アウトロー ~追憶~

白川涼

文字の大きさ
上 下
29 / 58
2章 ミュラー青春の謳歌

鍛冶職人とジラール

しおりを挟む
 ジラールは手先の器用な男である。

 愛用のハーミットはもちろん、籠手や胸当てなどの身の回りのものは全て自分で手入れをしていた。
 その腕を買われ、金物商で武器や防具の手入れのバイトをしていた。
 普段は簡単な修理や調整を任されていた。
 だがジラールの腕を買った金物商の店主に声がかかる。

 メンテナンスばかりじゃなくて、鍛冶職人の所で働いてみないか。
 そこなら新品の武器や防具が作れるぞ。丁度人手が不足しているんだ。

 ジラールは快諾した。
 もっと自分の腕を上げてみたかったからである。

 しかし実際に鍛冶場で働いてみるとその期待は大きく裏切られた。
 ジラールはそこで雑務ばかりさせられていた。
 ジラールが鍛冶の仕事を教えてくれと職人の親方に懇願しても、背中を向け、
「見て覚えろ」

 そう言って、黙々と玉鋼を叩き続けた。
 そこの鍛冶場の親方は不愛想で無口な老人であった。
 上背が高いジラールから見れば、ドワーフのように小柄な体格の人間であった。
 しかしその腕は逞しかった。

 その太い腕から小さな金属の小槌で鋼の塊が美しく繊細な剣の刀身が生まれていた。

 ジラールは老人の言われた通り、窯に炭を入れろ、用意した水に入れろ、伸びた鋼を窯に入れろ、出来た刀身をひたすら研げ、と単調なことやり続けた。
 ジラールはそういう型にはまったことが嫌いであった。
 元来自由な性格の彼にはこの単調な毎日は窮屈であった。
 何度か老人の目を盗んで指示もなく、金槌で玉鋼を叩こうとしたら、小槌で頭を思いっきり叩かれた。
 そして老人も気難しかった。
 ジラールは言われた通りにやった仕事でも、遅い、出来が悪い、現場が汚れている、同じこと何度も言わすな。
 と文句ばかりつけていた。

 ジラールとの相性は最悪であった。

 だから弟子に逃げられるんだと内心毒づいていた。

 しかし、ジラールは老人の仕事ぶりに手も足もでなかった。
 仕上がった武器や防具の出来栄えだけではない。
 その老人の仕事ぶりに完敗していた。

 夜明け前、ジラールよりも先に鍛冶場で作業を黙々とこなし始め、深夜、ジラールの睡魔の限界が来ても、老人はひたすら小槌を叩き続けていた。

 ジラールは内心思った。

 このジジイ、いつ寝てんだ?

 いくら早起きしても老人に勝てず、夜更けまで頑張っても根負けしてしまう。
 口の悪いジラールもその老人の仕事ぶりに何も言えず、ただ言われたことをひたすら心血注いで作業せざるえなかった。

 理不尽なことも言われた。

 お前は言われたことしかできんのか、バカでも頭を使え。

 殺してやろうと思った。

 言われたことをやれと言ったのはお前だろう、何をぬかしやがる。

 しかし、ジラールは小さな声で謝罪し、老人と同じく黙々と作業を続けた。

 正直苦痛であった。

 ある時、小槌をふるいながら老人がジラールに尋ねた。

「お前はなんのためにここで鍛冶をしている?」

 ジラールは質問の意味がわからなかった。
 正直に金のためと答えればいいのか、迷った時、老人はうすら笑いを浮かべ。

「なにも考えてないな、だからバカなんだ」

 ジラールは激しい殺意を覚えた。

 やってられるかクソジジイ!
 
 と叫んで鍛冶場から飛び出そうとも思ったが、それはジラールの負けを意味する。
 皮肉交じりに答えた。

「何も考えてないバカですいません」
 
 そんなある日、とある依頼が来た。
 なんでもさる貴族のために剣をオーダーメイドして欲しいという話だ。
 偏屈な老人はその話を断ろうとしたが、雑務をしていたジラールを見て、快諾した。
 そしてジラールに告げた。
「お前が作れ」
 ジラールは困惑した。
 無理もない、今まで手伝いばかりで、剣の鍛冶なぞさせてもらったことがないし、何よりやり方も教わってない。
 ジラールが及び腰になっていると老人は怒鳴りつけた。
「今までさんざん儂の鋼打ちを見てきたんだろう!」
 ぎこちない手つきで玉鋼に小槌を打つと再び怒号が飛ぶ。
 見よう見まねに刀身を燃えた窯に入れると激しく叱責された。
 泣きながらジラールは金槌をふるう。

 出来上がった一振りを見て老人は呟く。
「ひどい出来じゃ、芸術ものじゃ、まぁ仕上げでごまかせば、ばれんわい」

 研磨は老人が行った。
 見事な研ぎ捌きで見栄えだけは良くなった。
 そして老人はジラールが打った剣を貴族に献上しこう呟く。
「儂は貴族が大嫌いじゃ、嫌がらせにちょうどいいわい」

