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6巻
6-2
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第三章 アセナちゃんの変身事情
「あれ、アセナちゃん?」
ある日、一人で村の中を散歩していると、キョロキョロしながら歩くワーウルフ族のアセナちゃんと遭遇した。彼女はフレキくんの妹だ。
アセナちゃんは、村の外れに向かい、村と森の境界線になっている柵を乗り越えてしまった。おいおい、さすがにこれは不味いぞ。一人で森に行ったら何があるかわからない。
俺は迷わずあとを追いかける。
幸い、すぐ近くにアセナちゃんはいた。
「アセナちゃん!!」
「ひゃっ!! あ……」
「こら、一人で外に出ちゃ危ないぞ」
「あうう……」
アセナちゃんはシュンとしてしまった。でも、注意する時は厳しくしないとね。
もう怒っていないことを伝えるため、俺はアセナちゃんの頭をなでなでする。フレキくんが里帰りしている間はけっこう、こういう風にスキンシップを取っていたから抵抗はされない。
「どうして一人で外へ? 出かける時は最低三人以上ってルールがあるのは知ってるでしょ?」
「うぅぅ……ごめんなさい」
一応、住人のルールだ。もちろん例外もあるが。
外には危険な魔獣も多いし、一人で出かけることは避けるべきだ。まぁ、住人たちはみんな強いから、魔獣の一匹くらいなら問題ない場合が多いけど。
さて、今はアセナちゃんだ。
彼女はおずおずと話しだした。
「あの、実は……変身の練習をしようと思って」
「変身って、人狼への?」
「はい……村にいると、ミュアやライラに見つかってしまいますから。この村に来てけっこう経ちますけど、未だに耳と尻尾しか変身できないので……」
「あー……なるほど」
アセナちゃんはワーウルフ族だが、完全な人狼に変身できない。
一応耳と尻尾だけ変身できるものの、それだとぶっちゃけ獣人と変わらない。まぁ、それはそれで可愛いんだけど、本人はそれじゃダメだと思っている。まぁ、当然だよな。
アセナちゃんは、フレキくんと二人暮らしだ。
掃除や洗濯、食事の支度などは、全てアセナちゃんが一人でやっている。一度だけ仕事ぶりを見るために銀猫を派遣したが、家事はまったく問題ないようだ。
家事が終わると、銀猫少女のミュアちゃんと魔犬族のライラちゃんが遊びに来る。
そこでは獣人の二人に合わせ、オオカミ耳と尻尾を出すようだが、やはり完全な変身をしたいらしい。フレキくん曰く、耳と尻尾だけの変身なんて器用なマネ、逆にワーウルフ族の村では誰もできないそうなんだけど。
「私、やっぱり人狼になりたいです。ミュアやライラは『わたしたちとお揃い』って言ってくれるんですけどね……」
「そっか。それで、森で訓練を?」
「はい。練習しているところは見られたくないですし……それに、いい場所も見つけたので」
「そうなのか……でも、一人で森に入るのはダメだよ? フレキくんは知ってるの?」
「…………」
あちゃー、こりゃ知らないっぽいな。
アセナちゃんの気持ちもわかるけど、見た以上は言わせてもらう。
「とにかく、一人で森に入るのはダメ。いいね?」
「はうぅ……じゃ、じゃあ!! 村長が一緒に来てください!! お願いします!!」
「え?」
「その、もう少し、もう少しで……なにか掴めそうなんです」
「……うーん」
「お願いします!!」
こんなに必死なアセナちゃん、初めてだ。
冬の間は俺の家で預かっていたから、話す機会はいくらでもあった。というか毎日顔を合わせていたし、かなり打ち解けていると思う。
この子、頑張り屋なんだよなぁ……やれやれ、仕方ない。
「わかった。じゃあ、今度から森に入る時は俺に声をかけること。いいね?」
「はいっ!! ありがとうございます!!」
ひたむきに努力するアセナちゃんの頼み、断れないな。
◇◇◇◇◇◇
「ここです」
「へぇ~、こんな場所が」
「えへへ、秘密基地です」
アセナちゃんに案内されて来たのは、村から五分ほど歩いた場所にある大木の根元だった。
「この上で練習しています」
「この上って……樹の上?」
「はい!!」
大きな樹には蔦が伸びており、アセナちゃんはそれを掴むとスルスルと上に登ってしまった……って、マジ? 俺も登るのか?
