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第八章 真実はいつもひとつとは限らない

恋は常識じゃはかれない

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「なによ華子、そんなため息ついて。恋でもしてんの?」
「へ、未希……?」

 考え事していたら、いつの間にか未希が部屋にいて。
 とっくに人払いも済んでて、テーブルにはお菓子とティーセットが並んでた。

「ごめん、ぼんやりしてて来てるの気づかなかった」
「いいけど、あんたにしちゃ珍しいね。はい、これ戦利品」
「あ、冬カメ無事に終わったんだ。お疲れ様」

 未希は薄い本を何冊も積み上げてくる。
 収納魔法があるからこっそり持ち込めるけど、メイドに見つからないよう隠すわたしの身にもなってほしかったり。
 機嫌そこねると困るから、いらないなんて口が裂けても言えないんだけど。

「んで、さっきからなにを思い悩んでんのよ?」
「それが、わたし卒業したらイタリーノに留学することになって……」
「イタリーノに留学を? なにあんた、いつの間にロレンツォルートに入ったの?」
「入るわけないじゃん! ロレンツォはただの足がかりだし。それにルートだなんてヒロインじゃあるまいし、わたし悪役令嬢なんでしょ!?」
「攻略対象とフラグ立てまくりの、ね」

 うっ、好きで立ててるわけじゃないってばっ。

「と、とにかくロレンツォは留学のきっかけになったってだけだから」
「じゃあ一体なにを迷ってんのよ? 華子、昔から留学が夢だったじゃない」
「それはそうなんだけどさ……」

 事態はもっと複雑で。
 わたしもいまだに混乱中だし、何から話せばいいのか分かんないよ。

「あんたらしくないわね。なにが問題? イタリーノなら華子好みのイケメンが山ほどいるだろうし、むしろウェルカムって感じじゃないの」
「わたし好みのイケメン……」
「そ、理想の天使、探すんでしょ?」
「りそうのてんし……うっ、み、未希ぃ……っ!」
「えっ、ちょっと、なんなのよ華子っ」

 半泣きで未希に抱き着いた。
 だって山田が、山田が、山田がぁっ。

「……シュン王子が理想の天使?」
「うん」
「でもあんた、王子の素顔は極道だったって」
「あれは目が悪すぎてしかめっつらしてただけだったの! 山田の本当の素顔はわたしの理想のイケメン天使だったのよっ」
「なんだ、よかったじゃん」

 あっさり言って、未希はしがみつくわたしを無理やり引きはがした。

「よくないよ! だってわたし、山田のコトもう振っちゃったんだもん!」
「そんなの撤回すりゃいいでしょ? やっぱりあなたが好きですで済む話じゃない」
「だけどリュシアン様の前で決闘までしたんだよ? 留学だって話進んじゃってるし、あれ以来、山田の態度もそっけないし」

 えぐえぐしながら訴えてたら、未希ってば呆れた顔を返してきた。
 こっちは必死なんだよ! こんなこと未希にしか相談できないし。
 あー、興奮し過ぎてなんだか酸欠になってきた。

「いいからちょっと落ち着きなさい。まったく、恋はひとを愚かにするって言うけど……まさかあんたがその典型になるとはね」
「恋? 恋ってなによ」
「シュン王子が好きなんでしょう?」
「山田なんか好きじゃないよ。好きなのは山田の素顔」
「華子、あんた自分でなに言ってるのか分かってんの?」

 だから呆れたため息つかないでっ。

「いいじゃない、別に旅行も留学も行って来れば。『帰ってくるまで待ってて』って言えば、王子もよろこんで首を縦に振るでしょ」
「でももう山田、わたしのことなんて好きじゃないかもしれないし……」
「そんなの聞いてみなきゃ分かんないでしょーが」
「だけど山田もすっぱりわたしをあきらめるって言ってたし……」
「あーじゃあ、華子も王子をあきらめて新しい恋でも探したら?」
「だから恋なんかじゃないってば!」
「だったらなんだっつうのよ。もう、めんどくさいわね」

 やだっ、見捨てないでっ。
 未希だけが頼りなのっ。

「恋じゃないけど、山田の素顔が理想なんだもん」
「とりあえずイタリーノ旅行で頭冷やして来たら? あっちのイケメン見て気が変わるかもしれないし」
「山田以上のイケメンなんて、この世のどこ探したって見つかるわけないよ」
「それを確認するためにも行けっつってんの」
「でもその間に山田がほかの女に目移りしたら……」

 婚約者を指名する卒業イベントも控えてるし、山田も立場的に誰かを選ばなくちゃならないかもしれないし。

「さすがにそんな短期間で心変わりはしないでしょ。王子の華子への想いは前世から続いてるクソデカ感情っぽいし」

 そうかな。そうだといいけど。

 でも未希の言う通りかも。旅行の出発はもう数日後だし、リュシアン様だけ行かせるわけにもいかないし。
 そんなに焦んなくっても、山田のことは三学期に入ってから考えればいいんだよね?

「分かった、とりあえずイタリーノ旅行には行ってくる」
「そうしな。大丈夫だって。いま王子って公務で忙しんでしょう? ほかの女にかまけてる余裕なんてないんじゃない?」
「うん、イタリーノから大使が来てて、休むヒマもないって山田も言ってた」
「イタリーノ大使? え、でも、まさかそんなはずは……」

 考え込むように未希は押し黙って。

「なによその意味深なセリフ。大使がどうかしたの?」
「ううん、なんでもない」
「なんでもないって……余計に気になるんだけど」
「ホント、なにもないって。わたしが気を回しすぎたってだけだから」
「いいからちゃんと言ってよ」

 強めに食い下がったら、未希は渋々って感じで口を開いた。

「ロレンツォルートの悪役ってシュン王子なのよ」
「山田が悪役……?」
「そ。で、ヒロインがロレンツォ王子と亡命する際に、阻止しようとしたシュン王子がイタリーノ大使に銃で撃たれて死んじゃうの」

 メインヒーローがざまぁされんの?
 キャラの使いまわし、乱暴すぎだな。ってか、どんなクソゲーよ。

「ま、ハナコは悪役令嬢だし? 華子あんたがイタリーノに行ったところで問題ないでしょ」
「え、でもいまイタリーノ大使、ヤーマダ国にいるんだよ? もし万が一があったら……」
「ほら、そう言いだすと思ったから話したくなかったのよ」

 う、未希には全部お見通しだな。
 伊達だてに前世から幼馴染はしてないって感じ。

「どのみち旅行キャンセルできないんでしょ? それともお得意の仮病でも使う?」
「そんなことできないよ。リュシアン様にも協力してもらってるから、公爵家の信用とかもかかわってくるし」
「だったら潔く行ってきな。どうせ行くなら楽しまなきゃ損っしょ」

 ばんって背中を叩かれて。
 ちょっと、一瞬息止まったじゃんかっ。

「お土産、期待してるから。あ、オリーブ油買ってきたらぶっ飛ばす」
「なんで? イタリーノ土産の定番なのに」
「体質に合わないのよ。すぐお腹に来るし」
「未希ってばそゆコト、顔と一緒で純・日本人だよね。今世の名前、ジュリエッタのくせに」
「ぬぁんですって?」

 ぎゃっ、余計な口すべらしたっ。
 旅行行く前にボコらないどいてっ。

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