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湖底の遺跡『渦潮』③/ケルピー
しおりを挟む「へぇ……なかなか粘るね」
水のダンジョン『渦潮』の管理室で、『せせらぎ』のシタラドは眼鏡をクイッと上げた。
水色の髪に、ねじれたツノが後頭部から生えている。騎士服に似た水色の礼服を着て立つ姿は、どこか高貴な騎士のように見えた。
シタラドは、観察する。
「……こいつらが、シェリンプを?」
火のダンジョンの管理者、シェリンプが消滅した。
これを知ったのは、ほんの半日前。
理由は、シェリンプがダンジョンにいなかったから。あのシェリンプが、パレットアイズを楽しませるためにダンジョンの管理をしている魔界貴族侯爵が、パレットアイズの許可なしにダンジョンを空けるはずがない。つまり……シェリンプは、討伐された。
「実際にヤらないとわからないな……ったく、魔族の弱点だね。死んだら痕跡そのものが完全に消えてしまうなんて、誰にやられたかわからないじゃないか」
シタラドは、少しだけイライラした声で言う。
別に、シェリンプが死んだからイライラしているわけではない。むしろ、何の情報も残さないまま、あっけなく始末されたシェリンプに怒りすら感じていた。
魔界貴族とあろう者が、パレットアイズの部下とあろう者が、あっけなく殺された……そのことに怒りを感じ、不甲斐ないシェリンプに怒っている。
「パレットアイズ様……」
シェリンプが死んだと聞かされたパレットアイズは、「あっそ」だけだった。
だが、シタラドは気付いていた。パレットアイズは、部下を殺されたことで怒っている……のではなく、ササライと同じ、聖剣士に部下を殺されたことで、ササライを馬鹿にした自分が、ササライと同じになってしまったということを。
なので、パレットアイズはシンプルな命令を出した。
「ダンジョンで殺して。直接やるのは『快楽』とは無縁だから。楽しく、面白く……聖剣士を全員、殺しなさい。ああ、ちゃんとあたしを楽しませてね? 楽しませた子には、ご褒美あげるから」
この言葉に、シタラド、ボッグワーズ、ザレオンは気合を入れ直した。
魔王のご褒美。パレットアイズに仕えて初めてかもしれない。
「とりあえず……クリアはさせないよ、聖剣士」
シタラドは、両手を前に突き出し両手の指を動かす。
すると、両手の指から『水の糸』が伸びた。
その指をクイクイ動かしながら、シタラドは言う。
「さぁ、やろうか『ケルピー』……お前の遊びで、聖剣士たちをもてなすんだ」
◇◇◇◇◇◇
半日ほど進んだ。
外は恐らく日が差し始めているだろう。サリオスたちは、『渦巻く部屋』と呼んでいる一本橋の部屋を、もうすでに二十以上通過した。
最初こそ、普通の一本橋だったのだが……途中から橋が途切れていたり、橋が可動式だったり、肉食魚の種類が変わったり、大型の肉食魚が水中を泳いでいたりと、大変だった。
さすがに、サリオスが限界だった。
「……今日は撤収だね」
ポマードがそう判断すると、エクレールとロセも反対しない。
サリオスは、自分が一番体力がないことを悔しがったりしない。この三人とは年季が違うし、無理をして進むことで、足手まといになることだけは避けたかった。
でも……ちょっとだけ、我儘は言いたい。
「じゃあ、次で……次の部屋で、最後にします。もうひと踏ん張りだけ、させてください」
「だが、もう限界だろう?」
「お願いします。次で最後にします、お願いします!!」
「アタシはいいぜ。次で最後ね……『まだまだいけます』とか『全然平気です』とか言わねぇだけいいだろ? ちゃんと限界を見極めてやがる」
「エクレール……だがね」
「だいじょうぶです! 男の子の意地、通してあげましょう!」
「……やれやれ」
ポマードが折れ、次の部屋で最後となった。
次の部屋のドアを開けると……そこは、大きな橋が架けられている、今までより広い部屋だった。
さらに、渦潮が消えている。その代わり、水の底が見えないくらい深い。
今までとは違う部屋。
(……嫌な予感がする)
ドアが閉まると同時に身体を滑り込ませたロイは、警戒する。
サリオスたちが橋の中ほどまで進む。
すると───どこからか、声が聞こえて来た。
『聖剣士諸君、お疲れ様……『次で最後』なんて言われたら、意地悪したくなっちゃうよねぇ?』
「えっ……だ、誰だ!?」
サリオスが叫ぶ。
すると、ロセ、エクレール、ポマードはすでに戦闘態勢に入っていた。
サリオスも遅れて剣を抜く。
(デスゲイズ、今の)
『魔界貴族侯爵、『せせらぎ』のシタラドだ。だが、ここにはいない……スコープバットを経由して声を送っているのだろうな』
(もしかして……ヤバいか?)
