SHADOW

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第一章 エレメス・フィーアン

#14 悪魔と闘神

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 カリサは上空からその様を見ていた。何か見えないものと言い合っていたかと思うと、グレンはふらついて、そして持ちこたえた。しかし、こちらを見上げて来た瞳は赤かった。
「……入れ替わったか」
 呟いた頬に冷や汗が伝う。それは、明らかな“人外”の気配を放っていた。
「……チッ。やっと出て来られた。……しかしなんだ。このザマじゃ恰好つかねェな」
 グレンの姿をしたそれは、自身のボロボロな有様を見てそう呟いた。そして背中の方を見ると居心地悪そうにする。
「翼がないんじゃ戦いにくいしな。ここは……そうだな。お相手様にもお披露目してやろうじゃねェか」
 と、グレンの体が影に包まれる。そして、それが弾け飛ぶと中から赤髪の見知らぬ人物が現れた。上流階級のような上品な黒コートの装い。そしてその背には黒い翼が生え────────尖った両耳の上には短い角が生えていた。

「……まじか。悪魔じゃないか」
「悪魔じゃねぇ。堕天使・・・だ。間違えるな」
 彼はそう言うと、右手を横へ出す。そこへ、光と共に大剣が現れた。十字がいくつも刀身に刻まれた意匠のそれを片手で軽々と振り、カリサへ切っ先を向けると堕天使はにやりと笑った。
「我が名はゼイア・ビアス・セレク! “獅子の座”を司る元智天使だ。しばし相手を頼むぜ人間」
(……まずいの引きずりだしちゃったかこれ。エエカトル、代わってくれない?)
『煽ったお前が悪い。それにあれは精霊より遥かに格上の存在だ』
(なんでそんなのが憑いてんだよ! 精霊じゃないんだろ!)
『知らん。……だが、精霊として憑いている以上は本来の力よりは弱くなっているだろう』
「何言ってんのかよく分からない……」
 言っている間に、ゼイアが翼を羽ばたかせて飛んで来る。風で飛んでいるカリサとは制動力が違う。
「うわ!」
 ブン、と振られた大剣を辛うじて避ける。が、白手袋をした人差し指がこちらへ向けられる。
「“Lafowl Ulcラフル・ウルク"」
「!」
 聞き慣れない言語。闇の斬撃がその指から射出される。避けられない。風によって威力を相殺しようとするも、殺しきれずにカリサはその身を切り裂かれる。
「うがッ!」
 風を保てずに墜落する。体を起こすとゼイアも着地していた。大剣を地面に突き刺し、彼は笑う。殺意は感じられなかった。遊ぶ気だ。
「……この……」
「威力を削ぐとは。まぁ、人界じゃそもそもそんなに威力が出ないんだがな、暗黒魔導は……」
「……グレンを出せよ。不公平だろ」
「卑怯とかないんだろ。自分が言ったことを曲げるなよ。まぁ心配しなくても俺は“繋ぎ”だ。決着はちゃんとあいつにつけさせてやる」
 と、そう言ってゼイアは自身の胸を抑えた。
「だからちょっと待ってろ。それが出来ねェなら……俺が相手になるってだけだ」

* * *

 グレンは目の前の黒い長髪の半裸の男をまじまじと見た。よく鍛え上げられているのが見て取れる。
「……えーと?」
「何も分からんという顔をしているな」
 男の言葉にグレンは頷いた。状況が全く呑み込めていない。しばらくして、ハッとした。
「あ! さっき聞こえてた声!」
「そうだ」
「でここはどこだ⁉」
「落ち着け。……貴殿の心の中とでも言うべきか。“心理の窟”という。我々が人界で普段いる精神世界ということだ」
「何言ってるか分からねェ……もっと簡単に言ってくれ」
「……これでもだいぶ嚙み砕いて言ったつもりだが……」
 男は困った様子だった。疑問符を頭の上に浮かべているグレンに、彼はため息を吐く。
「俺は“闘神”アレス。闘の国の精霊だ」
 そう言われて、グレンの頭の上から疑問符が消える。
「精霊? ……あぁ、フェールみたいな奴ってことか」
「……妙に飲み込みが良いな。近親者に憑神者がおるか」
「あぁ。そいつは影の精霊だけど……って、“闘の国”って言ったか? 何属性だ」
「我ら闘の精霊は属性を持たぬ、強いて言うならば無属性だ。人の闘気に呼応し憑神する。……滅多にないことだが」
「? 何でだ」
「色々あるのだ、神界にも」
 アレスはそう言って顔を逸らした。ふーん、とグレンは流した。
「……ところで、もう一人いただろ」
「あぁ。そちらはゼイアという。今お前の体を使って外にいるが」
「あ? そういや体貸せって言ってたな」
「本来ならそこまでせんでも良いのだが。お前の精神をここに呼ぶためにも今は外に出てあの男と戦ってもらっている」
「え? おい、カリサのことは俺が……」
「分かっている。一通り話し終えるまでお前の体を守ってもらっているだけだ。済めばお前に体をすぐ返す」
「……そうか。ならいいんだが……」
 グレンはなんとなく上を見上げ、そしてアレスに訊いた。
「そのゼイアって奴はどんな奴なんだ」
「影と闇の精霊……いや。堕天使だと名乗っていたな」
「堕天使?」
「天界より罪を負って魔界に下りし神徒のことだ。……まぁ平たく言えば悪魔ということだな」
「……そうか。悪魔ってことか」
「悪魔と呼ぶと奴は怒るがな。……魔界より神界に来る悪魔は時折いると聞く。ゼイアもそういう一人ということだ」
 またグレンの頭の上に疑問符が浮かんでいるのがアレスには見えた。また一つため息を吐く。
「そういうわけで……我ら二人、貴殿の世話になる。いや、こちらが力を貸すのだから世話になると言うのも違うが……貴殿の心の中に間借りさせてもらう」
「それはいいけどよ……お前らいつからいたんだ?」
「一年程前だ。俺の方が少し先にいたが」
「えっ、マジ?」
「貴殿へ我らも何度か呼びかけたが返答が無くてな。『どれだけ鈍いんだコイツ』とゼイアは悪態をついていた」
「それはなんか……ごめん」
 グレンはしゅんとする。アレスはまぁまぁ、と肩を叩く。
「それは良い。とにかく今はお前に力の使い方を教える。教えると言っても、感覚的なことになるが……」
「お前らの力を使えるってこと?」
「同時には扱えんがな。貴殿には俺の力の方が使いやすいか。ゼイアがいるということは、影の力も扱えるのだろうが」
「あんま力使ってる感じないけど、不思議だな。まぁ……お前の力が何なのかピンと来ねェけど」
「身体能力の向上。貴殿は元から優れているゆえ、鬼に金棒といったところだろうがな。鋼の肉体と岩をも砕く膂力……」
「岩は砕けるぞ俺」
「……そうか。ともかく普段より力が出ると考えてもらうと良い」
 ふむ、とグレンは顎に手を当てる。
「で、どうやって使うんだ」
「俺と意識を繋げる感じだ。自身の内に意識を向ける。ただ、その状態の時は消耗が激しいので気を付けて欲しい。通常はエレメントを消費するが……俺の場合は気力だな。普通に戦うよりは長く保たぬと思っていろ」
「分かった」
「……分かったか?」
「あぁ。まぁなんとかなるだろ」
 そう言ってグレンは拳を握りしめた。

