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◇8 物凄く懐かれた。(+皇子side)

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 次の週の昼休み。

「手合わせ」
「……」

 どーんと言い放った本日のヴェレッタ先輩は、どうやら虫の居所が悪いらしい。
 物凄く不機嫌な顔をしている。

 いつものように稽古場で向き合う。
 いつも付き合ってもらってすみません、教員さん。

 ヴェレッタ先輩は、炎の剣を生み出して間合いを詰めて振り下ろしてきた。
 今日は、戦法を変えてきたな。
 私も光の剣を作り出して、対抗。チャンバラごっこなら、ルシオとやっている。

「君、皇子殿下の婚約者候補なの?」
「はい?」

 素っ頓狂な声を出してしまった。
 交えた剣を押し退けられたので、一度後ろへ飛ぶ。
 キンッとまた魔法の剣が交わる。

「週末、父が会ったって」
「ああ……」

 否定したのに、変に勘ぐったのかな、ヴェレッタ公爵様。

「公爵様にも言いましたが、違いますよ。お話相手になっただけです」
「ほんとっ?」

 目を真ん丸にした先輩に隙が出来たので、腹に風の魔法をぶつけて吹っ飛ばす。
 派手に転がる先輩は負け判定が下り、私の勝利が宣告される。
 立ち上がる頃には、ヴェレッタ先輩の機嫌は直っていた。

「これ、このまま習慣にする気ですか?」

 稽古場の隅のベンチに並んで、ランチをとる。
 ルシオが食堂の購買で買ってきたものを、三人で食べる習慣。

「何? 文句があるの?」
「いえ別に……。ルシオも慣れちゃって」
「慣れって恐ろしいよな」

 暢気にランチパックのサンドイッチを食べるルシオ。
 私を挟んで座る二人は特段交流はしないくせに、一緒にいるのは何故。

「君、二週連続で登城してるけれど、どうして?」

 ヴェレッタ先輩に尋ねられて、ミニトマトを飲み込んでしまった。

「え? 登城してるの? なんで?」

 初耳のルシオも反応してしまう。
 仲が良くとも、流石に実の父親と謎の交流を始めたとは言えない……。

「んー……。皇帝陛下に目をかけてもらった、かな」
「何その曖昧」
「確かに変なの」
「私だって、他に言い様がないんだもん」

 言えることは他にないのだ。
 ヴェレッタ先輩は「ふぅん……」とジトリと見てきたが、追及はしてこなかった。
 でも何を思ったのか、食事を終えると私の膝の上に頭を置いて寝てしまった。
 あまりの衝撃が受け止め切れず、ルシオが完全停止した。


 次の日。

「ああ! タルタルーガさん!! 助けてください!」

 移動教室で廊下を歩いていたら、女性教員に泣きつかれた。

「ヴェレッタ君が喧嘩をしそうなんです!!」

 なんで私に泣きつきます???


 別の日でも。

「あーっ!! タルタルーガさん! ヴェレッタ君が暴れそうです!」

 いやだからなんで私に言うんです???


 そのまた別の日でも。

「タルタルーガさん!! 助けて! ヴェレッタ君が!!」

 ヴェレッタ先輩が暴れそうになると私を呼べと言う謎ルールでも設けられたのだろうか???


 その都度、ヴェレッタ先輩を宥めたり、実力行使で取り押さえた私はなんなんでしょうか。
 猛獣使いなんですか???

