アウトロー ~追憶~

白川涼

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2章 ミュラー青春の謳歌

おくりびと

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 満月が空に輝いている時、ミュラーとオルマは街の霊安所の前に立っていた。

 今日はデルヴォーのバイトの手伝いだ。
 霊安所の扉の前には衛兵が警備をしており、その扉からは薬品のような嫌な臭いが漂ってくる。
 オルマがその臭いを疑問にすると、ミュラーは無表情に答える。
「死体の臭いだ」
 ミュラーの無慈悲な返答に、オルマは胃が逆流しそうな感覚に陥る。
 オルマはデルヴォーの仕事先が葬儀屋ということを聞いていた。
 今日、遺体を取り扱うこともわかっていた。
 しかし実際、人の死体というものを生まれてこのかた目の当たりにしたことは無かった。

 今からこの臭いの主の元へ行くことになるのか……。

 オルマは無性にこの仕事を受けたことを後悔し始めた。
 そう気落ちしていると、霊安所から衛兵数名が出ていき、デルヴォ―が扉から手招きする。
「ちょうど見分が終わった。さっそく手伝い頼むぜ」

 扉の奥にある霊安室まで二人は案内される。
 例の臭いが次第に強まる。
 そして悪臭の先には遺体が寝台の上に寝かされていた。
 見分後なので服も脱がされた、女性の裸の遺体があった。
 年齢はオルマの母よりも上くらいだろうか。
 オルマは初めての遺体を見て怖気が走った。
 対してミュラーは平然としている。
 そして平気な顔でこう言い放つ。
「今日は綺麗だな、できたてほやほやか?」
 デルヴォ―も平然と答える。
「おうよ、今日の昼間に亡くなったご婦人だ。さっそく始めるぞ!」
 するとデルヴォーは香をたきはじめた。
 強い花の薫りがたちのぼり、悪臭がかき消されていく。
 そして衣装ケースから手早く死装束を取り出した。
「二人とも、服着せるの手伝ってくれや、故人を生前の姿にするようにしてやりてぇからよ」
 オルマが遺体に触れると、冷たかった。
 そして何よりその身体は人形のように固まっていた。
 どうやって服を着せればいいのだろうと考えている矢先、ミュラが肘を無理やり曲げて服の袖を通そうとした。
 瞬間、ボキボキボキと嫌な音が鳴った。
 オルマは顔を青ざめた。
 しかしデルヴォ―も反対の腕をミュラーのように何かが折れるような音を立てながら、強引に曲げて服の袖を通す。
 その光景にオルマが驚嘆の声を漏らす。
「え?いいの?」
「多少は仕方ないだろ。こんなに固くなってんだからな」
 こうしてオルマは思わず耳を塞ぎたくなるような音を奏でながらも、遺体に装束が着せられた。
 オルマがだらだらと冷や汗を拭うと、ミュラーがぼそりと呟く。
「腰が曲がってるな。多分死ぬ前からだったんだろうが、これじゃ棺に入れられないぞ」
「そうだな、こういう時は身体をうつ伏せにしてだな……」
 そしてデルヴォ―はハンマーをふるい、遺体の腰回りを真っ直ぐになるまで打ち据える。

 その行為にオルマは自分が地獄に落ちると思った。

 死に装束に着せられた遺体は目が濁っていて、頬も痩せこけ、全身の色は生気を失った白さがあった。
 その姿にオルマは少し悪寒が走った。
 するとデルヴォ―が小箱から小道具を取り出し、自信満々の顔で言い放つ。
「こっからが俺の仕事よ」

 デルヴォ―は目の中に綿を入れ、瞼を閉じる。
 次に半開きの口元の中にも綿を詰め込み、それを閉じる。
 すると窪んだ目元がふっくらし、頬にも張りがでてきた。
 そして化粧を施す。顔だけでなく、上半身にも万遍なく。

 デルヴォ―が小道具をしまい、どうだといわんばかりに二人に遺体を見せると、そこにはまるで生きて眠っていたかのような遺体があった。

「二人は遺体を棺に入れてくれや。俺は喪主様に連絡入れる」
 オルマが遺体を抱くと、それは思ったよりも重たかった。
 二人で抱えているのに非常にめいいっぱい力をこめた。
 逆にミュラーは小慣れた様子だった。
 そのことに不思議に思ったオルマが尋ねると、ミュラーは従軍した時に何度も遺体を弔ったことがあるらしい。
 ミュラーの国では遺体を燃やして弔うという、なんとも目も眩むような文化だ。

 野蛮人め、とオルマは内心思った。

 少し時がたつと、デルヴォ―が戻ってきた。
 もうすぐ喪主が駆けつけてくるらしい。
 儀礼の手配もすませ、明日には葬儀が行われる段取りだ。
 これから来る喪主と葬儀の打合せをこれからするという。
 先ほどの遺体の取り扱いや式の段取りなどずいぶん手際良くデルヴォ―はしている。
 オルマはこういう経験がないため、デルヴォ―が立派に見えた。
 そのことを褒めるとデルヴォ―は険しい顔をした。
「いや、まだまだよ。こういう仕事は失敗が許されねぇ。だから何度も確認するんだ、こういう所見落としてないかってな……」
「デルヴォ―も失敗したことあるのー?」
「ああ、あるさ、一度だけ取り返しのつかないヘマをな……」

