小説探偵

夕凪ヨウ

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Case35.若女将の涙④

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「だったらどうして・・・・どうして彼女は、私を迎え入れたんですか?」
 私は純粋な疑問からそう口にした。しかし、その途端、さとしさんの顔が曇る。怒りではないーー信じられない、という驚嘆を宿した顔だった。
「分からないんですか?」
 え、と返すと同時に聡さんは続けた。
「なぜ彼女が、あなたを迎え入れたか。なぜ彼女がーー」
 私は続きを待った。だが、その先の言葉が続けられることはなかった。


 永遠に。
       ーカイリ『若女将の涙』第4章ー

            ※

『R?』
「はい。今写真を送りますね」
 雪美の部屋の検分を京都府警に任せ、海里は宿泊している部屋に戻っていた。彼は警察が雪美の部屋に残されていた紙の写真を撮った後、許可を得て部屋に持ち込み、龍に報告を始めていた。
 龍は海里から送られた写真を見て眉を顰めた。文字は定規で引いて書いたのか、酷く直角な文字だった。
『筆跡鑑定を困難にさせるためか。だが、R・・・・』
「どう思いますか? 人名?」
『その可能性もあるが、俺としては復讐ーーRevengeの意味が含まれていると思っている』
「復讐・・・・確かに、あり得ない話ではありませんね」
 海里は、今まで解決した事件の動機を思い出しながら頷いた。少しの沈黙の後、龍は不思議そうに呟く。
『・・・・過去の復讐をしたいのに、親族を殺したのか?』
「えっ?」
 意味ありげな龍の発言に、海里は思わず目を丸くした。龍はすぐさま続ける。
『ああ、過去の事件の話だよ。資料はさっき送ったから見てくれ』
「ありがとうございます」
 それと、と龍が付け足した。海里は画面を移動しようとしていた手を止める。
『玲央が昔その事件を調べていたんだが、本人から伝言だ。“榊信良は誤認逮捕。彼は冤罪を着せられ、防犯カメラを外した旅館では、彼のアリバイを証明できなかった。”、と』
「冤罪・・・・。それ、事実であれば大問題でしょう。なぜ公にされていないんですか?」
 海里は思わず声のトーンを下げて尋ねたが、龍は事もなげに答えた。
『京都府警が隠蔽したのさ。それに、榊家も信良の死と同時に事件に関与しなくなった。諦めが付いたのか、何なのか、理由は不明だけどな』
「・・・・なるほど。ありがとうございました。また何かあれば連絡します」
 海里は電話を切ると、思わず深いため息をついた。雪美の遺体発見時からここまでのことを思い起こし、沸き立つ疑問を整理する。
 雪美を殺害した犯人の正体はもちろんのこと、鍵をあんな分かりやすい場所に捨てた理由も分からなかった。本当に荒らした部屋を隠したいなら、鍵は処分してしまった方が早い。にも関わらず、犯人は鍵を分かりやすい場所に残して部屋に誘導したーー
 海里はそこで思考を止めた。雪美が旅館の入口に向かった以上、鍵を捨てた、いや落としたのは、彼女本人であるはずだからだ。しかし、そうであれば彼女は鍵を探したはずである。その最中に殺害現場で犯人に殺害された可能性も、ゼロと断言することはできなかった。
 何度考えても、分からなかった。あの殺害方法、抵抗した痕が見当たらない遺体、深夜の見回り、1つだけ落ちていた鍵、荒らされた部屋、脅迫状。証拠のように見える全てが、証拠たり得なかった。
「Revenge・・・・もし本当にそうだとしたら、一体、何の恨みが? 10年前の事件・・・・? だとしたら、被害者遺族からの復讐?」
 海里は訳の分からぬまま、龍が送ってきた資料を見た。そこには、以下のように事件の概要が記されてあった。


 被害者・樹勇太郎いつきゆうたろう(当時16歳)
・死亡推定時刻は9月15日午後22時~午前2時。
・死因は刺殺で、首や手足など至る所に狂気である包丁が刺さっていた。
・榊家の長女・雪美と婚約関係にあり、当時は榊家に住み込んで次期旅館の当主として修行をしていた。


