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第4章
5 歌え 集え⑤
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「…今、なんて」
サリエの表情が曇った。美人があっという間に鉄仮面に早変わり。眉間の皺が寄った。
禁呪というからには、秘密なのだろうけど、ここは退かずに何としてでも聞き出したい。
「マリーのこと、わかっているよね?」
回りくどいことはしない。直球だ。時間がない。
「…」
サリエは黙り込む。雪の言わんとしてることはとうに理解していた。でも口に出せないのは、神殿の人間だからか。禁忌の札を付けた瓶を易々と開けるわけにはいかないのだ。
「…手、痛いわ」
「あっ、ごめんなさい」
雪はサリエから手を離した。サリエの手首に指の痕がほんのりと残った。
サリエはその痕を指の腹でそっとなぞった。
「何でかしらね」
「え?」
「お前にもマリーにも人が集まる。何がそう惹きつけるのか。どうして私では駄目なのだろう。どうして、チドリもマリーも私から離れていくのかしら」
サリエは雪から目を逸らし、遠くの方を眺めた。その横顔は今にも崩れていきそうな砂の城のように脆く見えた。
「…そもそもお前は何者?ただの普通の娘にしか見えないけれど。何故、あの塔にいたの?チドリと、いや、シャドウと一緒に来たの?」
サリエの口からシャドウの名前が出て、雪は胸を高鳴らせた。歓喜の音ではなく、寂しげで、重く、のしかかるような錆びた色の音だ。最後に見た姿が忘れられない。
「あの子がここを出てから十数年何の音沙汰もなかったのに。なのに何故いま」
サリエはもう一度雪に向き直った。
城からの通達は届いているはずなのに、この人は何も知らされてない。私がヴァリウスの指示で来たことも、影付きであることも。チドリさんはこの人に知れたら、私の処置は早まるだろうと言って隠していると言っていた。それが本当なら、この人は私のことを何も知らない。
雪は、声が出ない。
言えば処される。
言えば処される。
ぐるぐると同じ言葉が頭の中を駆け巡った。迷えば迷うほど、口に出したくてたまらなくなる。
「わ、私は、」
本当のことを言えば処される。マリーを助けることも、シャドウの元に戻ることもできなくなる。なのにどうして、黙っていられないのだろう。
「…今更何を聞いても驚かないわよ。禁呪なんて馬鹿な真似をしたことに比べては。何も」
サリエは黙り込む雪を見て、微笑を浮かべた。諦めとも取れる微笑みだった。
「じゃ、じゃあ、私が影付きだと言っても、驚きませんか?」
心臓が鷲掴みにされたようにぎゅっと締め付けられた。
爆音が胸の中で跳ねる。
「影付き?…ってあの?」
雪の予想を反して、サリエの反応は淡白だった。もっと戦々恐々になるかと思っていた。
「お前が影付きだと言うの?」
「…はい」
爆音が鳴り響く。小さなハコからは音漏れが激しい。
雪の焦燥とした顔を、サリエはふうんと興味のない顔で見つめた。すごい汗よとハンカチで拭ってくれた。
「私を…処分する…んじゃないの?」
死刑執行台に立った気分だ。申し開きはいくらでもあるけど、立ち去ることはできない。足どころか、全身が震えて振り向くことすらできない。
「何故そんなことをしなければならないの?」
サリエは呆れ顔だ。
「塔の中でのことは悪かったと思っているけど、今のお前をどうこうしようとは思わない。影付きだからなんだって言うのよ。現れたのは実に久しぶりだけど、特に珍しくもない」
始末するなら助けたりしないわ、と笑い飛ばした。
「だ、だって、チドリさんが」
サリエの真意が掴めない。本当のことを言っているように聞こえるけれど、真っ正面から信じられるかと問われたら即答できない。
「チドリが何て?」
「…この国の発展の為には、他所の国から来た影付きの情報が必要になる。だから、私の記憶を奪って、土台にすると」
口に出す度に寿命が縮んで行くような気分になる。もう何回言った?何回分の寿命がもぎ取られて行っただろうか。
呼吸が浅くなる。酸素をうまく吸えなくなる。苦しくて。
雪は胸を押さえながらうずくまった。口に出すと寿命が縮まるどころか、私への覚悟があるのかと問いただされているように聞こえる。何の覚悟だ?死ぬことの覚悟?そんなものあるわけがない!
