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第二章
呪文
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カーテンの隙間から射し込む朝陽が顔全体を直撃する。眩しさに顔を顰めながら広末直人(21)は目を覚ました。
「あーっ、アッタマ痛ぇ……。飲み過ぎだ……。あかん……。もう少し寝るべ……って、喉が渇いたな……」
直人はベッドから出て、ヨタヨタと冷蔵庫まで歩いた。部屋は、一人暮らしの男子大学生にしては小綺麗にしてある。いつも、床に何かが散らかっているということはない。だから、これまで足元を気にしながら部屋の中を移動したことはなかった。だが、今日は何かにつまづいた……、というよりも何かを軽く蹴飛ばした。
「イッテェ……。ん? なんだ?」
直人は、眠い目を擦りながら足元に目をやった。白い塊のようなものが視界に入る。
「あれ? なんだ、こりゃ?」
その白い塊は、分厚い辞書ほどの大きさの本であることがわかった。二日酔いとはいえ、記憶をなくすほど泥酔したわけではない。
「あー、昨日拾った本かぁ……。結局、電車の中でも読まなかったな……。持って帰って来ちまった……」
昨日拾った本であることを思い出した直人は、一瞥をしただけで再び冷蔵庫に向かい、中から炭酸のペットボトルを取り出した。
「二日酔いには、これが一番だ……」
スクリューキャップを外すと、”プシュッ”と微かな音とともに冷たい飛沫がまった。直人は、ペットボトルの中で細かな気泡を次から次へと弾き出している炭酸水を、渇いた喉に流し込んだ。
「ん、クックゥーッ……」
両目をグッと閉じた顰めっ面で、溜め込んだ息を一気に解放させた。
「くあーっ、生き返った……」
直人はそう叫ぶと、ペットボトルを持ったまま再びヨタヨタとベッドに向かった。そして、ベッドに腰をかけ、炭酸水をもう一口あおった。
「んあぁーっ! うめぇっ……」
誰もいない部屋に、直人の大きな声が響く。
ふと、直人は先ほど蹴飛ばした本に目を向けた。真っ白なその本は、大きさの割には軽そうに見える。直人は、昨晩、本を手にした時のことを思い返した。
「そう言えば……、なんだか読めない字がたくさん書いてあったな。しかも、筆字だったよな……。挿絵もあったな……」
直人は、ペットボトルをベッドサイドにある小さなテーブルに置き、
「んっこらしょっ……」
わざとそう言って立ち上がり、無造作に置かれている本のそばまで来ると、しゃがみ込んで表紙をじっと睨んだ。
「呪……、祈……、印……、真……言……。なんじゃこりゃ? わっかんねぇなぁ……。古いんだろうなぁ……、これ。でも綺麗なんだよなぁ。それにやたらと白い……。新素材? んなわけないか……」
手に取り上げてみると、やはり軽い。そして、真っ白で和紙のような触感と質感の本は、どう見ても真新しく見える。筆字の字体から彷彿させられる古めかしさは微塵も感じられない。
「あれっ? 昨日、拾ったとき……。表紙は白紙じゃ……、気のせいか……。まいっか……、しかし、いったい、なんの本なんだろうか……。本というより、ノートか? 筆書きだしな……。どれ……」
直人は首を傾げ、ブツブツと独り言を言いながら表紙を捲った。
「うっわっ! やっぱり読めない……。ミミズが這ってるような走り書きだ」
そう言うと、続け様に数ページを飛ばすように捲る。
10ページほど捲ったところで、直人の指は止まった。
「お、こういう書き方なら読める……。臨……。この字……、確か、ここから見たんだな、昨日は……」
『臨』と言う文字が、ページの上半分に大きく書かている。そして、下半分にはスペースいっぱいいっぱいに挿絵が描かれてあった。
それは、両手の指を内側に組むようにして、左右の人差し指だけを2本起立させている状態の挿絵であった。
