。
よく通った、迷いのない声と共に。
ーーーー玲央。お前は本当に正直で、優しい男だな。でも私は、いつか、お前のその優しさが、お前を苦しめるんじゃないかと・・・不安になる。
だから、抱え込まないでくれ。何かあったら話して欲しいんだ。私も、龍も、みんなも、お前の隣にいるから。
「玲央どうした? また、頭痛か?」
浩史に言われ、玲央はハッとした。何かを掻き消すように首を横に振り、口を開く。
「・・・・大丈夫です。お気になさらず」
※
海里は家で1人、原稿の修正をしていた。しかしどうしても身が入らず、事件のことと龍の言葉が頭をよぎり、らしくもない呟きを口にした。
「・・・東堂さん・・どうして・・・・そんなに私が・・邪魔なのですか?」
海里が深い溜息をついた時、インターホンが鳴った。なぜこんな夜に鳴るのか不思議に思ったが、何度も鳴らされては隣人の迷惑になる。仕方なく椅子から立ち上がり、インターホンを鳴らした人物に扉越しで話しかけた。
「どなたですか? 荷物を頼んだ覚えはありませんが」
声に苛立ちが滲むのが分かった。しかし、相手は鼻で笑った後、口を開く。
「冷たいことを仰らないでくださいよ、推理小説家・カイリさん。
それとも、こう言ったほうがいいですか? 小説探偵・江本海里さんと」
「どうしてそのことを・・・?」
相手は再び鼻で笑った。小さく響く、中性的な声が耳に残る。
「妹さんの無事を祈るなら、私について来てくださいませんか?」
「真衣に何かしたんですか⁉︎」
海里は夜であることも忘れて怒鳴った。隣人の迷惑云々は、一瞬で頭の中から消えていた。
しかし、相手は決して答えを口にしなかった。
「知りたければ私と共に来てください。小説探偵さん」
『凪か。声を聞くのは久々だな』
「そうね、浩史兄さん。
2人にはちゃんと忠告したわよ。情報も法の範囲内で提供したし、心配しないで」
『わざわざすまない。2人は何か言っていたか?』
「そうね・・・あ、“巻き込みたくない人がいるなら遠ざけろ”って言ったら、何だか様子が変だったわ。誰か、大切な人でもいるのかしら?」
凪の言葉に浩史は眉を動かした。しばらく間を開け、彼は続ける。
『・・・・そうか、分かった。また、何かあったら頼む』
「ええ」
※
捜査が開始された翌日、海里は1人、現場検証へ向かった。見張りの警察官に一言言って中に入り、現場を見渡す。
「この銃弾のめり込み方・・・遺体がうつ伏せに倒れていたことを考えると、やはり弾丸は背後から飛んできた。武器はライフルや消音銃で、高所から撃ったことは確実。やはり・・・・」
海里は、ゆっくりと警察庁や省庁を目で追った。ふと思い立ち、立ち上がって警視庁を見る。
「いや・・まさか、そんなこと・・・」
海里は自分の考えを打ち消すように失笑した。
その時、
「あれ? 江本さん?」
聞き覚えのある声に、海里は視線を背後へ動かした。
「美希子さん。お久しぶりです。ここで何を?」
「お父さんに現場見て来いって言われたの。遺体はないから、大丈夫だろって」
「いいんですか、それ・・・・」
海里は苦笑した。美希子は笑いながら中に入る。
現場の検分を始めると、美希子は跳ねたり、屈んだりした。昨夜の被害者は海里と同じくらいの身長のため、その目線に立とうとしているのだろう。屈むのは、殺された時の景色を探るためだ。いくら警察官の娘とはいえ、よくここまで冷静に現場に身を置けるものだと海里は思う。
しかし、そんなことを考えていた時、美希子は不吉な呟きを口にした。
「・・・・火薬の臭いがする」
「え?」
海里は首を傾げた。今は風がかなり吹いており、そんな臭いなど彼は感じなかったからだ。
「南・・ううん、南西。場所は・・・・警視庁」
その言葉を聞いた瞬間、海里は美希子の腕を強く引き、自分の胸に押し込んだ。すぐに腰を落とし、現場の端へ転がる。
直後、美希子が立っていた位置に銃弾が埋まった。海里は唖然とする。
「美希子さんも標的・・・⁉︎ これは、警察官が殺害される事件のはずなのに・・・・」
