剣も魔術も使えぬ勇者

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第3章「魔法大会予選 ‐エルクの秘められた力‐」

第13話「アリアとデート 前編」

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「どうしようか」

 窓から外を見てみる。日が昇り始めたばかりで、外はまだ暗い。
 何故こんな時間に起きているのかって?
 寝てない、と言うか眠れないからだ。

 ダメ元でアリアをデートに誘ったら、すんなりOKされた。
 デートコース? そんな物は何も考えていない。
 そもそも街に何があるのか、まだよくわかっていないし。
 それでも知ってる場所はいくつかあるんだし、それで何とか回れる場所があるか思案してみる。
 そんな風にあれこれ考えているうちに、大変な事に気付いたのだ。

 僕が! アリアと! デートをする! と言う事だ!

 最初の内はどこか他人事のように考えれたのに、自分の事と意識したらもうダメだった。
 心臓がバクバクする、誘った相手を見ると今は規則的にすーすーと寝息を立てている。
 その寝顔を見ただけで、更に心臓が加速するのだ、心臓にシアルフィでもかけたかのように。あぁジャイルズ先生、これが恋の魔法と言うやつですね。
 そんなくだらない事を考えて気持ちを落ち着かせようとするが、やはり落ち着かない。

 そもそもこんな可愛い女の子と、僕はデートをしても良いのか?
 僕じゃアリアと全然釣り合ってないと思うんだけど。
 そう思うとベッドで悶えたいが、そんな事してたら変に思われてしまうので心の中で悶えよう。

 そんな事を考えていて、結局一睡もできずにこんな時間だ。
 勿論デートのプランなんて何一つ決まっちゃいない。 

 日を改めようか? それでは意味が無い。目的は彼女を外に出して翌日から一緒に学園に行く事なのだから。
 日を改めてしまったらそれまで彼女は引き籠りのままだ。時間が経てば経つほど周りとの溝も深まっていく。
 だから今日デートをしなければいけない。
 そして、引き籠りから脱出させなければならない。

 そう考えると、結構ハードルが高い。
 どうしよう? 何か、何か良い方法は無いか?


 ☆ ☆ ☆


 結局、何も思い浮かばなかった。
 サラ達が学園に行くのを見届けてから、僕はアリアと一緒に外に出た。

 いつも通りの無表情な彼女だが、今日はいつもと違う。
 普段は軽鎧にショートパンツ姿の剣士のような服装だが、今日はロングドレスのようなものを着ている。
 胸元が空いており、腰回りにはコルセットが巻かれている。
 ただし素材はどちらかと言えば地味な色合いで、舞踏会や貴族向けではなく、ちょっと裕福な村娘用の服である。

「これ、変じゃないかな?」

「ううん。凄く似合っているよ」

 普段はあまり動じない彼女が、せわしなく振り返って自分の背中を見たり、スカートを摘んでみたりしている。
 
「本当に?」

「うん、可愛いよ」

「……ありがとう」

 ちなみに、服は彼女の物ではない。
 今回のデートに誘えた場合を想定し、サラがお古を学生から貰って来ていたのだ。
 アリアは最初興味無さそうに「いつもの服で良い」と言っていたが、サラがアリアの耳元で囁いたら「じゃあ着る」と言って着替えた。

「エルクもそれ、似合ってるよ」

「そう?」

「うん」

 僕も同じようにデートの為に装いを新たにしている。
 と言っても普段のどこにでもいる村人っぽい恰好の上から赤いローブを羽織っただけだけどね。
 しかし、それだけで火属性魔法が得意な魔術師っぽく見える! と自分では思う。

 ちなみにもう一つ僕の服装が用意してあった。それは毛皮のジャケットだ。
 ズボンと素肌に毛皮のジャケットでワルの雰囲気が出せるとさ、正直どうよ?
 冗談で持ってきたのだろうと思い「流石にこれは……選んだ人はセンスが絶望的に無いですね」と笑って言ったら、サラが涙目でプルプル震えていたのには正直焦った。

「それじゃあ、行こうか」
  
 宿の入り口で立ち止まるアリアに声をかけ、前をズンズン歩く。
 ちゃんと付いて来てくれているかな? ちょっと心配になって立ち止まり、後ろを振り返ろうとすると、彼女は僕にぶつかってきた。
 僕の背中のローブを掴み、接触するギリギリの距離に居たみたいだ。
 
 彼女の方が背は高く、普段は僕が見上げる形なのだが、今は少し中腰になった彼女は僕よりも低い。
 周りの目線を気にして、少しでも僕の影に隠れれるようにしているようだ。
 今日は僕が彼女を見下ろす感じになっている。立ち止まった僕に「どうしたの?」と言って上目遣いをする彼女に少しドキっとした。

「そ、そういえば朝ごはんまだだから、アリアは何が食べたいかな? と思って」

 しどろもどろになりながら、朝ごはんを言い訳にしてみる。
 「んー」と唇に人差し指を当てて考えるしぐさに、またドキドキしてしまう。
 いかん、このままでは僕の理性が!
 そうだ、目を合わせなければ良いんだ。目線だ、目線を下げてみよう。

 目線を下げた先には大きく開かれた胸元が!
 大丈夫、おっぱいフルフルさんの胸と比べればこのくらいは耐えられる。
 ごめんなさい、嘘です。大丈夫なんかじゃないです。
 目線を上へ上へと逃がして行こう。

「エルクと一緒なら、何でも良い」
 
 何でも良いか、これはスクール君から聞いた『デートにおける最も厄介な選択肢』だっけな。
 これは略語で、正しく言うと「私を満足させてくれるものなら、何でも良い」だ。と力説してた。
 「何でも良いからと言われて適当なボロい店に入ったら、まず間違いなく彼女は激怒するから気を付けろよ」と言ってたけど、デートなのにぼろい店をチョイスする事がまず間違いな気がする。

