SHADOW

Ak!La

文字の大きさ
上 下
15 / 61
第一章 エレメス・フィーアン

#15 追走

しおりを挟む
 エレンはやがてアーガイルの姿を発見した。ケレンたちが逃げて行った方向へと歩いて来た。なかなかボロボロな様子を見止めながらも、僅かに元気が出て声を張る。
「アル!」
「! エレン……! 無事だったの」
「はは。なんだそれ、俺が無事じゃないと思ってたみたいだぞ」
「だって……」
 と、アーガイルは駆け寄って来て少し手前で立ち止まった。
「? どうした……あぁ、これか」
 凍り付いた顔に気が付いて、エレンは右肩に目を見遣った。
「大丈夫、もう血は止まってるしさ………あ、そうだ」
「じゃないでしょ! 右腕だよ⁉ なんで平気なのさ!」
「俺元から両利き気味だし、問題ないよ」
「そういう問題じゃないでしょうが!」
 笑っているエレンに、アーガイルはわなわなと震える手をどうしていいか分からない様子だった。だがエレンが眉を下げると、アーガイルもなんとなくエレンの本当の心中を察したようだった。

「…………本当に大丈夫なの、その怪我で」
「あぁ、実は俺もケレンみたいに憑神してさ。そいつが治してくれたんだ」
「え、本当に……?」
 アーガイルはしばらく固まったあと、はぁ、とため息を吐いた。
「なんだ……折角君に追いついたと思ったのに、また置いて行かれた感じだ……」
「何言ってんだよ。お前は変わらず俺の右腕だろ、それこそ」
「────はは、そうか。そうだね。じゃあますます重要だ」
 にへ、とアーガイルは笑う。エレンも笑った。
「お前の方は大丈夫なのか」
「あぁうん……火傷くらいかな。それももう処置は簡単にしたし……あいつもほら」
 と、アーガイルは地面の方に視線を向けた。エレンも釣られて見る。そこには見知った顔が斃れていた。
「ウェラ……やっぱりコイツら全員グルだったんだ」
「うん。エレンが戦ってたのはカフィでしょ?」
「そうだ」
「……あいつはどうしたの?」
 アーガイルが訊くと、エレンは腕のことよりも沈鬱な表情になった。
「………殺した」
「え?」
「初めて人を殺した。殺したいとそう明確な意思を持って……殺した」
 事実を噛みしめるように、エレンはそう繰り返す。それを聞いたアーガイルは、はじめこそ驚いた顔をしていたが、やがて安心したように笑う。
「────そっか。まあ、それが必要な時だってあるよ」
「そうだな。お前もあいつのこと、殺したんだな」
「うん。向こうがその気なら致し方ないでしょ」
 アーガイルは肩を竦める。その姿を見て、相棒が本当に強くなったことをエレンは思う。
「ともかく、無事で良かった。……ケレンは?」
 エレンがそう訊ねると、アーガイルは困った顔をする。
「……ごめん。ここにいてもらうよりかは安全かと思って、一人で逃げてもらっちゃった」
「────そうか。まぁケレンにはフェールもついてる。タダじゃやられないさ。あれで根性ある奴なんだ」
「君の弟らしいや」
「そうだろ」
 そういえば、とエレンは携帯を取り出した。
「兄貴にも連絡入れたんだった……どうしたろう」
 返信はなかった。だが送ったメッセージには既読がついていた。
「……見るなり飛び出して行ったなこりゃ」
「グレンさんらしいや。……どこ行ったんだろう」
「方向音痴だが妙に勘がいいんだ兄貴は。きっとケレンのことを見つけてくれてる」
「妙な信頼感だな……まぁあの人なら納得できるかも……」
「俺たちも探そう。心配だ」
 アーガイルうなずき、そして表通りの方へ目を向けた。
「……なんか騒がしくない?」
「────そうだな。俺も気になってたんだ」
 エレンもアーガイルと同じ方向へ顔を向け、そして指を立てた。
「こういう時は……上からだ」
 エレンの言葉を受けて、アーガイルは彼の傍に寄る。その時、二人の足元の影が盛り上がって、あっという間に建物の屋根の上に辿り着いた。着地した二人は表通りの方へ顔を出す。何やらざわついた雰囲気を感じ取った。通りの人々は、ある方向から離れようとしているように見えた。
「……嫌な予感だ」
「同感。……人の流れ的に……」
 二人は下の情報から導き出した方角を見る。と、丁度その時爆発音と共に砂煙が上がる。エレンは眉をひそめた。────この距離でも分かる。
「……めちゃくちゃ兄貴の気配だ」
「分かるの?」
「力使ってるとな。このビリビリした感じ、間違いねェ」
 確実に戦っている。相手は間違いなくカリサだろう。多分ケレンは無事だ。にしても、あそこまで破壊の化身と化した兄を見た(まだ直接見てはいないが)のは久しぶりだ。
「────急ごう」
「行ってどうするの?」
「どうするってそりゃ────────」
 止める、と言いかけた寸前でそれは無理だ、と思った。そして意味がない。カリサとの戦闘は避けては通れない。だがもう少し大人しくやって欲しい。自分の力が分かっているのだろうか、あの怪物は。エレンは額を抑えた。
「俺たちに出来ることは────正直言って、ない。だが、ケレンのことは回収しないと」
「巻き込まれてない、よね?」
「弟のことだけは敏感なんだよ兄貴はよ。ケレンを自ら傷付けるようなヘマはしねェさ」
「ふぅん……そうか」
 アーガイルは何かを思い出したように視線をどこかへやると、ため息を吐いた。そしてエレンに言う。
「じゃあ、まずはケレン君のことだ。グレンさんのことはそれから」
「あぁ」