「別に驚くことじゃないよ。元々、私が狙われることなんて分かってる。警視庁に行こう。お父さんたちに報告しないと」
美希子は海里に礼を述べ、彼の腕を解いて立ち上がった。彼女の瞳にも表情にも、一切の不安は感じられない。海里は、何と肝の座った少女だろうと思った。普通の少女であれば、怯え、泣いてもおかしくない。
しかし彼女は、己の立場を理解し、海里が自分を助けることを分かった上で、現場へ来たのだ。犯人を誘い出すかのように、大きく動いて。いくら父親に言われたとしても、実行できるなどあり得なかった。あまりに危険な行為だからだ。
「おお、江本君。美希子を助けてくれたそうだな。礼を言うよ、ありがとう」
白々しいとすら感じる浩史の言葉に、海里は珍しく不快さを表した。
「九重さん・・・趣味が悪いですよ。私がいなければどうするつもりだったのですか?」
「それは考えなかったよ。君は、1度現場を見たくらいで納得するような男じゃないからな」
海里は深い溜息をついた。美希子は3人の元へ行き、状況を報告する。
「昨日の被害者はうつ伏せに倒れていたから、背後から撃たれたことは間違いないよ。あと、弾道は警察庁か周辺の省庁、もしくは警視庁の屋上」
「警視庁の? 犯人は、殺害する警察官の職場で、堂々と犯罪を犯したの?」
「あくまで可能性。どちらかと言うと、周辺の省庁の方が可能性としては高いかな。被害者に見られないことは条件として大事だし」
美希子の方向に納得しつつ、海里が3人の方へ踏み出した。しかし、龍は静かに押し留める。
「東堂さん?」
「お前はこの事件の捜査から手を引け。この先起こる事件はともかく、この事件の間は小説家として活動していろ」
「は・・・・? な・・何で・・・・」
突然の拒絶に、海里は言葉を失った。浩史が続ける。
「美希子を守ってくれて、ありがとう。改めて礼を言うよ。それじゃあ」
4人が踵を返した。海里は訳が分からず、咄嗟に龍の肩を掴む。
「意味が分かりません! 私は確かに、小説のために謎を解いています。しかし! その過程で奪われる命があることを、忘れたわけじゃない・・・‼︎
私が謎を解く理由は、あなた方の助けになりたいからです! 謎を解き始めたあの頃とは違います!」
「そんな問題じゃねえんだよ。とにかく、お前はこの事件に関わるな」
「理由を教えてください! なぜ関わってはダメなのですか⁉︎ 危険な目に遭うくらい、どうってことありません‼︎」
眉を顰めた龍を宥めるように、玲央が穏やかな声を上げた。
「ダメだよ、江本君」
玲央は悲しそうな表情で海里を見つめていた。海里は名前の分からぬ威圧感に飲まれそうになり、思わず言葉を見失う。
「危険な目に遭うことに慣れちゃダメだ。君は・・・まだ失っていない。失いたくないものが、君にもあるだろう?」
海里の頭に、妹・真衣の姿が浮かんだ。交通事故に遭い、意識不明の重体に陥った妹。彼が小説を書き続けるのは、妹のためでもあるのだ。彼女を失うことなど、あってはならないことだった。
「ええ・・・ありますよ。ですが、それとこの事件の何が関係しているのですか?」
拒絶の理由が本当に分からないからこそ、海里は尋ねた。龍は淡々と答える。
「犯人は警察官を狙った連続殺人鬼だ。お前がこれまで出会ってきた犯人とは違う。下手をすれば、親族や関係者に手を出される。最悪の場合、命を奪われる可能性もあるんだ。そんな危険な場所にお前を放り込むほど、俺たちは馬鹿にはなれない」
それらしい理由で遠ざけているようにしか聞こえなかった。龍の言葉は、演者が渡された台本を読んでいるようだった。
海里は龍を見据え、思わず名前を呼ぶ。
「東堂さん!」
続けて何かを叫ぼうとした海里だったが、先に龍の声が飛んで来た。
「いいから帰れ‼︎ これ以上お前に話すことは何もない! 協力してもらうことも!」
何一つ明かさない龍に、海里は何も言えなかった。浩史は2人のやり取りを見た後、龍たちと共に奥へ消えて行った。