いや、登るしかない。高さは八メートルくらいだしね。
……いやいや、普通に高いわ……ちょっと怖い。
「うっし!!」
弱気をかけ声で振り払い、登っていく。
蔦は掴みやすく、木の幹にも足をかけるところがあったので、俺の力でも登ることができた。それに樹の上には、枝と枝に床板がかかっており、足場がある。しかもけっこう広い。
「ドワーフさんから使わない床板をもらって敷いたんです」
「ほぉ……すごいね、アセナちゃん」
「えへへ。秘密基地なので内緒にしてくださいね」
「わかった」
「では、始めます……」
俺は端に移動し、アセナちゃんを見守る。
アセナちゃんはオオカミ耳と尻尾を出した……うん、やっぱり可愛い。
ミュアちゃんよりも大きい耳に、ライラちゃんよりモフモフした尻尾。特にあのモフモフ尻尾はヤバい。冬の間、アセナちゃんが泊まりに来ていた時、シェリーがベッドに引き込んでモフりまくってたからな。
「がぁうぅぅ~~~っ!!」
おお、アセナちゃんがプルプルしている……どうやらさらに変身しようと力を込めているみたいだ。
でも、まったく変化がない。顔が真っ赤になったくらいだ。
「ぷぁぁ……うぅ、駄目です」
「……あのさ、変身ってどうやるの?」
「え?」
「いや、ちょっと気になって」
「ええと、兄さんは『眠い時に寝る、お腹が減ったら食べる、おしっこしたくなったらする、変身したいなら変身する、つまりそういうこと』って言ってました」
「フレキくん……」
もっとちゃんと教えてあげなよ……まぁ、実際そういうことなのか。
つまり生理的欲求と同じだ。腹が減ったらメシを食うというくらい、当たり前のこと。その当たり前が、アセナちゃんはできない。
しばらく考え、俺は口を開いた。
「アセナちゃん、ちょっとやり方を変えてみる?」
「え?」
「そうだな。耳と尻尾をしまって、こっちに来て」
「は、はい」
その場に座り、アセナちゃんも俺の隣に座らせる。
そして、よしよしと頭を撫でた。
「あ、あの?」
「いいから、ほら、クッキー食べる?」
懐にあったクッキーの袋を差し出す。
「い、いただきます……あむ」
「美味しい?」
「はい。これ、すっごくおいしいです」
「でしょ? ミュディが作ったフェアリーシロップのクッキーなんだ。試作品でまだ誰も食べてないんだって」
「へぇ~……あむ。おいしい!!」
「よかった。いっぱいあるから食べていいよ」
「はい!!」
「よしよし。アセナちゃんは可愛いねぇ。よしよし」
「えへへ……気持ちいいです」
「ふふ、じゃあちょっと変身してくれる? 耳を触りたいんだ」
「はい。あむ……どうぞ」
「うん、ありがとう」
アセナちゃんは、完璧な人狼に変身した。
「へ?」
「ほら、できた」
「……うそ」
アセナちゃんはわなわなと自分の手足を確認した。どこからどう見ても人狼だ。
ふさふさの毛に覆われた身体、オオカミ耳と尻尾、顔もオオカミになっている。
五指からは鋭い爪が生えている。以前見たフレキくんの変身姿と同じ、完全な人狼形態だ。
「な、なんで……」
「たぶん、アセナちゃんは『人狼になりたい!!』って思いが強すぎたんだよ。『寝たい!!』って思ってもなかなか寝られないでしょ? 眠いなら目を閉じるだけでいい。つまり、気負わないで自然にすることが一番だったんだよ」
「わ、私、いつも変身する時は力を込めて……」
「きっと、それがよくなかったんだ。リラックスリラックス、息を吸って吐くように、だよ」
「がぅぅぅ……そんちょぉぉ~」
「おっと、よしよし」
アセナちゃんは感極まったのか、俺に抱きついてワンワン泣いてしまった。
もっふもふの尻尾を触り、ふわふわのオオカミ耳をこれでもかと堪能させていただきます……うん、やわっこい。
「アセナちゃん、人間に戻ってごらん」
「がぅぅ……」
「ほら、戻れた。変身は?」
「がぅぅぅ……ぅぅ」
今度は耳と尻尾しか変身できなかった。どうやらまだ完全に変身を会得したわけではないらしい。
「う~ん、まだ練習が必要だね」
「はい。でも……変身できるってわかりました!! もっと頑張ります!!」
「うん。頑張ろう」
でも、いつかきっと、自由に変身できるようになるだろう。
第四章 シェリーの訓練
「お兄ちゃん、訓練に付き合って」
ある日、薬院に来た妹のシェリーがそんなことを言った。
いつも薬院にはフレキくんもいるが、今日はお休み。アセナちゃんと一緒に変身の練習をしに行っている。
なお、以前アセナちゃんが俺の前で変身したことはフレキくんには話していない。秘密にしてほしいとアセナちゃんに言われたからだ。お兄ちゃんを驚かせたい気持ちがあるんだろうね。
さて、シェリーの話に戻ろう。
「訓練? なんの訓練だ?」
「決まってるじゃん。魔法の訓練だよ。あたし、鈍らないように鍛錬は続けてるの。リュウ兄がいた時は付き合ってくれたんだけど、今はいないし。やっぱり誰かと一緒に訓練したほうが効率いいのよ」
「魔法の訓練ねぇ……どんなのだ?」
「リュウ兄がいた頃は実戦形式の訓練とか、新技の開発とかしてたなぁ」
「新技……氷の?」
「もちろん」
そういえば、シェリーってビッグバロッグ王国じゃ超エリート魔法師だったな。才能だけならリュドガ兄さん以上で、王国精鋭魔法部隊の首席隊長を務めていたとか。
可愛い妹の頼みだ。断るわけにはいかんだろう。
「わかった、いいぞ」
「やった!! ありがとー!!」
さて、やってきたのは川の近くにある広場。龍騎士の宿舎とドラゴンの厩舎がある辺りで、龍騎士たちが剣の訓練をしているのが見える。
俺とシェリーが近付くと、騎士たちは訓練を中断してビシッと敬礼した。
邪魔しちゃ悪いので、挨拶を返しつつ広場の隅っこへ。
「で、どうするんだ? 木剣なら龍騎士たちから借りられそうだけど、組み手でもするのか?」
「あのね、リュウ兄みたいな魔法剣士ならともかく、あたしは後方支援がメインなの。それに普通、魔法師は武器なんて使わないし」
「ふーん」
「ふーん……って、お兄ちゃんも授業で習ったでしょ?」
「必要ない知識だから忘れた」
「まったく……」
俺の知識は薬草や農耕、製薬に特化しているからな。戦いはしません!!