* * *

「……待たせたな。再開だ」
 座っていたゼイアはそう言うと、大剣を支えにして立ち上がった。
「ま、せいぜい頑張んな。こいつの中から見ててやるよ」
「……」
 ゼイアが笑う。たちまちその姿は影に包まれ、そして次の瞬間には元のグレンに戻っていた。しかし、その開かれた瞳は赤かった。
「……あれぇ」
「────なるほど、理解した。力が湧き上がってくる」
 開かれた口から零れた言葉はグレンのものだった。彼は両手を握りしめる。
「全力だ。────叩き潰してやる」
「……上等だ」
 カリサは笑う。ぞくぞくとした感覚が這い上がってくる。血が滾っているのを感じる。いつもまともに構えないグレンが構えている。それだけで変化を感じる。これ以上ない強敵を前に────────討たねばならない仇を前に、カリサは喜びすら感じていた。
 自分は生粋の戦闘狂だ。そしてグレンも。
 ボロボロの体は恨みすらも楽しみに変える。この命を散らす戦いを楽しまなくてどうする。これ以上ない最上の戦いを────────。

 二人だけの世界だった。
 破壊された街にはほかに人影はひとつもなかった。

* * *

 国立探偵、アナレ支部。その最上階。窓張りのその部屋がこの支部を束ねる長官の部屋である。
 エルランとエルザは緊張した面持ちで、そこに並んで立っていた。デスクに座しているのは色の薄いサングラスを掛けた赤い癖毛の男。赤い探偵の制服コートを纏った彼こそが、アナレ支部長官、ナハト・イェールである。
 彼はデスクの上で手を組み、静かに声を発した。
「……わざわざ呼び出してすまない。緊急なものでね」
「いえ」
 エルランは緊張の籠った声で返答する。ふむ、とナハトは両手を解いた。
「まず問おう。ゼノール君。エマル調査員のことはどこまで把握している?」
「……というと?」
 予期せぬ問いに、エルランは詰まる。その真意が分からなかった。その反応を見てか、ナハトはやや目を細める。その時、エルランは自身の精神への干渉を感じた。────ナハトもまた、心の守護者だ。同じ心の守護者同士だと、その力を使った時に抵抗を感じる。力が強ければ、読心を防ぐことも可能だが────────この場合は、ナハトの方が遥かに格上だった。
 心の中をまさぐられる心地悪さにエルランが顔をしかめていると、それに気が付いたエルザがハッとしてナハトの方を見る。
「……長官! 我々は何も隠してはいません!」
「………そのようだな。ただの報告前、というところか。ただそういうことは早急に上げて来てもらいたかったが」
「……別件が来てまして」
 エルランはやっと違和感から解放されてややぐったりとする。この感覚はいつになっても嫌なものだ。心の守護者ならではだが。
「単刀直入に言う。カリサ調査員が単独でエレメスへ出向。現在街を破壊しながらグレン・レオノールと見られる男と交戦中だ」
「! 本当ですか」
「並びに、支部の裏にて奴の根城を発見した。それにより、数多の犯罪の証拠が挙がった。よって、ただいまを以てカリサ・エマルをセシリア国立探偵より除名する」
「!」
 思ったより事が迅速に進んでいることに、エルランは驚きを隠せなかった。いや、この人のことだ。元々賞金稼ぎという犯罪者まがいの殺人鬼がここに籍を置いた時点で、目をつけていたのかもしれない。
「そして……第三部隊隊長・副隊長両名に指令を下す」
 どくりと、エルランは心臓が波打つのを感じた。首筋に汗が伝う。それは、わざと、ナハトが念を心へ送ってきたのかもしれない。

「カリサ・エマル、並びにグレン・レオノールを抹殺せよ。以上だ」

#14 END
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