本当にもうどうにもならないの?
マリーの禁呪を解く手立てより、私の処刑を回避する方が先なんじゃないの?
底なしの自問自答を何度も繰り返しては、息ができなくなる。頭の中で走馬灯のように浮かぶシャドウやディルの姿に何度手を伸ばしたことか。
雪は嗚咽を噛み締めながら泣いた。地面に爪を立てて抉る。爪に入り込んだ土にさえ、憤りを感じた。
「ちょっと。ほら、落ち着きなさいよ」
わあわあ泣く雪にサリエは母親のように宥めた。背中をさする手が、本当に母親みたいに思えて懐かしさを感じた。
子どもの頃、滅多にひかない風邪を拗らせて嘔吐を繰り返していた私の背を優しくさすってくれたのだ。母は看護師で家にいる日がほとんどなかった。病気の時だけ母を占領できたので、嬉しくて今も覚えていた。
「ほら、顔を拭いて。お前、いい歳をしてマリーみたいね」
幼子をあやすかのような手つきは、本当に温かみがあり、サリエの母性を知ることになった。この人は本当はマリーのことも愛している。
汗と涙と鼻水でいっしょくたになった雪の顔をクスクスと笑った。
「…笑い事じゃないんですけど」
自分が如何にヤバイことになっているかなど、鏡を見なくてもわかる。
「笑い事よ。そんなことあるわけないじゃない」
「は?」
ピタリと嗚咽が止まった。
「影付きの記憶を奪うなんてことは、ない」
「…は?えぇ?だって、そんなこと!!」
「あるわけがない」
サリエはきっぱりと断言した。
「この国において、影付きの出現は数百年に一度あるかないかよ。その出現方法は未だ不明。確かに影付きの中には、高度な文明や知識を知る者もいた。
国を上げて彼等の知識や情報を調べるチームが出来て、国境に彼等の文献を集めた資料館を作った。一度行ってみたらどう?
それらを元に、この国でも政治や学問や街づくり、田畑の研究なんかも参考にしている。
でも、来るのは成人だけじゃない。生まれたての赤ん坊の時もあった。そんな赤ん坊に何の知識があって、それらを奪おうと思うのか。
影付きは、私達の知らない情報を与みしてくれた貢献人と言ってもいい。良い意味ではね」
「…その言い方だと悪い意味もあるよね?」
「ああ。中には己れの知識をひけらかして悪行に使う者もいた。石を金に変えるとかな」
「悪だね…」
日本人なら恥だな。嫌だな。
「そういう奴ばかりではないが、影付きは良くも悪くもこの国に影響を及ぼしている貢献人だ。そんな彼等の記憶を奪おうと、ましてや処分するなど思うか?」
「…研究材料として使えるなら、使うでしょ…?」
「味見もせずに鍋で煮るのか?とんだ鬼畜だな。我々は」
サリエは皮肉っぽく笑った。
「だって、チドリさんが言ったのよ?私を記憶ごと礎にするって!」
サリエの説明は的を射ていた。裏をかくような見方はしなくてもそれが真実だと言えるだろう。だったら何故、チドリは正反対のことを雪に告げたのか。
「馬鹿な」
「私だって、馬鹿な話だと思いたいよ!だったらなんでこんなに胸が痛いの?息苦しくて、今にも!」
ショック死しそうだ。服の上から握りしめた箇所が穴が開きそうなくらいに皺が寄っていた。
「それはお前が興奮するからだろう?」
サリエは雪の背に伸ばした手でさすってやった。
「リュ、リュトゥルテの花が咲くまでだって、私が生きられるのは」
「国花が?何の関係があるのだ?」
「結婚式で、みんなが騒いでいる間に裏で私を始末すると」
「結婚式と言っても、できる状態にないぞ。花嫁は逃げ出したし、神官も、それどころではないしな」
市井に中止の報告もしなけれはならないか。ソイン達も帰してやらねばならない。
仕事が増えるなとサリエは頭を抱えた。
「逃げ出した?マリーが?」
「あぁ。お前を追って塔から落ちた」
「落ち…って、それじゃあマリーは!」
雪はサリエにしがみついた。救いたかった小さな命は、既に朽ちてしまったということか?
