13 / 26
♰13 呼び出し。
しおりを挟む翌日、レイナから呼び出されたのだ。
案の定である。
聖女の座を奪い取って、そして存在を忘れていたであろう私が、すり寄っていた男性諸君に囲まれていたのだ。
横取りされたとか思ったかもしれない。
ピティさんから渡されたのは、レイナからの手紙。異世界人同士話そう、と日本語で書いてあった。日本人なのか、なんて驚いたことは置いておこう。
絶対嘘だと思いつつ、私は城の裏に来た。
城の裏にも、小さな庭園がある。椿みたいな大きな花びらの花が並んでいて咲いている。鮮やかな赤と白と黄と桃と、色で分けられて整頓されていた。
綺麗な花だ。
そんな花に、蝶達が集まっていた。
小さな蝶達は、忙しなく羽ばたく。
それを眺めていれば、レイナが来た。
青いドレスを纏い、くるくるとカールをしたミルキーブラウン色の髪を靡かせて。
「アンタ」
いきなり口を開いて、アンタ呼ばわり。
今まで聞いていた猫撫で声ではない。きっと素の声音。
「あたしのおまけのくせに、何やってるの?」
おまけのくせに、か。
まさか、本当に自分が聖女だと思っているの?
わからない、と眉間にシワを寄せる。
「あたしが聖女で、アンタはおまけ! まさか! 聖女の座を奪ったから、仕返しにあたしの邪魔をするつもりなの?」
「……あー、別にそんなつもりは」
「嘘付かないで! あの竜人はともかく、ルム様から始まって、トリスター様まで気を引こうとしているじゃない!」
詰め寄ってきたレイナに、危険を感じて身を引いた。
「あのおじいちゃんに媚び売って、子どものくせに卑怯ね! ああ、子どもだからこそ、かしら!?」
「……」
「いい!? アンタは聖女じゃない! 主役はあたしなのよ! アンタが出る幕はない!」
自分が主役、か。
自分大好き人間ってところだろう。
子どものくせに。
その言葉で確信する。若返ったのは、私だけ。つまり、聖女は私。
「なんで、自分が聖女だって思うの、ですか?」
一応、敬語を使う。
「当たり前じゃない! アンタより、あたしの方が可愛いもの! 魔法だってキラキラして綺麗だって言われてるのよ! あたしはボランティア活動をしていたのよ、聖女らしいでしょう?」
胸を張るレイナ。
ボランティア活動、か。自分から言う辺り、善意でやっていたとは思えない。自分に利益があったからじゃないのか。
かと言って、私にボランティア活動したかと聞かれたら、実はない。
そもそも、自分に聖女の人格があるとは思えないけど。
「今はこの城に居られるけど、追い出すわよ?」
別に、旅立つ予定だからいいけど?
「城にいるイケメン達に近付かないで」
「何故、複数の人達と仲良くしているのですか?」
「……はぁ」
呆れられたようにため息をつかれた。
「あたしは大学ミスコンの優勝者よ? イケメン達にちやほやされてないと落ち着かないの。逆ハーレムが当たり前な人生だったもの、当然でしょう?」
えー。
二次元なら逆ハーレムはいいけど、逆ハーレムが当たり前の人生って、本気で言ってる?