「婚約関係・・・・⁉︎」
 海里は雪美の言葉を思い出した。彼女は渉のことを幼い頃からの許嫁だと言った。だが、彼女には過去に別の許嫁がいたのだ。そして、その許嫁を殺した犯人として、榊信良は逮捕された。本当に誤認逮捕であれば、犯人はせせら笑っていただろう。身内の犯罪に苦しむ榊家の人間を見ながら。
 海里は深呼吸をし、資料の続きに視線を落とした。


・家族全員にアリバイがあったものの、警察側は信良を逮捕。誤認逮捕と思われたが、後に信良が犯行を認めたため、有罪判決が言い渡された。
・信良は6年の懲役刑が言い渡されたが刑務所生活が1年も経たぬうちに病で死亡。
・信良死亡後、榊家は事件のことを口にせず。
・信良がいた雑居房には遺書が残されていたが、内容から察するに雑居房で書かれたものではなく、病の身を鑑みて事件前に用意してあったものだと推測される。


「雪美さんは嘘をついていた・・・・。もしそれが、私に過去を隠すためだったら? 探偵をしている私が、過去の事件に気づいてしまわないように嘘をついていたとしたら? いや、そうだとしても、私が話を聞く可能性はあったのに・・・・。彼女は一体、何を考えて・・・・?」
「江本さん」
 ノックをして入って来たのは五十嵐だった。
「何か?」
「鍵が見つかりました」
 その言葉を聞いた瞬間、海里は椅子から弾けるように立ち上がった。
「どこにあったのですか?」
「被害者の部屋の畳の下です。こちらへ」
 海里は五十嵐に連れられて雪美の部屋に戻った。畳の下には確かに鍵があり、照明に光って反射している。海里は警察の輪に入って鍵を手に取ったものの、眉を顰めた。
「これ、本物ですか?」
 海里の質問に五十嵐はすぐさま声を発した。
「どう見ても鍵でしょう?」
「確かに鍵は鍵です。しかし、全て同じ色・大きさ・型とはあっては、不自然としか言いようがない。試しにどこかの部屋を開けてみますか?」
 それは暗に本物ではないと口にしていた。五十嵐も何となく分かっていたのか、追求せずに尋ねる。
「では本物はどこへ?」
 苛立つ五十嵐に対して、海里は冷静に言った。
「犯人が持ち去ったのでしょう。わざわざ雪美さんの部屋の鍵だけを残し、ここを探すよう操作した。しかし・・・・妙です」
「妙?」
「あまりに雑過ぎる。本当にこの鍵を本物に見せたかったのであれば、きちんとした細工を施するべきだった。しかし、犯人は全くそれをしていない。となると・・・・」
「初めから隠すつもりはなかった?」
「ええ。恐らく、捜査を困惑させ、遅くさせるためだけに仕組んだのです。全く、迷惑この上ないですよ」
 海里は呆れた表情で溜息をついた。