「…そうか。あれはマリーの仕業か」
サリエは塔の下に蔓延っていた草の根の正体を突き止めた。力が制限されていた塔の中から出れた影響で、マリーの能力が暴発したのだ。それらがクッションになって、この娘は軽傷で済んだのだろう。雪を神殿に仇なす者と忌み嫌っていたが、今となれば無駄な殺生を回避できてよかったと思う。
「…本当に、あの子には」
いつも驚かせられる。いつまでも手のかかる幼子ではないのだ。いつの間にか奇跡も起こせる立派な巫女になっていたのだ。
サリエは満足気に微笑んだ。
「ほら、立ちなさい。行くわよ。マリーならきっと無事だから」
サリエは雪の腕を引いて立ち上がらせた。
「ど、どこに行くの?」
「禁呪を解きたいのでしょう?なら、チドリの元に。解除方法はかけた者にしかわからないわ」
「そんな…」
また、チドリを目の当たりにしたらどうなるかわからない。三度目の悪鬼が出たりしたら抑えが効かなくなるかもしれない。
雪はまた胸元を握りしめた。
「査問委員会にも報告しなきゃいけない」
「査問委員会?」
以前、会社の不正を問われた社員が呼び出されていたことを雪はふっと思い出した。
「チドリが、禁呪を使用したことの罪を告げなければならない」
「…あなたにとっては大事な人なのに」
訴えるなんて。
「大事だからこそ、目を逸らしてはいけない」
神殿を守る為に、不正は許されない。たとえ、相手が誰であってもだ。
「神官不在な非弱な神殿になってしまうがな。致し方ない」
サリエは少し躊躇うような寂し気な笑みを浮かべた。
「それにしても、どこから影付きを礎にするなどという発想が生まれたのかしら」
影付きを研究する機関は充実しているという。研究者達も多く、予算も足りている。
「チドリは何を考えているのかしら」
考え込むサリエの後ろを雪はゆっくりと歩いた。今度はチドリの真意がわからなくなって来ていた。影付きの処分はデマ。何故そんなことを雪に吹き込んだのだろうか。雪を惑わせて悩ませて、何の得があったのだろう。
「誰の入れ知恵か」
サリエは頭を抱えたまま独り言のように呟いた。
「…今、なんて」
サリエの表情が曇った。美人があっという間に鉄仮面に早変わり。眉間の皺が寄った。
禁呪というからには、秘密なのだろうけど、ここは退かずに何としてでも聞き出したい。
「マリーのこと、わかっているよね?」
回りくどいことはしない。直球だ。時間がない。
「…」
サリエは黙り込む。雪の言わんとしてることはとうに理解していた。でも口に出せないのは、神殿の人間だからか。禁忌の札を付けた瓶を易々と開けるわけにはいかないのだ。
「…手、痛いわ」
「あっ、ごめんなさい」
雪はサリエから手を離した。サリエの手首に指の痕がほんのりと残った。
サリエはその痕を指の腹でそっとなぞった。
「何でかしらね」
「え?」
「お前にもマリーにも人が集まる。何がそう惹きつけるのか。どうして私では駄目なのだろう。どうして、チドリもマリーも私から離れていくのかしら」
サリエは雪から目を逸らし、遠くの方を眺めた。その横顔は今にも崩れていきそうな砂の城のように脆く見えた。
「…そもそもお前は何者?ただの普通の娘にしか見えないけれど。何故、あの塔にいたの?チドリと、いや、シャドウと一緒に来たの?」
サリエの口からシャドウの名前が出て、雪は胸を高鳴らせた。歓喜の音ではなく、寂しげで、重く、のしかかるような錆びた色の音だ。最後に見た姿が忘れられない。
「あの子がここを出てから十数年何の音沙汰もなかったのに。なのに何故いま」
サリエはもう一度雪に向き直った。
城からの通達は届いているはずなのに、この人は何も知らされてない。私がヴァリウスの指示で来たことも、影付きであることも。チドリさんはこの人に知れたら、私の処置は早まるだろうと言って隠していると言っていた。それが本当なら、この人は私のことを何も知らない。
雪は、声が出ない。
言えば処される。
言えば処される。