 まぁ、聞けば喧嘩の発端は、私の悪口らしいので、双方が厳重注意の処分で済んでいる。
 なんでもふしだらな私が皇子殿下を誑かそうとしているという噂を広めようとした生徒らしい。

 皇子殿下を標的にするとは、浅はかな。どうせ、例の侯爵令嬢に、両親の豹変が気に入らないピニャータが要らないことを吹き込んだのだろう。

「ヴェレッタ先輩がなんで私のことで噛みつくんです?」
「は? 君は文句言わずに、僕の手綱を握ってればいんだよ」
「???」

 フン、とふんぞり返ってそっぽを向くヴェレッタ先輩は、なんなの?
 ツンデレなの? ツンデレ暴君なの? 意味わかんない……。


 いつから本人も許して、私は手綱を握ってたの。


 その後、ヴェレッタ先輩は、またもや私の膝枕で昼寝した。



 また週末は、登城。
 本日は、皇帝陛下と過ごしたあと、皇子殿下とも過ごす予定。
 やけに、考え込んで一手一手を進める皇帝陛下。
 眉間のシワがすごい。
 美貌にシワがつくと、一種の芸術だ。

「……ヴェレッタ公爵令息と、ずいぶん打ち解けたみたいじゃないか」

 やっと口を開いたかと思えば、話題はヴェレッタ先輩。

「……はい。先週より、何故か懐かれました」
「なつかれた……」

 先週と同じ反応だ。

「ヴェレッタ公爵に……息子の嫁に、と言われたそうだな」
「ああ、そういえば、言われましたね。でもおかしなことに、ニールオン皇子殿下の婚約者候補だと噂になっています。私の義妹が種を蒔いてるそうで、申し訳ありません」
「ああ、アレな。あれはタルタルーガ家の令嬢が、種を渡して、デルタ侯爵家の令嬢が種を蒔こうと躍起になっているのだ」