 デルヴォ―がその時のことを話してくれた。

 俺がちょうど担当を持ち始めた頃だ、この仕事を始めて一年がたったくらいか。
 初めての担当先が二人暮らしの旦那さんだったんだ。
 最初は若いし、経験が浅いことを見抜かれて、奥さんを亡くした旦那さんからは嫌われてたんだよ。
 だけど打ち合わせも進んで旦那さんとも少しだけ仲良くなれた気がしたんだ。
 俺も初めての担当だったから手一杯だった。
 このまま式が進めばいい。
 そのことしか頭に無かった。
 だから見落としたんだ。

 旦那さんの目の光をな。

 水葬の日、旦那さんは姿を現わさなかったんだ。
 俺は急いで旦那さんの家に行ったよ。
 けど、そこには首を吊った旦那さんがいた。
 後追い自殺さ。
 旦那さんはもう生きる希望を無くしていた。
 そのことに気付いてやれなかったんだ。
 葬儀中、ずっとそばにいたこの俺がだぜ。
 葬儀が無事終わることばかりしか頭になくて、目の前の大切な人の心に気付いてやれなかったんだ。
 もっとあの時気を配っていればと、今でも後悔してる。俺のせいだ。あの人が亡くなったのは……。

「お前らもこれから会う旦那さんをしっかり見とけよ、特にその瞳の光をな」
 デルヴォーがそう忠告すると、オルマは涙ぐんでいた、その悲しい過去に。
 横を見るとミュラーは号泣していた。
 そしてデルヴォーと肩を抱き合った。まるで慰めるかのように。
 オルマはミュラーの琴線がどこにあるのか図りかねていた。
 思わず出かけた涙が引っ込んでしまった。

 そんなこんなしてるうちに、喪主の男が現れた。
 非常に不機嫌そうなたたずまいをしていた。
 デルヴォーが慌てて、
「このたびはご愁傷様です」
 男はぶっきらぼうにああ、と返答して、その場に座り、棺に眠る妻の顔を見つめていた。
 デルヴォ―がどんな言葉を投げかけても、ひたすら無視を決め込み、亡き妻を見つめ続けていた。
 しばらくして、立ち上がった男は怒りに満ちた表情でデルヴォ―と葬儀の打合せをしていた。すると怒号が飛ぶ。
「おい、なんでこんなに高いんだよ。葬儀に金貨1枚って頭沸いてんのか?」
「しかし……」
「他の葬儀屋じゃ棺も墓標もこんなに高くなかったぞ! 俺を素人だと思ってボッタくる気でいるのか!? あ!?」
「でしたらこちらのプランで……」
「お前ら葬儀屋は人が死ぬたびに儲かっていいよな!」
「そんな風に思っておりません」
「人の死を利用して食う飯は美味いか?!」
「申し訳ございません」
「さっきからそこの青髪の野郎、ガン飛ばしやがってやんのかこの野郎!」
 確かにミュラーは男を見ていた。
 しかしデルヴォーの忠告を受けていたためだ。
 オルマが慌ててミュラーをひっこめようとすると、再び男が怒鳴り声をあげる。
「そこの獣族のガキも消えろ! 一人入れば充分だろ!」
 仕方なくデルヴォ―は二人を退室させる。

 オルマは思わず泣き喚いた。
「なんですかあの人? めちゃくちゃ怖いじゃないですか??」

 デルヴォ―が溜息をつきながら諭す。
「大事な奥さん亡くして、動揺してるだけだ。こういう怒りを受け止めるのも俺の仕事のうちだ。二人とも明日の葬儀の時、また手伝ってくれ。今日は俺一人でやる」
 すっかり男の剣幕に怯えるオルマ。
 しかしミュラーは見逃さなかった。
 男の背中に宿る無念の影を。

 翌日
 海岸での水葬の葬儀で男は人目もはばからず涙を流していた。
 男は知っていた。
 妻の余命がもうあと僅かということを。
 衛兵の仕事も辞め、残された時間で妻の看病をしていた。
 残り僅かな時間を妻と過ごしていた。
 短い幸せが崩れたのだ。

 後日、水葬の日。男の目には光が消えていた。
 海に流れる妻の棺をぼんやりと眺めていた。そして墓標を見つめ続ける。
 オルマはただ男の感情を受け止めることしか出来なかった。
 デルヴォーも同じだ。
 どんな言葉で慰めても男の心の空虚を埋めることはできない。

 すると、二羽のツバメが墓標の周りを飛び交い、羽休めにそこに止まる。
 ツガイのようだった。男と妻のような関係なのだろうか。

 ミュラーが男に声をかける。
「ツバメは渡り鳥だ。この時期にこの場所で留まり、雛が育てばここを旅立つ。そしてまた来年もここに渡る。来年もお前がここで墓参りすれば会えるだろう」

 男は二羽のツガイの戯れる姿に見惚れた。
 まるで生前の妻と自分を重ねるように。
 そして墓標の周囲を舞った後、二羽のツバメは雲の彼方へと飛び立つ。
 男は空の雲を見つめる。

 とても穏やかな表情で。
 空の彼方に行った亡き妻へ、長く祈りを捧げた。
 鎮魂の祈りを。

 ミュラーが呟く。
「さっそく新品の墓標に鳥のフンがついた。綺麗に洗ってやれ」
 男は嬉しそうに頷いた。
 オルマとデルヴォーは男の瞳に光が宿っているのを実感した。

 来年も、再来年も、毎年、ツバメのツガイが来る頃に男はこの墓標で祈り続けていくだろう。

 雲の彼方へ行った妻へ捧げるために。
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