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第3章

13 心のままに

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 たまたま来ただけの、通りすがっただけの、噂を聞きつけてやって来ただけの、信仰心も崇拝心も、キハラを思いやる気持ちも微塵もない。
 ただ、感情のままに願いを叶えろと突っかかる。
 そんな通りがあってたまるか。そんな下心満載の願い事なんて叶えてたまるか!!
 キアの内心にふつふつと溜まっていく悪意。
 キアは軒下で水桶を睨みつけた。使用済みの食器が山のように沈んでいる。
 大勢で押し寄せてきた客達が食い散らかした後の片付けだ。皿に付いた油分を落とすために、いつもより力が入った。
 ナユタが作ったスープも、ナノハが焼いた肉も一瞬のうちに食べ尽くされた。
 後に残るのは、雨だ雨だと憂鬱な顔を見せる大人達と退屈だと喚く子ども達。
 花を見にきたと言っていたグループも、もう満足したのか舟を漕ぎ始めている。
 本当に夜までいるつもりなの?
 儀式はどうなるの?
 キアは項垂れるようにため息をついた。
 「ピャはあははーーっ」
 突然、水桶の中から、飛沫を上げながらオオサンショウウオが飛び出して来た。
 「ひゃあっ!」
 勢いに飲まれてキアはひっくり返った。尻餅をつき、その上からザブンと泡まみれの水をかぶった。 
 そのせいで胸の中の嫌なふつふつがぱちんと消えた。
 「ぱぶおおぉぉぉー」
 独特な鳴き声にキアは目を丸くした。
 腹の上からオオサンショウウオがこちらを見ている。
 「ウ…ル?」
 「やっとデた!やっとキたよ!やっとキアとつながった!ヌシさまおこらないよーー」
 ウルはぷるぷると体を震わせた。歓喜の震えだ。
 「…え?は?…キハラに言われて来たの?」
 「ハい。ヌシさま、ねらワれてるから」
 「狙われてって誰に?」
 「ニンゲンいっぱい」
 キハラの住処も人は立ちいってるという。
 「ヌシさま。ギシキはじめる」
 ウルは、キアの上から退き、ペタペタと川岸の方へ歩いた。
 「だって、今は人がたくさんいるのよ!」
 夜まで待っても人の波は退きそうにはないが。
 「ヌシさまシンジて」
 「信じるけど…もし見つかったら、大変なことになる!」
 私なんかじゃ手に負えない!!
 「ダイジョブ。きテ。キアはもっとよくばってイイのよ」
 「…欲張る?」
 ウルの発言にキアは頭を捻る。
 「もっと自信を持てという意味だ。いつまでもしょげた顔を見せるな」
 宿のすぐ裏手にある川岸にキハラの姿があった。
 「キハラ!!」
 叫んだすぐ後に口元を覆った。大雨な上、横殴りの風の中では、すぐにかき消された。誰にも聞こえやしない。
 「…キハラ」
 数日ぶりの再会に喜びも束の間、すぐそばに人の気配を感じた。
 「うるせえのが山ほどいる。いい加減鬱陶しい。どうにかしろ」
 それは暗に、「儀式をはじめろ」ということだろうか。
 「…いきなりだね」
 見つかったらどうしようかという恐怖と、失敗したら迷惑をかけてしまうという恐怖。冷静さを演じてみてもすぐに見破られる。
 「オレを信じろ」
 キハラは、頭を捩り、キアの肩に巻きつく。まるで肩を抱かれているようだ。
 ゆっくりと水の中に足を入れた。
 「わっ」
 急流に足が持っていかれそうになり、慌ててキハラにしがみついた。普段は膝の下あたりまでの水量が、今は胸の下まできていた。
 「目を閉じて。いつものようにオレを呼べ」
 儀式は何度やっても緊張する。
 夜の闇の中で、キハラは森と同化していっしょくたになる。境界が見えないくらい夜色になる。
 だが今は曇っていてもまだ昼間だ。白色の体がよく見える。濁った川の中にいてもよく見える。抱きしめられているようで。
 「…ドキドキする」
 「雑念を払え」
 「…雑念なんかじゃないよ」
 緊張感と久しぶりに会えて嬉しいので胸が熱くて、痛い。
 「一瞬で終わらすぞ」
 キハラはキアを抱えたまま、水中に潜り込んだ。