 少し先の通りに、店外にもテーブルとイスが置かれたおしゃれなお店がある。多分あれなら大丈夫だろう。
 女の子が座る椅子を引いてやるのが男の務め、そう思い僕が椅子を引く頃には彼女は自分で隣の椅子に座ってた。
 椅子を引いて固まっていた僕を見て、頭に「?」を浮かべ見つめてくるアリア。僕は大きな動作をして椅子に座る事によりごまかすことに成功した。そもそも何も気にしてないと思うけど。

「美味しいね」

「うん」

 パンにウインナーや野菜を詰め込んだ料理を注文したが、予想以上の価格だった。お祭り期間だからだろうか?
 これなら自分で作ってどこかで食べたほうが、と思った所で考えを振り払う。
 デートなのにケチな考えをしてはダメだ。そもそもアリアの服装は外に出て草原で一緒に食べましょうというのには向いていない。
 だから、ここで正解なはずだ。

 朝食を取ったら、もうすることが無くなった。
 ただこの街の利点は、何もしなくても面白いものが色々見れることだ。
 椅子から座って適当に周りをみていると、食事が終わるまでに3回ほど戦ってる人達が見れた。

 普通に戦っているようにも見えるけど、彼女が試合ごとにどんな読み合いと駆け引きがあったか教えてくれる。
 何も知らないとただぶつかり合ってるだけにしか見えないけど、彼女の解説を聞くと一合の打ち合いの間に、お互いが何手も仕掛けているのがわかる。
 解説を聞いているだけでも面白いけど、その試合の中で「こうすればよかったんじゃない?」と言う僕の意見に対して、アリアが返しの択をポンポンと出してくるのが楽しい。
 最終的には答えが一巡して、見てた試合と同じ答えになる。

 前衛で戦う人間を「脳筋」と言う人が居るけど、アリアの話を聞いているととても脳筋なんかには思えない。
 ただがむしゃらに剣を振るえば良いわけじゃない、一瞬の間にいくつもの選択があり、そこから最善を選んでいく。
 それは魔術師となんら変わらない。むしろ近接する分、判断力が魔術師よりも必要じゃないだろうか。

「アリアって、頭良いんだね」

「そんな事無い」

「そんな事あるさ。今の解説だって試合内容をちゃんと理解して、それを僕にわかるように伝えてくれる。頭が悪かったらそんな事出来ないよ」

「俺もそう思う!」

 突然後ろから声をかけられた。
 振り返った先には、ソフトなモヒカン、素肌に毛皮のジャケットを着た最強の男。キースさんが居た。

「マジ最強なんでよろしく」

 前会った時も言ってたけど、もしかして彼流の挨拶なのだろうか?
 笑顔で親指を立てている。
 
「えっと、この人はヴェル魔法大会で何度も優勝している、最強の男キースさん」

 「誰?」と言いたげなアリアに、キースさんを紹介する。
 一回しか会った事が無いけど、僕には「うっす、久しぶり」と挨拶をしてくれた。
 顔を覚えていてくれたみたいだ。

「この前の試合見てたけど。お前強いな」

 あえて触れないようにしていた話題なんだけど……
 いや、彼はアリアが負けたショックで引き籠った事を知らないんだし、仕方ないと言えば仕方ないか。

「そんな事無い。私は負けたし」

「そりゃ負ける事はあんだろ? 俺だって1回戦で負けた事なんていくらでもあるし」

 負けた事あるの!?
 てっきり「マジ最強なんでよろしく」と言うくらいだから、ほぼ無敗だと思ったのに。
 そう言えばキースさんが負けたら、代わりにバンさんかマーキンさんが優勝してるって、ランベルトさんのメモには書いてあったっけ。

「最強なのに、負けるの?」

 目を丸くするアリア、彼女も『最強』と言うからには負けなしを想像していたのだろう。

「違う違う。最強でも負けるんだよ」

「そうなんだ」

「負けても次勝てば良いんだよ、ってか負けない奴なんていねぇんだから」

 ところで、アリアは普通に話してるけど、怖くないのだろうか?
 正直、そこらへんに居るチンピラよりも怖いんだけど。主に見た目が。
 怖いけど、今どうしてもキースさんに聞きたい事がある。勇気を出せ僕。

「あ、あの、一つ聞いても宜しいでしょうか?」

「うん? 良いよ」

「もしですよ? もし負けた時に応援してくれた人がガッカリしてたり、何か悪口を言って来た場合、キースさんならどうしますか?」

 もしかしたら、アリアの引き籠りを解決する糸口になるかもしれない。

「『バーカ』と言ってやれ」

 笑いながら中指を立てている、それはちょっと……
 アリアはキースさんに倣い、中指を立てて小声で「バーカ」と言って練習をしている。アリア、それは今すぐ辞めようか。

「まぁここら辺の奴らなら、そんな事言わねぇと思うし大丈夫だろ。もしそんな事言う奴がいたら、ソイツが周りから叩かれるだけだ。気にすんなとは言わねぇけど、あんま思いつめないようにな」

 問題はアリアを悪く言う奴ってのが、アリア自身なんだよな。

「そう言えば前に一緒に居たツレ見ないけど、今日は二人きりなの?」

「デートだから」

「デートなので」

「……すまん」

 苦笑いを浮かべ頬をポリポリと掻きながら、申し訳なさそうな顔で謝り、最強の男キースさんは勢いよく走り去っていった。
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