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大量焼死体遺棄事件:裏サイド
side:八神
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本名:八神春一
享年:三十八歳
死因:心不全
フリージャーナリストなんて職種を名乗れば、自分でも胡散臭いと思う。
まあ、そういうのが、出来のいい弟には、気に入らないんだと思う。
まあ、そういうのが、弟の出来の悪い娘、さくらには気楽だったのだろう。
弟が、さくらが行方不明になったことを俺に話したのは、失踪がわかってから三ヶ月過ぎてからだった。
そもそも、さくらが大学を中退し、売れない劇団に入ったにしても、失踪に気づくまでに、一ヶ月かかっている時点で、親失格だ。
とは、親を散々泣かせた俺が言うべき台詞じゃあないな。
俺に相談することに、葛藤もあったのだろう。
でも、人の親だな。
あのプライドが高い弟が、娘のためとはいえ、俺に頭を下げるとは。
俺のプライドが、なさすぎなのか。
まずは、さくらの部屋を調査しようとして、驚いた。
火事で燃えた、というのだ。
そもそもが、部屋が火事で燃えたから、さくらの失踪に気がついたのだ。
仕方ない、劇団から調べてみるか。
そして、また驚くハメになった。
劇団員のほとんどが、失踪していたのだ。
ほとんどならば、残った者に話を聞けばいい。
しかし、それは無理だった。
死んでいたからだ。
焼身自殺だったようだが、事件性は、不明だ。
売れない小劇団員だ。
バイトで休むことも多い。
将来に希望がもてず、辞める者も多い。
二月末に、インフルエンザが流行り、一時開店休業状態になった後、稽古が再開されることは、なかった。
彼らが、公演で使っていた小劇場で、劇団員の名簿、集合写真何枚かを手に入れ、バイト先などの関係者を訪ね、顔と名前を一致させようとした。
そして、三度驚くことになった。
その関係者にも、失踪の連鎖が、広がっていたのだ。
とりあえず、メモした名前だけを数えても、三十人以上が、失踪している。
異常な数だ。
しかも、誰も気がついていない?
劇団員が辞めた大学で友達だったという女から、ようやく話が聞けた。
結構、劇団員の顔を知っていたので、写真と名前が、ほとんど一致した。
何かの宗教だか、環境保護団体だかに、入れ込んでいて、指輪を買ったとか、貰ったとか。
その女の携帯に、写真が残っていたため、転送して貰う。
くそっ、足元見やがって。
そのデータを調べる、とBHDの文字が意匠化されているようだった。
新々興宗教団体に詳しい奴に、聞きに行った。
奴は、元々無口だったが、今日は、いつにも増して、口が重かった。
しかも、前に会ったときよりも、格段に不健康そうだった。
扱けた頬、無精髭、目の下の隈。
俺も人のことを言えた面ではないが、これは、ちょっとひどい。
奴は、指輪を見て、一言、
「ブルー・ヘブンズ・ドアは、ヤバイぞ」
「だから、どうヤバイんだよ?」
土産に持って来たビールを、自分で煽る。
「死ぬのか?」
奴は、ちびちびとビールをすすりながら、
「死ぬどころか、生き返るぞ」
「なんだそりゃ?」
玄関の方で、ガタっと音がした。
隣の住人でも通ったか?
「もう、帰れ! 話すことはない」
急に、より顔色が悪くなった奴に、追い出された。
「写本に、気をつけろ」
そう言って、ドアを閉めたのが、奴を見た最後だった。
正確には、最後に見ることになったのは、ローカル・ニュースでだった。
中華屋で、ラーメンを食っていると、どこかで聞いた名前が聞こえた。
振り返って見る、とテレビに、奴の写真が映っていて、近所の川で、水死体で見つかったことが、報じられた。
事故と自殺の両方で捜査って、あんな長靴もいらない、干上がりかかったドブ川で、どうやって死ねるっていうんだ。
奴の写真が、もう何年も前の幸せそうだった頃の物だったのが、まだ救われた。
しかし、どれが、引き金だ?
奴自身が、何かドジ踏んだか。
あの顔は、何か危ないネタに、足を突っ込んでいたからか?
それとも、俺の持ち込んだネタか。
このタイミングが、単なる偶然なら、奴も俺も、運があるんだか、ないんだか。
そういや、死んでも生き返る、だっけか?
奴も、今頃、死体安置所で、起き上がってるのか?
ビールを飲み干し、冥福を祈るのが、正しいのか、少しだけ迷った。
指輪の写真をくれた女にメールしたが、返事がない。
大学で聞いても、見ていないという。
奴みたいに、やられたのか?
調べてみたが、それらしい死体は見つかっていない。
死体が見つかっていない?
それって、失踪ってことか?
いや、死体が見つかっていなければ、失踪かもしれないが、死んでいないとは、限らない。
死んでいるが、見つかっていない?
最近、やたらと新聞に載るバラバラ殺人事件。
これの死体の身元は、ほとんどわかっていない。
念入りに、指紋、歯型が判別つかないようにされているからだ。
失踪事件と、バラバラ殺人は、つながっている?
いやいや、奴に言わせれば、失踪事件の方は、生き返ってくるっていうんだから・・・
バラバラにして、生き返らないようにしている?
いやいや、奴の言葉に踊らされすぎだ。
ヤバイとこかもしれないが、ブルー・ヘブンズ・ドアの団体名は、奴の遺産だ。
まあ、鬼が出るか蛇が出るか、って、いいモノが出てくる予感がしないなあ、おい。
奴の不審死は、狭い業界で、瞬く間に知れ渡った。
しかも、俺のネタが原因、と尾ひれがついている。
尾ひれ、だと信じたいが。
結論として、ビビった連中は、俺に何も話そうとしない。
ようやく、BHDの幹部の指輪だ、ということを聞き出せただけだ。
仕方なく、基本に立ち返ることにした。
足での捜査だ。
失踪、死亡した劇団員の住居そばで、再度聞き取りをする。
可能であれば、不法侵入も致し方ない。
ところが、行った先、行った先、ことごとく焦げ臭い臭いで、迎えられた。
火事で燃えていたのだ。
もう、現場検証も終わり、テープが貼られているが、見るものはなさそうだ。
焼け出された隣人らと、連絡のとりようもない。
それでも、と足を運んでいる、と向かう先から、サイレンが聞こえた。
また、先を越されたか、と思うより、むしろ、なんで今まで、燃えていなかったのかが、疑問に思えた。
誰かが、劇団員の住居を放火しているとして、他は数日前に行われている。
なぜ、ここは、今まで、手を、いや火をつけられなかった?
予想通り、山下香苗が住んでいたアパートが、燃えていた。
しかも、二階に三つある窓の真ん中から出る煙は、202号室が燃えている証拠だ。
中に入れてもらえるはずもないので、遠目から、観察する。
放火犯は、現場で見物していることが多いからだ。
そのため、消防も野次馬連中を写真に撮って、同じ人物がいないか、確認したりしている。
その写真を、手に入れられないか。
同じ人物が、放火しているかもしれない。
ただ、範囲が広く、管轄が違うから、気がついていないだけかもしれない。
なんだ、あいつ?
男が、消防隊員に、押さえられている。
身なりからしてサラリーマンで、学生用っぽい雰囲気のこのアパートに住んでいるには、そぐわない感じだ。
携帯で、どこかに電話をしている。
野次馬をかき分けて近づくが、くそっ、放水の音がデカイ!
しかし、辛うじて「香苗」と聞こえた。
やはり、山下香苗の関係者のようだ。
帰ろうとしているので、慌てて、声をかけた。
「出火元のお知り合いですか?」
「いや、まあ、そんなとこで」
曖昧な返事で逃げようとするが、出火元を否定しないのは、認めたようなものだ。
彼女に兄はいない。
叔父とかか?
俺の名刺と指輪写真のプリントアウトを押し付けると、受け取った。
ただし、サラリーマンだから、名刺を渡すと、反射的に名刺をくれるのでは、という思惑は外れた。
しかし、指輪を見て、表情が変わった。
こいつ、知っている!
「その指輪は、ある団体の幹部証です」
男の目を覗き込むようにして言うが、特に反応はない。
BHDのことは、知らないのか?
まずは、この男のことを先に調べた方が、よさそうだ。
「興味があったら連絡ください」
そういうと、男から離れ、野次馬の中に紛れた。
彼は、警戒した様子もなく、歩き出したので、後をつける。
そのまま住居をつきとめ、郵便受けの名前を見た。
新堂?
失踪関係者に名前があった覚えがない。
調べたが、山下香苗関係にも、名前は出てこない。
ただ、同郷であることはわかったので、そちらのつながりだろうか?
山下香苗の実家の番号は調べてあり、何度か電話していたが、一度も出ない。
それを思い出して、またかけてみたが、やはり、つながらなかった。
失踪は、あっちにまで、連鎖しているのか?
実は新堂は、BHDの幹部で、指輪で動揺したのを隠そうと、平静を装ったのかもしれない。
それにしては、無用心で家までつけることができた。
まさか、罠?
尾行に集中して、自分がつけられることは、考えていなかった。
俺は、慌てて自分の部屋を出て、尾行に警戒しつつ、安宿に泊まった。
山下香苗の実家には、何度電話してもつながらない。
失踪の可能性を考え、実家に一番近く(とはいえ隣県だが)で知り合いの探偵に、電話で確認を依頼した。
交通費だと?
くそっ、足元見やがって。
しかし、予想に反して、両親は失踪していなかった。
近所の聞き込みで、母親が体調不良で入院し、父親はそれに付き添っていることがわかった。
病院にも押しかけたそうだが、会えなかったようだ。
さすがは探偵、厚顔無恥だな。
フリージャーナリストの俺には、そんな人として恥ずかしい行為は、無理だ。
とりあえず無事なことは判明したので、引き続きコンタクトを試みてもらい、香苗の情報を聞き出してもらおう。
安宿で寝ている、と携帯が鳴った。
知らない番号が、通知されている。
警戒して出た。
「誰?」
相手は、三日目の火事現場で俺の名刺をもらったこと、指輪に興味がある、と言ってきた。
新堂か?
BHDの情報を俺がどこまで知っているかの探りかもしれない。
そこで、聞いた。
「あんな指輪に、なんで興味あるんだ?」
『妹が失踪している』
香苗に、兄がいないのは、ちょっと調べればわかることだ。
そこからの探りか?
「山下香苗に兄はいない」
そっけなく答えると、山下香苗は、自分(新堂)の妹の実家当時からの友人で、妹は失踪している、と早口で説明してきた。
やはり、同郷での関係だったのか。
それでも、罠の可能性は、捨てきれない。
それでも、姪のために、情報がほしい。
「明日の昼間に会えないか?」
応じたので、時間と場所を指定する。
あの店なら、客に新堂のサポーターが紛れても、マスターが教えてくれる。
もう少し、新堂のことを調べておくか。
新堂は、五分遅れてやってきた。
待ち合わせに遅れてくるとは、人として、どうなんだ?
店の周りで張っている者がいないか調べ、裏口からマスターに、新堂から電波が出ていないことを確認してもらい、店に入った。
「マスター、カールスバーグ」
まったく、缶の生産が終わって困る。
「道に迷わなかったか?」
新堂の前に座り、適当な話題を振る。
情報が欲しいのは、こっちなので、わざわざこちらが、どこまで知っているか、教えてやる義理はない。
案の定、焦れて、自分から話し出した。
「聖光金教団について、教えてくれ」
知らん団体名が出たな。
「知らん」
新堂が立ち上がった。
おっと、逃すわけには、いかんな。
手首をつかみ、座らせる。
「聖光金教団って、何だ?」
BHDの下部組織か、フロントか?
「とぼけるな!」
声は抑えているが、イラついているようだ。
聖光金教団は、所有する写本の神の言葉を布教する団体で、指輪の購入を巡って、借金や拉致などトラブルが起きている、とのことだった。
「写本」?
奴からも聞いた言葉だ。
しかし、大層な団体のようだが、小物臭が漂うな。
「金が欲しいなら、言え!」
こいつ、誰かに、騙されてるんじゃないか?
騙すには、訳がある。
そっちが、本命の黒幕か?
そいつが噛んでいるってことは、新堂は、重要な何かを握っている?
俺は手を離し、
「俺が見せた指輪の団体は、別だ」
呆気に取られて、動きが止まる新堂の前に、BHDの指輪のプリントアウトを置く。
やはり、知っている顏だ。
裏返し、ブルー・ヘブンズ・ドアと、俺のメモ書きを見せる。
「そんなはずがない。信じられない」
そんなに信じているのは、何か俺の知らない情報を持っている?
「どうして、聖光金教団なら、信じられるんだ?」
「自分とサクラが、ネットで調べた内容が一致したからだ」
サクラ!?
動揺が、顔に出なかった自信はない。
失踪した姪と同じ名前か。
偶然だろうか?
「サクラって、誰だい?」
「いや、それは・・・」
この反応は、会ったことがないのか?
泳がせて、サクラの情報を集めさせた方が、良さそうだ。
「信じたい方が決まったら、教えてくれ。ネットに情報は、出てないぞ」
俺は、新堂を残して、裏口に廻った。
マスターに金を握らせ、新堂を見張る。
呆然としていた彼は、ごそごそとポケットから、何かを取り出した。
指輪だ!
実物を持っていたのか。
いや、聖光金教団を信じていたのは、あの指輪のせいで、BHDのものとは、違うのかもしれない。
あの指輪、確認しなければ。
店を出た新堂をつけたが、そのまま部屋に戻った。
しばらく見張っている、と携帯が鳴った。
慌てて確認する、と知らない番号だった。
警戒して出る。
「どなた?」
切られた。
間違い電話か?
警告のような気がして、足早に、尾行を警戒して、離れた。
写本について、調べてみよう。
新堂が言ったように、ネットで調べる、とウジャウジャ検索された。
こっから、どうやって、見つけたんだ?
そこに、サクラに騙された、作為的なものを感じた。
面倒臭くなって、聖光金教団を検索する、と出てきた。
『真なる聖書にこそ、神の真理がある。
最初の書の写本にこそ、神世界の黄金律が宿る。
現在の聖書は、様々な人々の手によって編纂されてしまっている。
Q文章ですら、最も原典ではない。
今は残っていない最初の書のみが、真の神の言葉を記していた。
それは、失われてしまったのか?
否!
全てのページではないが、写本が存在する。』
Q文章って、Q資料のことか?
どっちにしろ、よく知らないが。
これなら、普通の宗教関係の詳しい誰かに、話がきけるか?
カルトっぽいのに詳しい連中には、奴の死が、知れ渡っているからな。
意外にも、奴の死のことは、広く知られていて、ようやく、俺の悪行を知らない研究者を見つけることができた。
「Q資料について、お知りになりたいとのことですが?」
「はい、新々興宗教について取材しているのですが、基礎知識がなくて。聖書の原典、という理解で、よろしいのでしょうか?」
ふむふむ、と頷いて、
「まず、Q資料は、実在しません。仮想の資料なのです」
「と、いいますと?」
新訳聖書のマタイによる福音書、ルカによる福音書には、似た記述があり、一方が、他方を参照したのではなく、共通資料を元に書かれた、と考えられた。
この共通資料が、イエスの語録集と予想され、Quelle(ドイツ語の資料の意味)の頭文字から、Q資料と呼ばれている。
実在は確認されておらず、断片も発見されていず、存在を疑問視されている。
もし、存在したとしても、かなり古い記述にも、それらしい記載がないことから、極めて短期間に失われた、とも考えられる。
「つまり、実在したとすると、加工がされていない、イエスの生の言葉の可能性が、あるのでしょうか?」
「その辺は、なんとも。私は、肯定派なので、そうであって、欲しいですね」
「失われたのは、生のマズイ言葉があったからとか?」
「むしろ、そうであれば、どこかに引用されるようにも思うのですけどね」
まあ、アンチは、どこにでもいるからな。
「もし、現物や、写本が見つかったら?」
「大騒ぎでしょうが、まずは疑いの方が、先に立ちますね」
世の中、いくらでも金目当ての偽物作りはあるからな。
カルトな教団が持っている、と信じる方が、難しいだろう。
それを信じ込ませるのが、カルトの腕の見せ所か?
「先生は、他に写本と聞かれて、何を思いつかれますか?」
「写本? 死海文書を死海写本という呼び方をしますので、それくらいでしょうか」
「死海写本も、Q資料に関係が?」
いやいや、と苦笑いされたので、的はずれな発言と予想して、先に謝る。
「不勉強で申し訳ありません」
「死海写本は、死海そばの遺跡からに発見された、最古の旧約聖書の写本ですから、新訳のQ資料とは、関係ありませんね」
「すみません、新訳と旧訳の違いは?」
「新訳聖書は、イエス・キリストが登場してから。旧約聖書は、神の天地創造からが、書かれています。誤解を恐れずに、日本人にわかりやすく言うと、新訳はお釈迦様の教え、旧訳は日本書紀で、イメージできますでしょうか」
「となると、アダムとイブが旧訳で、最後の晩餐が新訳でしょうか?」
「おお、その通りです」
伝わって、嬉しそうだ。
「それでは、キリスト教的に、死者の生き返り、というのは、あるのでしょうか?」
「ありますよ」
そうなのか?
期待していなかったので、驚いた。
「イエスが、死後に復活しています」
確かに、そうだ。
「死生観として、死者は眠っている、というイメージでしたので」
「その死者は、イエスとともに、復活するのです。まあ、そこまで終末論をださなくても、禁断の果実、林檎を食べたのは、知恵ある人への生まれ変わり、という考え方もあります。林檎は、変化の象徴なのですね」
林檎について聞こうとしたが、電話が鳴り、出た彼は、すまなそうな顔になった。
「申し訳ない。予定の来客が、来てしまったようです」
そもそもが、急にアポをとり、来客が来るまでの間に会ってもらったのだ。
助かりこそすれ、謝られる必要はない。
「こちらこそ、急にお尋ねしてしまい、申し訳ありませんでした」
礼をして、部屋を出た。
俺と入れ代わりに部屋に入っていったのは、二十代半ばの大人しそうなパンツスーツの女だった。
いいケツしていた。
聖光金教団は、指輪売買で、トラブルになっている、ということなら、被害届も出ているかもしれない。
ついでに、身元不明の死体も確認しよう。
付き合いの長い、定年間際の警察関係者を呼び出した。
ジジイが、勝手にビールを注文したので、
「おいおい、勤務時間中だろ?」
「こんな時間に、外に呼び出して、ナニ言ってる?」
これでも昔は優秀な、まあいい。
「聖光金教団てのが、トラブってるの知ってるか?」
「最近、派手らしいな」
勝手に、俺のタバコを吸う。
煙を吹き出しながら、
「金払えないと風呂屋に沈めたり、四課も動いてるみたいだぞ」
マルボウが動いている、暴力団も噛んでいるのか。
それにしても、失踪者の数が、異常だ。
聞こうとして、先に写真が並べられた。
「最近の身元不明の遺体は、こんなとこだな」
二枚目で、俺の手が動いたのを見逃さなかった。
右手で、写真を押さえ、左手を出してきた。
くそっ、足元見やがって。
札を、右手が退くまで、左手に乗せた。
ようやく取れた写真の死体には、見覚えがあった。
団体写真で、最後まで、顔と名前が一致しなかった山下香苗だ。
死んでいたのか。
「昨日、東京湾で、上がった。自殺か事故、事件かは調査中」
そんなに、最近なのか。
失踪した後、どうしていたんだ?
携帯が鳴った。
番号は、新堂だ。
出る、とその隙に、ジジイが勝手にビールの追加を頼んでいやがる。
「どっちを信じるか、決まったか?」
俺の問いには答えず、
『山下香苗の両親が、死んでいるか、確認したい』
奇妙な言い回しだ。
死んでいるのは知っているが、本当か確認したい、というようなニュアンスだ。
生き返った、のか?
このジジイか、探偵から、調べられるだろう。
「今日これから、この前と同じ場所、同じ時間で、どうだ?」
『わかった。香苗についても情報はないか?』
「ああ、会ったら教える」
電話を切る、とジジイが最後のタバコを煙にしながら、右手を出した。
くそっ、足元見やがって。
ジジイが県警の知り合いから、メールで送ってもらった写真のプリントアウトを受け取り、マスターの店に向かった。
新堂は、時間通りにやってきた。
人として、成長したらしい。
店の周りで張っている者がいないか調べ、裏口でマスターに、新堂から電波が出ていないことを確認してもらい、店に入った。
「マスター、カールスバーグ」
まったく、缶の生産が終わって困る。
テーブルに、三枚の写真を乗せた。
新堂は、手に取った。
上二枚は、山下香苗の両親の死体写真だ。
二人は、確かに死んでいた。
父親が、母親の胸を刺して殺した後、喉を切って自殺、無理心中とみられている。
特に、不審な点はない。
娘の失踪、体調不良ときては、気も弱くなるだろう。
三枚目は、東京湾で見つかった死体の写真。
「これは?」
「両親が心中した次の日に、東京湾で見つかった、香苗だ。自殺かは、調査中」
新堂の問いに答えると、呟いた。
「本当にこれは、香苗なのか?」
意味が分からなかった。
「どうして、そう思う?」
「指が、あるんだ」
なんだ、そりゃ?
確かに、指が十本あるな。
「香苗の死体なのに、指が、全部あるんだ!」
新堂は、叫ぶ、とブチまけるように、話し出した。
消えた、富士と手帳。
サクラが調べた聖光金教団。
香苗の部屋の鍵の代わりに届いた赤い携帯電話。
香苗の燃えた部屋で見つけた指輪。
香苗の死んだ父親からの電話。
おいおい、生き返るのかよ。
送られてきた携帯から電話をしたらサクラが番号を知っていたこと。
それ、俺にも電話してきたやつだろ。
送られてきた香苗の指が灰に。
死体の指が灰に変化?
最近、変化というキーワードを聞かなかったか?
林檎?
「それで、灰はどうした?」
「捨てた」
警察のジジイに調べさせれば、何かわかったかもしれないものを。
思わず、舌打ちが漏れる。
しかし、話した内容が本当だとすると、こいつは被害者の関係者になるのか。
しかし、それも計算なのかもしれない。
「指輪、出せ」
大学生の女に送られた写真のプリントアウトと並べて、説明した。
・指輪は、環境保護団体ブルー・ヘブンズ・ドア(BHD)の幹部にのみ与えられる
・関係者の失踪事件が続発しており、「香苗」の劇団もほとんどが行方不明となっている
・失踪者の家族に事故死、自殺、殺人などの死亡者が多い
他にも、奴の水死の話や、大学生の女の失踪の話を教えた。
「しかも、警察は気づいていない」
まあ、これは、新堂に言っても、笑わんだろう。
「それにな。死者が、生き返るんだとよ」
笑えない新堂に、俺は肩をすくめ、手を伸ばした。
「金か?」
足元見る連中と一緒にするな、失礼な。
まあ、くれるものは、貰うが。
「携帯、出せ」
自分のらしい黒い携帯を出した。
誰が、お前の携帯を使いたがる?
「香苗のだ」
差し出された赤い携帯を、なんとか操作して、指輪の画像を見た。
確かに、似ている。
通信履歴を出して、サクラに電話する。
やめさせようとする新堂を手で制している、と相手が出た。
しかし、無言だ。
「あー、もしもし?この番号から変な電話がかかってきて困ってるんだが」
『誰? どうして、その電話を持っているの?』
女の声だ。
最近どこかで、聞いたような気がする。
どこでだ?
「知らん、友人から相談されているだけだ」
『その電話、返して欲しいのだけど?』
魅力的な声だ。
聞いたのは、いつだ?
「俺のじゃないからな。どうだ? 一回会って、話さないか? それによっては、返してもいい」
『明日の夜は、どう?』
「美人と夜に密会か、いいねえ」
即答かよ、しかも夜になんか、会いたくないね。
せめて、マスターの店でにしたい。
『美人とは限らないわよ。場所は・・・』
こちらが、場所を提案する前に、公園を告げられ、
『じゃあ、待ってるわ』
返事も聞かずに、切られた。
ちっ、まんまと相手のペースだな。
まあ、虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ。
って、ロクな結果にならなさそうな例えだったな。
新堂に携帯を投げ返して、言った。
「明日の夜、女に返す。来たいなら、来い」
先日、Q資料について聞いた学者先生に、林檎などいろいろ聞きたくて連絡した。
残念ながら、海外出張していた。
そこで、閃いた。
入れ違いに部屋に入った、いいケツの女の声が、赤い携帯に出た声に、似ていなかったか?
いや、あまりに偶然すぎるだろう。
それに、聞いたのは、「失礼します」の一言だけだ。
そうであれば、最悪、俺のことが、先生経由で、女にバレているかもしれない。
安宿も、そろそろ引き払う頃合いかもしれない。
一応、秘書に、客は誰だだったか聞いたが、答えてくれなかった。
安宿で荷物をまとめて疲れたので、ベッドで、タバコを吸っている、と同じような赤い光が、窓に瞬いた。
なんだ?
何年も磨いたことのなさそうな窓ガラスを突き破って、腕が伸びて来た。
思わず、タバコを押し付けるが、怯む様子なく、掴みかかってくる。
仰け反る、とベッドから転げ落ちた。
床を這いつくばって、ドアへ移動する。
振り返る、と異様な雰囲気の女が、窓枠に引っかかっていた。
携帯を向け、写真を撮る。
安宿の周りが、包囲されていたら、と思ったが、他に人影はなく、俺は逃げ出した。
行き先に困って、警察のジジイの家に来た。
どうせ、呑んだくれているのだろう。
家は、真っ暗だった。
鍵がかかっていない玄関を開け、勝手に入る。
適当に畳みに寝転がって、ジジイが帰ってくるのを待ったが、朝日が差しても、戻ってこなかった。
ジジイと連絡が、取れない。
職場を訪ねたが、いつものこと、という反応だ。
日頃の行いで、因果応報だなジジイ。
奴みたいに、やられているかもだな。
俺も、昨日は危なかったしな。
念のために昨日、安宿を襲った女の写真を見せる、と意外にも反応があった。
「これ、先日、自宅で不審死で見つかった女性に似てます」
ジジイの同僚(窓際なのでジジイに部下はいない)が、言うので、上司がいないのをいいことに、金をつかませて住所を教えてもらった。
その反応を見て、ジジイの後釜に使えるかも、とほくそ笑む。
ついでに、香苗の死体を見て、指が本物か調べたかったが、既に引き取られた後だった。
早すぎないか?
両親も死んでいるのだから、誰だ?
書類の引き取り先には、どこかで見た名前が書いてあった。
Q資料を聞いた学者先生の名だ。
あいつも、グルなのか?
学者先生に連絡をとるが、やはり海外出張中だった。
出張で連絡がとれないのを利用して、名前を使われているのか?
いいケツの女が、赤い携帯の声と同一人物で、先生を取り込んだのか?
どうせ、考えてもわからない。
考えるのを諦らめ、気持ちを切りかえる。
かなり、ヤバい橋を渡っている。
気を引き締めないとだ。
まず昨日、襲ってきた女が、不審死で見つかった、という実家を訪ねた。
予想はしていたが、やはり火事現場の焼け野原だった。
俺は、何を相手にしているんだろう?
近所で聞き込みをしてみるが、女の家族は両親のみで、火事の時は外出中で無事だったが、どこに身を寄せているか、知らないという。
女が通っていた大学で聞き込むが、交友関係はほぼなく、最近は学校にもこず、家に引きこもっていたらしい。
宗教にハマった、という噂は、あった。
BHDか?
山下香苗の両親を調べさせていた探偵に連絡が取れない。
病院まで押しかけて、会えなかったのは、本当は入院していなかったからじゃないか、とかを確認させたかった。
そもそも、家を張らせてたんだから、退院後に家に帰ってきた時点で、報告しろよ。
せめて、心中しそうなら、なんか言ってこい。
どんどん、連絡が取れない連中が増えていく。
おかしいのは、俺か?
壮大なドッキリじゃないよな?
でも、それなら、姪のさくらも、無事でいいのか・・・
昨日の、異様な雰囲気の女について、調べようとしたが、オカルト、宗教関係は誰も会ってくれない。
唯一会ってくれたのは、ほぼヤク中の野郎で、言っていることも、宇宙の真理か、ポエムか、意味不明だった。
しかし、あの怪力や痛みに無頓着な感じは、薬かもしれない。
フェンサイクリジンの辺りか?
あまり、調査も進展しないままで、夜になってしまった。
新堂と合流して、待ち合わせ場所の公園についた。
さすがに、新堂も遅れずにやってきた。
暗いからって、ビクビクするなよ、大の大人が。
とはいえ昨日、襲ってきた女を思い出す、と俺も膝が笑う。
待ち合わせ相手は、まだいない。
まったく、どいつもこいつも、時間まもれよ。
ブランコがキイキイ音を立てるのにもイラついて、タバコに火をつけた。
煙を吐き出し、同じような赤い光に気がついた。
あーあ、やっぱりきたか。
薬つかってたら、手加減したら、こっちが危ない。
どうして、薬で、目が赤く光るんだ?
新種の薬か?
女二人が、襲ってきたので、そのうちの一人の鳩尾を全力で蹴る。
ダメージは入っているようだが、あまり効果はなさそうだ。
折りたたみの警棒をもってきておけばよかった。
昨日の安宿に置きっぱなしか。
そもそも、持ち歩いていて、職質されるとマズいから、って現実逃避して、回想してる場合か。
転んだ新堂に、女が怯んだ。
なんだ?
立ち上がる新堂に、怯えるように下がっていく。
謎のパワーにでも、覚醒したのか?
・・・現実逃避しすぎだ。
しかし、女二人が、逃げ出した。
本当に、謎パワーか?
おいおい、ジャンルが、ハードボイルドから、変わってきてるぞ。
まあ、生き返るとか、考えている時点で、そっちに足突っ込んでるか。
それとも、単なる偶然で、逃げ出したのか?
ため息をついて、新堂に、手を伸ばす。
今度は察したのか、赤い携帯を出してきた。
別に、金でも文句は言わないぞ。
正直、今すぐビールを飲んで、寝たい。
電話をかけるが、「電波が~」とアナウンスが流れるだけ。
「電源はいってねえ」
新堂に投げつけた。
くそっ、うまくキャッチしてるんじゃねえぞ。
襲ってきたのと、電話の女が別口なのを考えて、しばらく待つ。
また襲ってください、と言わんばかりで、さぞや間抜けに見えるだろう。
新堂に、何度も電話させるが、つながらない。
今更、「遅刻しました~」って女が来ても、むしろ怖いので、諦めることにした。
ジジイの家に来たが、もちろん帰っていなかった。
この家のこともバレているのかも、とか思ったが、なんだかどうでもよくなって、コンビニで買ってきたビールを飲んで寝た。
夜が明けて、安宿に荷物を取りに行くと、微妙な空気だった。
ガラス割って、(宿代は先払いとはいえ)荷物置いて、逃げ出したのだから、仕方ないと思ったが、おかしい。
聞く、と荷物は、持っていかれたとのこと。
ガラス代の弁償にしても、売り飛ばすとは、容赦がないな。
しかし、違った。
女(襲ってきたような異様なのではなく)が、俺と喧嘩をして、ガラスを割ってしまった、と名乗り出たらしい。
そして、ガラス代を払い、荷物を持って帰ったとのことだ。
俺、DV野郎のロクデナシ設定になってるぞ。
荷物をどうしてくれる、と言ったところで、自分の女に聞け、と言われるだけなので、諦めた。
どうして、底辺ばかり集まったこの宿の連中から、最低扱いの目で、見られないといけないのだろうか。
ポケットに入れていた財布と携帯以外は、全部なくなったか。
女の特長を聞く、と余計に扱いがひどくなった。
何人も、女がいて、どれかわからないのか、という罵倒だ。
それでも、学者先生の部屋で入れ違いになった、いいケツの女に似ているような雰囲気みたいだ。
あのケツ、写真に撮っておけば、よかったな。
いや、聞き込みの資料としてだ。
赤い携帯の女、学者先生の部屋に入った女、新堂がサクラと呼ぶ女、山下香苗。
どれが、どういった関係で、同一人物なんだ?
ジジイも探偵も連絡がつかず、学者先生は海外出張、奴は死んで・・・
おい、奴の死体は、どうなったんだ?
誰かが、引き取ったとか?
ジジイの同僚に連絡をとると、地方在住の母親からの依頼で荼毘に臥し、遺骨を送ったとのことだ。
少なくとも、奴は生き返ってこないのか。
なんだか、不思議な気持ちだ。
奴が生き返ってきたら、どうするんだ、俺は?
やあ生き返ったか、って挨拶して、酒を酌み交わすのか?
なんだか、自分がおかしくなってきているような感じが、怖い。
くそっ、ビールが飲みたい!
ジジイの同僚は、上司に注意されたのか、奴の件は俺が親しくしていた人物だから教えたが、もう連絡しないでくれ、と電話を切られた。
情報網が、細切れにされていく感じだ。
携帯が鳴った。
くそっ、誰だ?
今日は、もうビール飲んで寝るんだよ!
新堂?
なんだ?
『サクラと電話が通じた』
もう、そのサクラが誰か、正体がグダグダに不明だがな。
「それで?」
早く、ビール飲ませろよ。
これから、倉庫改造したイベントスペースに助けに行く?
ああ、そうかい?
はあ? 助けに行くって、なんだ?
『電話が繋がったら、助けてくれ、と。さっきの場所を言って、切れた』
切れそうなのは、俺だ!
「罠に決まってるだろう!ヤク中みたいな女に襲われたの、忘れたのか!?」
『それでも、手掛かりには、なる』
「それにしても、」
しかし、情報が手に入らない状況なのは、確かだ。
「わかった、俺もいく」
『ああ、期待しないで、待ってる』
期待しろよ、そこは!
大人だろ、社交辞令は大事だろ!
罠でした。
逃げましょう。
へいタクシー、とはいかないだろうから、足を確保しておこう。
バーの前に、バイクが路上駐車されているのが、目にとまった。
これじゃあ、飲酒運転になっちまうだろう。
飲酒運転させないように、バイクを移動しておいてやろう。
親切だなあ、俺。
感謝してくれよ?
財布から、ジャーナリスト七つ道具の一つ、使い捨て鍵を出し、ライターで炙る。
あちっ。
指先で適温になるのを確かめて、鍵穴に挿した。
イベントスペースは、直線距離ではさほどではなかったが、遠回りの道ばかりで、思ったより時間がかかった。
死んでなきゃいいが。
さすがに、バイクで登場するには、状況がわからなすぎるので、エンジンを切り、押して近づく。
くそっ、重いな!
ドアが開いているのを見つけ覗く、と新堂の向こう側に、ものすごい量の赤い光が見えた。
あれが、全部、ヤク中みたいな女なのか!?
エンジンをかけて点いたライトに照らし出された光景を、俺は、忘れられないだろう。
目元を腕で隠し、顔がわからないパンツスーツの女のまわりに、十数人の女がいた。
その隅には、胸元が抉れた死体が、いくつも転がっている。
その中に、ジジイもいて、何も見ていない目を見つめた。
その頭が、女らが動いたせいか、ガックリと動いて目が逸れた。
我に返った俺は、ギアを入れ、ドアから入り込む、と新堂の脇で華麗にアクセルターンを決めた。
「乗れっ!」
新堂の体重で、ウィリーしそうになるのを押さえつけ、イベントスペースから、飛び出した。
女が、何か叫んでいたが、ヘルメットを被った俺には、聞こえなかった。
しばらく走って、ジジイの家に、新堂を連れて行きたくないと思った。
しかも、ジジイの死体を見た今、そもそもジジイの家には、行きたくない。
尾行して、家をつきとめているのを、すっとぼけて聞く、
「お前んち、どこよ?」
答えない新堂に、白々しかったか、と思ったが、考え事をしていたようで、住所を口にした。
颯爽と現れたヒーローである俺に助けられた新堂の部屋で、状況を説明させて、説教した。
なにより、その黒い指輪は、新堂の思い込みとしか思えない。
「罠に決まってるだろう!」
「八神もサクラと同じ、罠なんじゃないのか?」
「疑ってるんなら、家上げるなよ」
俺は、ボヤきながら、財布から、写真を見せた。
「妹?」
年離れすぎだろ。
「姪。山下香苗と同じ劇団所属。三ヶ月前から、行方不明」
「そういうことか」
素直に、納得するので、毒づく。
「もっと疑え、援交相手の写真かもしれないだろ」
同情的な新堂の顔にムカつき、床に寝転がった。
「寝させろ」
しばらくして、新堂が、出ていく音が聞こえたが、気にせず寝た。
チャイムの音で、目が覚めた。
ジジイの家のチャイムは壊れてるし、安宿にチャイムなんて高級なものは、ない。
ここ、どこだ?
ああ、新堂の部屋か。
チャイムの音がうるさい。
フローリングで寝たので、身体が痛い。
寝起きの動かない頭で、無警戒にドアを開けた。
宅配便業者で、新堂とサインして、ダンボール箱を受け取った。
ずっしり、と重い。
送り状を見る、と送り主の苗字が新堂だったので、親なのだろう。
とりあえず、テーブルに置く。
腹が減ったので、冷蔵庫を開けるが、ビールくらいしかない。
使えないな。
コンビニに弁当でも買いにいくか。
玄関に予備らしき鍵があったので、それを持って、外に出た。
小さいが、ホームセンターがあったので、鍵をコピーする。
その隣のスーパーで、コンビニより割安な弁当を買った。
弁当を食いながら、ビールを飲んでいる、と新堂が帰ってきた。
フラフラしているが、サラリーマンは大変だな。
ビールを飲む俺に対する目つきがキツイ。
おいおい、八つ当たりすんなよ。
「なんだ、それ?」
イラついたように、テーブル上のダンボールを聞くので、
「宅配便、受け取っておいてやったぞ」
指が送られてきたのを思い出したのか、びくびくしながら、箱を開けたので、笑った。
中身は、卒業アルバムだった。
新堂の妹のモノだろう。
これに、妹の知り合いという、山下香苗の写真が載っていれば、顔が確認できる。
新堂と手分けをして、探した。
集合写真に、名前がない。
同窓生でないなら、同じアルバムには、載っていない。
仕方なく、死体写真の香苗に似た雰囲気の子供がいないか、見ていく。
望み薄だと思っていたが、あった。
新堂に見せる、と似ているという感想だった。
集合写真に戻って、名前を確認すると、上飼京子。
苗字も、名前も、一致していない。
「俺たちは、上飼京子と、山下香苗を勘違いしてるんじゃないのか?」
「勘違い?」
そもそも、新堂が香苗と思った写真は、香苗の部屋の鍵と入れ替わっていた誰のかわからない赤い携帯に、誰からかわからないメールの妹とのツーショット写真だ。
俺は、もう連絡がとれない女子大学生が、リストと集合写真をつき合わせて、最後に残ったからだ。
誰も、この写真が山下香苗だ、と確信したものはない。
東京湾に浮かんだ死体の女は、誰だ?
「香苗の写真を手にいれるとして、どこでだ?」
香苗の部屋は、火事で燃えた。
実家は、心中があったのだから、封鎖されているだろう。
忍び込むか?
「妹の部屋は?」
「それが、写真は何もなかった」
使えねえな。
「実家の妹の部屋は?」
「写真はあるだろうが、名前は書いてないだろう」
「年賀状も、自分の写真入りは、ないか」
「写真入りがあっても、実家出た後だろうから、あってもこっちの部屋だろうが、なかった」
使えねえな。
「あ?」
なんだ?
「姪との写真」
だから、何がいいたい?
「親戚だ」
親戚?
確かに、姪のさくらは親戚だが?
「富士だ」
おいおい、大丈夫か?
「香苗の親戚の富士だ」
待ち合わせ場所に、新堂が来ない。
社会人として、どうなんだ?
イラついて電話する、とトンでもないことを言い出した。
指が卒業アルバムを燃やした!?
一度、灰になって消えた、宅配便で送られてきた指が、卒業アルバムの上に現れ、燃やしたというのだ。
おいおい俺一回、部屋に帰っちまったぞ?
灰を持ち帰ってたら、俺の部屋、火事なんじゃないのか?
まあ、もう部屋もバレてるだろう、と帰ったこっちも、悪いんだが。
後始末にまだかかる、というので、実は困った。
自分の部屋を片付けて、灰を探す気にはなれなかったし、情報網が寸断されている現在、情報収集も儘ならない。
ならば、古来伝統の足で稼ぐか。
近くに、香苗と同じ劇団員で失踪した女の焼けたアパートがある。
管轄の消防署に、火災現場で、放火犯がいないか野次馬を撮った写真を見せてもらえないか、交渉してみよう。
ど新人の営業のように、ダメモトで飛び込んだ消防署だったが、以外にも、受け入れてもらえた。
上の方では気づいていないが、現場では、金がない学生が住むような安アパートの火災が増えている、しかも燃焼剤が検出されていないのに、ほぼ全焼なのが不可解、という認識があり、彼らも情報を求めていたのだ。
ほとんどが失踪した劇団の存在を教えて、その代わりに現場写真を見せてもらった。
見覚えのある人物は写っておらず、特に収穫はなかったが、劇団員の住所を手に入れて、管轄の消防署と調べてみる、という職員の力強い言葉が、久しぶりに嬉しかった。
ようやくやってきた新堂と合流し、富士の部屋を目指す。
ついでに、新堂の妹の部屋も調べておきたい。
可能ならば、香苗の実家も調べたい。
しかし、出だしから遅れているので、もう夕方だ。
財布から、ジャーナリスト七つ道具の一つ、使い捨て鍵を出し、ライターで炙る。
富士の部屋は、病的に生理整頓されていた。
探し物はしやすそうだが、すでに処分済みにも、思える。
パソコンは、パスワード設定もされていない代わりに、なにもデータがない。
俺の部屋からもってきたCDでデータ復元ソフトを使ったが、なにも出てこなかった。
写真も、一枚もない。
郵便物も、一通もない。
これは、親か誰かは知らないが、処分したのではないだろうか?
この辺を富士の親に聞きたいところだが、新堂は知らないし、郵便物など、連絡先のわかるものはなかった。
ここまできて、収穫ナシなのは、痛い。
単なる時間の無駄か。
本棚には、小難しい本があり、新堂が、「写本」に関係ありそうだ、と持ち帰ることにした。
これ以上、時間を無駄にしないためにも、東京に戻りたいが、新堂は、可能性が低いとはいえ、妹の部屋を調べたいようだ。
もしくは、香苗の実家に忍び込むか?
俺だけ戻ってもいいのだが、探偵と連絡が取れなくなっていることから、別れて一人になるのは、危険かもしれない。
どちらにしても、帰れるかギリの時間だったので、とりあえず新堂の実家に行くことにした。
タクシーで向かう先に、赤色灯が見えた。
気色ばむ新堂に反して、俺は、炎が見えないから、消防車のとは違うのかなあ、とぼんやり考えていた。
新堂の実家を取り囲むパトカーの中に降り立った俺らは、当然のごとく、職務質問を受けた。
警察の関心事項は、どうしてこのタイミングで、ここに来たか、だ。
新堂は、香苗の親と連絡を取っていたことから、また俺も香苗のことを聞くために実家に電話し、留守電を残していたことから、名乗った時点で、要注意人物として、マークされ翌朝、出頭することを約束させられた。
警察が来ていたのは、空き巣だった。
偶然では、ないだろう。
やはり、誰かが、それとも何かが、処分してまわっているのだろう。
これで、可能性の低かった、妹の部屋の捜索も、もう無意味だろう。
それどころか、パトカーが一台止まったままだ。
この分だと、出頭するまで、監視が続くのだろう。
つまり、香苗の実家に忍び込むのも、ほぼ不可能だ。
完全に、先手をとられ牽制されている。
こうもあからさまにされると、さすがに一人でビジネスホテルに泊まるのも怖い。
が、新堂のママンは、絶賛超絶不機嫌真っ最中だ。
まあ、その辺は、息子にガンバッてもらおう。
予想通り、空き巣は新堂の妹の部屋を中心に荒らしていた。
どうやら、写真はおろか、手書きの文字が書かれたものは、すべて持ち去られていた。
激烈不機嫌な新堂の親に、卒業アルバムの上飼京子について、息子に聞かせたが、覚えがないとのことだった。
警察では、むしろ積極的に情報を提供した。
姪の失踪のこと、姪が所属していた劇団のこと、その劇団員のほとんどが失踪し、またその住居が火災にあっていること、などだ。
山下香苗と、その両親、そしてそれを探らせていた探偵のことも話した。
どうにも、荒唐無稽な与太話と聞いていた警官が、ようやく反応したのは、探偵の名を出したときだ。
探偵は、連絡がとれなくなった時点で、交通事故で死んでいた。
交差点を歩いているところを、高齢者の運転する車にはねられての即死だった。
事故としては、不審な点はない。
しかし、俺には、そう思えなかった。
その気持ちが、透けて見えたのだろう。
俺の主張全部が、妄言臭くなってしまった。
これで、失踪した家族を持つ、頭のおかしなオヤジコンビに決定だ。
捜査は、絶望だろう。
探偵の死体は、別れた女房が引き取ったそうだが、もう荼毘にふしたのだろうか、と考えていた。
チャイムの音で、目が覚めた。
ジジイの家のチャイムは壊れてるし、安宿にチャイムなんて高級なものは、ない。
ここ、どこだ?
ああ、俺の部屋か。
昨夜遅く、新堂の実家から、戻ってきて、そのまま寝ていたのだ。
どうしようか?
どうすれば、姪を救える?
また、チャイムが鳴った。
夢かと思っていたが、違った。
寝起きの動かない頭で、無警戒にドアを開けた。
宅配便業者で、新堂とサインしかかって八神と書いて、小さなダンボール箱を受け取った。
軽い。
送り状を見る、と送り主の苗字が「奴」と同じで、女性名だったので、親なのだろう。
とりあえず、テーブルに置く。
腹が減ったので、冷蔵庫を開けるが、ビールくらいしかない。
コンビニに弁当でも買いにいくか。
・・・奴の親!?
それが、どうして、俺の住所を、名前を知っている?
ようやく動き出した頭で、慌てて箱を開ける。
ノートが数冊入っていた。
達筆すぎて読みにくい手紙には、息子の遺品を整理していたら、八神様に送れ、という箱が出てきたので、送る。
以下、いろいろと奴に関するお礼のたぐい。
申し訳ないが、ナナメ読みして、ノートを開ける。
そこには、奴のBHDへの調査結果が書かれていた。
かなり、深いところにまで、踏み込んでいたらしい。
くそっ、死んだのは、奴のヤマでじゃねえか。
風評被害うけてっぞ、俺。
・資格を得るための儀式が二月に行われる
なに?
今、二月だぞ。
・月の出からすると、二週目の週末の可能性が高い
はあ?
今週末じゃないか!?
・儀式には、すべての女性が参加させられる
参加させられる?
失踪したのが、無理やりにか?
・儀式の参加者のほとんどが、死ぬだろう
おいおい、急展開すぎるだろう!?
失踪から、集団殺人か?
・妻のことでは迷惑かけた、生きていたら、酒飲もう。
死んでんじゃねえよ、くそっ。
まずやったのは、奴のノートに協力者として名前が出ていた、学者先生のオフィスへ乗り込むことだ。
東京湾で発見された水死体を引き取ったり、いいケツの女といい、怪しいとは思っていたんだ。
いつもいる「先生は海外出張です」としか答えない秘書がいない。
オフィスには、人の気配がする。
ドアを開ける、と海外出張中のはずの、学者先生がいた。
「アポとられてましたかな?」
答えず、胸倉をつかむ。
「東京湾の水死体の名前は?」
「山下香苗」
ちっ、とぼけてるのか、知らないのか。
「引き取って、どうした?」
「死体ならシコメ、生きているなら月林檎の実験でしょう」
何を言っている?
「何を驚いた顔をしているんですか?」
そりゃ驚くだろう。
映画じゃあるまいし、急に暴露はじめられてもな。
って、俺ヤバイのか?
これから死ぬやつに、冥土の土産に話してやろうってことか?
昼間だから、ヤク中女は出てこないと思っていたが。
夜にしか出てこないって、もう受け入れてるんじゃないか?
あれが、生き返った死体だって。
それを、シコメって呼ぶのか?
いや、どこまでが本当のことだ?
「なんだか、いろいろと想像しているようですねえ」
イヤらしく笑う。
「さあ、月林檎の実験台にでもなってください!」
そう叫んで、口から血を吐いた。
「え?」
きょとんとした顔で、疑問な声を出していたが、聞きたいのは、こっちだ。
「ど、どうし、ごぶ」
鼻、耳、目から、血を流す。
白いワイシャツの胸にも血が滲み、バタリと倒れた。
俺のポケットの中で、パキンと音がした。
手をつっこむと、新堂からクスネていた、BHDの指輪が割れていた。
これのお陰で、助かったのか?
本当なら、月林檎の実験台で、血まみれで死んでいたのは、俺なのか?
動かないので、とりあえずは、生き返ってこないようだ。
死体ならシコメ、生きていたら月林檎の実験って、その実験で死んだ死体は、シコメに、生き返らない?
まあ、いい。
学者先生のカバンに、手当たりしだいに書類を突っ込む、と部屋から逃げ出した。
自分の部屋で、カバンの中身を調べる。
手帳などを見るが、BHDに関することは、書かれていないようだ。
どちらかというと、利用されていた?
いいケツの女の連絡先とか、書いてないのか?
携帯の電話帳を調べた。
フルネームで書かれていては、誰だかわからない。
教団の女とか、関係性で書くような気遣いがほしい。
名前だと、自分でも、後でわからなくならないのか?
ん?
どこかで見たような、番号があった。
下四桁が特長的だ。
自分の携帯と見比べる。
これは、あいつの電話番号だ。
あいつも、グルだったのか。
あいつの仕事が終わるのを、待ち伏せている。
もう夜が明けそうだ。
夜勤から、帰るのを待っていた。
それよりも、学者先生の件が、どのニュースでも報道されないことに、ぞっとした。
まさか、まだ死体が見つかっていないだけなのか?
まさか、生き返った?
あいつだ。
体力的には敵わないので、隠れてやり過ごし、足を折りたたみ式の警棒で殴りつけた。
いい音がして、ちょっとスカっとする。
消防署の職員は、足を抑えて、地面で呻いていた。
そう、失踪者が大量に出た劇団について話し、上はまだだが、現場レベルでは気づいていてるから調べる、と力強く言ってくれたやつだ。
そりゃ、消防の上も疑わないよな、内部で、こういうのが動いていれば。
「なあ、なんで手伝ってんの?」
主語がなくても、わかるだろう。
答えてくれないので、折れてそうな足を踏む。
意味不明な音しか出ないので、足を緩めた。
「なあ、なんで手伝ってんの?」
「ガンなんだよ!」
ええと、質問に主語がないのが、いけなかったかな?
意味不明な回答だったので、足を踏む。
「妻がガンで、もう長くないんだよ!」
「だから?」
「妻が死なないように、協力してるんだよ!」
どうにも、質問と答えがつながらない。
「それで?」
「人が死なない世界になるんだよ!」
人が、死なない世界?
死体が生き返る、ではなくてか?
ぴーっと警笛が鳴った。
大声を出させたせいで、警邏に見つかったようだ。
こいつは手ぶらで、カバンを持っていない。
コートの内側に手を伸ばすが、逆に手をつかまれそうになる。
近づく駆け足の音に追われ、俺は逃げ出した。
新堂の部屋のドアをつくっていた合鍵で開けた。
よくわからない苛立ちのまま、調べた儀式のことをブチまけた。
すると、新堂が、富士の部屋から持ち帰った本に、上飼祥吾とサインがあったことを言ってきた。
上飼京子の関係者か?
しまったな、先に知っていれば、新堂の不機嫌親に聞けたのに、仕方ないか。
とりあえず、上飼についても、調べてみよう。
しかし、どうやるか。
いや、その前に、話を聞きにいくべき、やつがいる。
奴の兄弟子のところに来た。
もちろん、何度もアポとりを断られているので、アポなしだ。
インターホンを鳴らす。
『なに?』
「宅配便です」
答えて、ドアミラーから見えない位置に動く。
ドアが、チェーン分の隙間が開いた瞬間に、奴のノートを投げ入れた。
慌ててドアが閉まり、しばらくして、チェーンの外れる音がすると、ドアが開いた。
「はいれよ」
奴に似た雰囲気の男だ。
同じ師匠のもと、何年も行動を共にしていたのだから、そうなるのだろうか。
真顔で聞いてきた、第一声が、
「奴の死体は?」
こいつも、足突っ込んでいる人種だな。
「母親の依頼で、警察が荼毘に付した」
「なら、安心か」
おいおい。
「安心って、生き返りがか?」
「他にあるのか?」
しばらく見ないうちに、奴より危なくなってないか?
俺が、言い澱んでいると、
「奴を殺ったのは、BHDだろ?」
「じゃないかと、俺は思っている」
「やめておけ、と奴には、何度も警告はしたんだがな」
まあ、無理だろう。
俺は、ため息をついた。
女房が死んでから、踏み止まれなくなってたからな。
いつも、死に急いでいた。
こいつも、同じことを考えたのか、同じような、ため息をついた。
「それで?」
「儀式のことについて、知りたい」
「おいおい、奴の方が詳しいんだ。そのノートに書いてないんだから、わかるはずないだろう?」
そんなことは、わかってる。
「宗教的に、儀式が行われるなら、今週末の月の出が関係するなら、いつかとか。どんな儀式って予想できるかとか知りたい」
こいつは、呆れ顔だ。
「あと、協力者だった学者が、死者ならシコメ、生きていたら月林檎の実験台。と言って、血まみれで死んだ。他の協力者は、人が死なない世界になるとかホザいてた」
俺の真意を探るように、俺の目を見つめ、目を閉じた。
しばらく瞑目して、
「今週末ならば、二月八日が新月だ」
おお、ありそうだ。
「シコメは、黄泉醜女か? 生き返りといえば、イザナミノミコトは死者の世界、黄泉の女王だ」
関係がありそうだな。
「死なない世界はわからない。しかし、死者の世界の女王と、関係があるのかもしれない」
死者の女王と、死なない世界か。
「月林檎もわからない。ただ、報道されているバラバラ死体事件や、火災での焼死体は、心臓に関して隠蔽している、という噂はある」
心臓?
そういえば、学者先生のワイシャツの胸元にも、血が滲んでいたな。
学者先生は、林檎は変化の象徴、と言っていたっけ。
「なあ?」
「なんだ、馴れ馴れしい」
「こんなことに首つっこんで、怖くないのか?」
「むしろ、お前らの方が、怖くないのか? 俺は、姪っ子を助けたいだけだが、お前らはどうなんだ?」
「好奇心、猫を殺す、だよ」
その笑顔が、清々しすぎて、怖い。
「そして、もう己の限界を自覚して、どうせ死ぬまでを、怠惰に過ごしているだけなんだ」
それが、異端の研究者の末路なのだろうか?
「ここ、見落としてるだろ?」
部屋を出た俺は、こいつに指摘された、奴のノートの端に、極小に書いてあった、電話番号に、電話した。
奴の情報提供者だったらしいのだが、出ない。
相手に表示される番号で、警戒されているのか?
そこで、死んだ学者先生の携帯を見る、と同じ番号があった。
登録名は、八田正平。
関係性で登録してくれれば、もっと良かったよ先生。
「先生、どうした?」
つながった!