 その時、海里は、ふと鍵が見つかった畳の下を何気なく見つめ、訝しげな視線を送った。
「その床、何か変では?」
「いや、別に普通でしょう。さっき鍵が見つかったんだから、少しくらい傷ついてもおかしくないと思いますよ。できる限り傷つけないようにはしましたが」
「・・・・退いてください」
 海里は五十嵐たちを押し除け、畳が外された床を凝視した。よく見なければ分からないが、そこには縦横30cmほどの凹みがあった。瞬間、隠し扉の3文字が頭をよぎる。
 1つの可能性に行き着いた海里は、机にあるペン立ての中に入ったカッターナイフを手に取り、凹みに突き立てた。そして、躊躇うことなく凹みに沿って床を切り始める。五十嵐も他の警察官もギョッとする中、彼は脆さに安堵しながらカッターナイフを動かし続けた。
「ちょっと、何を・・・・!」
 五十嵐は思わず叫んだが、海里は競うように叫び返した。
「黙っていてください!」
 喧騒の中、板張りの床を切り終えた海里は、突き刺したカッターナイフを横に動かして床を外した。
 その瞬間、海里は思わず息を呑んだ。目の前に広がる光景が信じられず、震えながら声を上げた。
「どうして・・・・こんなものがーー?」
 床下にあったのは白骨だった。
 しかも頭蓋骨だけで、他の骨は見当たらない。周りにいる警察官も、状況が理解できず、海里と同様に混乱した表情を浮かべている。
 海里はすぐにスマートフォンを取り出し、龍から送られてきた資料の写真をスクロールし、目的の文言を読み上げた。
・・・・! 
 遺体は雪美さんが隠していたんですね。他の部分は焼却して、山にでも埋めた。頭蓋骨を残したのは、事件を忘れないためか、何か他の理由・・・・?」
「待って、意味が分からない。被害者の遺体?」
 五十嵐が尋ねると、海里は京都府警の方を向いて怒鳴った。
「あなたたち京都府警が誤認逮捕した、10年前の月影旅館での殺人事件ですよ! 忘れたわけじゃないでしょう!」
 海里は京都府警を睨みつけ、激しい怒りを隠さないまま続けた。
「被害者は樹勇太郎、当時16歳。今回の被害者、榊雪美さんの許嫁です! 犯人は雪美さんの父親、榊信良さんとされましたが、彼は無実・・・・あなた方は誤認逮捕をした! 当時、事件に関わっていた方もいるのではないですか? 彼が無実だと分かっていた方も!」
 数人の警察官が海里から視線を逸らした。彼は確信を覚え、呆然としながら成り行きを見守っている渉に視線を移す。
「渉さん。あなたは、本当に勇太郎さんのことを知らなかったのですか? 事件は榊家に影を落としたはずです。許嫁となるあなたに、隠し通せることではない。知らない方が妙だと思いますが?」
 海里の真っ直ぐで鋭い瞳に、嘘がつけないと思ったのか、渉は俯いて口を開いた。
「・・・・知らなかったわけではありません。許嫁になった後、雪美とお義母さんから全てを聞きました。両親にも話して、その上で結婚したんです。
 しかし当然と言うべきでしょうが、誰にも言わないで欲しいと、強く念を押されたんです。
 特に江本さんーーあなたには」
「どういうことですか?」
 詰問する海里に対し、渉はゆっくりと言葉を続けた。
「・・・・あなたは探偵で、何もかも、全てを、見抜く。だから、隠さなければならないと・・・・言っていました」
 途切れがちな渉の言葉は不可思議だったが、海里は気に留めている余裕がないのか、続けて尋ねる。
「つまり、あくまで雪美さんの意見であり、渉さんは話しても構わないと思っていたんですね?」
「はい。信頼できる相手なら、話しても構わないだろうと伝えたんです。でも、彼女は極端に嫌がって・・・・」
 渉の言葉に海里は再び考え込んだ。雪美の気持ちを考えれば、事件を隠したがるのは当然である。しかし、そこまで隠したがった以上、自分に事件のことを話したら、外部へ漏らすと危険視していたように思えてならなかった。
「では、なぜ彼女は、私の我儘を受け入れて・・・・」
 自分を招いたのか、と尋ねようとした時、渉が先に口を開いた。
「分からないんですか?」
「えっ?」
 海里が顔を上げると、今度は渉が真っ直ぐな瞳で海里を見ていた。彼は信じられないという顔を浮かべながら続ける。
「雪美が、なぜあなたを受け入れたのか、なぜ彼女がーー」
 その時、どこからか銃声が聞こえた。以前の事件を思い出した海里は、反射的に窓の外に視線を移す。
 しかし同時に鮮血が散り、人の倒れる音がした。
「・・・・え?」
 海里は恐る恐る視線を正面ーー正確には足元ーーに移した。そこには、彼が予想したものの、見たくなかった光景があった。
 海里の前に立っていた渉は、脳天を撃ち抜かれて死んでいた。警察官たちも、何が起こったのか、まるで理解できていなかった。
「なっ・・何で・・・・どうして、あなたが? 一体、今、何が起こって・・渉さん・・・・渉さん! 起きて・・起きてください! 渉さん‼︎」
 海里は必死に呼びかけたが、渉は目を覚さなかった。あまりに一瞬の出来事で、即死の2文字が浮かぶまで時間を要した。
 悲しみを越した困惑が、海里の頭を埋め尽くしていた。
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