継母の心得 〜 番外編 〜

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番外編 〜ノア5歳〜 〜

番外編 〜 夢での邂逅3 〜 イザベル臨月

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『ノア、』
「そんな事を今更言われても、どうしろというのですか」

感情が抜け落ちたような瞳で、そう言ったノアは、そのままベッドに横になり、布団をかぶった。

そうよね……。こんな悪女が母親だなんて、受け入れられないわよね。

それにしても、あの瞳……、初めて会った頃のノアが、テオ様の前でしていた瞳だった……。

そういえば、フロちゃんが……亡くなったって話していたわ。それに、領地も他国に侵略戦争を仕掛けられてほとんど滅んでしまっている……。きっと皇帝からの援軍もなかったのだわ。

だけどこの子は、領民を守るために戦っているのね……。

『ノア……、あなたを一人にしてしまってごめんなさい……っ』

布団の上から、頭を撫でる。
幽霊のように透けたわたくしでは触れないけれど……どうか、この子の心が少しでも軽くできるように、そう思って撫で続ける。

『わたくしの愛しい息子……、わたくしの宝物……』

悪女が幽霊のようになって目の前に現れても、憤ることも、怒る事もなく、ただ、ここにいる事を許してくれる、優しい子……。

「……どうして……、」
『ノア……?』
「私は、あなたをこの手で殺したのに……っ」

布団に包まって震えるノアに、涙があふれる。

『違いますわ。ノアは、わたくしを救ってくれたの。何もかもが憎くてたまらなかったあの時のわたくしを、救ってくれたのはノアですわ』
「救った……?」
『ええ。わたくしね、幼いあなたに手をあげたあの日からずっと……。わたくしの意思とは関係なく動く身体も、汚い心も、自分の全てが嫌で嫌でたまりませんでしたわ。誰か助けてって、ずっと叫んで、叫んで……』

どうにも出来ない、憎しみだけが頭を支配していた日々。

「……私は、あなたが憎かった……。私に初めて、人の温もりを教えてくれたのはあなただったのに……、突然変わってしまったあなたが、憎くて……っ」

初めて出会ったノアを、大切にしたいと思ったのは、今世も前前世も同じだった。
愛しいって、この子を守らないとって、見た瞬間に思ったのよ。思っていたのに……っ

「私はあなたが憎くて、殺した……。だから、救ってなんか……っ」
『ノア、あなた、泣いていたわ』
「ぇ……」
『わたくしを殺す瞬間、あなたは泣いていた。憎い敵を殺す人が、涙を流すはずがないでしょう』

被っていた布団から、ノアの銀髪がのぞく。

『もしかして、悪魔を倒したら、わたくしが元に戻るのではないか……、そう思っていたのではなくて?』
「そんな事……」
『フロちゃん……、フローレンスは聖女。妖精が見えますわ』
「何で突然、フローレンスの話になるんですか……」

やっと布団から顔を出してくれたノアの瞳は、涙で湿っていた。

『あなた、フローレンスから聞かされていたのじゃないかしら。わたくしの周りには、妖精たちがいるのだと』
「っ……」
『わたくしは、悪魔に操られているのだと、そう言われていたのでしょう?』
「……」

だから、タイラー子爵を殺した後も、わたくしがおかしいままだったから絶望し、涙を流した。

『ノア、あなたはずっと、わたくしを助けようとしてくれていたのね』
「……そんな憶測も……、何もかも、いまさらなんだ……」

ぎゅっと手を握り、唇を噛みしめるノアを抱きしめる。

『いまさら……そうかもしれませんわ。でも、夢でもわたくしはここにいて、あなたとお話ができているもの』
「……」
『透けたわたくしの姿を見て、“お母様”って呼んでくれましたもの』

だから、

『だからせめて、あなたを愛しているんだと、伝えさせて』

大切な人たちを失ってしまったあなたに。

「っ……」
『わたくしの可愛い息子。お母様はね、あなたを見た瞬間から、あなたを愛しているわ』

この気持ちが届くように。

『ずっと、ずっーと、あなたのお母様でいるって、約束したものね』
「ふ……ぅ……っ、おか……っ、おかぁさま……っ」

あなたのこの人生に、少しでも光を灯せるように。

『ノア……、ノア、次に出会う時は、もう離しませんわ。可愛がって、可愛がって、あなたが嫌って言うくらい可愛がりますから、覚悟していなさい』
「っ……なんですか、それ……」
『お父様とお母様、二人で愛し抜きますわ!』
「フフ……ッ」
『本当ですわよ! これでもかっていうくらい溺愛していますもの! テオ様も、あなたに魔法を教えたり、旅行に連れて行ってくれたりしていますのよ』

どうか、絶望しないでいて。

「お父様が……そうですか」

こんな世界に、負けないで。

『だから、生きて───』

また、会えるから。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「───おかぁさま、おねむ? おっきして? おはよーよ」
「……ん……、ノア……?」

わたくしの顔を覗き込む天使に手を伸ばす。

「おかぁさま、おねぼおさんよ」
「……ノア、おはよぅ……。もう朝なのね……、お母様、まだおねむですわ……」
「ダメなのよ。きょお、アスでんかと、カレーのおみせ、たべにいくのよ」

それはお昼のお約束よ、とは言えませんわね。

「そうでしたわ。カレーだと、きっとお父様も張り切っていますわね」
「おとぅさま、もぉ、おっきしたのよ」
「フフッ、じゃあ、お母様もおっきしなくてはいけませんわね」
「そおよ」

可愛い息子を抱き締めた後、ゆっくりと起き上がる。

臨月で外出なんて、とマディソンに怒られるかと思っていたけど、近いからという事と、皇帝一家も一緒という理由で何とか許してもらったのよね。

久々の外出、楽しみですわ!

「おかぁさま、どおして、ないてるの?」
「え?」
「おめめとほっぺ、ぬれてるのよ」

ノアの小さなおててが、わたくしのほっぺの涙を拭ってくれた。

「お母様、あくびしちゃったから、涙がポロリしちゃったみたいですわ」
「いたい、ない?」

テオ様そっくりな心配性のノアは、わたくしをじっと見つめ、嘘をついていないかうかがっているらしい。

「どこも痛くないわ。大丈夫よ」

でもわたくし、あくびなんてしたかしら??

「おかぁさま、おげんき?」
「もちろんよ! ノアもお元気かしら」
「はい!」

あら、良いお返事。

「さぁ、お着替えして、張り切っているお父様に、カレーの前に朝食を食べましょうって言いに行きましょう」
「おとぅさま、めっ、するのね!」

今日もたくさん、楽しい事が待っていますわね。

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