「切るなよ、先生は月林檎の実験台にされて死んだ」
沈黙。
切らないでくれ。
「俺は姪が、BHD絡みで失踪した。儀式に参加して死ぬのを助けたい。助けてくれ!」
まだ、沈黙が続く。
「儀式のことは、知っている。日時を教えてくれ、頼む!」
「二月九日、日の出と同時に儀式を終えなくてはいけない」
電話は、切れた。
上飼祥吾について、まずは本の奥付にあった、印刷所を調べてみた。
しかし、もう印刷依頼はしばらくなく、そもそも電話で依頼があり、宅配便で原稿がきて、料金は振込みなので、会ったことはないようだ。
印刷物の送付先の住所を教えてもらう。
富士の住所とは別だった。
連絡先の電話番号に電話したところ、別人が出た。
ちなみに、同じ住所のアパートで、一年以上前から住んでいるとのこと。
こっちルートは、途切れた。
ちょっとした区役所の知り合いに、住基ネットのデータから、上飼祥吾を調べてもらった。
どうやら上飼京子と、兄妹のようだ。
ただ、母親は数年前に、死亡届けが出ていた。
そこで、図書館で地方新聞をマイクロフィルムを調べた。
火事の記事があった。
その後の経過がわからない。
くそっ、探偵が生きていれば。
二日後が儀式な今からでは、現地に乗り込む時間も惜しい。
新堂の部屋に乗り込み、苛立ちをぶつけた。
のんびりと寝た寝起きの顔で、黄泉醜女が、とか今更のように言うのが、苛立たしかった。
八田正平の番号に何度もかけるが、電源が入っていず、つながらない。
くそっ、日時だけじゃなく、場所も聞けばよかったんだ!
握り締めた携帯とは別の、俺の携帯に着信があった。
慌てて出ると、奴の兄弟子だった。
「なんだ?」
『儀式だが、ミサで聖餅を食べるように、月林檎を食べるらしい』
「その月林檎って、なんだ? 学者先生も言っていたが」
『わからんが、心臓をつかった呪具らしい』
「心臓? 呪具を喰う?」
『喰う、という形式美が重要なのだ。BHDは、儀式を成功させるための呪具をつくりだすために、実験を』
唐突に電話が切れた。
折り返すが、つながらない。
猛烈に嫌な予感がして、こいつの部屋に向かう。
焦げ臭ささと、消防車のサイレン、赤色灯が、俺を出迎えた。
とりあえず、怠惰な時間は終わりだな、と死んでいることと、生き返らないよう、冥福を祈った。
新堂の部屋に上がりこむ、と起きていた。
儀式が近いから、眠れないのか?
お前が寝なくても、意味ないが。
いや、黒い指輪のことが本当なら、むしろ寝てくれ。
「サクラに会った!?」
むしろ、大人しくしていてくれ。
「仕事の帰り道で、待ち伏せされた」
おいおい、もう堅気に仕事してる場合じゃないのかもしれないぞ。
しかしまあ、二十四時間後には、儀式の現場にいない、と妨害できないか。
赤い携帯が壊れたのは痛いが、相手も電話を壊しているならば、もうつながらないのは変わらない。
しかし、黒い指輪のヒビは、キツイな。
黄泉醜女への対抗策は、他にないのだから、ってもう不思議パワー前提で考えちまってるぞ、おい。
さて、今日中に、どうやって儀式の場所を、つきとめるかだ。
まずは、姪の父親である、弟に連絡をとり、百万円を用意させた。
あの弟が、何も言わずに、現金をもってきた。
むしろ、何も言わないことに不安になり、俺がよけいな口を開いてしまう。
「絶対に、さくらは助ける」
次に、ジジイの同僚を呼び出した。
電話するな、と言われていたが、昼休みに強引に呼び出した。
前に、ジジイに香苗の写真を見せられた店だ。
あれから、えらく時間がたった気がする。
そして、何人、死んだ?
渋い顔で来た、同僚の前に、帯封のついたままの札束を置いた。
驚いて口を開こうとするのを制して、
「奥さんの親の浪費癖で、苦労してるんだって?」
目を見開くが、口は閉じた。
「先月末に返す約束の金額、ちょっと足りなかったらしいじゃないか」
じー、っと札束を見ている。
「ブルー・ヘブンズ・ドアって団体に所属している人物の名と、所有する車のナンバー。あと、このメモに書かれた人物の車のナンバーが、もしわかったらなあ」
呟く、と札束をしまって、メモを置いた。
武士の情けで、店の伝票は俺が持った。
そのまま、あいつが勤めていた消防署に向かった。
あいつは、入院していた。
やっぱり、骨折れてたかな。
どうやら、俺にやられたことは言っていないようなので、すっとぼけて驚いてみせた。
前に、あいつと話していたのを見ていた職員も多いようで、俺の同情した見舞いに行きたい、という申し出に感動し、病院を教えてくれた。
この調子なら、最近の火災が放火ではないか、ともう一度話せば、情報がもらえるかもしれないが、今は時間が惜しい。
礼をつげ、後ろ髪引かれる思いで、後にした。
「あいつによろしくな!」
あいつは、よろしくしたくないだろうがな。
あいつの入院した病院で、あいつの苗字だけで聞く。
案の定、二人いる、といわれたので、女性の方、と答えた。
内科のフロアを教えられたので、当たりだろう。
目的は、あいつのガンだという妻だ。
どうせ、あいつに聞いたところで、時間の無駄だ。
今更気づいたが、手ぶらだが、仕方ない。
病室前の名札を確認すると、一番窓際のようだ。
カーテン前に立ち、声をかける。
幸い、起きていたようで、答えがあった。
「失礼します。初めまして、旦那さんの知り合いです」
あいつの妻は、ベッドを起こして、本を読んでいた。
「こんな格好で、すみません」
「お気になさらずに」
丸椅子に腰掛け、
「単刀直入に聞きます。BHDで連絡をとっている方を教えていただきたい。私も妻が、そのことで旦那さんに教えてもらいました」
何の疑問も感じないように、答えてくれたが、俺は失望した。
血まみれで死んだ、学者先生の名だった。
礼をつげ、時間を無駄にした思いで、後にした。
「奥様もお大事に」
まずは、俺が結婚できるまで、生きていられるように祈ってくれ。
病院で切っていた携帯の電源を入れる、と留守電がセンターに残っていた。
ジジイの同僚からだ。
電話が鳴った。
新堂からだった。
出る、と場所がわかったか、だと。
わかってたら、とっくに連絡している、と切った。
折り返し、待ち合わせ場所で、調べられた車のナンバーを受け取った。
BHDは、所属している名前は、ほとんどわからなかったようだが、団体の名義で、今夜から大量のレンタカーが手配されており、そのナンバーは判明していた。
更に、俺が渡した学者先生の携帯の電話帳の車ナンバーも調べられていた。
俺は、札束と腕のいい弁護士の名刺を渡して別れた。
クラッカー崩れの部屋に押しかけ、昔の貸しで、警察のNシステム関連につながせて、手に入れたナンバーを監視させた。
これの何割かでも、どこかに集まれば、そこが儀式の場だろう。
「集まんないっスね? 腹、減んないっスか?」
クラッカーが、棒付きアメをしゃぶりながら、聞いてきたが、食欲はなかった。
タバコを出す、と、
「ここ、禁煙なんで、パソがブッ壊れても知んないっスよ?」
イラ立ったまま、俺は部屋を出て、八つ当たりで新堂に電話をした。
呼び出し音、即で出たのに、イラつく。
必死な声色に、イラつく。
話せる情報がないのに、イラつく。
「できれば、体力温存で寝て、ついでに夢を見てくれ」
電話を切り、自動販売機で缶コーヒーを買う。
ついでに、クラッカーの分を買おうとして、好みがわからないので全種類買って戻った。
「コーヒー飲まないっス」
俺は、コーヒーの飲み比べで、時間を潰すことに決めた。
監視している車は、翻弄するように、行き先がバラバラだった。
これは囮で、本命は含まれていないのか?
それとも、儀式の場所が、複数なのか?
複数ならば、姪がどこで参加しているか、どうやって調べればいい?
新堂からで、電話が鳴った。
くそっ、場所がわかれば、こっちから連絡してやる!
催促なら、怒鳴ってやろう、と息を吸い、
「なんだ?」
『場所がわかった』
吸った息を飲む。
『どうしてかは今説明してる時間が惜しい』
まさか、夢のお告げか?
「どこだ?」
新堂の言葉を、そのままクラッカーに伝える。
「二台、向かってるっス。お、あと何台か、逆方向から近づいているかもッス」
なら、可能性はある。
「もし、他にも集まる場所があったら、電話しろ」
「りょーかいっス」
上着を着て、部屋を出る、と声が追ってきた。
「あー!」
新たな情報か!?
「鍵、閉めてってくださいっスよー!」
知るか、彼女か俺は、外から閉める合鍵持ってねーよ!
乱暴にドアを閉めようとしたが、それでパソコンが壊れるのが怖くて、そっと閉めた。
借りておいたジープに乗り、エンジンをかける。
職質されても困るので、ちゃんとレンタルした車だ。
ついでに、BHDが大量に借りた店舗の一つでレンタルしていて、聞き込んだが、何も教えてもらえなかった。
新堂が、ぼーっと、大通りに立っていた。
クラクションを鳴らす、とこっちに気がついた。
タラタラと乗り込んでくる。
「早いな」
「お前の部屋になるべく近いヤツ使ったからなっ」
イラついて、アクセルを踏み込む。
新堂が、シートベルトがハマらず、ガチャガチャやってるのにもイラつく。
「で? ソースはどこだ?」
他にも向かっている車があるから、完全なガセではないだろうが、情報源は知っておきたい。
「ヤタガラスから電話があった」
八田は、正平だよな?
「誰だっけ?」
念のために聞く。
「メールでちとっ」
さっさと話せ。
シート汚すなよ、レンタルなんから。
「メールと電話で警告くれた人だ」
「ああ、指が燃えた時の電話か」
もしかして、ヤタガラスは八田正平が正体か?
儀式の日時を教えてくれ、今回は場所か。
味方と考えていいのだろうか?
「信用できるのか?」
他に隠していることはないか、言外に聞くが、通じなかったらしい。
「じゃあ、朝まで、待ってるか?」
「そりゃそうだ」
俺は肩を竦めて、更にアクセルを踏み込んだ。
それらしき場所に、車が何台か止まっているのを見つけて一度、遠のいてから、戻ってきた。
身を屈めて近づき、護岸に身を隠す。
月がなくて、よく見えないが、円を描くように、人が砂浜に立っている。
「急げ、儀式まで、もう時間がないぞ」
微かに、風に乗って、女の声が聞こえてきた。
儀式と聞こえた。
ここだ!
新堂と頷き合った。
まずは、姪がいないか、確かめないとだ。
くそっ、暗いな。
毒づく、と火が灯った。
一瞬、声が聞こえたか、と手で口を塞いだ。
焚火のようだ。
その周りに、円を描いて女性が立っている。
何人かが、砂浜に絵を描くように、液体を撒いている。
風に乗って、臭いが届く。
生臭い、血か?
「いた」
姪のさくらが、いた!
焚き火に照らされて、やつれていたが、確かに、さくらだ!
バクン、とクーラーバッグを開ける音がした。
立ち尽くす女に、何かが配られる。
生臭い臭いが、強くなる。
血のような、腐りかけた生肉のような臭い。
これが、心臓を使った呪具?
「月林檎か」
四角いモノが、女の足元に、一つづつ置かれる。
缶の封を開けるパキン、と高い音がして、臭いが届く。
燃料の臭いか?
灯油やガソリンとは、違うが、この揮発性の臭いは。
急に、新堂が動き、携帯を出した。
このバカ、なにやってんだ!
やめさせようとするが、抵抗する。
見つかったら、どうする!?
「月林檎を掲げよ!」
女が、叫んでいる。
並んだ女らが、右手に何かを掲げ、足元の缶を左手で持ち、頭から被った。
燃料の臭いが、強くなる。
まさか、止めろ!
『ご照覧あれ!』
全員の叫びと共に、炎が上がる。
さくらが、火柱に包まれた。
「さくらああああ!」
俺は、叫んで、走り出した。
さくらが、火の中で、踊るように動いている。
「さくらああああああ!」
約束したんだ、弟に。
絶対に、さくらは助ける、と!
火達磨になってる、さくらを抱え上げ、海に向かって走る。
叫ぼうとして、喉が焼ける。
息ができない。
熱い!
弟との約束を、また守れないことに比べたら、こんなのが、苦しいうちに入るか!
海に踏み込んだのがわかったので、倒れこむ。
ごろごろ、と転がって、なんとか火が消えた。
ほっとする、と意識が遠のいたので、さくらが溺れないように、なんとか波打ち際まで這いずり、さくらの顔が水につからないように、抱きかかえた。
享年:三十八歳
死因:心不全
フリージャーナリストなんて職種を名乗れば、自分でも胡散臭いと思う。
まあ、そういうのが、出来のいい弟には、気に入らないんだと思う。
まあ、そういうのが、弟の出来の悪い娘、さくらには気楽だったのだろう。
弟が、さくらが行方不明になったことを俺に話したのは、失踪がわかってから三ヶ月過ぎてからだった。
そもそも、さくらが大学を中退し、売れない劇団に入ったにしても、失踪に気づくまでに、一ヶ月かかっている時点で、親失格だ。
とは、親を散々泣かせた俺が言うべき台詞じゃあないな。
俺に相談することに、葛藤もあったのだろう。
でも、人の親だな。
あのプライドが高い弟が、娘のためとはいえ、俺に頭を下げるとは。
俺のプライドが、なさすぎなのか。
まずは、さくらの部屋を調査しようとして、驚いた。
火事で燃えた、というのだ。
そもそもが、部屋が火事で燃えたから、さくらの失踪に気がついたのだ。
仕方ない、劇団から調べてみるか。
そして、また驚くハメになった。
劇団員のほとんどが、失踪していたのだ。
ほとんどならば、残った者に話を聞けばいい。
しかし、それは無理だった。
死んでいたからだ。
焼身自殺だったようだが、事件性は、不明だ。
売れない小劇団員だ。
バイトで休むことも多い。
将来に希望がもてず、辞める者も多い。
二月末に、インフルエンザが流行り、一時開店休業状態になった後、稽古が再開されることは、なかった。
彼らが、公演で使っていた小劇場で、劇団員の名簿、集合写真何枚かを手に入れ、バイト先などの関係者を訪ね、顔と名前を一致させようとした。
そして、三度驚くことになった。
その関係者にも、失踪の連鎖が、広がっていたのだ。
とりあえず、メモした名前だけを数えても、三十人以上が、失踪している。
異常な数だ。
しかも、誰も気がついていない?