 ジラールは呆れ、複雑な気持ちにかられた。

 どんな名剣もこいつの気分次第で出来上がるのか……。

 そんなある日の朝、老人は鍛冶場に姿を現わさなかった。
 ジラールが不思議なこともあるもんだと作業の準備を始めていたら、老人が吐血しながら現場に現れた。
 病だ。
 ジラールが今日は休めと、どんなに言っても老人は頑なに鍛冶場から離れなかった。
 そしてジラールに頼み込む。
「儂の言われた通りに打て、代わりにお前が打ってくれ、本物のお前を」

 ジラールは老人の覚悟を受けとった。
 老人の指示の言葉をしっかりと聞き、その通りに玉鋼を小槌で打つ。
 老人の言われた分量の炭をしっかりと窯に入れ熱量を確認する。
 そして刀身を燃やすタイミングを自分から聞き、熱で柔らかくなった、それを老人がいつも叩く要領で木槌をふるう。
 ただ黙々と。
 だがジラールの瞳は燃えていた。
 真剣な表情で作業を行う。
 長い、長い時間が過ぎた。
 しかしジラールは時を忘れるほど木槌をふるう。
 仕上げの研磨にも神経を研ぎ澄ませた。

 そして一振りの剣が仕上がる。

 それを老人に見せた。
 ジラールは正直自信は無かった。
 まだまだ未熟な腕を痛感させられた。
 だが次があればもっといいものが出来上がる自信はあった。
 老人の腕に遠く及ばなくとも、もっといいものを作りたい。
 そんな気持ちにかられた。

 老人はジラールの仕上げた剣をじっくりと見定め、ジラールをまじまじと見つめる。
 そしてジラールの頭を思いっきり木槌で打ちすえた。
「やればできるなら、始めからちゃんとやらんか! このバカタレ!」

 はじめての賛辞の言葉だった。
 ジラールは威勢の良い言葉で叫ぶ。
「バカですいません!」

 そして病が治った老人は今日もジラールと鍛冶場で黙々と作業をする。

 今のジラールは老人の一挙手一投足を見逃さず、鍛冶場の仕事を覚えていた。

 今なら老人の問いかけに答えられるだろう、とジラールは確信した。


 後日、ジラールが渾身を込めた一振りがミュラーの魔法で粉々に砕けた時、ジラールはミュラーの頬を思いっきり殴り飛ばした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美しくも残酷な世界に花嫁(仮)として召喚されたようです~酒好きアラサーは食糧難の世界で庭を育てて煩悩のままに生活する

くみたろう
ファンタジー
いつもと変わらない日常が一変するのをただの会社員である芽依はその身をもって知った。 世界が違った、価値観が違った、常識が違った、何もかもが違った。 意味がわからなかったが悲観はしなかった。 花嫁だと言われ、その甘い香りが人外者を狂わすと言われても、芽依の周りは優しさに包まれている。 そばに居るのは巨大な蟻で、いつも優しく格好良く守ってくれる。 奴隷となった大好きな二人は本心から芽依を愛して側にいてくれる。 麗しい領主やその周りの人外者達も、話を聞いてくれる。 周りは酷く残酷な世界だけれども、芽依はたまにセクハラをして齧りつきながら穏やかに心を育み生きていく。 それはこの美しく清廉で、残酷でいておぞましい御伽噺の世界の中でも慈しみ育む人外者達や異世界の人間が芽依を育て守ってくれる。 お互いの常識や考えを擦り合わせ歩み寄り、等価交換を基盤とした世界の中で、優しさを育てて自分の居場所作りに励む。 全ては幸せな気持ちで大好きなお酒を飲む為であり、素敵な酒のつまみを開発する日々を送るためだ。

外れスキルと馬鹿にされた【経験値固定】は実はチートスキルだった件

霜月雹花
ファンタジー
 15歳を迎えた者は神よりスキルを授かる。  どんなスキルを得られたのか神殿で確認した少年、アルフレッドは【経験値固定】という訳の分からないスキルだけを授かり、無能として扱われた。  そして一年後、一つ下の妹が才能がある者だと分かるとアルフレッドは家から追放処分となった。  しかし、一年という歳月があったおかげで覚悟が決まっていたアルフレッドは動揺する事なく、今後の生活基盤として冒険者になろうと考えていた。 「スキルが一つですか? それも攻撃系でも魔法系のスキルでもないスキル……すみませんが、それでは冒険者として務まらないと思うので登録は出来ません」  だがそこで待っていたのは、無能なアルフレッドは冒険者にすらなれないという現実だった。  受付との会話を聞いていた冒険者達から逃げるようにギルドを出ていき、これからどうしようと悩んでいると目の前で苦しんでいる老人が目に入った。  アルフレッドとその老人、この出会いにより無能な少年として終わるはずだったアルフレッドの人生は大きく変わる事となった。 2024/10/05 HOT男性向けランキング一位。

聖女の妹は無能ですが、幸せなので今更代われと言われても困ります!