さて、俺は何をすればいいんだろう。
「お兄ちゃんには『的』を出してほしいの。動く的とか、大きな的とか。あたしがそれを打ち落とすわ」
「わかった。的ね……」
「魔法の光玉とかでいいよ」
「ああ」
魔力を固めて球体にするのは難しくない。魔法を覚えたての子供でもできる。
今の俺なら、いくらでも球を生み出せるが……
「せっかくだし、シェリーが苦戦するくらいの的を出してやるよ」
「え?」
さて、ここで出したるは『緑龍の知識書』だ。
シェリーの訓練にピッタリの魔法を思い浮かべながら、ぺらっと本をめくる。
******************************************
『植物魔法・応用』
○ふわふわ綿毛兵士
ふわふわの綿毛は宙を舞い、地面に落ちると戦う兵士に!!
そんなに強くないから訓練相手にピッタリかもね♪
******************************************
うーん、ふわふわって可愛い表現だ。よくわからんが、これでいいのかな?
「シェリー、的があればいいんだよな」
「うん。なんかいい魔法があったの?」
「ああ。面白そうなのがな。お前さえよければ使うけど」
「いいわね、じゃんじゃんやって!!」
「わかった」
俺は杖を抜き、呪文を詠唱する。
「ふわふわワタッコ宙を舞い、地面に落ちてさぁ実れ!! 『ふわふわ綿毛兵士』!!」
なんだこの呪文……
すると、俺の杖の先から種が一粒ポロっと落ちた。種は地面に埋まって芽を出し、ニョキニョキと成長する。
「……なんだこれ」
「お兄ちゃん、また変なの出した……」
「い、いや、これでいいはず」
不思議な植物だった。細い一本の茎に、花ではなくふわふわした綿のようなものがいっぱい付い
ている。
それを怪訝に思っていると……
「おわっ!?」
「うきゃっ!? な、なにこれ?」
綿がポンっと破裂し、丸い綿毛がふわふわ舞う。
それは不規則に動き、まるで意志を持っているように見えた。
「そうか、これが的か!! シェリー、訓練開始だ!!」
「よぉーし!!」
シェリーは杖を構え、杖先から氷の礫を発射して綿毛を打ち落とす。
最初こそ順調だったが、いくつかの綿毛がふわ~っと揺らいで礫を躱し始めた。
「このっ、動くなっ!!」
「がんばれよー」
俺は綿毛の本体の近くに座って眺める。
シェリーの魔法を久しぶりに見たけど、やっぱり魔力のコントロールが上手い。才能だけじゃなく、努力も重ねた魔法だ。
「ん? あ、シェリー、後ろ!!」
「やっば!! あぁっ……」
残念、打ち漏らした綿毛の一つが地面に落下……え?
「お、おいシェリー!!」
「え?」
地面に落ちた綿毛が根を出し、地面の養分を吸って成長した。
そして身長一メートルちょいの、根っこの怪物になった!!
