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◇2 暴れん坊公爵令息。
しおりを挟むパーティー会場に戻る直前に、従兄と遭遇。
母の従兄のチリエージャ侯爵家の次男、ルシオ。
カールした亜麻色の髪と桜色の瞳。長身で程よく鍛えた身体つきの一つ年上の従兄である。
「レティツィア。どこに行ってたんだ?」
「ピニャータにブドウジュースをかけられたから、綺麗にしてきたの」
「なんだって?」
目をつり上げて怒るほどに、冷遇された私を唯一気にかけてくれる兄のような存在だ。
私の母はどこぞの不誠実な男と関係を持ったふしだらな女のレッテルを貼られたし、私も父親もわからぬふしだらな娘のレッテルを貼られて、眉をひそめられて親戚内で虐げられているが、ルシオだけは構ってくれる。
こういうエスコート役だって買ってでてくれるほどに世話焼きだ。
「もう大丈夫よ」
「……そう。ごめん、オレが目を離したから」
「バカがやることは制御が難しいわ」
フン、と嘲笑う。いつもそう。
伯爵家のバカ達が何をやってもいなすだけのこと。
やれやれと、ルシオは肩を竦めた。
不遇な環境に身を置いていても、決して折れる性格ではないことは理解しているけれど、それでも身内としてよくしてくれるルシオ。私もいい従兄として接している。
ルシオの兄の方なんて、汚らわしいって目で露骨に見てくるもの。やれやれである。
父親不明で母親は他界したが、伯爵家の籍に入っている私のせいで、自分も悪評の被害に遭っているとヒステリックになる義妹は私を攻撃の的にするので、学園への登校も馬車に同乗することを断固拒否。
まぁ、すでにマーカー済みなので、魔法で転移できるのでいいのだけどね。
取り巻きと一緒になって、私のカバンをひっくり返して教科書を散乱させて高笑い。そうやって私を害さないと、悪評に押し潰されるとでも被害妄想を持っているのだろう。可哀想に。
「まぁ、本当に手が滑りやすいのね? それでは礼儀作法がちゃんと身に着けられたか疑わしいわ。ピニャータ、あなた大丈夫?」
可哀想だと思っても、こちらはわざとおちょくるリアクションをしてやる。
真っ赤になって絶句する隙に、片手を振って魔法で教科書を集めておく。その魔法を目の当たりにして一同は驚いていたようだけれど、義妹は噛みつく。
「ふ、ふんっ! いつまでも余裕ぶっていられるかしら!? あと二年で追い出されるんだから!!」
「あら、そう」
にこやかにいなす。
それが気に食わなかったようで、瞬く間に学園で私の悪い噂が流れた。
父親が不明な私は、母親に似てふしだらな令嬢だという、概ね淑女が考えるとは思えない噂を拡散させたのだ。まぁ、嫌がらせをする時点で、淑女失格だろう。
そんな悪評が広がる私に、邪な目を向ける貴族令息達。
堂々と教室内でからかってきた貴族令息が子爵だったこともあって、先手必勝で。
「あんな噂を真に受けるなんておバカなんですか?」
と、声高々に言い放ってやった。
「この王都学園で風紀を乱す行為も噂も、処罰を受けますよ? 早く噂を作った方々も粛清されることを願ってます」
そうしれっとした態度で受け流した私と違って、教室に乗り込んで来たルシオはカンカンだ。
「絶対に噂の根源を突き止めて処罰してもらう!!」
ギロッとピニャータを睨んでいったから、バレていることは伝わっただろう。
こう宣言したのだから、耳にした生徒達は口を噤む。
風紀を乱した罰を受けたくなくて。その調査対象になりたくはないと。
それでも間違いが起きてほしくないと心配性なルシオに一人になるなと言い聞かせられて、昼食時は一緒に一目のあるところで一緒にとった。
その日は、稽古場で授業があると言っていたルシオを迎えに行っていたのだけれど、そこで見たのは、捻じ伏せられたルシオの姿。