ユウ
ファンタジー
侯爵令嬢のサーシャは平凡な令嬢だった。 姉は国一番の美女で、才色兼備で聖女と謡われる存在。 対する妹のサーシャは姉とは月スッポンだった。 能力も乏しく、学問の才能もない無能。 侯爵家の出来損ないで社交界でも馬鹿にされ憐れみの視線を向けられ完璧を望む姉にも叱られる日々だった。 人は皆何の才能もない哀れな令嬢と言われるのだが、領地で自由に育ち優しい婚約者とも仲睦まじく過ごしていた。 姉や他人が勝手に憐れんでいるだけでサーシャは実に自由だった。 そんな折姉のジャネットがサーシャを妬むようになり、聖女を変われと言い出すのだが――。

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

引きこもり令嬢はやり直しの人生で騎士を目指す

天瀬 澪
ファンタジー
アイラ・タルコットは、魔術師を数多く輩出している男爵家の令嬢である。 生まれ持った高い魔力で、魔術学校に首席合格し、魔術師を目指し充実した毎日を送っていたーーーはずだった。 いつの間にか歯車が狂い出し、アイラの人生が傾いていく。 周囲の悪意に心が折れ、自身の部屋に引きこもるようになってしまった。 そしてある日、部屋は炎に包まれる。 薄れゆく意識の中で、アイラに駆け寄る人物がいたが、はっきりと顔は見えずに、そのまま命を落としてしまう。 ーーーが。 アイラは再び目を覚ました。 「私…私はまだ、魔術学校に入学してはいない…?」 どうやら、三年前に戻ったらしい。 やり直しの機会を与えられたアイラは、魔術師となる道を選ぶことをやめた。 最期のとき、駆け寄ってくれた人物が、騎士の服を身に着けていたことを思い出す。 「決めたわ。私はーーー騎士を目指す」 強さを求めて、アイラは騎士となることを決めた。 やがて見習い騎士となるアイラには、様々な出会いと困難が待ち受けている。 周囲を巻き込み惹きつけながら、仲間と共に強く成長していく。 そして、燻っていた火種が燃え上がる。 アイラの命は最初から、ずっと誰かに狙われ続けていたのだ。 過去に向き合ったアイラは、一つの真実を知った。 「……あなたが、ずっと私を護っていてくれたのですね…」 やり直しの人生で、騎士として自らの運命と戦う少女の物語。

無能烙印押された貧乏準男爵家三男は、『握手スキル』で成り上がる!~外れスキル?握手スキルこそ、最強のスキルなんです!

飼猫タマ
ファンタジー
貧乏準男爵家の三男トト・カスタネット(妾の子)は、13歳の誕生日に貴族では有り得ない『握手』スキルという、握手すると人の名前が解るだけの、全く使えないスキルを女神様から授かる。 貴族は、攻撃的なスキルを授かるものという頭が固い厳格な父親からは、それ以来、実の息子とは扱われず、自分の本当の母親ではない本妻からは、嫌がらせの井戸掘りばかりさせられる毎日。 だが、しかし、『握手』スキルには、有り得ない秘密があったのだ。 なんと、ただ、人と握手するだけで、付随スキルが無限にゲットできちゃう。 その付随スキルにより、今までトト・カスタネットの事を、無能と見下してた奴らを無意識下にザマーしまくる痛快物語。

お兄ちゃんの装備でダンジョン配信

高瀬ユキカズ
ファンタジー
レベル1なのに、ダンジョンの最下層へ。脱出できるのか!? ダンジョンが現代に現れ、ライブ配信が当たり前になった世界。 強さに応じてランキングが発表され、世界的な人気を誇る配信者たちはワールドクラスプレイヤーと呼ばれる。 主人公の筑紫春菜はワールドクラスプレイヤーを兄に持つ中学2年生。 春菜は兄のアカウントに接続し、SSS級の激レア装備である【神王の装備フルセット】を持ち出してライブ配信を始める。 最強の装備を持った最弱の主人公。 春菜は視聴者に騙されて、人類未踏の最下層へと降り立ってしまう。しかし、危険な場所に来たことには無自覚であった。ろくな知識もないまま攻略し、さらに深い階層へと進んでいく。 無謀とも思える春菜の行動に、閲覧者数は爆上がりする。

泥酔魔王の過失転生~酔った勢いで転生魔法を使ったなんて絶対にバレたくない!~

近度 有無
ファンタジー
魔界を統べる魔王とその配下たちは新たな幹部の誕生に宴を開いていた。 それはただの祝いの場で、よくあるような光景。 しかし誰も知らない──魔王にとって唯一の弱点が酒であるということを。 酔いつぶれた魔王は柱を敵と見間違え、攻撃。効くはずもなく、嘔吐を敵の精神攻撃と勘違い。 そのまま逃げるように転生魔法を行使してしまう。 そして、次に目覚めた時には、 「あれ? なんか幼児の身体になってない?」 あの最強と謳われた魔王が酔って間違って転生? それも人間に? そんなことがバレたら恥ずかしくて死ぬどころじゃない……! 魔王は身元がバレないようにごく普通の人間として生きていくことを誓う。 しかし、勇者ですら敵わない魔王が普通の、それも人間の生活を真似できるわけもなく…… これは自分が元魔王だと、誰にもバレずに生きていきたい魔王が無自覚に無双してしまうような物語。

処理中です...