『キッキーッ!!』
「うわキッモ!? お兄ちゃん、なにこれ!?」
「えーっと……『緑龍の知識書』によると、綿毛が地面に落ちると大地の養分を吸って成長して『ふわふわソルジャー』になるみたいだ。でも、強さは大したことないってさ」
「えぇぇっ!? うわっひゃ!?」
『キッキーッ!!』
根っこの怪物ことふわふわソルジャーは、シェリーに向かって突進する。だがシェリーはジャンプして回避した。さすが、魔法師とはいえ体術もなかなかだ。
「シェリー、綿毛を打ち落とさないと、ふわふわソルジャーはどんどん増えるぞ!!」
「こんのっ、ああもうっ!! でも、いい、かも、ねっ!!」
シェリーは綿毛を打ち落としながら、落下して成長したふわふわソルジャーも氷漬けにしていく。
上を見れば綿毛が舞い、下を見ればふわふわソルジャーがシェリーを襲う。
同時の対処はなかなか大変なようだが、シェリーは汗を掻きながらなんとか処理していった。
「お、終わりか」
やがて綿毛が全て飛び、茎だけになった。これ、訓練にはいいかも。
シェリーは汗だくで地面に寝転がる。
「ぶっは、つかれ、たぁ……、まりょ、く、きれ、たぁ……」
「お疲れ、どうだった?」
「ふぁ~……うん、いい訓練になったわ。もう汗だくよ」
「ははは。じゃあ、風呂でも入るか」
「そうね。汗流したいわー」
シェリーを立たせ、土汚れをポンポンと払う。
と、いつの間にか近くに龍騎士たちがやってきていた。
龍騎士の部隊長が前に出て話しかけてくる。
「アシュト様、今のは……?」
「え、ああ。訓練用の植物です。シェリーの相手にちょうどいいかなって」
「おお!! よろしければ、ぜひ龍騎士団にもお貸しいただきたい!!」
「は、はぁ。いいですよ」
龍騎士団の部隊長は敬礼し、他の団員もそれに倣った。
とりあえずいくつか出して、俺とシェリーは風呂へ向かう。
あとで聞いた話だが、このふわふわソルジャーは龍騎士たちのいい訓練相手になったとか。
第五章 兄と妹
緑龍の村で働く文官ディアーナは、執務室で書類の整理をしていた。
「ふぅ……」
誰もいない執務室で、小さくため息を吐く。あまりの仕事量にやや気疲れしてしまったのだ。
緑龍の村は様々な種族と取引をしている。ハイエルフとはブドウ、マーメイド族とは魚、エルダードワーフとは鉱石、魔界都市ベルゼブブとは食料品や趣向品など。最初の頃に比べると取引相手も品目も格段に増えた。彼女はそれら全てを管理しているのだった。
さらに、緑龍の村で作られたものをそれぞれの種族たちに卸し、代金をベルゼブブの通貨である『ベルゼ通貨』に両替し、住民たちに配る。その仕事も、ディアーナ率いる悪魔族の文官たちが取り仕切っていた。なお、これは余談だが、ディアーナ自身はデヴィル族の近縁種にして希少種族の闇悪魔族である。
彼女の上司は村長のアシュトだが、彼は薬師としての仕事がメインで、あまり村の財務には関わらない。もちろん、アシュトがディアーナを信頼しており、そういった方面のことは全て任せているからではあるが。
ディアーナは、山積みになった書類をチラリと眺め、冷めたカーフィーを飲む。
「……少し、仕事が多すぎるわね。ベルゼブブから追加の文官を派遣してもらおうかしら。それに、この管理小屋も手狭になってきた……そろそろ、拡張工事をしないと」
仕事は山積みだ。それこそ、休みはほとんどない。
だが、そのことをアシュトに言うと間違いなく余計な気を回させてしまうので、仕事量については報告していない。アシュトはアシュトらしく、薬院で薬の研究や、フレキの指導をしてほしいというのが、ディアーナの望みでもあった。
ディアーナは立ち上がり、大きく伸びをする。
「ん~~~……」
「入るよ、ディアーナ」
「えっ!?」
その時突然、自分の兄でありベルゼブブの市長でもあるルシファーが、ノックもせずにドアを開けた。おかげで、思いきり油断しているところを見られてしまった。
ディアーナは伸ばした両手を下ろし、赤面しつつ言う。
「に、兄さん!? もう、ノックくらいしてください‼」
「あはは、ごめんごめん」
「もう……ところで、何か御用ですか?」
ディアーナは座り直して、キリッとした表情を作った。
ルシファーは、執務室にあったソファに腰掛ける。
「いや別に。ちょっとアシュトのところでお茶をしていてね。帰るついでに可愛い妹の様子を見に来ただけさ」
「……お出口はあちらです」
「ちょ、冷たいな。お茶くらい出してよ」
「村長の家で飲んだと言ったじゃないですか。というか、兄さんは魔界都市ベルゼブブの市長なのですから、このような場所で油を売っている暇などないはずですよ? 仕事に戻ってください」
「大丈夫。今日の仕事はもう終わっているからさ」
ルシファーがにっこり笑って言った。
ディアーナは小さくため息を吐いた。