ルシオと同学年の公爵家の長男は、純黒の髪と紫色の瞳を持っていたから、その人だろう。
公爵家の暴れん坊。または暴君と恐れられている人物だ。
手が付けられない暴れん坊が、何があったのか知らないが、私の大事な従兄を捻じ伏せている。つらそうに咳き込む従兄の上から退かそうと、風の塊をぶつけて吹っ飛ばした。
少し飛んで公爵令息は、ザッと両足で地面を踏みしめる。
「大丈夫? ルシオ」
「レティツィア……ゲホッ、大丈夫だ……ありがと」
手を貸せば、ルシオはなんとか起き上がった。
その後ろから飛び込んで、炎魔法を振り下ろしてきたから、魔法障壁を展開して防いだ。
炎が砕け散る中で、鋭利な紫色の瞳とかち合う。
「誰だよ、君」
「私の兄に何してくれてんのよ」
「……質問に答えてない」
「質問だったの。あなたが捻じ伏せていたルシオ・チリエージャの従妹、レティツィア・タルタルーガです」
冷たく見据える相手を、私も冷たく見据え返す。
「フン。従兄よりはやるみたいだね」
「……」
「っ!?」
魔法攻撃の魔法陣が、公爵令息の周囲に複数展開される。
それに動じることなく、立ち上がれないでいるルシオに防壁結界をかけておいて、放たれた魔法攻撃を魔法障壁で捌いていく。
私に攻撃が当たらないことに業を煮やしたようで、公爵令息は魔法剣を生み出した。火魔法の剣か。
切りかかる前に、魔法陣を展開して、光魔法で拘束。光のロープが、彼の手足と首を締め付けて動きを封じた。
「暴れ馬が。手綱で絞め殺してやろうか」
「っ!」
低く囁いて言い捨てる。
聞き取ったであろう暴君は、ギロリと睨みつけてきた。
「そこまで!!」
教員達が駆け付けて、必死に暴君を宥める。ギロッと睨み続けていた公爵令息がぷいっとそっぽを向いたことで、教員はようやく私に解放するように伝えてきたので、光魔法を解いた。
ジタバタすることなく、連行される暴君。
治療を受けるルシオから聞いたところ、ことの発端は魔法剣術の授業で手合わせをするはずが、暴君と悪名高い公爵令息が手当たり次第に生徒達を倒し始めたので、なんとかルシオが抵抗をしていたという。ちなみに担当教員は怪我した生徒のために治癒魔法をかけていたり、手に負えないと応援を呼びに行ったりと奔走していたとか。
その後、暴君公爵令息は今年に初めての謹慎処分を受けたそうな。
今年初めてとはなんだ、と突っ込む前に、ルシオは「去年は三回だった……」と教えてくれた。
虫の居所が悪ければ、生徒が被害に遭うが、あの公爵令息を退学にしないのは理由がある。
そもそも、治安騎士団を総指揮するヴェレッタ公爵家の長男。そして麒麟児だった皇帝陛下の再来と言われていて、能力自体は評価されていて、退学処分にするには惜しい存在だとされている。
それに暴れるのは、こういう実技の場合だったり、その辺で喧嘩をしても相手にも非があるのだ。完全に悪として処罰が出来ない。それに父親であるヴェレッタ公爵にボコボコにされているそうで、被害者側の親も責めきれないという。
何度かそんな暴力沙汰の謹慎処分を受けているくせに、あの学年で主席。実技を競う大会でも、優勝を得た実力者。
ただし、暴君。
暴れん坊で、顔立ちは整っていても、令嬢達に恐れられている。まぁ、他の生徒達にもだけど。
「今回の件で、レティツィアが目をつけられたらどうしよう……」
しゅんと眉を下げて不安げなルシオ。
「喧嘩を吹っ掛けるようなら、返り討ちにすればいいんでしょ?」
「相手公爵令息だよ……」
私がにこやかに笑い退ければ、げんなり顔になるルシオだったけれど、少し気が楽になったように笑った。
今までは侯爵位なら、ルシオも庇えてこれたけれど、公爵位となると難しいと心配してくれたのだろう。相変わらず、過保護だ。
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