次のページには『兵』とあった。挿絵は、先ほどの挿絵にあった左右の人差し指にそれぞれ中指が絡んでいるような状態で描かれている。
続いて『闘』、『者』、『皆』、『陣』、『烈』、『在』、『前』と、すべて同じように上下に分かれて文字と挿絵が記されていた。
「あー、これこれ……。どっかで見たか聞いたか、記憶があるんだよなぁ……」
直人は天井を見ながら首を傾げた。
「ググってみるか……」
本を閉じ、直人は再びベッドまで行った。そして、本を枕元に放り、今度はそのままベッドにダイブした。
枕の下に潜り込んでいたスマホを取り出した直人は、うつ伏せのまま肘をつき、スマホを操作し始めた。直人の指と目が、同じようなタイミングで上下する。
「お、これこれ……。ふん……、んー、なるほどね……。で、呪いかえしが……、オンバジラギニハラジウハタヤソワカ……か……、で、この指のかたち……と」
直人は、軽く頷きながらスマホを操作し続けた。
「よし、覚えたっ! なんだかスラスラ頭に入るな……。前世は祈祷師かぁ? なんてな」
直人は、本を閉じてスマホを放った。そして、ベッドに大の字になり、
「臨兵闘者皆陣烈在前、オンバジラギニハラジウハタヤ……」
そう呟き、指を次々と組み替えた。
『ピキッ』
と何かがひび割れるようなクラック音が聞こえた気がした。
「ん? なんだ?」
直人は上半身を起こし、辺りを見回した。しかし、これといって音の正体の見当はつかない。
「気のせいか……。タイミングいいからなんか気味悪いような……。まぁ、なんてことないか……」
直人は大きく伸びをし、ベッドから降りた。そして、頭をガシャガシャと掻き毟り、
「シャワーでも浴びっか……」
急速に興味がなくなったようにそう言って、シャワールームに向かって行った。
この部屋の小さな机に、ノートと本が積み重なっている。その山に埋もれて、まだ新しいダイバーズウォッチがあった。そして、そのダイバーズウォッチのフェイスガラスにヒビが入っていることに直人が気付くのは、クラック音が聞こえたことすら忘れてしまった数日後の事であった。
「あーっ、アッタマ痛ぇ……。飲み過ぎだ……。あかん……。もう少し寝るべ……って、喉が渇いたな……」
直人はベッドから出て、ヨタヨタと冷蔵庫まで歩いた。部屋は、一人暮らしの男子大学生にしては小綺麗にしてある。いつも、床に何かが散らかっているということはない。だから、これまで足元を気にしながら部屋の中を移動したことはなかった。だが、今日は何かにつまづいた……、というよりも何かを軽く蹴飛ばした。
「イッテェ……。ん? なんだ?」
直人は、眠い目を擦りながら足元に目をやった。白い塊のようなものが視界に入る。
「あれ? なんだ、こりゃ?」
その白い塊は、分厚い辞書ほどの大きさの本であることがわかった。二日酔いとはいえ、記憶をなくすほど泥酔したわけではない。
「あー、昨日拾った本かぁ……。結局、電車の中でも読まなかったな……。持って帰って来ちまった……」
昨日拾った本であることを思い出した直人は、一瞥をしただけで再び冷蔵庫に向かい、中から炭酸のペットボトルを取り出した。
「二日酔いには、これが一番だ……」
スクリューキャップを外すと、”プシュッ”と微かな音とともに冷たい飛沫がまった。直人は、ペットボトルの中で細かな気泡を次から次へと弾き出している炭酸水を、渇いた喉に流し込んだ。
「ん、クックゥーッ……」
両目をグッと閉じた顰めっ面で、溜め込んだ息を一気に解放させた。
「くあーっ、生き返った……」
直人はそう叫ぶと、ペットボトルを持ったまま再びヨタヨタとベッドに向かった。そして、ベッドに腰をかけ、炭酸水をもう一口あおった。
「んあぁーっ! うめぇっ……」
誰もいない部屋に、直人の大きな声が響く。
ふと、直人は先ほど蹴飛ばした本に目を向けた。真っ白なその本は、大きさの割には軽そうに見える。直人は、昨晩、本を手にした時のことを思い返した。