ルシファーが『仕事は終わった』というなら、間違いなく終わったのだろう。日頃より優秀と称される妹から見ても、この兄はあり得ないくらい優秀だ。
魔界都市ベルゼブブ発展の功労者はルシファーではなくディアーナ。ベルゼブブ市民からは一般的にそう認知されている。
だが、ルシファーがベルゼブブのために何をしてきたかを間近で見ていたディアーナは、彼がどれだけ有能なのかを知っていた。
普段は飄々とした軽薄な男に見える。だが……その実は誰よりも思慮深く、常に百手、千手先を読んでいる。おそらく兄の頭の中では、数千年先までのスケジュールが組まれてある。
こうして執務室のソファに座り、優雅に寛ぐのも計算のうち……ディアーナにはそう思えてならない。
そんな優秀な兄を尊敬している……とは、絶対に言えない。
「あれ、アセナちゃん?」
ある日、一人で村の中を散歩していると、キョロキョロしながら歩くワーウルフ族のアセナちゃんと遭遇した。彼女はフレキくんの妹だ。
アセナちゃんは、村の外れに向かい、村と森の境界線になっている柵を乗り越えてしまった。おいおい、さすがにこれは不味いぞ。一人で森に行ったら何があるかわからない。
俺は迷わずあとを追いかける。
幸い、すぐ近くにアセナちゃんはいた。
「アセナちゃん!!」
「ひゃっ!! あ……」
「こら、一人で外に出ちゃ危ないぞ」
「あうう……」
アセナちゃんはシュンとしてしまった。でも、注意する時は厳しくしないとね。
もう怒っていないことを伝えるため、俺はアセナちゃんの頭をなでなでする。フレキくんが里帰りしている間はけっこう、こういう風にスキンシップを取っていたから抵抗はされない。
「どうして一人で外へ? 出かける時は最低三人以上ってルールがあるのは知ってるでしょ?」
「うぅぅ……ごめんなさい」
一応、住人のルールだ。もちろん例外もあるが。
外には危険な魔獣も多いし、一人で出かけることは避けるべきだ。まぁ、住人たちはみんな強いから、魔獣の一匹くらいなら問題ない場合が多いけど。
さて、今はアセナちゃんだ。
彼女はおずおずと話しだした。
「あの、実は……変身の練習をしようと思って」
「変身って、人狼への?」
「はい……村にいると、ミュアやライラに見つかってしまいますから。この村に来てけっこう経ちますけど、未だに耳と尻尾しか変身できないので……」
「あー……なるほど」
アセナちゃんはワーウルフ族だが、完全な人狼に変身できない。
一応耳と尻尾だけ変身できるものの、それだとぶっちゃけ獣人と変わらない。まぁ、それはそれで可愛いんだけど、本人はそれじゃダメだと思っている。まぁ、当然だよな。
アセナちゃんは、フレキくんと二人暮らしだ。
掃除や洗濯、食事の支度などは、全てアセナちゃんが一人でやっている。一度だけ仕事ぶりを見るために銀猫を派遣したが、家事はまったく問題ないようだ。
家事が終わると、銀猫少女のミュアちゃんと魔犬族のライラちゃんが遊びに来る。
そこでは獣人の二人に合わせ、オオカミ耳と尻尾を出すようだが、やはり完全な変身をしたいらしい。フレキくん曰く、耳と尻尾だけの変身なんて器用なマネ、逆にワーウルフ族の村では誰もできないそうなんだけど。
「私、やっぱり人狼になりたいです。ミュアやライラは『わたしたちとお揃い』って言ってくれるんですけどね……」
「そっか。それで、森で訓練を?」
「はい。練習しているところは見られたくないですし……それに、いい場所も見つけたので」
「そうなのか……でも、一人で森に入るのはダメだよ? フレキくんは知ってるの?」
「…………」
あちゃー、こりゃ知らないっぽいな。
アセナちゃんの気持ちもわかるけど、見た以上は言わせてもらう。
「とにかく、一人で森に入るのはダメ。いいね?」
「はうぅ……じゃ、じゃあ!! 村長が一緒に来てください!! お願いします!!」
「え?」
「その、もう少し、もう少しで……なにか掴めそうなんです」
「……うーん」
「お願いします!!」
こんなに必死なアセナちゃん、初めてだ。
冬の間は俺の家で預かっていたから、話す機会はいくらでもあった。というか毎日顔を合わせていたし、かなり打ち解けていると思う。
この子、頑張り屋なんだよなぁ……やれやれ、仕方ない。
「わかった。じゃあ、今度から森に入る時は俺に声をかけること。いいね?」
「はいっ!! ありがとうございます!!」
ひたむきに努力するアセナちゃんの頼み、断れないな。
◇◇◇◇◇◇
「ここです」
「へぇ~、こんな場所が」
「えへへ、秘密基地です」
アセナちゃんに案内されて来たのは、村から五分ほど歩いた場所にある大木の根元だった。
「この上で練習しています」
「この上って……樹の上?」
「はい!!」
大きな樹には蔦が伸びており、アセナちゃんはそれを掴むとスルスルと上に登ってしまった……って、マジ? 俺も登るのか?