言っているな……。
トラブルが起きて面倒そうじゃないか。一人を愛して、一人に愛されろよ。
すると、風が吹いて、蝶の群れが、レイナに移動した。途端に、レイナはギョッとして手を振った。
「あっちいって!!」
「ちょっと、蝶に向かってそれはないんじゃ……」
「虫は虫でしょ!? 気色悪い!」
レイナは言い捨てると、スタスタと歩き去る。
なんて女だ……。
こんなにも美しい蝶が、気色悪いとは……。
いや、まぁ、人それぞれだし、虫嫌いからしたら虫だろうけども……。
やっぱり理解出来ない。私には出来ない。
レイナとは、絶対に仲良くなれないだろう。
レイナが聖女だなんて、ありえない。
「あなた達は美しいわ」
散り散りに私の頭上を飛ぶ蝶達に、気を取り直して笑って言ってみる。もちろん、返事はなかった。けれど、気にしない。
私も戻ることにして、歩き出した。
クスクス。
小さな笑い声を耳にした気がして、私は足を止めて振り返る。誰もいない。不思議に思いつつ、また歩き出す。
待って。
小さな声が呼び止めるから、もう一度振り返る。目の前の宙には、淡い光の塊が浮いてあった。
なんだろう、と見つめると、形が見えてくる。
木の葉を一枚、頭に被ったお人形のように手足が丸く、ペリドットの宝石のような瞳がはめ込められていて、アヒル口でにっこりと笑っていた。
背中には羽根がある。虹色に艶めくトンボのような二つずつ生えているけど、動いてはいない。羽ばたいてはいない、でも浮いている。
「わぁ」
私は、思わず声を洩らす。
そして満面の笑みで、軽くしゃがみ、視線を合わせた。道端で猫や揚羽蝶を見かけた時のように、顔を綻ばせて待つ。いきなり話しかけて、逃げられてしまうのは、もったいないもの。
でも、目の前の存在は、喋ろうとしない。
「……こんにちは」
根負けして、私は挨拶を口にする。
これで逃げたらどうしよう。
けれども、大丈夫だった。
「コンニチハ!」
元気に挨拶を返してくれたから、私はホッと胸を撫で下ろす。さっき呼び止めてきた声と同じ。
「私は幸華。あなたは妖精さん?」
「うん! フォリ!」
「フォリ? それが名前なのね。あなたに会えて嬉しい!」
「ボクも!」
鈴のように甲高い声を弾ませて、妖精さんと話した。
妖精に会えて、嬉しい。
「城の裏にいるの?」
「ううん! 好きなところにいる! コーカ、好き!」
ぴとっ、と私の胸に抱きついてきた。
可愛い……!
抱き締めてしまいたくなる。
ウッドベリーな香りがした。
「私も好きー!」
壊れないように、両腕で包む。
触ったら、消えるかと思ったけど、人形みたいにちゃんと腕の中にある。
「また会える?」
「うん! ボクをいつでも呼んで!」
「ありがとう!」
呼んだら出てくれるのかな。
妖精に関する常識がわからないけれど、とりあえず頷いておく。
腕を離せば、また宙に浮いた。
「近いうちに、コーカに頼みごと、するかも!」
「頼みごと?」
妖精さんの頼みごとか。内容が気になる。
内容を話すまで待ったけど、ニコニコしているだけ。どうやら今話す気はないみたいだ。
「わかった。私の力で役に立てるといいけど」
「コーカなら、大丈夫!」
無理難題ではないことを祈る。
フォリは、にぱっと笑う。それから淡い光の中で、薄れて消えた。
蝶もいない。何もいないそこから、私は戻ることにした。
妖精に会えた興奮を胸に、ルンルンと軽い足取りで歩いて行けば。
「機嫌がいい足取りだな」
低い声をかけられる。
この声は、メテ様だ。
見てみれば、城の壁に寄り掛かったメテ様がいた。
「こんにちは、メテ様」
「……?」
一歩、踏み出して近付いたメテ様は、首を傾げると屈んでスンスンと嗅いだ。
「妖精でもいたのか?」
「えっ……あーはい」
「ふぅん?」
じとり、とルビーレッドの瞳で見下ろしてくる。
そう言えば、この人は私が聖女だと疑っているんだった。
迂闊のことを言ってしまっただろうか。
「妖精にさらわれるなよ? 部屋まで送る」
メテ様は私の手を取ると、そのまま引っ張って歩き出した。
お手て繋いでる……。
メテ様の手は、大きくて温もりがある。あたたかい。
「この世界の妖精って、人間をさらうのですか?」
「さらわれる理由が自分にあるってわかってるだろ?」
本物の聖女だから、さらわれる可能性がある。
……まさか。
あんな可愛らしい妖精さんが、さらうわけがない。
あーでも、私もこの世界の妖精に関して知らないからなぁ。
「あの、メテ様。こういうことをされると、誤解されます」
「ルムみたいに、噂されるとか?」
「……そうですね」
「何か問題あるのか?」
問題があるのか。私は考えてしまったが、すぐに答えが出る。
問題がない。
噂なんて立っても、気にしないのだ。
「今日はオレの贈り物をつけているんだな」
