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閑話④

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「ここが、ギルハドレットかぁ」

 薄汚れたコート、大きなリュック、少しほつれた帽子、そして古臭い眼鏡。
 遠方から来た旅人……そんな恰好をした青年。
 グレムギルツ公爵家長男ケインは、ギルハドレット領地で唯一の町、ギルハドレットの入口に立っていた。
 すると、ケインの腕を軽く叩く青年が言う。

「坊ちゃん、早く宿を取ろうぜ。さすがにクタクタだ」
「マルセイ。お前なぁ……オレの護衛のくせに、情けないこと言うなよ。あと『坊ちゃん』はやめろって何度も言ってるだろうが」
「あっはっは。悪い悪い……ま、今の恰好じゃ、アルムート王国最強、『神撃』のボーマンダのご子息だとはわからないけどな」

 マルセイ。
 ケインが公爵家の仕事の傍らで始めた『商売』で知り合った冒険者だ。
 冒険者とは、魔獣を狩ったり、ダンジョンなどを探索し財宝を手に入れたり、『冒険者ギルド』に持ち込まれる依頼を達成し報酬を得る仕事である。
 マルセイは、冒険者等級S級の、凄腕冒険者。ケインとはウマが合い、対等な友人として接している。
 ギルハドレット領地に行くので護衛をお願いしたところ、『行ったことないし面白そう』と付いてきてくれたのだ。
 二人は町に入る。

「ほぉ~……活気はあるけど、それほど大きくもない街って感じだな」

 マルセイがキョロキョロしながら言う。
 ケインも同じ意見だった。
 活気はあるし、人の往来も多い。商店関係は充実しているし、露店からは肉の焼けるいい香りがする……だが、そこまでだ。
 町の敷地はそれほど広くないし、住人もそう多くない。良くも悪くも、田舎町といった感じだ。
 ケイン、マルセイの二人は町で一番大きい宿を取る。
 部屋に入ると、マルセイはコートを脱いだ。

「ふぃぃ~、疲れたぜ」
「だな。後でメシでも食いに行こう」
「おう。で……町に来た目的、いつ達成する?」
「領主、ラスティスに会うか……とりあえず、町を見て回ってだな」

 マルセイは、ベッドに寝転ぶ。

「七大剣聖序列六位、『神眼』ラスティス・ギルハドレットか……確かに、強いんだろうな」
「そこは違いない。オレが知りたいのは、ラスティスの裏側さ。あまりにも不自然な情報の少なさ……きっとそこに、面白い何かがある」
「好奇心旺盛だなぁ……」

 マルセイは呆れていた。
 ラスティス・ギルハドレット。表向きは『冥狼侵攻』で活躍した七大剣聖の一人。『冥狼ルプスレクス』と一騎打ちしたが追い詰められ、ランスロットに救われる形で生き残った。
 その後、ギルハドレット男爵として、ここギルハドレット領地を治めている。王都に来るのは一年に一度……しかも、用事が終わるととんぼ返り。

「七大剣聖の一人なのに、どうも『脇役』っぽいんだよな。王都じゃ、ランスロットと親父の二大勢力が有名だ。他の七大剣聖も、『夜の帝王』ラストワン、『王国の顔』アナスタシア、んで『天才』ロシエルと並んでるし……最近じゃ、『期待の新星』フルーレも話題になってる」
「はっはっは!! んで、『脇役剣聖』ラスティス・ギルハドレットってか?」
「ああ。まぁ……オレの勘だけど、こいつは何かあるぜ」
「ふーん……それで、坊ちゃん自ら、こんな田舎まで来たってわけだ」
「坊ちゃんはやめろっつの」

 ケインは、荷物から水筒を出して飲む。
 ソファに座り、マルセイに言った。

「とりあえず、少し休んだら酒場に行こう。領主の評判とか、情報を仕入れてみるか」
「いいね。お前、公爵代理より冒険者のが似合ってるかもな」
「うっせ」

 ケインとマルセイは、互いに笑い合った。

 ◇◇◇◇◇◇

 酒場に入り、適当に食事と酒を注文。二人はグラスを合わせ、冷えたエールを飲む。

「っぷは、美味い!!」
「だな。疲れた身体に染み渡る……」

 しばし、食事を楽しみつつ酒を飲む。
 エールをおかわりすると、ケインが言う。

「ここのメシ、美味いな」
「ああ……ケイン、そこのテーブルの連中が話してるけど、この街にでっかい『公衆浴場』があるらしいぜ。なんでも、領主のラスティス・ギルハドレットが私財を投じて作ったとか」
「……公衆浴場ねえ」
「なんか使える情報か?」
「うーん……風呂好きとか?」
「ははっ!! あーあ、メシの前に行けばよかったぜ。な、明日行かないか?」