『さぁな。奴め、どういう手を使ってくるのか───……』
ロイは『姿隠矢』を抜き、周囲を警戒する。
そして───……この場にいる誰よりも早く感じた。
(───……何か、来る!!)
一本橋の両端が破壊され、サリオスたちが橋の中央に取り残された。
そして、サリオスたちの周りをグルグル回って泳ぐのは、巨大なヒレ。
「なっ……で、デカい!? なんだ、この生物は!?」
サリオスが叫ぶと同時に、巨大な何かが飛び上がり、再び着水。
岩のようなゴツゴツした身体、巨大なヒレ、強靭な牙。全長二十メートルはある、巨大な肉食魚。
魔獣ケルピー。シタラドの飼っている魔獣で、最大級の大きさを持つ、最強の水棲魔獣。
「マジかよ……おいポマード、どうする?」
「どうするって、やるしかないだろう? ロスヴァイセ、いけるかい?」
「……ええ」
すると、収納から『地聖剣ギャラハッド』の分離部を取り出し、持っていた片刃を合わせ、本来の形態へ。そして、持ち手の部分が三メートルほど伸び、折り畳まれていた両刃部分がさらに展開する。
地聖剣ギャラハッド、本来の姿。
全長四メートル、横幅三メートルはある、巨人が持つに相応しい巨大な両刃斧を、この場の誰よりも小さな少女が、片手で摑んでいた。
「す、すごい……」
「サリオスくん。これが七聖剣の『変形』だよ。サリオスくんも、慣れるとできるようになるからね」
「…………っ」
「エクレールさん、ポマードさん、サリオスくんと伏せてください」
「あいよ」
「さ、殿下」
「え、で、でも」
「アタシらはむしろ邪魔になるんだよ。ほれ」
エクレールに頭を押さえつけられ、サリオスは伏せた。
ポマード、エクレールも伏せる。
『へぇ、地の聖剣か……』
「申し訳ないけど、ブッ殺しちゃいますね~?」
ロセは、ニコニコしながら斧を頭上でブンブン振り回す。それだけで暴風が巻き起こり、室内が大きく荒れる。
「ロスヴァイセ、魔法使うか!?」
「いえ。ここでは相性が悪いので……能力も使えませんね。とりあえず、力でゴリ押ししてみます~」
『ケルピー、餌の時間だよ』
シタラドが言うと、水面から巨大な『肉食鮫』が飛び出し、ロセを丸呑みしようとした。
が、ロセは斧の腹部分で、ケルピーを思いきり叩く。すると、ケルピーは吹き飛ばされ、ロイがいる近くの壁に激突した。
(や、やっべぇ!!)