劇団員が辞めた大学で友達だったという女から、ようやく話が聞けた。
結構、劇団員の顔を知っていたので、写真と名前が、ほとんど一致した。
何かの宗教だか、環境保護団体だかに、入れ込んでいて、指輪を買ったとか、貰ったとか。
その女の携帯に、写真が残っていたため、転送して貰う。
くそっ、足元見やがって。
そのデータを調べる、とBHDの文字が意匠化されているようだった。
新々興宗教団体に詳しい奴に、聞きに行った。
奴は、元々無口だったが、今日は、いつにも増して、口が重かった。
しかも、前に会ったときよりも、格段に不健康そうだった。
扱けた頬、無精髭、目の下の隈。
俺も人のことを言えた面ではないが、これは、ちょっとひどい。
奴は、指輪を見て、一言、
「ブルー・ヘブンズ・ドアは、ヤバイぞ」
「だから、どうヤバイんだよ?」
土産に持って来たビールを、自分で煽る。
「死ぬのか?」
奴は、ちびちびとビールをすすりながら、
「死ぬどころか、生き返るぞ」
「なんだそりゃ?」
玄関の方で、ガタっと音がした。
隣の住人でも通ったか?
「もう、帰れ! 話すことはない」
急に、より顔色が悪くなった奴に、追い出された。
「写本に、気をつけろ」
そう言って、ドアを閉めたのが、奴を見た最後だった。
正確には、最後に見ることになったのは、ローカル・ニュースでだった。
中華屋で、ラーメンを食っていると、どこかで聞いた名前が聞こえた。
振り返って見る、とテレビに、奴の写真が映っていて、近所の川で、水死体で見つかったことが、報じられた。
事故と自殺の両方で捜査って、あんな長靴もいらない、干上がりかかったドブ川で、どうやって死ねるっていうんだ。
奴の写真が、もう何年も前の幸せそうだった頃の物だったのが、まだ救われた。
しかし、どれが、引き金だ?
奴自身が、何かドジ踏んだか。
あの顔は、何か危ないネタに、足を突っ込んでいたからか?
それとも、俺の持ち込んだネタか。
このタイミングが、単なる偶然なら、奴も俺も、運があるんだか、ないんだか。
そういや、死んでも生き返る、だっけか?
奴も、今頃、死体安置所で、起き上がってるのか?
ビールを飲み干し、冥福を祈るのが、正しいのか、少しだけ迷った。
指輪の写真をくれた女にメールしたが、返事がない。
大学で聞いても、見ていないという。
奴みたいに、やられたのか?
調べてみたが、それらしい死体は見つかっていない。
死体が見つかっていない?
それって、失踪ってことか?
いや、死体が見つかっていなければ、失踪かもしれないが、死んでいないとは、限らない。
死んでいるが、見つかっていない?
最近、やたらと新聞に載るバラバラ殺人事件。
これの死体の身元は、ほとんどわかっていない。
念入りに、指紋、歯型が判別つかないようにされているからだ。
失踪事件と、バラバラ殺人は、つながっている?
いやいや、奴に言わせれば、失踪事件の方は、生き返ってくるっていうんだから・・・
バラバラにして、生き返らないようにしている?
いやいや、奴の言葉に踊らされすぎだ。
ヤバイとこかもしれないが、ブルー・ヘブンズ・ドアの団体名は、奴の遺産だ。
まあ、鬼が出るか蛇が出るか、って、いいモノが出てくる予感がしないなあ、おい。
奴の不審死は、狭い業界で、瞬く間に知れ渡った。
しかも、俺のネタが原因、と尾ひれがついている。
尾ひれ、だと信じたいが。
結論として、ビビった連中は、俺に何も話そうとしない。
ようやく、BHDの幹部の指輪だ、ということを聞き出せただけだ。
仕方なく、基本に立ち返ることにした。
足での捜査だ。
失踪、死亡した劇団員の住居そばで、再度聞き取りをする。
可能であれば、不法侵入も致し方ない。
ところが、行った先、行った先、ことごとく焦げ臭い臭いで、迎えられた。
火事で燃えていたのだ。
もう、現場検証も終わり、テープが貼られているが、見るものはなさそうだ。
焼け出された隣人らと、連絡のとりようもない。
それでも、と足を運んでいる、と向かう先から、サイレンが聞こえた。
また、先を越されたか、と思うより、むしろ、なんで今まで、燃えていなかったのかが、疑問に思えた。
誰かが、劇団員の住居を放火しているとして、他は数日前に行われている。
なぜ、ここは、今まで、手を、いや火をつけられなかった?
予想通り、山下香苗が住んでいたアパートが、燃えていた。
しかも、二階に三つある窓の真ん中から出る煙は、202号室が燃えている証拠だ。
中に入れてもらえるはずもないので、遠目から、観察する。
放火犯は、現場で見物していることが多いからだ。
そのため、消防も野次馬連中を写真に撮って、同じ人物がいないか、確認したりしている。
その写真を、手に入れられないか。
同じ人物が、放火しているかもしれない。
ただ、範囲が広く、管轄が違うから、気がついていないだけかもしれない。
なんだ、あいつ?
男が、消防隊員に、押さえられている。
身なりからしてサラリーマンで、学生用っぽい雰囲気のこのアパートに住んでいるには、そぐわない感じだ。
携帯で、どこかに電話をしている。
野次馬をかき分けて近づくが、くそっ、放水の音がデカイ!
しかし、辛うじて「香苗」と聞こえた。
やはり、山下香苗の関係者のようだ。
帰ろうとしているので、慌てて、声をかけた。
「出火元のお知り合いですか?」
「いや、まあ、そんなとこで」
曖昧な返事で逃げようとするが、出火元を否定しないのは、認めたようなものだ。
彼女に兄はいない。
叔父とかか?
俺の名刺と指輪写真のプリントアウトを押し付けると、受け取った。
ただし、サラリーマンだから、名刺を渡すと、反射的に名刺をくれるのでは、という思惑は外れた。
しかし、指輪を見て、表情が変わった。
こいつ、知っている!
「その指輪は、ある団体の幹部証です」
男の目を覗き込むようにして言うが、特に反応はない。
BHDのことは、知らないのか?
まずは、この男のことを先に調べた方が、よさそうだ。
「興味があったら連絡ください」
そういうと、男から離れ、野次馬の中に紛れた。
彼は、警戒した様子もなく、歩き出したので、後をつける。
そのまま住居をつきとめ、郵便受けの名前を見た。
新堂?
失踪関係者に名前があった覚えがない。
調べたが、山下香苗関係にも、名前は出てこない。
ただ、同郷であることはわかったので、そちらのつながりだろうか?
山下香苗の実家の番号は調べてあり、何度か電話していたが、一度も出ない。
それを思い出して、またかけてみたが、やはり、つながらなかった。
失踪は、あっちにまで、連鎖しているのか?
実は新堂は、BHDの幹部で、指輪で動揺したのを隠そうと、平静を装ったのかもしれない。
それにしては、無用心で家までつけることができた。
まさか、罠?
尾行に集中して、自分がつけられることは、考えていなかった。
俺は、慌てて自分の部屋を出て、尾行に警戒しつつ、安宿に泊まった。
山下香苗の実家には、何度電話してもつながらない。
失踪の可能性を考え、実家に一番近く(とはいえ隣県だが)で知り合いの探偵に、電話で確認を依頼した。
交通費だと?
くそっ、足元見やがって。
しかし、予想に反して、両親は失踪していなかった。
近所の聞き込みで、母親が体調不良で入院し、父親はそれに付き添っていることがわかった。
病院にも押しかけたそうだが、会えなかったようだ。
さすがは探偵、厚顔無恥だな。
フリージャーナリストの俺には、そんな人として恥ずかしい行為は、無理だ。
とりあえず無事なことは判明したので、引き続きコンタクトを試みてもらい、香苗の情報を聞き出してもらおう。
安宿で寝ている、と携帯が鳴った。
知らない番号が、通知されている。
警戒して出た。
「誰?」
相手は、三日目の火事現場で俺の名刺をもらったこと、指輪に興味がある、と言ってきた。
新堂か?
BHDの情報を俺がどこまで知っているかの探りかもしれない。
そこで、聞いた。
「あんな指輪に、なんで興味あるんだ?」
『妹が失踪している』
香苗に、兄がいないのは、ちょっと調べればわかることだ。
そこからの探りか?
「山下香苗に兄はいない」
そっけなく答えると、山下香苗は、自分(新堂)の妹の実家当時からの友人で、妹は失踪している、と早口で説明してきた。
やはり、同郷での関係だったのか。
それでも、罠の可能性は、捨てきれない。
それでも、姪のために、情報がほしい。
「明日の昼間に会えないか?」
応じたので、時間と場所を指定する。
あの店なら、客に新堂のサポーターが紛れても、マスターが教えてくれる。
もう少し、新堂のことを調べておくか。
新堂は、五分遅れてやってきた。
待ち合わせに遅れてくるとは、人として、どうなんだ?
店の周りで張っている者がいないか調べ、裏口からマスターに、新堂から電波が出ていないことを確認してもらい、店に入った。
「マスター、カールスバーグ」
まったく、缶の生産が終わって困る。
「道に迷わなかったか?」
新堂の前に座り、適当な話題を振る。
情報が欲しいのは、こっちなので、わざわざこちらが、どこまで知っているか、教えてやる義理はない。
案の定、焦れて、自分から話し出した。
「聖光金教団について、教えてくれ」
知らん団体名が出たな。
「知らん」
新堂が立ち上がった。
おっと、逃すわけには、いかんな。
手首をつかみ、座らせる。
「聖光金教団って、何だ?」
BHDの下部組織か、フロントか?
「とぼけるな!」
声は抑えているが、イラついているようだ。
聖光金教団は、所有する写本の神の言葉を布教する団体で、指輪の購入を巡って、借金や拉致などトラブルが起きている、とのことだった。
「写本」?
奴からも聞いた言葉だ。
しかし、大層な団体のようだが、小物臭が漂うな。
「金が欲しいなら、言え!」
こいつ、誰かに、騙されてるんじゃないか?
騙すには、訳がある。
そっちが、本命の黒幕か?
そいつが噛んでいるってことは、新堂は、重要な何かを握っている?
俺は手を離し、
「俺が見せた指輪の団体は、別だ」
呆気に取られて、動きが止まる新堂の前に、BHDの指輪のプリントアウトを置く。
やはり、知っている顏だ。
裏返し、ブルー・ヘブンズ・ドアと、俺のメモ書きを見せる。
「そんなはずがない。信じられない」
そんなに信じているのは、何か俺の知らない情報を持っている?
「どうして、聖光金教団なら、信じられるんだ?」
「自分とサクラが、ネットで調べた内容が一致したからだ」
サクラ!?
動揺が、顔に出なかった自信はない。
失踪した姪と同じ名前か。
偶然だろうか?
「サクラって、誰だい?」
「いや、それは・・・」
この反応は、会ったことがないのか?
泳がせて、サクラの情報を集めさせた方が、良さそうだ。
「信じたい方が決まったら、教えてくれ。ネットに情報は、出てないぞ」
俺は、新堂を残して、裏口に廻った。
マスターに金を握らせ、新堂を見張る。
呆然としていた彼は、ごそごそとポケットから、何かを取り出した。
指輪だ!
実物を持っていたのか。
いや、聖光金教団を信じていたのは、あの指輪のせいで、BHDのものとは、違うのかもしれない。
あの指輪、確認しなければ。
店を出た新堂をつけたが、そのまま部屋に戻った。
しばらく見張っている、と携帯が鳴った。
慌てて確認する、と知らない番号だった。
警戒して出る。
「どなた?」
切られた。
間違い電話か?
警告のような気がして、足早に、尾行を警戒して、離れた。
写本について、調べてみよう。
新堂が言ったように、ネットで調べる、とウジャウジャ検索された。
こっから、どうやって、見つけたんだ?
そこに、サクラに騙された、作為的なものを感じた。
面倒臭くなって、聖光金教団を検索する、と出てきた。
『真なる聖書にこそ、神の真理がある。
最初の書の写本にこそ、神世界の黄金律が宿る。
現在の聖書は、様々な人々の手によって編纂されてしまっている。
Q文章ですら、最も原典ではない。
今は残っていない最初の書のみが、真の神の言葉を記していた。
それは、失われてしまったのか?
否!
全てのページではないが、写本が存在する。』
Q文章って、Q資料のことか?
どっちにしろ、よく知らないが。
これなら、普通の宗教関係の詳しい誰かに、話がきけるか?
カルトっぽいのに詳しい連中には、奴の死が、知れ渡っているからな。
意外にも、奴の死のことは、広く知られていて、ようやく、俺の悪行を知らない研究者を見つけることができた。
「Q資料について、お知りになりたいとのことですが?」
「はい、新々興宗教について取材しているのですが、基礎知識がなくて。聖書の原典、という理解で、よろしいのでしょうか?」
ふむふむ、と頷いて、
「まず、Q資料は、実在しません。仮想の資料なのです」
「と、いいますと?」
新訳聖書のマタイによる福音書、ルカによる福音書には、似た記述があり、一方が、他方を参照したのではなく、共通資料を元に書かれた、と考えられた。
この共通資料が、イエスの語録集と予想され、Quelle(ドイツ語の資料の意味)の頭文字から、Q資料と呼ばれている。
実在は確認されておらず、断片も発見されていず、存在を疑問視されている。
もし、存在したとしても、かなり古い記述にも、それらしい記載がないことから、極めて短期間に失われた、とも考えられる。
「つまり、実在したとすると、加工がされていない、イエスの生の言葉の可能性が、あるのでしょうか?」
「その辺は、なんとも。私は、肯定派なので、そうであって、欲しいですね」
「失われたのは、生のマズイ言葉があったからとか?」
「むしろ、そうであれば、どこかに引用されるようにも思うのですけどね」
まあ、アンチは、どこにでもいるからな。
「もし、現物や、写本が見つかったら?」
「大騒ぎでしょうが、まずは疑いの方が、先に立ちますね」
世の中、いくらでも金目当ての偽物作りはあるからな。
カルトな教団が持っている、と信じる方が、難しいだろう。
それを信じ込ませるのが、カルトの腕の見せ所か?