ふいに振り返ったメテ様は、私のおさげの髪ゴムをつつく。
見えた横顔は、上機嫌な笑みだった。
95
お気に入りに追加
1,921
あなたにおすすめの小説
逃げた先で見つけた幸せはずっと一緒に。
しゃーりん
恋愛
侯爵家の跡継ぎにも関わらず幼いころから虐げられてきたローレンス。
父の望む相手と結婚したものの妻は義弟の恋人で、妻に子供ができればローレンスは用済みになると知り、家出をする。
旅先で出会ったメロディーナ。嫁ぎ先に向かっているという彼女と一晩を過ごした。
陰からメロディーナを見守ろうと、彼女の嫁ぎ先の近くに住むことにする。
やがて夫を亡くした彼女が嫁ぎ先から追い出された。近くに住んでいたことを気持ち悪く思われることを恐れて記憶喪失と偽って彼女と結婚する。
平民として幸せに暮らしていたが貴族の知り合いに見つかり、妻だった義弟の恋人が子供を産んでいたと知る。
その子供は誰の子か。ローレンスの子でなければ乗っ取りなのではないかと言われたが、ローレンスは乗っ取りを承知で家出したため戻る気はない。
しかし、乗っ取りが暴かれて侯爵家に戻るように言われるお話です。
忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】
雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。
誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。
ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。
彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。
※読んでくださりありがとうございます。
ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。
追放された公爵令嬢はモフモフ精霊と契約し、山でスローライフを満喫しようとするが、追放の真相を知り復讐を開始する
もぐすけ
恋愛
リッチモンド公爵家で発生した火災により、当主夫妻が焼死した。家督の第一継承者である長女のグレースは、失意のなか、リチャードという調査官にはめられ、火事の原因を作り出したことにされてしまった。その結果、家督を叔母に奪われ、王子との婚約も破棄され、山に追放になってしまう。
だが、山に行く前に教会で16歳の精霊儀式を行ったところ、最強の妖精がグレースに降下し、グレースの運命は上向いて行く
【完結】あなたは知らなくていいのです
楽歩
恋愛
無知は不幸なのか、全てを知っていたら幸せなのか
セレナ・ホフマン伯爵令嬢は3人いた王太子の婚約者候補の一人だった。しかし王太子が選んだのは、ミレーナ・アヴリル伯爵令嬢。婚約者候補ではなくなったセレナは、王太子の従弟である公爵令息の婚約者になる。誰にも関心を持たないこの令息はある日階段から落ち…
え?転生者?私を非難している者たちに『ざまぁ』をする?この目がキラキラの人はいったい…
でも、婚約者様。ふふ、少し『ざまぁ』とやらが、甘いのではなくて?きっと私の方が上手ですわ。
知らないからー幸せか、不幸かーそれは、セレナ・ホフマン伯爵令嬢のみぞ知る
※誤字脱字、勉強不足、名前間違いなどなど、どうか温かい目でm(_ _"m)
【完結済】呼ばれたみたいなので、異世界でも生きてみます。
まりぃべる
恋愛
異世界に来てしまった女性。自分の身に起きた事が良く分からないと驚きながらも王宮内の問題を解決しながら前向きに生きていく話。
その内に未知なる力が…?
完結しました。
初めての作品です。拙い文章ですが、読んでいただけると幸いです。
これでも一生懸命書いてますので、誹謗中傷はお止めいただけると幸いです。
白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
時岡継美
ファンタジー
初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。
侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。
しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?
他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。
誤字脱字報告ありがとうございます!
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる