大人のためのファンタジア

深水 酉

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第3章

14 浄化

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 轟音と共に、水の壁が噴き上がった。川の流れに沿って現れた水の壁は、この場所を起点に四方八方に現れた。
 一瞬にして水に覆われた森は、闇の中に落ちた。
 村や森の中からは一斉に奇声が上がった。
 「…これが、儀式?」
 つがいにしか許されていなかった景色に、ナノハは息を飲んだ。闇の中で躍動している心臓の音が、文字化して目に見えるようだった。
 キハラの存在を理解し、共に生存しているとしても、儀式を見られるのは番だけだ。
 かつては、夫のナユタも番だった。
 今、世話をしているキアもだ。
 二人だけで儀式の話をしていると稀に胸が痛むのだ。二人にしかわからない会話。
 自分はその中には入れない。まるで自分だけ蔑ろにされているかのような気分になる。
 実際にはそんなことは全くないのだが、自分だけが知らない世界を楽しそうに話しているのを見ていると、どうにもこうにもヤキモキする。
 ましてや、相手は傍若無人の神。嫌味を言っても素知らぬ顔だ。それが余計に悔しい。
 真っ暗になったすぐ後に、水の壁も倒壊した。大量の水が、森や村の中に浸透した。
 森の浄化だ。喧騒の中の様々な感情を洗い流していく。
 欲望にまみれた観光客達の思惑や思念を根こそぎ洗い流す。この村に来た目的も、村の存在をも忘れるくらい入念に。泥濘みの足跡も欲望にまみれた手垢もごっそりと。
 突風と共にぐねぐねとした水の塊が曇天を突き破り、空高く跳び上がった。地響きのような振動に、ナノハは頭を抱えて地面に伏せた。急展開な変化に体も頭も追いつくのがやっとだ。
 雲の穴から差し込んできた陽光に目が眩んだ。
 「眩しい!」
 太陽を背にした黒い影が見えた。キハラだ。キハラの元に、しがみついているのはキアだろうか。怖がっていそうにも見え、必死に支えていそうにも見える。
 ナノハは腕で光を遮りながら薄目を開け、キアの姿を見つめた。
 「ずいぶん成長して…」
 まだ半年にも満たない時間でしかないけど、キアの成長ぶりには胸が熱くなった。初めの頃のおどおどした様子はちっとも見られなかった。
 「まあ!何、なんなのぉ!!」
 ナノハの後ろから、シルヴィが興奮しながらやってきた。
 浄化が効かなかったのか。稀にいる、思念が強すぎな大迷惑な奴。
 ナノハの肩を支えにして、何とか立っているが腰に力が入らずぶるぶると震えている。
 緊張しているのか、動揺しているのか。手先もカタカタと震えていた。
 「あああ、あれが、あれが主神!?え、え、ちょ、待って待って、」
 後者か。
 「素晴らしい…!!」
 「そっち?」
 ナノハは呆れた声を出した。
 「素敵!!素晴らしい!!ねえ!あれ頂戴よ!こんな村にいるより私の村に来た方がいいわ!」
 白皙の指にグッと力が入った。カタカタと震えたまま長い爪がナノハの肩にめり込む。血走った瞳は狂気に満ちていた。
 「あれがいい!!あれが欲しい!!私に頂戴よ!!」
 子どもがおもちゃをねだるような猛進さがある。
 「いい加減にしなさい!貴方の勝手が通ると思っているの?」
 ナノハはシルヴィの腕を掴み上げ、自分から引き剥がした。肩には爪が食い込み、ヒリヒリした。
 ナノハの怒鳴り声と同時に、頭上からパチンと水泡が弾けたような音がした。
 「ヌシさまはワタさなぁぁぁイ!」
 「ギャッ!!」
 シルヴィの上に巨大化したウルがのしかかってきた。
 「ヌシさまのタイセツなモノはダイジにしなきゃダメー」
 「ギャッー!!ギャッー!!」
 突然、得体の知れないものに襲い掛かれ、シルヴィは狂ったような声を発した。体についた川底の藻のぬるぬるとした感触と大量の水責め。
 「ぴきゃあああああ!」
 ウルはやり切ったと満足げな顔を見せる。体の下でシルヴィは伸びていた。
 「いいお仕置きだわ」
 口を開けて白目をむいて伸びているシルヴィを一瞥した。
 「キハラのお仕えさんね」
 ナノハはウルに声をかけた。キハラの住処で見かけたことはあっても話すのは初めてだ。
 キアが、うるうるなつぶらな瞳を見て、「ウル」と名付けたのだと言っていたのを思い出した。
 「ぴい」
 「…助けてくれてありがとうね」
 「はひ」
 キア以外の人間と話すのは、ウルも初めてだった。照れ臭そうにモジモジしながら簡素な返事をした。
 だが、体は正直で、猫が喉を鳴らすアレがウルからも聞こえてきそうだった。
 「ホメられてウレシイの!」
 ウルはぴいぴい鳴きながら、巨大化した体を元のサイズに戻した。
 ナノハの腕の中にすっぽりと収まった。
 「まあ、本当はずいぶん小さいのね」
 「デヘヘヘ」
 ウルは頬を染めながら、ナノハに頭を擦り寄せた。
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