* * *

 しばらくして、路地の壁際で気を失っているケレンを二人は発見した。目立った怪我はなくエレンは安心する。きっとフェールが守ってくれたのだろうと思う。
「……この辺り、すごく嫌な感じがする」
「だろうな。兄貴のエレメントが残ってる」
 同じ影の守護者であるエレンでもヒリついたものを感じる。影と反する光の守護者であるアーガイルには少々きついだろう。
 エレメントには使用者の精神が乗る。とはいえ、残滓でこのレベルは相当だ。
「ケレン! おい、大丈夫か」
 エレンはそう呼びかけながらケレンの体を揺すった。まぶたが震えて、やがて彼は目を覚ました。
「……兄……さん……?」
 青い瞳が左右を見て、最後にこちらを見た。そして、彼はハッとして体を起こしてフラついた。すんでの所でエレンはその体を支える。
「無理するな」
「兄さん! お兄ちゃんが……」
「分かってる。……動けるか」
「あー……うん。なんとかね」
 兄の手を借りながら、ケレンは頭を抑えながら立ち上がる。
「お前も力使ったな。無茶するなよ」
「逃げてばかりもいられないでしょ。追い詰められたら僕だって戦う。フェールだって強い精霊だし……」
『え! こいつまじで天狼様の宿主かよ!』
(……何だ)
 エレボスの声に、エレンは眉をひそめる。
『だってこいつ……精霊の器としては未熟すぎるだろ』
(そりゃあ……ケレンが生まれた時からいるしな)
『どういうことだそれ……そういやここ数百年、天狼様ってあまり神界じゃ見かけなくなってたけど……』
 うーんと考えこむ様子が伝わってくる。神界の事情はよく分からないが、フェールのことは特殊なケースだというのは分かった。
『……まさか偽物……じゃねェよな……感じる気配は間違いなくあの人だし……』
(優男の魔導師だろ。でっかい翼のある黒い狼)
『そう。そうだよ。翼の生えた影狼なんて他にいない』
 そしてはたとケレンと目が合った。するとケレンは誰かを見るように視線を一瞬左下へやると、驚いたように目と口を開いた。
「えっ……」
 視線がエレンの顔とその右肩の方を行き来している。言いたいことは分かる。エレボスがフェールの気配を感じられるなら、その逆もまた然りだ。そして、腕のことも。
「────大丈夫だ。心配するな。俺のことはあとでいい」
「でも……!」
「いい。それより大事なことがあるだろ」
「どうでもよくないよ! だって……」
 ケレンが両肩をガッと掴んでくる。その力が思っていたより強くてエレンは驚き、そして優しく笑った。残っている左手で、右肩に置かれたケレンの手に触れて優しく笑う。
「────────ありがとう。でも大丈夫だ。命があればどうになってなる」
「兄さん……」
「今は兄貴のことの方が大事だ。……そう簡単にはやられねェと思うが」
 エレンはアーガイルの方を振り向いた。と、彼は携帯を見て何やら険しい顔をしていた。
「アル?」
「……結構大変なことになってるよ」
 そう言って、アーガイルは携帯をこちらに向けて来た。テレビ中継だ。破壊される街が映っている。その中を見覚えのある人影が二つ飛び交っている。エレンは頭を抑えた。
「災害だろこれ」
「……兄さん、これ止めに行くの?」
「…………どうするか考えてる」
「この分だと、軍か探偵が動くだろうね。そうなったら────まずい」
 事態は刻々と悪化する。中継が切り替わって野次馬と逃げて来た民衆を誘導する軍人の姿が映る。事態の収拾にはまだ時間がかかりそうだ。
「とにかく、僕らも現場の見える所に行こう」
「そうだな。ケレン、お前も来い」
「うん」
 音と気配のする方へ向いて、エレンは大きなため息を吐いた。大変な兄を持ったものだとそう思った。


#15 END


To be continued...
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...