 ナユタもナノハも気が気じゃなかった。
 「…帰りの馬車を出せるかムジに相談してみましょうか」
 大雨で地盤が泥濘んでいる。この人数が一斉に動いたら危ない。崖や水嵩が増した川にでも落ちたりしたら救助も困難だ。
 「そうだな」
 ナユタや手伝いに来てくれた近所の子達も頷いた。
 私達が行って来ますねと、雨よけの外套を着てマーヤとティーニが出かけて行った。ドアを開け閉めするたびに、細かい雨粒が室内に吹き込んで来た。
 「私達を帰す気ですか?」
 シルヴィは読んでいた本に、栞を挟んで閉じた。   
 題名は神々の宴とかなんとか。
 私達はお客様よとでも言わんばかりの顔つきだ。
 「こんな天気ですもの。早めに切り上げた方がいいわ」
 ナノハは挑発には乗らずにやんわりと返した。
 「そんなことを言って主神を見せない気ね」
 「見せるも何も、彼は見せ物ではないわ」
 「彼、ね。ほら、ごらんなさい!やはりここには神がいるのね!」
 「もうご存知なのでしょう?なら、今更隠しても無駄だと思ったから正直にお話します」
 「でもダメよ!私がこの目で見るまでは納得しないんだから!!」
 「…困った人ね。気をつけた方がいいわ。貴方みたいな人は彼は大嫌いだから」
 「こ、怖がらせてもムダよ!私は絶対に帰らないわよ!」
 ナノハはふうとため息をついた。もう何を言ってもシルヴィには届かないだろう。
 「みなさまも。どこからか噂を聞きつけて来たのでしょう?何を期待しているかわかりませんが、この村の主神は、傍若無人で気が荒く、自分勝手で傲慢で我儘で短気で、私達の事を物扱いする人でなしです。ああ、人ではないわね。神でなしとでも言うのかしら?神と名乗っていてもみなさまに崇められるような対象ではないと思います」
 言い過ぎだよとナユタは小声で突く。でも内心はニヤニヤと笑っていた。
 「そんな言い方したら無礼だろうが!バチが当たるぞ!」
 客のひとりがナノハを睨んだ。
 「神とは名ばかりなのですよ」
 ナノハはひとりひとりにお茶を渡していく。ですが、と話を続けた。
 「私達村人は彼のものです。彼は争い事を嫌います。争い事のない平穏な暮らしを守ることで私達は安寧に過ごしていられるのです」
 それはみなさまもそう思うでしょう?と問いかけるように語った。
 「村に主神がいる。それだけで素晴らしいことなのに、私達は願いを叶えろだなんて烏滸がましい真似は絶対に致しません!ましてや自分の村に住民を増やしたいだの個人的な要望などはあり得ない」
とピシャリ。
 ナノハはじろりとシルヴィを見つめた。シルヴィは慌てて視線を外した。閉じていた本がバサバサと床に落ちた。
 「おわかりいただけたでしょうか」
 ニコッと笑みを浮かべるナノハに対し、客達は慌てる様子を見せる。
 「いやあ~、そんなつもりはなかったんだがなあ…」
 「だからイヤだって言ったのに…」
 「キミが行きたいって言ったから来たんじゃないか!」
 「噂の真相を確かめたかっただけなのよ!怒らないで!」
 「神様を見られるなんて他じゃないから、つい」
 三者三様に言い訳が飛び交う。静まりかえっていた室内が賑やかになる中で、マーヤとティーニが戻ってきた。二つに分けた三つ編みがどちらも濡れていた。
 「門所は人でいっぱいだから戻ってもダメみたいです」
 「かえって混雑しちゃうから、今は村にいてもらった方がいいみたいです」
 「…そうなの?困ったわね」
 追い出し失敗か。ナノハはまたため息をついた。
 「あ、あと。ヲリさんから伝言頼まれました」
 「ヲリ?珍しいわね。どうしたの?」
 「広場で踊りをするから、若い者を集めろと。その、キアさんを呼べと」
 「はあ?こんな雨の中で踊ってどうするのよ」
 「儀式を覗きに来ている親子の特定をする為だと」
 「今更特定なんて無駄よ。その親子だけじゃないじゃない」
 邪な想いを抱えている客人はごまんといる。その中にキアを呼び出してどうするの?下手したら番だと見破られてしまうかもしれない。そんな無謀なことは絶対にしたくない。
 「いいわ。ヲリには私が伝えにいく。二人はお客様が外に出ないよう見張っていて」
 ナノハは裏口から外に出た。雨量は相変わらずだ。辟易しながら軒下で外套を着る準備をしていると、物陰からシルヴィが飛び出して来た。
 「よくも私を馬鹿にしたわね!許さない!」
 ナノハに掴みかかってきた。
 「もう!いい加減にしなさい!貴方みたいな人がいるから、みんなが混乱しちゃうんじゃない!」
 どしっとした体でシルヴィを跳ね除けた。
 「私の神を侮辱した事を謝りなさい!私の神はここの神とは比べられないほど強靭な力の持ち主なのよ!神に願えばこの村なんか跡形もなく消し去れるのよ!!」
 「だから、神を同格のように扱うのはやめなさい!烏滸がましいにも程があるわ!」
 神は神。決して人とは同等にはならない。
 どうもシルヴィは、自分も同等な者のように振る舞う節がある。
 あんな傲慢な振る舞い(演技)をしたとしても、ナノハとキハラでは一線は交わらない。もちろんナユタでもロイでもダメだ。
 唯一許されるのは、番の称号を許されたキアだけだ。
 そういえばキアはどこ?
 ナノハはぐるりと辺りを巡らした。皿を洗うと言ってキッチンに下がったが、姿がなかった。
 軒下には、転がった食器の山。ここにいたのかしら?
 ナノハは不思議に思いながら、ぎゃんぎゃん吠えてくるシルヴィを無視し、裏手に回ろうとした。そこで川幅いっぱいに水が噴き出しているのを目撃した。
 「な…何…」
 見たこともない光景に歩みが止まった。地響きと共に、川岸に打ち上げられた魚がビチビチと跳ねていた。

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