いや、登るしかない。高さは八メートルくらいだしね。
……いやいや、普通に高いわ……ちょっと怖い。
「うっし!!」
弱気をかけ声で振り払い、登っていく。
蔦は掴みやすく、木の幹にも足をかけるところがあったので、俺の力でも登ることができた。それに樹の上には、枝と枝に床板がかかっており、足場がある。しかもけっこう広い。
「ドワーフさんから使わない床板をもらって敷いたんです」
「ほぉ……すごいね、アセナちゃん」
「えへへ。秘密基地なので内緒にしてくださいね」
「わかった」
「では、始めます……」
俺は端に移動し、アセナちゃんを見守る。
アセナちゃんはオオカミ耳と尻尾を出した……うん、やっぱり可愛い。
ミュアちゃんよりも大きい耳に、ライラちゃんよりモフモフした尻尾。特にあのモフモフ尻尾はヤバい。冬の間、アセナちゃんが泊まりに来ていた時、シェリーがベッドに引き込んでモフりまくってたからな。
「がぁうぅぅ~~~っ!!」
おお、アセナちゃんがプルプルしている……どうやらさらに変身しようと力を込めているみたいだ。
でも、まったく変化がない。顔が真っ赤になったくらいだ。
「ぷぁぁ……うぅ、駄目です」
「……あのさ、変身ってどうやるの?」
「え?」
「いや、ちょっと気になって」
「ええと、兄さんは『眠い時に寝る、お腹が減ったら食べる、おしっこしたくなったらする、変身したいなら変身する、つまりそういうこと』って言ってました」
「フレキくん……」
もっとちゃんと教えてあげなよ……まぁ、実際そういうことなのか。
つまり生理的欲求と同じだ。腹が減ったらメシを食うというくらい、当たり前のこと。その当たり前が、アセナちゃんはできない。
しばらく考え、俺は口を開いた。
「アセナちゃん、ちょっとやり方を変えてみる?」
「え?」
「そうだな。耳と尻尾をしまって、こっちに来て」
「は、はい」
その場に座り、アセナちゃんも俺の隣に座らせる。
そして、よしよしと頭を撫でた。
「あ、あの?」
「いいから、ほら、クッキー食べる?」
懐にあったクッキーの袋を差し出す。
「い、いただきます……あむ」
「美味しい?」
「はい。これ、すっごくおいしいです」
「でしょ? ミュディが作ったフェアリーシロップのクッキーなんだ。試作品でまだ誰も食べてないんだって」
「へぇ~……あむ。おいしい!!」
「よかった。いっぱいあるから食べていいよ」
「はい!!」
「よしよし。アセナちゃんは可愛いねぇ。よしよし」
「えへへ……気持ちいいです」
「ふふ、じゃあちょっと変身してくれる? 耳を触りたいんだ」
「はい。あむ……どうぞ」
「うん、ありがとう」
アセナちゃんは、完璧な人狼に変身した。
「へ?」
「ほら、できた」
「……うそ」
アセナちゃんはわなわなと自分の手足を確認した。どこからどう見ても人狼だ。
ふさふさの毛に覆われた身体、オオカミ耳と尻尾、顔もオオカミになっている。
五指からは鋭い爪が生えている。以前見たフレキくんの変身姿と同じ、完全な人狼形態だ。
「な、なんで……」
「たぶん、アセナちゃんは『人狼になりたい!!』って思いが強すぎたんだよ。『寝たい!!』って思ってもなかなか寝られないでしょ? 眠いなら目を閉じるだけでいい。つまり、気負わないで自然にすることが一番だったんだよ」
「わ、私、いつも変身する時は力を込めて……」
「きっと、それがよくなかったんだ。リラックスリラックス、息を吸って吐くように、だよ」
「がぅぅぅ……そんちょぉぉ~」
「おっと、よしよし」
アセナちゃんは感極まったのか、俺に抱きついてワンワン泣いてしまった。
もっふもふの尻尾を触り、ふわふわのオオカミ耳をこれでもかと堪能させていただきます……うん、やわっこい。
「アセナちゃん、人間に戻ってごらん」
「がぅぅ……」
「ほら、戻れた。変身は?」
「がぅぅぅ……ぅぅ」
今度は耳と尻尾しか変身できなかった。どうやらまだ完全に変身を会得したわけではないらしい。
「う~ん、まだ練習が必要だね」
「はい。でも……変身できるってわかりました!! もっと頑張ります!!」
「うん。頑張ろう」
でも、いつかきっと、自由に変身できるようになるだろう。
第四章 シェリーの訓練
「お兄ちゃん、訓練に付き合って」
ある日、薬院に来た妹のシェリーがそんなことを言った。
いつも薬院にはフレキくんもいるが、今日はお休み。アセナちゃんと一緒に変身の練習をしに行っている。
なお、以前アセナちゃんが俺の前で変身したことはフレキくんには話していない。秘密にしてほしいとアセナちゃんに言われたからだ。お兄ちゃんを驚かせたい気持ちがあるんだろうね。
さて、シェリーの話に戻ろう。
「訓練? なんの訓練だ?」
「決まってるじゃん。魔法の訓練だよ。あたし、鈍らないように鍛錬は続けてるの。リュウ兄がいた時は付き合ってくれたんだけど、今はいないし。やっぱり誰かと一緒に訓練したほうが効率いいのよ」
「魔法の訓練ねぇ……どんなのだ?」
「リュウ兄がいた頃は実戦形式の訓練とか、新技の開発とかしてたなぁ」
「新技……氷の?」
「もちろん」
そういえば、シェリーってビッグバロッグ王国じゃ超エリート魔法師だったな。才能だけならリュドガ兄さん以上で、王国精鋭魔法部隊の首席隊長を務めていたとか。
可愛い妹の頼みだ。断るわけにはいかんだろう。
「わかった、いいぞ」
「やった!! ありがとー!!」
さて、やってきたのは川の近くにある広場。龍騎士の宿舎とドラゴンの厩舎がある辺りで、龍騎士たちが剣の訓練をしているのが見える。
俺とシェリーが近付くと、騎士たちは訓練を中断してビシッと敬礼した。
邪魔しちゃ悪いので、挨拶を返しつつ広場の隅っこへ。
「で、どうするんだ? 木剣なら龍騎士たちから借りられそうだけど、組み手でもするのか?」
「あのね、リュウ兄みたいな魔法剣士ならともかく、あたしは後方支援がメインなの。それに普通、魔法師は武器なんて使わないし」
「ふーん」
「ふーん……って、お兄ちゃんも授業で習ったでしょ?」
「必要ない知識だから忘れた」
「まったく……」
俺の知識は薬草や農耕、製薬に特化しているからな。戦いはしません!!