ぐるぐると同じ言葉が頭の中を駆け巡った。迷えば迷うほど、口に出したくてたまらなくなる。
「わ、私は、」
本当のことを言えば処される。マリーを助けることも、シャドウの元に戻ることもできなくなる。なのにどうして、黙っていられないのだろう。
「…今更何を聞いても驚かないわよ。禁呪なんて馬鹿な真似をしたことに比べては。何も」
サリエは黙り込む雪を見て、微笑を浮かべた。諦めとも取れる微笑みだった。
「じゃ、じゃあ、私が影付きだと言っても、驚きませんか?」
心臓が鷲掴みにされたようにぎゅっと締め付けられた。
爆音が胸の中で跳ねる。
「影付き?…ってあの?」
雪の予想を反して、サリエの反応は淡白だった。もっと戦々恐々になるかと思っていた。
「お前が影付きだと言うの?」
「…はい」
爆音が鳴り響く。小さなハコからは音漏れが激しい。
雪の焦燥とした顔を、サリエはふうんと興味のない顔で見つめた。すごい汗よとハンカチで拭ってくれた。
「私を…処分する…んじゃないの?」
死刑執行台に立った気分だ。申し開きはいくらでもあるけど、立ち去ることはできない。足どころか、全身が震えて振り向くことすらできない。
「何故そんなことをしなければならないの?」
サリエは呆れ顔だ。
「塔の中でのことは悪かったと思っているけど、今のお前をどうこうしようとは思わない。影付きだからなんだって言うのよ。現れたのは実に久しぶりだけど、特に珍しくもない」
始末するなら助けたりしないわ、と笑い飛ばした。
「だ、だって、チドリさんが」
サリエの真意が掴めない。本当のことを言っているように聞こえるけれど、真っ正面から信じられるかと問われたら即答できない。
「チドリが何て?」
「…この国の発展の為には、他所の国から来た影付きの情報が必要になる。だから、私の記憶を奪って、土台にすると」
口に出す度に寿命が縮んで行くような気分になる。もう何回言った?何回分の寿命がもぎ取られて行っただろうか。
呼吸が浅くなる。酸素をうまく吸えなくなる。苦しくて。
雪は胸を押さえながらうずくまった。口に出すと寿命が縮まるどころか、私への覚悟があるのかと問いただされているように聞こえる。何の覚悟だ?死ぬことの覚悟?そんなものあるわけがない!
本当にもうどうにもならないの?
マリーの禁呪を解く手立てより、私の処刑を回避する方が先なんじゃないの?
底なしの自問自答を何度も繰り返しては、息ができなくなる。頭の中で走馬灯のように浮かぶシャドウやディルの姿に何度手を伸ばしたことか。
雪は嗚咽を噛み締めながら泣いた。地面に爪を立てて抉る。爪に入り込んだ土にさえ、憤りを感じた。
「ちょっと。ほら、落ち着きなさいよ」
わあわあ泣く雪にサリエは母親のように宥めた。背中をさする手が、本当に母親みたいに思えて懐かしさを感じた。
子どもの頃、滅多にひかない風邪を拗らせて嘔吐を繰り返していた私の背を優しくさすってくれたのだ。母は看護師で家にいる日がほとんどなかった。病気の時だけ母を占領できたので、嬉しくて今も覚えていた。
「ほら、顔を拭いて。お前、いい歳をしてマリーみたいね」
幼子をあやすかのような手つきは、本当に温かみがあり、サリエの母性を知ることになった。この人は本当はマリーのことも愛している。
汗と涙と鼻水でいっしょくたになった雪の顔をクスクスと笑った。
「…笑い事じゃないんですけど」
自分が如何にヤバイことになっているかなど、鏡を見なくてもわかる。
「笑い事よ。そんなことあるわけないじゃない」
「は?」
ピタリと嗚咽が止まった。
「影付きの記憶を奪うなんてことは、ない」
「…は?えぇ?だって、そんなこと!!」
「あるわけがない」
サリエはきっぱりと断言した。
「この国において、影付きの出現は数百年に一度あるかないかよ。その出現方法は未だ不明。確かに影付きの中には、高度な文明や知識を知る者もいた。
国を上げて彼等の知識や情報を調べるチームが出来て、国境に彼等の文献を集めた資料館を作った。一度行ってみたらどう?
