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♰12 お披露目。

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「へぇ、面白い」

 私は思わず、声を洩らす。
 部屋のベッドの上で、グラー様から借りた新しい魔法の本を読んでいた。
 他人の侵入を拒む結界を張るためには、装置の代わりにムーンパールという石を置く必要がある。
 魔除けの効果を、発揮するのだ。
 結界魔法に適切なムーンパールの作り方も、親切に載せてあった。
 砕いた貝殻と特定の海の砂と月光と呪文が、あればいいらしい。
 ……いつか、材料を手に入れなければ。

「コーカ様。そろそろ準備をなさってください」

 ピティさんの声を耳にして、肩を竦ませる。

「……本当に行かなきゃだめですか?」
「グラー様がドレスを用意してくださったのですよ? 参加するべきです」

 私は目を回す。
 今日来た時にグラー様は、本と一緒にドレスも渡してくれた。
 今夜は、パーティーがあるらしい。この世界に来て一ヶ月が経ったそうで、ようやく聖女のお披露目をすることとなったそうだ。
 聖女のお披露目パーティー。
 じゃなくて、レイナのお披露目パーティーだ。
 うんざりしてしまう。嫌々ながらも、参加する。
 孫としてドレス姿を祖父に見せないといけない。かっこわらい。
 グラー様にドレス姿を見せて、それから壁の花になればいいのだろう。

「お願いします」

 ピティさんに、着せてもらう。
 パーティーにぴったりのプリンスラインのオフショルダードレス。
 スカートはふんわりと膨らみ、ウエストはキュッと引き締まっている。
 スカイブルーで、花柄が散りばめられているドレス。

「コーカ様はいい体型をしていらっしゃるので、もう少しウエストを締めてもいいですね。どうですか?」
「あ、大丈夫です。褒めてくれて嬉しいです」
「羨ましいですわ。髪は結いましょう。絶対ヴィアテウス殿下から贈られた髪飾りが似合いますよ」
「……そうですね、お願いします」

 ヴィアテウス殿下も、きっと参加をする。
 つけていなかった方が面倒な絡み方をされかねない。つけていこう。
 ピティさんは喜んで私の髪を結っては、青い宝玉の髪飾りを差し込んだ。
 スッピンでパーティーに出るわけにもいかないので、化粧もすでに施してもらった。

 今まで足を踏み入れたことのない城の中心であるパーティー会場に案内される。グラー様が待っていたので、一緒に入った。
 会場ホールの上には、金色のシャンデリアがいくつか吊るしてあり、白い光で照らしている。蝋燭ではないし、電気でもない。魔法のシャンデリアかしら。
 その下も、眩しいものだった。
 煌びやかなドレスや、宝石のアクセサリーの輝き。笑みを貼り付けて着飾っている人々が、眩しい。
 見ているだけで、満足な光景だ。
 しかし、参加する。私も、この人々の一員。緊張で、吐きそう。
 グラー様から離れない。絶対。ぴったり、くっ付いてやる。
 聖女ことレイナは、王冠を被った男性といた。髭を蓄えた白髪の男性は、国王陛下だ。そして腕を組んでいるのは、お妃様。
 レイナはそんな二人のそばで、にこやかに挨拶をしているようだ。聖女のお披露目パーティーなのだから、どうやら挨拶をするための行列が出来ているみたい。
 私なら引きつってしまう。笑みをずっと貼り付けて、私は聖女です、なんて言えない。
 遠い目をしていれば、国王陛下のそばには弟がいなかった。歳の離れた王弟殿下のヴィアテウス様。
 キョロキョロと会場を見回すが、どこにもいない。
 そこで、こちらに真っ直ぐ歩み寄るメテオーラティア様を見付けた。とてつもなく、不機嫌そうである。

「ご機嫌よう、メテオーラティオ様」
「……」

 グラー様のそばを離れないまま、ドレスを摘んで会釈をした。
 じっと見下ろしてくるメテオーラティア様も、着飾っている。黒のローブと宝石の装飾。ループタイは、深紅の宝玉。ローブの下は、タキシード。黒の革靴。
 ルビーレッドの瞳は、相変わらずだ。

「ご機嫌よう、コーカ」

 腰を曲げたかと思えば、メテオーラティオ様は私の手を取り、唇を押し当てた。

「……?」

 にこっ、と私は笑って、動揺を隠す。
 女たらしの仕草かしら。

「コーカ様も、気軽にメテと呼んでみたらどうでしょうか?」
「えっ?」

 グラー様が、そっと私の背中に手を置いて促す。

「メテも気軽に呼んでいるのですから、いいではないですか」
「……それもそうか」

 メテオーラティオ様は、グラー様にすんなり頷いて見せた。

「えっと、じゃあメテ様と呼んでも、いいんですか?」
「ああ」
「……メテ様」
「……」

 メテオーラティオ様と呼ぶのは、早口言葉のように楽しいけども、短く呼ぶ方が楽だ。
 ちょっと照れを感じながら、はにかんで呼んでみた。
 じっと、また見下ろしてくる。