さて、俺は何をすればいいんだろう。
「お兄ちゃんには『的』を出してほしいの。動く的とか、大きな的とか。あたしがそれを打ち落とすわ」
「わかった。的ね……」
「魔法の光玉とかでいいよ」
「ああ」
魔力を固めて球体にするのは難しくない。魔法を覚えたての子供でもできる。
今の俺なら、いくらでも球を生み出せるが……
「せっかくだし、シェリーが苦戦するくらいの的を出してやるよ」
「え?」
さて、ここで出したるは『緑龍の知識書』だ。
シェリーの訓練にピッタリの魔法を思い浮かべながら、ぺらっと本をめくる。
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『植物魔法・応用』
○ふわふわ綿毛兵士
ふわふわの綿毛は宙を舞い、地面に落ちると戦う兵士に!!
そんなに強くないから訓練相手にピッタリかもね♪
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うーん、ふわふわって可愛い表現だ。よくわからんが、これでいいのかな?
「シェリー、的があればいいんだよな」
「うん。なんかいい魔法があったの?」
「ああ。面白そうなのがな。お前さえよければ使うけど」
「いいわね、じゃんじゃんやって!!」
「わかった」
俺は杖を抜き、呪文を詠唱する。
「ふわふわワタッコ宙を舞い、地面に落ちてさぁ実れ!! 『ふわふわ綿毛兵士』!!」
なんだこの呪文……
すると、俺の杖の先から種が一粒ポロっと落ちた。種は地面に埋まって芽を出し、ニョキニョキと成長する。
「……なんだこれ」
「お兄ちゃん、また変なの出した……」
「い、いや、これでいいはず」
不思議な植物だった。細い一本の茎に、花ではなくふわふわした綿のようなものがいっぱい付い
ている。
それを怪訝に思っていると……
「おわっ!?」
「うきゃっ!? な、なにこれ?」
綿がポンっと破裂し、丸い綿毛がふわふわ舞う。
それは不規則に動き、まるで意志を持っているように見えた。
「そうか、これが的か!! シェリー、訓練開始だ!!」
「よぉーし!!」
シェリーは杖を構え、杖先から氷の礫を発射して綿毛を打ち落とす。
最初こそ順調だったが、いくつかの綿毛がふわ~っと揺らいで礫を躱し始めた。
「このっ、動くなっ!!」
「がんばれよー」
俺は綿毛の本体の近くに座って眺める。
シェリーの魔法を久しぶりに見たけど、やっぱり魔力のコントロールが上手い。才能だけじゃなく、努力も重ねた魔法だ。
「ん? あ、シェリー、後ろ!!」
「やっば!! あぁっ……」
残念、打ち漏らした綿毛の一つが地面に落下……え?
「お、おいシェリー!!」
「え?」
地面に落ちた綿毛が根を出し、地面の養分を吸って成長した。
そして身長一メートルちょいの、根っこの怪物になった!!