「そう言えば……、なんだか読めない字がたくさん書いてあったな。しかも、筆字だったよな……。挿絵もあったな……」
直人は、ペットボトルをベッドサイドにある小さなテーブルに置き、
「んっこらしょっ……」
わざとそう言って立ち上がり、無造作に置かれている本のそばまで来ると、しゃがみ込んで表紙をじっと睨んだ。
「呪……、祈……、印……、真……言……。なんじゃこりゃ? わっかんねぇなぁ……。古いんだろうなぁ……、これ。でも綺麗なんだよなぁ。それにやたらと白い……。新素材? んなわけないか……」
手に取り上げてみると、やはり軽い。そして、真っ白で和紙のような触感と質感の本は、どう見ても真新しく見える。筆字の字体から彷彿させられる古めかしさは微塵も感じられない。
「あれっ? 昨日、拾ったとき……。表紙は白紙じゃ……、気のせいか……。まいっか……、しかし、いったい、なんの本なんだろうか……。本というより、ノートか? 筆書きだしな……。どれ……」
直人は首を傾げ、ブツブツと独り言を言いながら表紙を捲った。
「うっわっ! やっぱり読めない……。ミミズが這ってるような走り書きだ」
そう言うと、続け様に数ページを飛ばすように捲る。
10ページほど捲ったところで、直人の指は止まった。
「お、こういう書き方なら読める……。臨……。この字……、確か、ここから見たんだな、昨日は……」
『臨』と言う文字が、ページの上半分に大きく書かている。そして、下半分にはスペースいっぱいいっぱいに挿絵が描かれてあった。
それは、両手の指を内側に組むようにして、左右の人差し指だけを2本起立させている状態の挿絵であった。
次のページには『兵』とあった。挿絵は、先ほどの挿絵にあった左右の人差し指にそれぞれ中指が絡んでいるような状態で描かれている。
続いて『闘』、『者』、『皆』、『陣』、『烈』、『在』、『前』と、すべて同じように上下に分かれて文字と挿絵が記されていた。
「あー、これこれ……。どっかで見たか聞いたか、記憶があるんだよなぁ……」
直人は天井を見ながら首を傾げた。
「ググってみるか……」
本を閉じ、直人は再びベッドまで行った。そして、本を枕元に放り、今度はそのままベッドにダイブした。
枕の下に潜り込んでいたスマホを取り出した直人は、うつ伏せのまま肘をつき、スマホを操作し始めた。直人の指と目が、同じようなタイミングで上下する。
「お、これこれ……。ふん……、んー、なるほどね……。で、呪いかえしが……、オンバジラギニハラジウハタヤソワカ……か……、で、この指のかたち……と」
直人は、軽く頷きながらスマホを操作し続けた。
「よし、覚えたっ! なんだかスラスラ頭に入るな……。前世は祈祷師かぁ? なんてな」
直人は、本を閉じてスマホを放った。そして、ベッドに大の字になり、
「臨兵闘者皆陣烈在前、オンバジラギニハラジウハタヤ……」
そう呟き、指を次々と組み替えた。
『ピキッ』
と何かがひび割れるようなクラック音が聞こえた気がした。
「ん? なんだ?」
直人は上半身を起こし、辺りを見回した。しかし、これといって音の正体の見当はつかない。
「気のせいか……。タイミングいいからなんか気味悪いような……。まぁ、なんてことないか……」
直人は大きく伸びをし、ベッドから降りた。そして、頭をガシャガシャと掻き毟り、
「シャワーでも浴びっか……」
急速に興味がなくなったようにそう言って、シャワールームに向かって行った。
この部屋の小さな机に、ノートと本が積み重なっている。その山に埋もれて、まだ新しいダイバーズウォッチがあった。そして、そのダイバーズウォッチのフェイスガラスにヒビが入っていることに直人が気付くのは、クラック音が聞こえたことすら忘れてしまった数日後の事であった。
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