「こんばんは、グラー様。メテオーラティオ様。そして、コーカさん」

 そこで話しかけてきた人物がいた。
 内心で驚く。
 腹黒王子……じゃなくて、トリスター殿下。白のタキシードで決めたキラキラ王子様な姿なのに、腰には剣を携えている。騎士みたいだ。

「こんばんは、トリスター殿下。コーカ様とお知り合いになっていたのですか?」
「ええ、この前、偶然。同じ城に住んでいるのですから、もう少し会ってもいいくらいですがね」

 グラー様が気さくな笑みを浮かべるトリスター殿下と話している間、メテ様から威圧感を向けられていた。わざと見ないけど、睨んでいるに違いない。

「素敵な髪飾りをしていますね、コーカ様」

 トリスター殿下の笑みが、私に向けられた。

「はい。これはヴィアテウス殿下からの頂き物で」

 私は口を滑らせてしまう。
 やらかした。
 メテ様からの威圧感が増す。
 グラー様も、トリスター殿下も、驚いたように眉毛を上げた。

「へぇ、叔父上が?」
「あ、えっと、お詫びに贈ってくださりまして……そう言えば、ヴィアテウス殿下の姿が見当たりませんね」

 誤解がないようにお詫びの品だと言いつつ、話題を変えようと心掛ける。
 すると、不思議なことに三人とも一斉に、隣にあったバルコニーに顔を向けた。というより、空を見上げたみたいだ。

「今夜は不参加ですね」
「?」

 空に何かあるのかと、私も一歩踏み出して見上げた。丸い満月が、夜空を淡く照らしている。
 変なの……。
 なんて思っていれば、グラー様が話題を振る。

「殿下、コーカ様に護身術を教えられる目ぼしい人材はいらっしゃいますかな?」
「護身術ですか?」
「はい、城壁の外に行かせるのはどうにも心配でして。護身術を身に付ければ、いくらかは心が軽くなると思いましてね」

 グラー様を見れば、また温かく見守る目をしていた。
 旅立つ前に、護身術を学ばせてくれようとしているのか。女の子の一人旅だなんて、おじいちゃんは心配でならないのだろう。
 私としても、剣術を学びたいと思っていたので、ついついトリスター殿下の腰の剣を凝視してしまった。

「剣を持ってみたいのですか?」

 その視線と合わせてきたトリスター殿下が、問う。
 コクコク。握らせてもらえるとばかり思い、興奮のまま頷いてしまう。

「では、我が部隊から教えが上手い者を選び時間を作りますね」

 にこり、と機嫌良さげにトリスター殿下は約束をしてくれた。

「ありがとうございます、トリスター殿下」
「ありがとうございますっ」

 グラー様に続いて、私は頭を下げてお礼を伝える。
 トリスター殿下は、騎士団を持っているらしい。なるほど、それで。剣を今も所持していることに納得した。
 グイッと喉に腕を回されて後ろに引っ張られたかと思えば、メテ様の仕業だ。むすっとした顔をしている。

「メテオーラティア様とそういう関係ですか?」

 クスクスと笑いながら、トリスター殿下は尋ねてきた。

「関係ないだろ、王子」
「相変わらず、着飾らない方ですね」

 王子相手に無礼なメテ様だったが、トリスター殿下はいつものことのように気にしていない。
 グラー様なんて、微笑ましそう。

「私は占い師のルム様と良い仲だとお聞きしましたが……?」
「単なる噂だ」
「おや、話題にしていれば……」

 トリスター殿下が顔を向けた先から、スミレ色の髪の青年が歩いてきた。ルム様だ。深い紫色のタキシードに身を包んだ彼は、トリスター殿下達に挨拶をすると、私と向き合った。

「……今日は、い、一段とお美しいです、コーカさん」

 じわり、と頬を紅潮させて、ルム様はそう褒めてくる。
「ありがとうございます」と軽く頭だけを下げておいた。
 ルム様はただ見つめてくる。見つめるだけで満足そう。純粋な人だ、と感心する。

「……!」

 顔を上げて、何げなくレイナの方に視線を向けると、こちらを見ていることに気付く。
 やば。
 レイナがすり寄っていた男性諸君に囲まれているところを見られてしまった。トリスター殿下とルム様のことだ。
 トリスター殿下が楽しそうに護身術や剣術について話してくれたので、そのまま聞くことになる。
 それからもずっと、レイナの視線が突き刺さっていた。


 
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