「先生は、他に写本と聞かれて、何を思いつかれますか?」
「写本? 死海文書を死海写本という呼び方をしますので、それくらいでしょうか」
「死海写本も、Q資料に関係が?」
いやいや、と苦笑いされたので、的はずれな発言と予想して、先に謝る。
「不勉強で申し訳ありません」
「死海写本は、死海そばの遺跡からに発見された、最古の旧約聖書の写本ですから、新訳のQ資料とは、関係ありませんね」
「すみません、新訳と旧訳の違いは?」
「新訳聖書は、イエス・キリストが登場してから。旧約聖書は、神の天地創造からが、書かれています。誤解を恐れずに、日本人にわかりやすく言うと、新訳はお釈迦様の教え、旧訳は日本書紀で、イメージできますでしょうか」
「となると、アダムとイブが旧訳で、最後の晩餐が新訳でしょうか?」
「おお、その通りです」
伝わって、嬉しそうだ。
「それでは、キリスト教的に、死者の生き返り、というのは、あるのでしょうか?」
「ありますよ」
そうなのか?
期待していなかったので、驚いた。
「イエスが、死後に復活しています」
確かに、そうだ。
「死生観として、死者は眠っている、というイメージでしたので」
「その死者は、イエスとともに、復活するのです。まあ、そこまで終末論をださなくても、禁断の果実、林檎を食べたのは、知恵ある人への生まれ変わり、という考え方もあります。林檎は、変化の象徴なのですね」
林檎について聞こうとしたが、電話が鳴り、出た彼は、すまなそうな顔になった。
「申し訳ない。予定の来客が、来てしまったようです」
そもそもが、急にアポをとり、来客が来るまでの間に会ってもらったのだ。
助かりこそすれ、謝られる必要はない。
「こちらこそ、急にお尋ねしてしまい、申し訳ありませんでした」
礼をして、部屋を出た。
俺と入れ代わりに部屋に入っていったのは、二十代半ばの大人しそうなパンツスーツの女だった。
いいケツしていた。
聖光金教団は、指輪売買で、トラブルになっている、ということなら、被害届も出ているかもしれない。
ついでに、身元不明の死体も確認しよう。
付き合いの長い、定年間際の警察関係者を呼び出した。
ジジイが、勝手にビールを注文したので、
「おいおい、勤務時間中だろ?」
「こんな時間に、外に呼び出して、ナニ言ってる?」
これでも昔は優秀な、まあいい。
「聖光金教団てのが、トラブってるの知ってるか?」
「最近、派手らしいな」
勝手に、俺のタバコを吸う。
煙を吹き出しながら、
「金払えないと風呂屋に沈めたり、四課も動いてるみたいだぞ」
マルボウが動いている、暴力団も噛んでいるのか。
それにしても、失踪者の数が、異常だ。
聞こうとして、先に写真が並べられた。
「最近の身元不明の遺体は、こんなとこだな」
二枚目で、俺の手が動いたのを見逃さなかった。
右手で、写真を押さえ、左手を出してきた。
くそっ、足元見やがって。
札を、右手が退くまで、左手に乗せた。
ようやく取れた写真の死体には、見覚えがあった。
団体写真で、最後まで、顔と名前が一致しなかった山下香苗だ。
死んでいたのか。
「昨日、東京湾で、上がった。自殺か事故、事件かは調査中」
そんなに、最近なのか。
失踪した後、どうしていたんだ?
携帯が鳴った。
番号は、新堂だ。
出る、とその隙に、ジジイが勝手にビールの追加を頼んでいやがる。
「どっちを信じるか、決まったか?」
俺の問いには答えず、
『山下香苗の両親が、死んでいるか、確認したい』
奇妙な言い回しだ。
死んでいるのは知っているが、本当か確認したい、というようなニュアンスだ。
生き返った、のか?
このジジイか、探偵から、調べられるだろう。
「今日これから、この前と同じ場所、同じ時間で、どうだ?」
『わかった。香苗についても情報はないか?』
「ああ、会ったら教える」
電話を切る、とジジイが最後のタバコを煙にしながら、右手を出した。
くそっ、足元見やがって。
ジジイが県警の知り合いから、メールで送ってもらった写真のプリントアウトを受け取り、マスターの店に向かった。
新堂は、時間通りにやってきた。
人として、成長したらしい。
店の周りで張っている者がいないか調べ、裏口でマスターに、新堂から電波が出ていないことを確認してもらい、店に入った。
「マスター、カールスバーグ」
まったく、缶の生産が終わって困る。
テーブルに、三枚の写真を乗せた。
新堂は、手に取った。
上二枚は、山下香苗の両親の死体写真だ。
二人は、確かに死んでいた。
父親が、母親の胸を刺して殺した後、喉を切って自殺、無理心中とみられている。
特に、不審な点はない。
娘の失踪、体調不良ときては、気も弱くなるだろう。
三枚目は、東京湾で見つかった死体の写真。
「これは?」
「両親が心中した次の日に、東京湾で見つかった、香苗だ。自殺かは、調査中」
新堂の問いに答えると、呟いた。
「本当にこれは、香苗なのか?」
意味が分からなかった。
「どうして、そう思う?」
「指が、あるんだ」
なんだ、そりゃ?
確かに、指が十本あるな。
「香苗の死体なのに、指が、全部あるんだ!」
新堂は、叫ぶ、とブチまけるように、話し出した。
消えた、富士と手帳。
サクラが調べた聖光金教団。
香苗の部屋の鍵の代わりに届いた赤い携帯電話。
香苗の燃えた部屋で見つけた指輪。
香苗の死んだ父親からの電話。
おいおい、生き返るのかよ。
送られてきた携帯から電話をしたらサクラが番号を知っていたこと。
それ、俺にも電話してきたやつだろ。
送られてきた香苗の指が灰に。
死体の指が灰に変化?
最近、変化というキーワードを聞かなかったか?
林檎?
「それで、灰はどうした?」
「捨てた」
警察のジジイに調べさせれば、何かわかったかもしれないものを。
思わず、舌打ちが漏れる。
しかし、話した内容が本当だとすると、こいつは被害者の関係者になるのか。
しかし、それも計算なのかもしれない。
「指輪、出せ」
大学生の女に送られた写真のプリントアウトと並べて、説明した。
・指輪は、環境保護団体ブルー・ヘブンズ・ドア(BHD)の幹部にのみ与えられる
・関係者の失踪事件が続発しており、「香苗」の劇団もほとんどが行方不明となっている
・失踪者の家族に事故死、自殺、殺人などの死亡者が多い
他にも、奴の水死の話や、大学生の女の失踪の話を教えた。
「しかも、警察は気づいていない」
まあ、これは、新堂に言っても、笑わんだろう。
「それにな。死者が、生き返るんだとよ」
笑えない新堂に、俺は肩をすくめ、手を伸ばした。
「金か?」
足元見る連中と一緒にするな、失礼な。
まあ、くれるものは、貰うが。
「携帯、出せ」
自分のらしい黒い携帯を出した。
誰が、お前の携帯を使いたがる?
「香苗のだ」
差し出された赤い携帯を、なんとか操作して、指輪の画像を見た。
確かに、似ている。
通信履歴を出して、サクラに電話する。
やめさせようとする新堂を手で制している、と相手が出た。
しかし、無言だ。
「あー、もしもし?この番号から変な電話がかかってきて困ってるんだが」
『誰? どうして、その電話を持っているの?』
女の声だ。
最近どこかで、聞いたような気がする。
どこでだ?
「知らん、友人から相談されているだけだ」
『その電話、返して欲しいのだけど?』
魅力的な声だ。
聞いたのは、いつだ?
「俺のじゃないからな。どうだ? 一回会って、話さないか? それによっては、返してもいい」
『明日の夜は、どう?』
「美人と夜に密会か、いいねえ」
即答かよ、しかも夜になんか、会いたくないね。
せめて、マスターの店でにしたい。
『美人とは限らないわよ。場所は・・・』
こちらが、場所を提案する前に、公園を告げられ、
『じゃあ、待ってるわ』
返事も聞かずに、切られた。
ちっ、まんまと相手のペースだな。
まあ、虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ。
って、ロクな結果にならなさそうな例えだったな。
新堂に携帯を投げ返して、言った。
「明日の夜、女に返す。来たいなら、来い」
先日、Q資料について聞いた学者先生に、林檎などいろいろ聞きたくて連絡した。
残念ながら、海外出張していた。
そこで、閃いた。
入れ違いに部屋に入った、いいケツの女の声が、赤い携帯に出た声に、似ていなかったか?
いや、あまりに偶然すぎるだろう。
それに、聞いたのは、「失礼します」の一言だけだ。
そうであれば、最悪、俺のことが、先生経由で、女にバレているかもしれない。
安宿も、そろそろ引き払う頃合いかもしれない。
一応、秘書に、客は誰だだったか聞いたが、答えてくれなかった。
安宿で荷物をまとめて疲れたので、ベッドで、タバコを吸っている、と同じような赤い光が、窓に瞬いた。
なんだ?
何年も磨いたことのなさそうな窓ガラスを突き破って、腕が伸びて来た。
思わず、タバコを押し付けるが、怯む様子なく、掴みかかってくる。
仰け反る、とベッドから転げ落ちた。
床を這いつくばって、ドアへ移動する。
振り返る、と異様な雰囲気の女が、窓枠に引っかかっていた。
携帯を向け、写真を撮る。
安宿の周りが、包囲されていたら、と思ったが、他に人影はなく、俺は逃げ出した。
行き先に困って、警察のジジイの家に来た。
どうせ、呑んだくれているのだろう。
家は、真っ暗だった。
鍵がかかっていない玄関を開け、勝手に入る。
適当に畳みに寝転がって、ジジイが帰ってくるのを待ったが、朝日が差しても、戻ってこなかった。
ジジイと連絡が、取れない。
職場を訪ねたが、いつものこと、という反応だ。
日頃の行いで、因果応報だなジジイ。
奴みたいに、やられているかもだな。
俺も、昨日は危なかったしな。
念のために昨日、安宿を襲った女の写真を見せる、と意外にも反応があった。
「これ、先日、自宅で不審死で見つかった女性に似てます」
ジジイの同僚(窓際なのでジジイに部下はいない)が、言うので、上司がいないのをいいことに、金をつかませて住所を教えてもらった。
その反応を見て、ジジイの後釜に使えるかも、とほくそ笑む。
ついでに、香苗の死体を見て、指が本物か調べたかったが、既に引き取られた後だった。
早すぎないか?
両親も死んでいるのだから、誰だ?
書類の引き取り先には、どこかで見た名前が書いてあった。
Q資料を聞いた学者先生の名だ。
あいつも、グルなのか?
学者先生に連絡をとるが、やはり海外出張中だった。
出張で連絡がとれないのを利用して、名前を使われているのか?
いいケツの女が、赤い携帯の声と同一人物で、先生を取り込んだのか?
どうせ、考えてもわからない。
考えるのを諦らめ、気持ちを切りかえる。
かなり、ヤバい橋を渡っている。
気を引き締めないとだ。
まず昨日、襲ってきた女が、不審死で見つかった、という実家を訪ねた。
予想はしていたが、やはり火事現場の焼け野原だった。
俺は、何を相手にしているんだろう?
近所で聞き込みをしてみるが、女の家族は両親のみで、火事の時は外出中で無事だったが、どこに身を寄せているか、知らないという。
女が通っていた大学で聞き込むが、交友関係はほぼなく、最近は学校にもこず、家に引きこもっていたらしい。
宗教にハマった、という噂は、あった。
BHDか?
山下香苗の両親を調べさせていた探偵に連絡が取れない。
病院まで押しかけて、会えなかったのは、本当は入院していなかったからじゃないか、とかを確認させたかった。
そもそも、家を張らせてたんだから、退院後に家に帰ってきた時点で、報告しろよ。
せめて、心中しそうなら、なんか言ってこい。
どんどん、連絡が取れない連中が増えていく。
おかしいのは、俺か?
壮大なドッキリじゃないよな?
でも、それなら、姪のさくらも、無事でいいのか・・・
昨日の、異様な雰囲気の女について、調べようとしたが、オカルト、宗教関係は誰も会ってくれない。
唯一会ってくれたのは、ほぼヤク中の野郎で、言っていることも、宇宙の真理か、ポエムか、意味不明だった。
しかし、あの怪力や痛みに無頓着な感じは、薬かもしれない。
フェンサイクリジンの辺りか?
あまり、調査も進展しないままで、夜になってしまった。
新堂と合流して、待ち合わせ場所の公園についた。
さすがに、新堂も遅れずにやってきた。
暗いからって、ビクビクするなよ、大の大人が。
とはいえ昨日、襲ってきた女を思い出す、と俺も膝が笑う。
待ち合わせ相手は、まだいない。
まったく、どいつもこいつも、時間まもれよ。
ブランコがキイキイ音を立てるのにもイラついて、タバコに火をつけた。
煙を吐き出し、同じような赤い光に気がついた。
あーあ、やっぱりきたか。
薬つかってたら、手加減したら、こっちが危ない。
どうして、薬で、目が赤く光るんだ?
新種の薬か?
女二人が、襲ってきたので、そのうちの一人の鳩尾を全力で蹴る。
ダメージは入っているようだが、あまり効果はなさそうだ。
折りたたみの警棒をもってきておけばよかった。
昨日の安宿に置きっぱなしか。
そもそも、持ち歩いていて、職質されるとマズいから、って現実逃避して、回想してる場合か。
転んだ新堂に、女が怯んだ。
なんだ?
立ち上がる新堂に、怯えるように下がっていく。
謎のパワーにでも、覚醒したのか?
・・・現実逃避しすぎだ。
しかし、女二人が、逃げ出した。
本当に、謎パワーか?
おいおい、ジャンルが、ハードボイルドから、変わってきてるぞ。
まあ、生き返るとか、考えている時点で、そっちに足突っ込んでるか。
それとも、単なる偶然で、逃げ出したのか?