 あの侯爵令嬢か。悪事が皇族にモロバレしてるじゃん。皇子殿下の婚約者候補、永久除外ね。

「ヴェレッタ公爵令息が広まる前に摘み取っているようだが……」
「ええ、懐いた番犬が働いているような感じです」
「なついたばんけん……」

 結果的に、噂が広がることは阻止された。

「今後も登城するなら、上手く隠れて登城すべきでしょうか? 皇帝陛下」
「…………」

 もっとコソコソすべきかと言ったら、グッ! とまた眉間にシワを刻んだ皇帝陛下。
 え。何。なんなの。
 美の圧、すご。

「それ、なんだが……」
「は、はい……?」

 ゴゴゴッ。威圧感がすごい。
 慎重に言葉を探すライトブルーの瞳を、じっと見つめて待った。

「…………レティツィア」
「はい」
「……父と、呼んではくれまいか?」
「…………」

 完全停止してしまう。

 複雑な事情の実の父親に、父と呼ぶように言われた……。

 複雑な事情の腹違いの弟に続き……。


「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

 痛いほどの沈黙。


「……レティツィア?」
「……えっと」

 オロッと視線を泳がした。

「皇子殿下と相談してきていいですか?」
「えっ、あ、ああ……」
「では、失礼いたします」
「あ、ああ」

 急足で皇帝陛下の談話室をあとにさせてもらい、皇子殿下の元へ逃げ込んだ。



   ◇◆◇◆◇



 皇子殿下の私室にて。
 予定より早く来た腹違いの姉のレティツィアを、皇子殿下のニールオンは歓迎したが、すぐに様子がおかしいと気付いた。

「どうしました? お姉様」
「相談したいことがありまして」
「なんでしょう? ぼくでよければ」

 ぽすん、とソファーに腰を下ろすレティツィア。
 礼儀作法が乱れるほどに余裕をなくしているな、とニールオンは静かに思った。

「…………皇帝陛下に、父と呼んでほしいと言われました」
「……。嫌、なんですか?」

 先週会った際には、ニールオンのことは恨んでいないとは聞いたが、実の父親は素直に呼べないのだろうか。

「私には、父と呼ぶ存在はいませんでしたので、なんと呼べばいいのかわからず……」

 レティツィアは、そわそわしていた。
 悲観することも、卑屈になることもなく。
 ちょっとぽやぽやした雰囲気で、そわそわしている。

「(ぼくのお姉様が可愛い……!!)」

 ニールオンは、衝撃を受けた。

「お、お父様でいいのかしら? そんな簡単に呼んでもいいのでしょうか?」

 皇帝陛下によく似たライトブルーの瞳は凛としていて、皇妃に次ぐ高貴な淑女だと思える姉が、可愛い。ニールオンは、キュンキュンとした。


「(ぼくのお姉様は可愛い……!!!)」


 突如として現れた腹違いの姉。
 戸惑いがなかったといえば嘘になるが、両親が乗り越えた試練の一つで、事故による誕生なのだ。世の中にはしょうがないことはあると、五歳児のニールオンも理解しているから、受け入れた。
 そして、夫婦仲が決して悪いわけではないのに、むしろあまりにも愛し合っているのに、自分の誕生が遅かった理由に納得したのだ。
 あの一件は、少なからず、爪痕を残した。

 姉レティツィアは、自分の出生を知りつつも、決して公にすることなく、皇族の証を隠し通してきた。
 ニールオンとは違い、恵まれていない環境で育っていても、卑屈さを見せず、逆に堂々としていて、強かな才女だ。
 こんな姉だなんて、誇らしいとすら思えている。

「……レティツィアお姉様。許可はもらっています。本当の髪色を見せてください。それから、ご相談に乗ります」
「あ、はい」

 ニヤけてしまうのを堪えて、天使の微笑みを浮かべるニールオンは、レティツィアに頼んだ。

 レティツィアは自分のベージュ色の長い髪を撫で付けて、魔法を解いた。

 ニールオンは、息を呑む。
 同じ髪型のせいか、瞳の色も同じせいか、まさに皇帝陛下の娘。
 皇族の証の月光色の長髪は神秘的な輝きをまとい、凛としたライトブルーの瞳は、見透かすよう。
 高貴な淑女の姿勢は、皇族として教育を受けていなくとも、皇女と呼ばせそうな雰囲気があった。

「お姉様……綺麗です……」
「あら……ありがとうございます。褒められたのは初めてです」
「本当にお綺麗です。隠すなんてもったいない」

 そもそも見た者は限られている。褒める余裕があった者はいない。
 ほう、と恍惚のため息を溢すニールオンが満足したと判断して、レティツィアはベージュ色に染め直す。こちらの方が、レティツィアとしては落ち着くのだ。ニールオンは残念がった。

「呼び方についてですが、お姉様が呼びやすい呼び方でいいと思います」
「呼びやすい……」

 そう言われても、困ると顔に出ているレティツィア。
 前世ならば、お父さんで済むが、流石にそれはダメだろうとブレーキをかけている。

「ぼくと一緒にお父様とお呼びしましょう」

 無垢にニールオンは提案した。

「お父様……。そうですね、そうします。練習しておきます」

 真面目か。
 真顔で真剣に言っている姉を笑ってはいけないと、ニールオンは微笑みを必死に保った。

 まだ一緒に話したかったが、練習してくると言うので、しぶしぶ見送る。
 そのまま、父である皇帝に会いに行こうと足を運ばせた。



「……ニールか」

 執務室のニーヴェオは、やけに暗い雰囲気をまとっている。

「お姉様に相談をされて、お父様の呼び方が決まりました」
「!」

 パッと食いつく反応を見せるニーヴェオに、内心苦笑をするニールオン。

「お父様と呼ぶ練習をするそうですよ」
「そうか……!」

 ぱぁああー、と明るい雰囲気に様変わり。
 皇妃にデレデレした面もよく見てきたが、この一面は可愛いと思うニールオンだった。

「でも、お父様。お姉様に真意が伝わっていないようでしたよ?」
「あっ…………」
「…………」

 父呼びに意識がとられすぎたんだろうな……と、ニールオンはしょうがないと片付けることにした。

「ぼくはお姉様が大好きです」

 まだ二回しか会っていないが、今日はすっかり虜になったニールオンははにかんだ。



 
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