『巻き込まれるぞ、離れろ!!』
ロイは慌ててその場から離れる……改めて思うが、援護は必要なさそうだった。
だが、ロセは……首を傾げた。
『ふはははっ、すごい一撃だね。うんうん、でも……手ごたえ、どうだった?』
「…………あらぁ~」
ケルピーは、ピンピンしている。
水に飛び込み、再びロセたちのいる一本橋を回遊し始めた。
腹に大きな傷ができたのに、水に入るとすぐに回復してしまう。
再び、ケルピーが自ら飛び出してロセに噛み付こうとしたが、今度は叩くのではなく、斧の刃でケルピーを両断。だが、ケルピーの割れた身体が水に入ると同時に、身体がくっついて傷も消えた。
『あはは、わかっただろう? ケルピーは、水さえあればミンチになっても復活するんだよ!! ボクですら殺せない、ダンジョンの核を守る守護魔獣は伊達じゃないね!!』
「しゅ、守護魔獣って……こ、こいつが?」
「マジかよ。今までの守護魔獣と全然違うぞ!?」
「……まさか」
エクレールの疑問に、ポマードはすぐに答えを出した。
そして、この声の主にポマードは聞く。
「まさか、今までのダンジョン……魔界貴族は、魔王は、本気じゃなかった?」
『そりゃそうさ。きみたちは必死になってダンジョンを攻略しているけど、ボクら魔族にとっては、あがく人間を見て楽しむゲームのようなものだからね。ああ、それと……確認していいかな? きみたち、シェリンプを殺したかい?』
「シェリンプ? なんだ、それは……?」
サリオスが首を傾げると、シタラドは言う。
『ああ、やっぱり違うか。今の反応で全部わかったよ……ふぅむ、この中で一番の使い手である地聖剣ギャラハッドの使い手でもない? じゃあ、誰が……?』
「お喋りとは余裕ですねぇ?」
『ん、ああ。きみたちはもういいや。死んでいいよ』
と、再びケルピーが襲いかかる。
ロセは、細切れにしようと斧を振りかぶる───……が。
「っづ、あ!? ……っえ!?」
猛烈な痛みを感じた。
そのまま転んでしまい、ケルピーはロセを飛び越え反対方向の水に飛び込む。
「ぅ、いったぁ……」
「ろ、ロセ会長!!」
「ん、だいじょうぶ、だいじょ───……」
ロセが、右手を確認した。
だが、そこに右手はない。右腕が、肘から消失していた。
「……え」
『あはははははっ!! 気付かなかったかい?』
「っっっ……っぁ、ァァァァァァッ!!」
ぽちゃん、と……小さな何かが跳ねた。
それは、小さなケルピー。
小さなケルピーが、何十匹も周囲を泳いでいた。
大型のケルピーだけではなかった。最初から、この小さなケルピーが潜んでいた。ロセを、全員を油断させるように……大型のケルピーだけが襲ってきたのも、ロセを油断させるため。
ロセが大型のケルピーしか見ていなかった瞬間を狙い、死角から飛び出しロセの右腕を食い千切ったのだ。
「し、しくじった……か、な?」
「会長、会長ぉぉぉぉぉっ!!」
「ポマード、ガキを任せた!! アタシはこいつらを斬る!!」
「くっ……」
ポマードはサリオスを無理やり押さえる。ポマードの大剣では、小さなケルピーを仕留めるのに向いていない。両籠手小剣のエクレールが、剣に紫電を纏わせロセの前に立つ。
「止血できるか!?」
「な、んとか……」
ロセは、制服を破って切断面を覆い、きつく縛って止血。
切断された腕は、ケルピーの餌になってしまった。
「腕は後で治療できる!! 心配すんな、聖剣騎士団の医療班は優秀だ。腕一本くらい生えてくらぁ!!」
「はぁ、はぁ……そ、そうです、ね」
ロセは、片手で地聖剣ギャラハッドを掴むが、顔色が悪い。
血が流れ過ぎたのだ。このままでは、まずい。
周囲には、小さなケルピーが無数に泳ぎ、子を見守る親のように、大型のケルピーが泳いでいる。
絶体絶命だった。
「離してください!! ボクも、ボクも……!!」
「駄目だ!! なんとかキミを逃がせるようにする。大人しくしてくれ!!」
ポマードは、大汗を流しながら必死に考えていた。
サリオスは、何もできない自分が悔しく、涙が出た。
◇◇◇◇◇◇
(───……どうする)
ロイは迷っていた。
正直なところ、ロイなら五十以上いるケルピーを、四秒あれば殲滅できる。大型のケルピーも『魔喰矢』で喰い尽くせる。
だが、それではロイの居場所がバレる。
魔界貴族に存在を知られる。
『ダメだ、ロイ。今は撃つな!!』
(でも)
『我輩の正体がバレたら、人間界は終わるぞ!!』
(……ッ)
矢を番えたまま、ロイは動けなかった。
(せめて……魔界貴族の、居場所がわかれば!!)