『キッキーッ!!』
「うわキッモ!? お兄ちゃん、なにこれ!?」
「えーっと……『緑龍の知識書』によると、綿毛が地面に落ちると大地の養分を吸って成長して『ふわふわソルジャー』になるみたいだ。でも、強さは大したことないってさ」
「えぇぇっ!? うわっひゃ!?」
『キッキーッ!!』
根っこの怪物ことふわふわソルジャーは、シェリーに向かって突進する。だがシェリーはジャンプして回避した。さすが、魔法師とはいえ体術もなかなかだ。
「シェリー、綿毛を打ち落とさないと、ふわふわソルジャーはどんどん増えるぞ!!」
「こんのっ、ああもうっ!! でも、いい、かも、ねっ!!」
シェリーは綿毛を打ち落としながら、落下して成長したふわふわソルジャーも氷漬けにしていく。
上を見れば綿毛が舞い、下を見ればふわふわソルジャーがシェリーを襲う。
同時の対処はなかなか大変なようだが、シェリーは汗を掻きながらなんとか処理していった。
「お、終わりか」
やがて綿毛が全て飛び、茎だけになった。これ、訓練にはいいかも。
シェリーは汗だくで地面に寝転がる。
「ぶっは、つかれ、たぁ……、まりょ、く、きれ、たぁ……」
「お疲れ、どうだった?」
「ふぁ~……うん、いい訓練になったわ。もう汗だくよ」
「ははは。じゃあ、風呂でも入るか」
「そうね。汗流したいわー」
シェリーを立たせ、土汚れをポンポンと払う。
と、いつの間にか近くに龍騎士たちがやってきていた。
龍騎士の部隊長が前に出て話しかけてくる。
「アシュト様、今のは……?」
「え、ああ。訓練用の植物です。シェリーの相手にちょうどいいかなって」
「おお!! よろしければ、ぜひ龍騎士団にもお貸しいただきたい!!」
「は、はぁ。いいですよ」
龍騎士団の部隊長は敬礼し、他の団員もそれに倣った。
とりあえずいくつか出して、俺とシェリーは風呂へ向かう。
あとで聞いた話だが、このふわふわソルジャーは龍騎士たちのいい訓練相手になったとか。
第五章 兄と妹
緑龍の村で働く文官ディアーナは、執務室で書類の整理をしていた。
「ふぅ……」
誰もいない執務室で、小さくため息を吐く。あまりの仕事量にやや気疲れしてしまったのだ。
緑龍の村は様々な種族と取引をしている。ハイエルフとはブドウ、マーメイド族とは魚、エルダードワーフとは鉱石、魔界都市ベルゼブブとは食料品や趣向品など。最初の頃に比べると取引相手も品目も格段に増えた。彼女はそれら全てを管理しているのだった。
さらに、緑龍の村で作られたものをそれぞれの種族たちに卸し、代金をベルゼブブの通貨である『ベルゼ通貨』に両替し、住民たちに配る。その仕事も、ディアーナ率いる悪魔族の文官たちが取り仕切っていた。なお、これは余談だが、ディアーナ自身はデヴィル族の近縁種にして希少種族の闇悪魔族である。
彼女の上司は村長のアシュトだが、彼は薬師としての仕事がメインで、あまり村の財務には関わらない。もちろん、アシュトがディアーナを信頼しており、そういった方面のことは全て任せているからではあるが。
ディアーナは、山積みになった書類をチラリと眺め、冷めたカーフィーを飲む。
「……少し、仕事が多すぎるわね。ベルゼブブから追加の文官を派遣してもらおうかしら。それに、この管理小屋も手狭になってきた……そろそろ、拡張工事をしないと」
仕事は山積みだ。それこそ、休みはほとんどない。
だが、そのことをアシュトに言うと間違いなく余計な気を回させてしまうので、仕事量については報告していない。アシュトはアシュトらしく、薬院で薬の研究や、フレキの指導をしてほしいというのが、ディアーナの望みでもあった。
ディアーナは立ち上がり、大きく伸びをする。
「ん~~~……」
「入るよ、ディアーナ」
「えっ!?」
その時突然、自分の兄でありベルゼブブの市長でもあるルシファーが、ノックもせずにドアを開けた。おかげで、思いきり油断しているところを見られてしまった。
ディアーナは伸ばした両手を下ろし、赤面しつつ言う。
「に、兄さん!? もう、ノックくらいしてください‼」
「あはは、ごめんごめん」
「もう……ところで、何か御用ですか?」
ディアーナは座り直して、キリッとした表情を作った。
ルシファーは、執務室にあったソファに腰掛ける。
「いや別に。ちょっとアシュトのところでお茶をしていてね。帰るついでに可愛い妹の様子を見に来ただけさ」
「……お出口はあちらです」
「ちょ、冷たいな。お茶くらい出してよ」
「村長の家で飲んだと言ったじゃないですか。というか、兄さんは魔界都市ベルゼブブの市長なのですから、このような場所で油を売っている暇などないはずですよ? 仕事に戻ってください」
「大丈夫。今日の仕事はもう終わっているからさ」
ルシファーがにっこり笑って言った。
ディアーナは小さくため息を吐いた。
ルシファーが『仕事は終わった』というなら、間違いなく終わったのだろう。日頃より優秀と称される妹から見ても、この兄はあり得ないくらい優秀だ。
魔界都市ベルゼブブ発展の功労者はルシファーではなくディアーナ。ベルゼブブ市民からは一般的にそう認知されている。
だが、ルシファーがベルゼブブのために何をしてきたかを間近で見ていたディアーナは、彼がどれだけ有能なのかを知っていた。
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そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
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アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
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