※
「九重警視長。本当に・・・これで良かったのでしょうか。私は、彼の力が必要である気がします。何より、彼自身が私たちを助けることを望んでいる」
玲央の言葉に浩史は重々しく頷いた。
「分かっている。だが、江本君は私たちとは違う。まだ失っていないんだ。彼から大切な存在を奪う権利は私たちにはない」
「・・・・江本さん自身のためって言うけれど・・・お父さん。あの人、そんな簡単に諦めないよ。私たちがYesと言うその時まで、関わり続ける」
浩史は苦笑した。分かっていると言わんばかりに。
「そうだろうな。だが受け入れてはいけない。彼自身のために」
3人のやり取りを聞きながら、龍は無言で資料を見ていた。玲央が意見を求めるように横目で見るが、龍は気づかない振りをする。
美希子はそんな龍を気遣ってか、浩史の発言を深掘りするかのよう、更に尋ねた。
「彼自身のためって・・・本気で言ってる? お父さん」
その問いは、自分たちの力になりたいと言う海里の心を無為にしていいのか、という意味だった。
しかし、浩史はあくまで警察官と一般人という線を引いた答えを口にする。
「・・・・ああ。そうすべきだ。あと、美希子。しばらく凪の所へ泊まれ。あそこなら多少は安全だ。私はしばらく帰らないから」
「・・・うん、お父さん」
悲しそうな娘の表情を、浩史は曖昧な笑みで誤魔化した。美希子も父の想いが分かるのか、すぐに花が咲くような笑顔を浮かべ、龍の方を見た。
「龍さん! 何か分かった?」
声をかけられた龍は、出来る限り明るい声で応じた。
「いや、まだ何も。だが、犯人が警察官を狙っていることは明白。過去の件は凪が調べ直してくれたから、そろそろ何か分かるだろう」
「良かった~。私が現場に行った甲斐もあるってものだね」
美希子はわざとらしいほど明るい声でそう言った。龍は作り笑いを浮かべ、調査を続ける。玲央は、その光景から目を逸らすように窓の外を見ていた。
「玲央さん! どこ見てるの? 一緒に調べ物しようよ! 事件、解決しなきゃでしょ?」
「あ・・ああ・・・・そうだね。」
玲央は頭の中で過去を巡らせていた。この件に関わり始めたのは自分だが、過去を思い出すと、どうしても酷い頭痛がするのだ。
よく通った、迷いのない声と共に。
ーーーー玲央。お前は本当に正直で、優しい男だな。でも私は、いつか、お前のその優しさが、お前を苦しめるんじゃないかと・・・不安になる。
だから、抱え込まないでくれ。何かあったら話して欲しいんだ。私も、龍も、みんなも、お前の隣にいるから。
「玲央どうした? また、頭痛か?」
浩史に言われ、玲央はハッとした。何かを掻き消すように首を横に振り、口を開く。
「・・・・大丈夫です。お気になさらず」
※
海里は家で1人、原稿の修正をしていた。しかしどうしても身が入らず、事件のことと龍の言葉が頭をよぎり、らしくもない呟きを口にした。
「・・・東堂さん・・どうして・・・・そんなに私が・・邪魔なのですか?」
海里が深い溜息をついた時、インターホンが鳴った。なぜこんな夜に鳴るのか不思議に思ったが、何度も鳴らされては隣人の迷惑になる。仕方なく椅子から立ち上がり、インターホンを鳴らした人物に扉越しで話しかけた。
「どなたですか? 荷物を頼んだ覚えはありませんが」
声に苛立ちが滲むのが分かった。しかし、相手は鼻で笑った後、口を開く。
「冷たいことを仰らないでくださいよ、推理小説家・カイリさん。
それとも、こう言ったほうがいいですか? 小説探偵・江本海里さんと」
「どうしてそのことを・・・?」
相手は再び鼻で笑った。小さく響く、中性的な声が耳に残る。
「妹さんの無事を祈るなら、私について来てくださいませんか?」
「真衣に何かしたんですか⁉︎」
海里は夜であることも忘れて怒鳴った。隣人の迷惑云々は、一瞬で頭の中から消えていた。
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