水のダンジョン『渦潮』の管理室で、『せせらぎ』のシタラドは眼鏡をクイッと上げた。
水色の髪に、ねじれたツノが後頭部から生えている。騎士服に似た水色の礼服を着て立つ姿は、どこか高貴な騎士のように見えた。
シタラドは、観察する。
「……こいつらが、シェリンプを?」
火のダンジョンの管理者、シェリンプが消滅した。
これを知ったのは、ほんの半日前。
理由は、シェリンプがダンジョンにいなかったから。あのシェリンプが、パレットアイズを楽しませるためにダンジョンの管理をしている魔界貴族侯爵が、パレットアイズの許可なしにダンジョンを空けるはずがない。つまり……シェリンプは、討伐された。
「実際にヤらないとわからないな……ったく、魔族の弱点だね。死んだら痕跡そのものが完全に消えてしまうなんて、誰にやられたかわからないじゃないか」
シタラドは、少しだけイライラした声で言う。
別に、シェリンプが死んだからイライラしているわけではない。むしろ、何の情報も残さないまま、あっけなく始末されたシェリンプに怒りすら感じていた。
魔界貴族とあろう者が、パレットアイズの部下とあろう者が、あっけなく殺された……そのことに怒りを感じ、不甲斐ないシェリンプに怒っている。
「パレットアイズ様……」
シェリンプが死んだと聞かされたパレットアイズは、「あっそ」だけだった。
だが、シタラドは気付いていた。パレットアイズは、部下を殺されたことで怒っている……のではなく、ササライと同じ、聖剣士に部下を殺されたことで、ササライを馬鹿にした自分が、ササライと同じになってしまったということを。
なので、パレットアイズはシンプルな命令を出した。
「ダンジョンで殺して。直接やるのは『快楽』とは無縁だから。楽しく、面白く……聖剣士を全員、殺しなさい。ああ、ちゃんとあたしを楽しませてね? 楽しませた子には、ご褒美あげるから」
この言葉に、シタラド、ボッグワーズ、ザレオンは気合を入れ直した。
魔王のご褒美。パレットアイズに仕えて初めてかもしれない。
「とりあえず……クリアはさせないよ、聖剣士」
シタラドは、両手を前に突き出し両手の指を動かす。
すると、両手の指から『水の糸』が伸びた。
その指をクイクイ動かしながら、シタラドは言う。
「さぁ、やろうか『ケルピー』……お前の遊びで、聖剣士たちをもてなすんだ」
◇◇◇◇◇◇
半日ほど進んだ。
外は恐らく日が差し始めているだろう。サリオスたちは、『渦巻く部屋』と呼んでいる一本橋の部屋を、もうすでに二十以上通過した。
最初こそ、普通の一本橋だったのだが……途中から橋が途切れていたり、橋が可動式だったり、肉食魚の種類が変わったり、大型の肉食魚が水中を泳いでいたりと、大変だった。
さすがに、サリオスが限界だった。
「……今日は撤収だね」
ポマードがそう判断すると、エクレールとロセも反対しない。
サリオスは、自分が一番体力がないことを悔しがったりしない。この三人とは年季が違うし、無理をして進むことで、足手まといになることだけは避けたかった。
でも……ちょっとだけ、我儘は言いたい。
「じゃあ、次で……次の部屋で、最後にします。もうひと踏ん張りだけ、させてください」
「だが、もう限界だろう?」
「お願いします。次で最後にします、お願いします!!」
「アタシはいいぜ。次で最後ね……『まだまだいけます』とか『全然平気です』とか言わねぇだけいいだろ? ちゃんと限界を見極めてやがる」
「エクレール……だがね」
「だいじょうぶです! 男の子の意地、通してあげましょう!」
「……やれやれ」
ポマードが折れ、次の部屋で最後となった。
次の部屋のドアを開けると……そこは、大きな橋が架けられている、今までより広い部屋だった。
さらに、渦潮が消えている。その代わり、水の底が見えないくらい深い。
今までとは違う部屋。
(……嫌な予感がする)
ドアが閉まると同時に身体を滑り込ませたロイは、警戒する。
サリオスたちが橋の中ほどまで進む。
すると───どこからか、声が聞こえて来た。
『聖剣士諸君、お疲れ様……『次で最後』なんて言われたら、意地悪したくなっちゃうよねぇ?』
「えっ……だ、誰だ!?」
サリオスが叫ぶ。
すると、ロセ、エクレール、ポマードはすでに戦闘態勢に入っていた。
サリオスも遅れて剣を抜く。
(デスゲイズ、今の)
『魔界貴族侯爵、『せせらぎ』のシタラドだ。だが、ここにはいない……スコープバットを経由して声を送っているのだろうな』
(もしかして……ヤバいか?)