 ちなみに、ラスの風呂好きというケインの推理は大当たりだ。
 飲んでいると、少し離れたテーブルが騒がしくなった。

「んだとぉ!! やんのかテメェ!!」
「なにぃ~? テメェがオレの女のケツ触ったのが悪いんだろうが!!」

 喧嘩である。
 どうやら、酔っ払いが、男の彼女のお尻を触ったらしい。
 酒場ではよくある喧嘩だ。

「酔っ払いは、王都も田舎も変わらねぇな」
「だな……」

 特に仲裁する理由もない。席も離れているし、このまま傍観でいいだろう。
 そう思っていると。

「そこ、喧嘩はやめなさい。ここはお酒を楽しむ場所よ」
「そ、そうですよ。ほらほら、楽しく飲みましょう」

 隣の席に座っていた男女が仲裁に入った。
 一人は、スタイルのいい眼鏡をかけた美女。もう一人はどこかオドオドした、少し弱腰な男だ。

「なんだぁお前? おお? いい女じゃねぇか。げへへ、相手しろよ」
「全く、あんたは飲みすぎ。頭を冷やしなさい」
「そ、そうですよ……ね?」

 弱腰男が仲裁するが、酔っ払いは弱腰男を突き飛ばした。

「うるせえ!! すっこんっでろ!!」
「あいたっ!?」

 弱腰男が尻もちをついてしまう。
 この隙にと、女連れの男は、女を連れて出て行ってしまった。
 そして、酔っ払いの標的が、仲裁に入った女の方に向く。

「あーあ、行っちまったじゃねえか!! 責任取って、テメエが相手しな。げへへ……なんなら、そのまま宿まで一緒に行くか?」
「全く……」

 と、酔っ払いが女の肩に手を触れた時だった。
 弱腰男が立ち上がり、酔っ払いの手を掴む。

「あ? ンだテメェ」
「……おい。きたねぇ手で、オレの女に触れんじゃねぇぞゴルァ!!」

 弱腰男が豹変した。
 その迫力に、ケインもマルセイもぎょっとする。
 つい先ほどまで弱弱しい表情をしていたのに、今は青筋は顔中に広がり、殺さんとばかりに目が血走っている。
 弱腰男は、テーブルにあったスプーンを右手で掴み、そのまま思い切り手で握る……すると、スプーンだった物は、指先ほどの小さな塊となってテーブルに落ちた。

「テメェも、ぐちゃぐちゃになるまで握り潰してやろうか? アァァン!?」
「ひっ……すす、すみませんでしたっ!!」

 弱腰男の威圧に押され、酔っ払いが逃げ出した。
 そして、弱腰男はハッとなり……女に、ペコペコ頭を下げる。

「ご、ごめんフローネ……その、怪我はない?」
「ないよ。全く、あんたはホントにいい旦那だね、ホッジ。と……皆さん、お騒がせしました!! 引き続き、楽しい時間をお過ごしください!!」

 周りからは拍手喝采。
 ケイン、マルセイも思わず拍手していた。

「すっげぇ迫力……下手したら、オレよか強いぜ」
「ただものじゃないな……」

 と、隣のテーブルにいた老人がケインたちに言う。

「あんたら、旅人かい? あの二人は、領主代行の夫婦、フローネとホッジさ」
「え? 領主代行……? 領主は、ラスティス・ギルハドレットでは?」

 ケインが老人に質問する。この老人は住人で、この酒場の常連らしい。
 ケインは銀貨をテーブルに出し、老人に酒を奢った。

「ほ、景気いいね。と……ラスはここじゃない、この街から離れた場所にあるハドの村に住んでるぜ」
「領主邸はこの街にあるんじゃ……」
「ああ。でもラスは、魔獣対策のために自ら、あの村に住んでる。町の管理をホッジ夫婦に任せてな」
「……そうなんですか」
「たまーに、この街で酒を飲みに来る。運が良ければ会えるだろうさ」
「なるほど。ありがとうございました」

 ケインは立ち上がり、酒場を出た。
 宿に戻ると、マルセイに言う。

「ハドの村……明日、行ってみるか」
「マジか? 町を見るんじゃないのかよ」
「目的はラスティス・ギルハドレットだ。村にいるなら、直接会いに行くさ」
「やれやれ……ま、付き合うぜ」

 こうして、ケインとマルセイは、ハドの村に向かうのだった。
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