それらを元に、この国でも政治や学問や街づくり、田畑の研究なんかも参考にしている。
でも、来るのは成人だけじゃない。生まれたての赤ん坊の時もあった。そんな赤ん坊に何の知識があって、それらを奪おうと思うのか。
影付きは、私達の知らない情報を与みしてくれた貢献人と言ってもいい。良い意味ではね」
「…その言い方だと悪い意味もあるよね?」
「ああ。中には己れの知識をひけらかして悪行に使う者もいた。石を金に変えるとかな」
「悪だね…」
日本人なら恥だな。嫌だな。
「そういう奴ばかりではないが、影付きは良くも悪くもこの国に影響を及ぼしている貢献人だ。そんな彼等の記憶を奪おうと、ましてや処分するなど思うか?」
「…研究材料として使えるなら、使うでしょ…?」
「味見もせずに鍋で煮るのか?とんだ鬼畜だな。我々は」
サリエは皮肉っぽく笑った。
「だって、チドリさんが言ったのよ?私を記憶ごと礎にするって!」
サリエの説明は的を射ていた。裏をかくような見方はしなくてもそれが真実だと言えるだろう。だったら何故、チドリは正反対のことを雪に告げたのか。
「馬鹿な」
「私だって、馬鹿な話だと思いたいよ!だったらなんでこんなに胸が痛いの?息苦しくて、今にも!」
ショック死しそうだ。服の上から握りしめた箇所が穴が開きそうなくらいに皺が寄っていた。
「それはお前が興奮するからだろう?」
サリエは雪の背に伸ばした手でさすってやった。
「リュ、リュトゥルテの花が咲くまでだって、私が生きられるのは」
「国花が?何の関係があるのだ?」
「結婚式で、みんなが騒いでいる間に裏で私を始末すると」
「結婚式と言っても、できる状態にないぞ。花嫁は逃げ出したし、神官も、それどころではないしな」
市井に中止の報告もしなけれはならないか。ソイン達も帰してやらねばならない。
仕事が増えるなとサリエは頭を抱えた。
「逃げ出した?マリーが?」
「あぁ。お前を追って塔から落ちた」
「落ち…って、それじゃあマリーは!」
雪はサリエにしがみついた。救いたかった小さな命は、既に朽ちてしまったということか?
「…そうか。あれはマリーの仕業か」
サリエは塔の下に蔓延っていた草の根の正体を突き止めた。力が制限されていた塔の中から出れた影響で、マリーの能力が暴発したのだ。それらがクッションになって、この娘は軽傷で済んだのだろう。雪を神殿に仇なす者と忌み嫌っていたが、今となれば無駄な殺生を回避できてよかったと思う。
「…本当に、あの子には」
いつも驚かせられる。いつまでも手のかかる幼子ではないのだ。いつの間にか奇跡も起こせる立派な巫女になっていたのだ。
サリエは満足気に微笑んだ。
「ほら、立ちなさい。行くわよ。マリーならきっと無事だから」
サリエは雪の腕を引いて立ち上がらせた。
「ど、どこに行くの?」
「禁呪を解きたいのでしょう?なら、チドリの元に。解除方法はかけた者にしかわからないわ」
「そんな…」
また、チドリを目の当たりにしたらどうなるかわからない。三度目の悪鬼が出たりしたら抑えが効かなくなるかもしれない。
雪はまた胸元を握りしめた。
「査問委員会にも報告しなきゃいけない」
「査問委員会?」
以前、会社の不正を問われた社員が呼び出されていたことを雪はふっと思い出した。
「チドリが、禁呪を使用したことの罪を告げなければならない」
「…あなたにとっては大事な人なのに」
訴えるなんて。
「大事だからこそ、目を逸らしてはいけない」
神殿を守る為に、不正は許されない。たとえ、相手が誰であってもだ。
「神官不在な非弱な神殿になってしまうがな。致し方ない」
サリエは少し躊躇うような寂し気な笑みを浮かべた。
「それにしても、どこから影付きを礎にするなどという発想が生まれたのかしら」
影付きを研究する機関は充実しているという。研究者達も多く、予算も足りている。
「チドリは何を考えているのかしら」
考え込むサリエの後ろを雪はゆっくりと歩いた。今度はチドリの真意がわからなくなって来ていた。影付きの処分はデマ。何故そんなことを雪に吹き込んだのだろうか。雪を惑わせて悩ませて、何の得があったのだろう。
「誰の入れ知恵か」
サリエは頭を抱えたまま独り言のように呟いた。
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