『さぁな。奴め、どういう手を使ってくるのか───……』
ロイは『姿隠矢』を抜き、周囲を警戒する。
そして───……この場にいる誰よりも早く感じた。
(───……何か、来る!!)
一本橋の両端が破壊され、サリオスたちが橋の中央に取り残された。
そして、サリオスたちの周りをグルグル回って泳ぐのは、巨大なヒレ。
「なっ……で、デカい!? なんだ、この生物は!?」
サリオスが叫ぶと同時に、巨大な何かが飛び上がり、再び着水。
岩のようなゴツゴツした身体、巨大なヒレ、強靭な牙。全長二十メートルはある、巨大な肉食魚。
魔獣ケルピー。シタラドの飼っている魔獣で、最大級の大きさを持つ、最強の水棲魔獣。
「マジかよ……おいポマード、どうする?」
「どうするって、やるしかないだろう? ロスヴァイセ、いけるかい?」
「……ええ」
すると、収納から『地聖剣ギャラハッド』の分離部を取り出し、持っていた片刃を合わせ、本来の形態へ。そして、持ち手の部分が三メートルほど伸び、折り畳まれていた両刃部分がさらに展開する。
地聖剣ギャラハッド、本来の姿。
全長四メートル、横幅三メートルはある、巨人が持つに相応しい巨大な両刃斧を、この場の誰よりも小さな少女が、片手で摑んでいた。
「す、すごい……」
「サリオスくん。これが七聖剣の『変形』だよ。サリオスくんも、慣れるとできるようになるからね」
「…………っ」
「エクレールさん、ポマードさん、サリオスくんと伏せてください」
「あいよ」
「さ、殿下」
「え、で、でも」
「アタシらはむしろ邪魔になるんだよ。ほれ」
エクレールに頭を押さえつけられ、サリオスは伏せた。
ポマード、エクレールも伏せる。
『へぇ、地の聖剣か……』
「申し訳ないけど、ブッ殺しちゃいますね~?」
ロセは、ニコニコしながら斧を頭上でブンブン振り回す。それだけで暴風が巻き起こり、室内が大きく荒れる。
「ロスヴァイセ、魔法使うか!?」
「いえ。ここでは相性が悪いので……能力も使えませんね。とりあえず、力でゴリ押ししてみます~」
『ケルピー、餌の時間だよ』
シタラドが言うと、水面から巨大な『肉食鮫』が飛び出し、ロセを丸呑みしようとした。
が、ロセは斧の腹部分で、ケルピーを思いきり叩く。すると、ケルピーは吹き飛ばされ、ロイがいる近くの壁に激突した。
(や、やっべぇ!!)
