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第二部 第2章
337.ぺーちゃんはぺーちゃん
しおりを挟む「ちょっとイザベル様! 何で教皇の間の鍵をぺーちゃんが持ってるのよ!?」
皇后様がすごいお顔で迫ってくる。
せっかく美しいお顔立ちをされておりますのに、顔芸が得意ですのよね。この方。
「あら、皇后様。ぺーちゃんは教皇猊下ですので、持っておりますのよ?」
皇后様も知っているでしょう、と首を傾げれば、「ふぁ!?」と驚きの声を上げるではないか。
「きょ、きょ……!?」
「皇后様、赤い鳥さんの真似ですの?」
「違うわよ! ぺーちゃんは大司教の孫でしょう!? 教皇ってどういう事!?」
「? 大司教から聞いているのではありませんか? ぺーちゃんは70年程前、最後の聖女様が御神託を受けた神託の子だと」
「はぁ!? アタシは、ぺーちゃんが大司教の後継者として育てられている事しか聞いてないわよ!? 神託の子!? 現、教皇があの赤ちゃん!?」
皇后様はどうやらテオ様や大司教に一番大事なところを聞かされていなかったらしい。
「『夜の帳が下りる時、全てを見通す瞳持つ赤子立つ。その者未来を知り、信心なる者を導く』という神託だったらしいのですけれど」
「神託の事は知ってるわ! だけどそれがぺーちゃんだなんて……っ」
「可愛い教皇猊下ですわよね」
「イザベル様、あなた時々、ド天然発言かますわよね」
皇后様に呆れた目で見られてしまいましたわ。最近テオ様と皇后様のわたくしを見る目が、似てきたと思うのは気の所為かしら。
わたくしの横ではぺーちゃんとノア、アス殿下が楽しそうに遊んでいる。ぺーちゃんは猫のような声を上げて、きゃっきゃと笑い、大変可愛らしい。
なんだか、初めて紙芝居を読んであげた時のノアを思い出してしまいましたわ。
「皇后様から、大司教が倒れたと連絡をいただいた後、テオ様と共に教会へ戻ったぺーちゃんが、あの鍵を首にかけて帰ってきましたの」
「あの時ね……。アタシは大司教から、ぺーちゃんは自分の後継者だから、と言われていたのよ。だから将来大司教にするつもりなのだと思い込んでいたわ……っ」
まさか現教皇だなんて! とこめかみを押さえる皇后様に、テオ様と大司教派どう説明していたのかしらと不安になる。
「まぁ、そういう事なら今からイーニアスと仲良くしてくれれば、将来皇室と教会の関係は良くなるかもしれないわ」
さすが皇后様。悪い顔しておりますわね!
「でも、そう考えるとぺーちゃんは未来がわかるのかしら?」
「え?」
「だって神託では、『夜の帳が下りる時、全てを見通す瞳持つ赤子立つ。その者未来を知り、信心なる者を導く』じゃない。その者未来を知りって、何だか人生をやり直したイザベル様みたいね!」
「え……」
皇后様の言葉に息を飲む。
わたくしが回帰の主軸という事で前世を覚えておりますけれど、回帰したのはこの世界そのものですわよね……。その中で前世を覚えている人がいないとは言い切れませんわ。もしかしてぺーちゃんは……
「にょあ、ぺぇちゃ、もちゃ、っちゃぃ」
「ぺーちゃん、あのおもちゃで、あしょびたいのね」
「ぁーい」
……うーん、あの可愛いぺーちゃんが、前世を覚えているとは思えないのだけれど。
「ぁちゅ」
「ノア! ぺーちゃんが、わたしのなまえを、よんだのだ!」
「しゅごーい! ぺーちゃん、アスでんかのおなまえ、おぼえたのねっ」
「にゃ! あちゅ、にょあ!」
すごいドヤ顔ですわ……。やっぱりぺーちゃんは赤ちゃんね。前世は覚えていませんわ。
「『未来を知り』という事は、たとえば未来予知ですとか、何かを介して知る。という事かもしれませんわ」
「そうね。そうそう前世の記憶がある人間がいるわけないわよね」
「そうですわね」
「……ん? 神託があったのって、70年前よね?」
「はい。そのようですわ」
皇后様はわたくしをじっと見て、「まさかね……」と呟くと、首を横に振っていた。
「皇后様?」
「いえ、何でもないわ」
「?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
~ シモンズ伯爵タウンハウス ~
「───ではオリヴァー様、私は教会に行って参ります。私がいない間研究室には籠もらず、きちんと伯爵家の仕事をしてくださいね」
「ぅ……わかっているよ、ドニーズ。気を付けて行ってきてくれ」
玄関先で使用人のドニーズを見送るのは、この家の跡取り息子オリヴァーだ。
「はい。フローレンスの事、よろしくお願いいたします」
ドニーズは幼い娘の事を頼むと、肩に下げている大きなバッグを位置を調節するようにかけ直す。
「もちろんだよ。あ、寄付金はちゃんと持ってるよね?」
「聖水を頂きに参りますので、このバッグの中に入れています」
「うん。お使いを頼んでしまってごめんね」
どうやら聖水を教会に貰いに行くようだ。庶民であれば無料で貰える聖水も、貴族だと寄付金が必要になる。といっても、貰う都度ではなく、一年に一、二回寄付をするというものなので、教会が暴利を貪っているわけではなさそうだ。
「これも仕事のうちですから、問題ありませんよ。それに、街に行くついでですから、手間でもありませんし」
「ありがとう。よろしく頼むよ」
「はい。では、行って参ります」
ドニーズが使用人用の馬車に乗り込み、馬車が出発する。
空には暗雲がかかっており、今にも雨が降りそうだ。
「天気が悪いなぁ……。今日はフローレンスを外で遊ばせるのは止めておこうかな」
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