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第二部 第2章
338.ベル商会支部 〜 ドニーズ視点 〜
しおりを挟むドニーズ視点
まずはベル商会に行って、『ゴム』についての商談をしたら、教会かな。どうせなら街でフローレンスにお菓子やおもちゃも買ってあげたいなぁ。あ、服やブローチなんかも良いかも!
……少し前までは、幼いフローレンスを家に置いておけず、子供と一緒では無理だと仕事も見つからず、蓄えを切り崩していた貧乏生活だったけど、シモンズ伯爵家に拾ってもらって、まともな暮らしどころか、フローレンスとの時間もきちんと作れる、余裕のある生活が出来るようになった。
「フローレンスに洋服やおもちゃも買ってあげられるようになったしね」
フフッ、と笑いながら、妻に似た我が子を思い浮かべる。
「こんなに幸せで、大丈夫かな……」
幸せの反動が怖いと思う小心者の僕を、妻はよくからかっていたっけ。
「ドニーズさん、もうすぐ商会ですよ」
「うん。ありがとう」
御者の声に気を引き締める。
ベル商会はディバイン公爵夫人が総取締役を務める商会で、決して失礼があってはならない、重要な取引先だ。
出来たばかりの新進気鋭の商会だけど、このままあっという間に世界のトップに立つだろう。
僕には似つかわしくない立派な馬車も、立派な洋服も、オリヴァー様が仕立ててくれた。その期待に応えなくては!
『あなた、気合い入れて行きなさい!』
何度もそう言って見送ってくれた妻を思い出し、手を握り込む。
「よし! 頑張るぞっ」
このベル商会の支部は元貴族の屋敷を改装しているらしく、とても立派だ。
あの大粛清で、貴族街にあるお屋敷の空家は珍しくない。そこを安く買い叩き、事務所にしている商会はさすがと言わざるを得ない。おもちゃの宝箱もちょうど隣が空家になったとかで、カフェを移設する予定だと聞いた。
フローレンスがおもちゃカフェも気に入っているし、広くなってくれると、行きやすくなるだろうから、楽しみだなぁ。
商会の建物に入ると、屋敷の一階は部屋の壁を取っ払って広々使えるようになっている。座り心地の良さそうな大きなソファや、立ったままでも使用できる机、一部、数段幅広の階段のように低くなった円形の床は、椅子のように座れて、会議も出来るようになっていた。二階は商談部屋で個室だが、一階はかなりの開放感で、所々に植物が置かれ癒やされる。
「ドニーズ様、お待ちしておりました」
受付の女性が、入口の扉に立っている私を見つけてにこやかに声をかけてきた。
「こんにちは。相変わらず、こちらの事務所は……すごいですね」
広々とした空間に大勢のスタッフが行き来したり、座って飲み物を飲みながら仕事をしていたりと、他の商会では見たこともない働き方をしていて、初めて来た時は本当に驚いたものだ。
「いつも皆さんいきいきしていて、とても楽しそうに働いていらっしゃる」
「お褒めいただき光栄です」
受付の女性は嬉しそうに微笑むと、「こちらへどうぞ」と二階の奥の個室へ案内してくれた。
僕らシモンズ伯爵家との商談は、ベル商会でも特別だ。何しろ新素材はベル商会の要と言っても良い。だから、声が漏れない防音性の高い奥の個室で商談するのが常だ。扉前に警備の人もいて、安全性も高い。
「ドニーズ様、ご無沙汰しております」
部屋の中に居たのは予想外の人だった。
「会頭!? 本部にいらっしゃったのでは……?」
「実は、帝都に用事が出来ましたので、支部へ寄らせてもらいましたら、これからドニーズ様との商談だと聞かされて、ご同席したく思い、この場に参りました」
ベル商会の会頭は40代の女性で、元々公爵家のタウンハウスで会計士として働いており、実は私の元上司だ。と言っても、私が彼女と共に働き出してほどなくして、結婚退職されたので、共に働いた期間は短いが。
とても人当たりの良い方で、しかし数字にはめっぽう強い優秀な方である。
「そうでしたか。私も会頭と『ゴム』の件ではお話を詰めたかったので、僥倖でした」
高級なソファに腰掛け、向かい合うと心の中で気合いを入れる。この人は、一筋縄ではいかない人だ。
「商談の前に、美味しいお菓子でもいかがですか?」
「いただきます。新作ですか?」
「はい。おもちゃカフェで、期間限定で出す予定なのですよ」
こうして、戦いの火蓋が切られたのだ。
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