『巻き込まれるぞ、離れろ!!』
ロイは慌ててその場から離れる……改めて思うが、援護は必要なさそうだった。
だが、ロセは……首を傾げた。
『ふはははっ、すごい一撃だね。うんうん、でも……手ごたえ、どうだった?』
「…………あらぁ~」
ケルピーは、ピンピンしている。
水に飛び込み、再びロセたちのいる一本橋を回遊し始めた。
腹に大きな傷ができたのに、水に入るとすぐに回復してしまう。
再び、ケルピーが自ら飛び出してロセに噛み付こうとしたが、今度は叩くのではなく、斧の刃でケルピーを両断。だが、ケルピーの割れた身体が水に入ると同時に、身体がくっついて傷も消えた。
『あはは、わかっただろう? ケルピーは、水さえあればミンチになっても復活するんだよ!! ボクですら殺せない、ダンジョンの核を守る守護魔獣は伊達じゃないね!!』
「しゅ、守護魔獣って……こ、こいつが?」
「マジかよ。今までの守護魔獣と全然違うぞ!?」
「……まさか」
エクレールの疑問に、ポマードはすぐに答えを出した。
そして、この声の主にポマードは聞く。
「まさか、今までのダンジョン……魔界貴族は、魔王は、本気じゃなかった?」
『そりゃそうさ。きみたちは必死になってダンジョンを攻略しているけど、ボクら魔族にとっては、あがく人間を見て楽しむゲームのようなものだからね。ああ、それと……確認していいかな? きみたち、シェリンプを殺したかい?』
「シェリンプ? なんだ、それは……?」
サリオスが首を傾げると、シタラドは言う。
『ああ、やっぱり違うか。今の反応で全部わかったよ……ふぅむ、この中で一番の使い手である地聖剣ギャラハッドの使い手でもない? じゃあ、誰が……?』
「お喋りとは余裕ですねぇ?」
『ん、ああ。きみたちはもういいや。死んでいいよ』
と、再びケルピーが襲いかかる。
ロセは、細切れにしようと斧を振りかぶる───……が。
「っづ、あ!? ……っえ!?」
猛烈な痛みを感じた。
そのまま転んでしまい、ケルピーはロセを飛び越え反対方向の水に飛び込む。
「ぅ、いったぁ……」
「ろ、ロセ会長!!」
「ん、だいじょうぶ、だいじょ───……」
ロセが、右手を確認した。
だが、そこに右手はない。右腕が、肘から消失していた。
「……え」
『あはははははっ!! 気付かなかったかい?』
「っっっ……っぁ、ァァァァァァッ!!」
ぽちゃん、と……小さな何かが跳ねた。
それは、小さなケルピー。
小さなケルピーが、何十匹も周囲を泳いでいた。
大型のケルピーだけではなかった。最初から、この小さなケルピーが潜んでいた。ロセを、全員を油断させるように……大型のケルピーだけが襲ってきたのも、ロセを油断させるため。
ロセが大型のケルピーしか見ていなかった瞬間を狙い、死角から飛び出しロセの右腕を食い千切ったのだ。
「し、しくじった……か、な?」
「会長、会長ぉぉぉぉぉっ!!」
「ポマード、ガキを任せた!! アタシはこいつらを斬る!!」
「くっ……」
ポマードはサリオスを無理やり押さえる。ポマードの大剣では、小さなケルピーを仕留めるのに向いていない。両籠手小剣のエクレールが、剣に紫電を纏わせロセの前に立つ。
「止血できるか!?」
「な、んとか……」
ロセは、制服を破って切断面を覆い、きつく縛って止血。
切断された腕は、ケルピーの餌になってしまった。
「腕は後で治療できる!! 心配すんな、聖剣騎士団の医療班は優秀だ。腕一本くらい生えてくらぁ!!」
「はぁ、はぁ……そ、そうです、ね」
ロセは、片手で地聖剣ギャラハッドを掴むが、顔色が悪い。
血が流れ過ぎたのだ。このままでは、まずい。
周囲には、小さなケルピーが無数に泳ぎ、子を見守る親のように、大型のケルピーが泳いでいる。
絶体絶命だった。
「離してください!! ボクも、ボクも……!!」
「駄目だ!! なんとかキミを逃がせるようにする。大人しくしてくれ!!」
ポマードは、大汗を流しながら必死に考えていた。
サリオスは、何もできない自分が悔しく、涙が出た。
◇◇◇◇◇◇
(───……どうする)
ロイは迷っていた。
正直なところ、ロイなら五十以上いるケルピーを、四秒あれば殲滅できる。大型のケルピーも『魔喰矢』で喰い尽くせる。
だが、それではロイの居場所がバレる。
魔界貴族に存在を知られる。
『ダメだ、ロイ。今は撃つな!!』
(でも)
『我輩の正体がバレたら、人間界は終わるぞ!!』
(……ッ)
矢を番えたまま、ロイは動けなかった。
(せめて……魔界貴族の、居場所がわかれば!!)
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チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
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