ため息をついて、新堂に、手を伸ばす。
今度は察したのか、赤い携帯を出してきた。
別に、金でも文句は言わないぞ。
正直、今すぐビールを飲んで、寝たい。
電話をかけるが、「電波が~」とアナウンスが流れるだけ。
「電源はいってねえ」
新堂に投げつけた。
くそっ、うまくキャッチしてるんじゃねえぞ。
襲ってきたのと、電話の女が別口なのを考えて、しばらく待つ。
また襲ってください、と言わんばかりで、さぞや間抜けに見えるだろう。
新堂に、何度も電話させるが、つながらない。
今更、「遅刻しました~」って女が来ても、むしろ怖いので、諦めることにした。
ジジイの家に来たが、もちろん帰っていなかった。
この家のこともバレているのかも、とか思ったが、なんだかどうでもよくなって、コンビニで買ってきたビールを飲んで寝た。
夜が明けて、安宿に荷物を取りに行くと、微妙な空気だった。
ガラス割って、(宿代は先払いとはいえ)荷物置いて、逃げ出したのだから、仕方ないと思ったが、おかしい。
聞く、と荷物は、持っていかれたとのこと。
ガラス代の弁償にしても、売り飛ばすとは、容赦がないな。
しかし、違った。
女(襲ってきたような異様なのではなく)が、俺と喧嘩をして、ガラスを割ってしまった、と名乗り出たらしい。
そして、ガラス代を払い、荷物を持って帰ったとのことだ。
俺、DV野郎のロクデナシ設定になってるぞ。
荷物をどうしてくれる、と言ったところで、自分の女に聞け、と言われるだけなので、諦めた。
どうして、底辺ばかり集まったこの宿の連中から、最低扱いの目で、見られないといけないのだろうか。
ポケットに入れていた財布と携帯以外は、全部なくなったか。
女の特長を聞く、と余計に扱いがひどくなった。
何人も、女がいて、どれかわからないのか、という罵倒だ。
それでも、学者先生の部屋で入れ違いになった、いいケツの女に似ているような雰囲気みたいだ。
あのケツ、写真に撮っておけば、よかったな。
いや、聞き込みの資料としてだ。
赤い携帯の女、学者先生の部屋に入った女、新堂がサクラと呼ぶ女、山下香苗。
どれが、どういった関係で、同一人物なんだ?
ジジイも探偵も連絡がつかず、学者先生は海外出張、奴は死んで・・・
おい、奴の死体は、どうなったんだ?
誰かが、引き取ったとか?
ジジイの同僚に連絡をとると、地方在住の母親からの依頼で荼毘に臥し、遺骨を送ったとのことだ。
少なくとも、奴は生き返ってこないのか。
なんだか、不思議な気持ちだ。
奴が生き返ってきたら、どうするんだ、俺は?
やあ生き返ったか、って挨拶して、酒を酌み交わすのか?
なんだか、自分がおかしくなってきているような感じが、怖い。
くそっ、ビールが飲みたい!
ジジイの同僚は、上司に注意されたのか、奴の件は俺が親しくしていた人物だから教えたが、もう連絡しないでくれ、と電話を切られた。
情報網が、細切れにされていく感じだ。
携帯が鳴った。
くそっ、誰だ?
今日は、もうビール飲んで寝るんだよ!
新堂?
なんだ?
『サクラと電話が通じた』
もう、そのサクラが誰か、正体がグダグダに不明だがな。
「それで?」
早く、ビール飲ませろよ。
これから、倉庫改造したイベントスペースに助けに行く?
ああ、そうかい?
はあ? 助けに行くって、なんだ?
『電話が繋がったら、助けてくれ、と。さっきの場所を言って、切れた』
切れそうなのは、俺だ!
「罠に決まってるだろう!ヤク中みたいな女に襲われたの、忘れたのか!?」
『それでも、手掛かりには、なる』
「それにしても、」
しかし、情報が手に入らない状況なのは、確かだ。
「わかった、俺もいく」
『ああ、期待しないで、待ってる』
期待しろよ、そこは!
大人だろ、社交辞令は大事だろ!
罠でした。
逃げましょう。
へいタクシー、とはいかないだろうから、足を確保しておこう。
バーの前に、バイクが路上駐車されているのが、目にとまった。
これじゃあ、飲酒運転になっちまうだろう。
飲酒運転させないように、バイクを移動しておいてやろう。
親切だなあ、俺。
感謝してくれよ?
財布から、ジャーナリスト七つ道具の一つ、使い捨て鍵を出し、ライターで炙る。
あちっ。
指先で適温になるのを確かめて、鍵穴に挿した。
イベントスペースは、直線距離ではさほどではなかったが、遠回りの道ばかりで、思ったより時間がかかった。
死んでなきゃいいが。
さすがに、バイクで登場するには、状況がわからなすぎるので、エンジンを切り、押して近づく。
くそっ、重いな!
ドアが開いているのを見つけ覗く、と新堂の向こう側に、ものすごい量の赤い光が見えた。
あれが、全部、ヤク中みたいな女なのか!?
エンジンをかけて点いたライトに照らし出された光景を、俺は、忘れられないだろう。
目元を腕で隠し、顔がわからないパンツスーツの女のまわりに、十数人の女がいた。
その隅には、胸元が抉れた死体が、いくつも転がっている。
その中に、ジジイもいて、何も見ていない目を見つめた。
その頭が、女らが動いたせいか、ガックリと動いて目が逸れた。
我に返った俺は、ギアを入れ、ドアから入り込む、と新堂の脇で華麗にアクセルターンを決めた。
「乗れっ!」
新堂の体重で、ウィリーしそうになるのを押さえつけ、イベントスペースから、飛び出した。
女が、何か叫んでいたが、ヘルメットを被った俺には、聞こえなかった。
しばらく走って、ジジイの家に、新堂を連れて行きたくないと思った。
しかも、ジジイの死体を見た今、そもそもジジイの家には、行きたくない。
尾行して、家をつきとめているのを、すっとぼけて聞く、
「お前んち、どこよ?」
答えない新堂に、白々しかったか、と思ったが、考え事をしていたようで、住所を口にした。
颯爽と現れたヒーローである俺に助けられた新堂の部屋で、状況を説明させて、説教した。
なにより、その黒い指輪は、新堂の思い込みとしか思えない。
「罠に決まってるだろう!」
「八神もサクラと同じ、罠なんじゃないのか?」
「疑ってるんなら、家上げるなよ」
俺は、ボヤきながら、財布から、写真を見せた。
「妹?」
年離れすぎだろ。
「姪。山下香苗と同じ劇団所属。三ヶ月前から、行方不明」
「そういうことか」
素直に、納得するので、毒づく。
「もっと疑え、援交相手の写真かもしれないだろ」
同情的な新堂の顔にムカつき、床に寝転がった。
「寝させろ」
しばらくして、新堂が、出ていく音が聞こえたが、気にせず寝た。
チャイムの音で、目が覚めた。
ジジイの家のチャイムは壊れてるし、安宿にチャイムなんて高級なものは、ない。
ここ、どこだ?
ああ、新堂の部屋か。
チャイムの音がうるさい。
フローリングで寝たので、身体が痛い。
寝起きの動かない頭で、無警戒にドアを開けた。
宅配便業者で、新堂とサインして、ダンボール箱を受け取った。
ずっしり、と重い。
送り状を見る、と送り主の苗字が新堂だったので、親なのだろう。
とりあえず、テーブルに置く。
腹が減ったので、冷蔵庫を開けるが、ビールくらいしかない。
使えないな。
コンビニに弁当でも買いにいくか。
玄関に予備らしき鍵があったので、それを持って、外に出た。
小さいが、ホームセンターがあったので、鍵をコピーする。
その隣のスーパーで、コンビニより割安な弁当を買った。
弁当を食いながら、ビールを飲んでいる、と新堂が帰ってきた。
フラフラしているが、サラリーマンは大変だな。
ビールを飲む俺に対する目つきがキツイ。
おいおい、八つ当たりすんなよ。
「なんだ、それ?」
イラついたように、テーブル上のダンボールを聞くので、
「宅配便、受け取っておいてやったぞ」
指が送られてきたのを思い出したのか、びくびくしながら、箱を開けたので、笑った。
中身は、卒業アルバムだった。
新堂の妹のモノだろう。
これに、妹の知り合いという、山下香苗の写真が載っていれば、顔が確認できる。
新堂と手分けをして、探した。
集合写真に、名前がない。
同窓生でないなら、同じアルバムには、載っていない。
仕方なく、死体写真の香苗に似た雰囲気の子供がいないか、見ていく。
望み薄だと思っていたが、あった。
新堂に見せる、と似ているという感想だった。
集合写真に戻って、名前を確認すると、上飼京子。
苗字も、名前も、一致していない。
「俺たちは、上飼京子と、山下香苗を勘違いしてるんじゃないのか?」
「勘違い?」
そもそも、新堂が香苗と思った写真は、香苗の部屋の鍵と入れ替わっていた誰のかわからない赤い携帯に、誰からかわからないメールの妹とのツーショット写真だ。
俺は、もう連絡がとれない女子大学生が、リストと集合写真をつき合わせて、最後に残ったからだ。
誰も、この写真が山下香苗だ、と確信したものはない。
東京湾に浮かんだ死体の女は、誰だ?
「香苗の写真を手にいれるとして、どこでだ?」
香苗の部屋は、火事で燃えた。
実家は、心中があったのだから、封鎖されているだろう。
忍び込むか?
「妹の部屋は?」
「それが、写真は何もなかった」
使えねえな。
「実家の妹の部屋は?」
「写真はあるだろうが、名前は書いてないだろう」
「年賀状も、自分の写真入りは、ないか」
「写真入りがあっても、実家出た後だろうから、あってもこっちの部屋だろうが、なかった」
使えねえな。
「あ?」
なんだ?
「姪との写真」
だから、何がいいたい?
「親戚だ」
親戚?
確かに、姪のさくらは親戚だが?
「富士だ」
おいおい、大丈夫か?
「香苗の親戚の富士だ」
待ち合わせ場所に、新堂が来ない。
社会人として、どうなんだ?
イラついて電話する、とトンでもないことを言い出した。
指が卒業アルバムを燃やした!?
一度、灰になって消えた、宅配便で送られてきた指が、卒業アルバムの上に現れ、燃やしたというのだ。
おいおい俺一回、部屋に帰っちまったぞ?
灰を持ち帰ってたら、俺の部屋、火事なんじゃないのか?
まあ、もう部屋もバレてるだろう、と帰ったこっちも、悪いんだが。
後始末にまだかかる、というので、実は困った。
自分の部屋を片付けて、灰を探す気にはなれなかったし、情報網が寸断されている現在、情報収集も儘ならない。
ならば、古来伝統の足で稼ぐか。
近くに、香苗と同じ劇団員で失踪した女の焼けたアパートがある。
管轄の消防署に、火災現場で、放火犯がいないか野次馬を撮った写真を見せてもらえないか、交渉してみよう。
ど新人の営業のように、ダメモトで飛び込んだ消防署だったが、以外にも、受け入れてもらえた。
上の方では気づいていないが、現場では、金がない学生が住むような安アパートの火災が増えている、しかも燃焼剤が検出されていないのに、ほぼ全焼なのが不可解、という認識があり、彼らも情報を求めていたのだ。
ほとんどが失踪した劇団の存在を教えて、その代わりに現場写真を見せてもらった。
見覚えのある人物は写っておらず、特に収穫はなかったが、劇団員の住所を手に入れて、管轄の消防署と調べてみる、という職員の力強い言葉が、久しぶりに嬉しかった。
ようやくやってきた新堂と合流し、富士の部屋を目指す。
ついでに、新堂の妹の部屋も調べておきたい。
可能ならば、香苗の実家も調べたい。
しかし、出だしから遅れているので、もう夕方だ。
財布から、ジャーナリスト七つ道具の一つ、使い捨て鍵を出し、ライターで炙る。
富士の部屋は、病的に生理整頓されていた。
探し物はしやすそうだが、すでに処分済みにも、思える。
パソコンは、パスワード設定もされていない代わりに、なにもデータがない。
俺の部屋からもってきたCDでデータ復元ソフトを使ったが、なにも出てこなかった。
写真も、一枚もない。
郵便物も、一通もない。
これは、親か誰かは知らないが、処分したのではないだろうか?
この辺を富士の親に聞きたいところだが、新堂は知らないし、郵便物など、連絡先のわかるものはなかった。
ここまできて、収穫ナシなのは、痛い。
単なる時間の無駄か。
本棚には、小難しい本があり、新堂が、「写本」に関係ありそうだ、と持ち帰ることにした。
これ以上、時間を無駄にしないためにも、東京に戻りたいが、新堂は、可能性が低いとはいえ、妹の部屋を調べたいようだ。
もしくは、香苗の実家に忍び込むか?
俺だけ戻ってもいいのだが、探偵と連絡が取れなくなっていることから、別れて一人になるのは、危険かもしれない。
どちらにしても、帰れるかギリの時間だったので、とりあえず新堂の実家に行くことにした。
タクシーで向かう先に、赤色灯が見えた。
気色ばむ新堂に反して、俺は、炎が見えないから、消防車のとは違うのかなあ、とぼんやり考えていた。
新堂の実家を取り囲むパトカーの中に降り立った俺らは、当然のごとく、職務質問を受けた。
警察の関心事項は、どうしてこのタイミングで、ここに来たか、だ。
新堂は、香苗の親と連絡を取っていたことから、また俺も香苗のことを聞くために実家に電話し、留守電を残していたことから、名乗った時点で、要注意人物として、マークされ翌朝、出頭することを約束させられた。
警察が来ていたのは、空き巣だった。
偶然では、ないだろう。
やはり、誰かが、それとも何かが、処分してまわっているのだろう。
これで、可能性の低かった、妹の部屋の捜索も、もう無意味だろう。
それどころか、パトカーが一台止まったままだ。
この分だと、出頭するまで、監視が続くのだろう。
つまり、香苗の実家に忍び込むのも、ほぼ不可能だ。
完全に、先手をとられ牽制されている。
こうもあからさまにされると、さすがに一人でビジネスホテルに泊まるのも怖い。
が、新堂のママンは、絶賛超絶不機嫌真っ最中だ。
まあ、その辺は、息子にガンバッてもらおう。
予想通り、空き巣は新堂の妹の部屋を中心に荒らしていた。
どうやら、写真はおろか、手書きの文字が書かれたものは、すべて持ち去られていた。
激烈不機嫌な新堂の親に、卒業アルバムの上飼京子について、息子に聞かせたが、覚えがないとのことだった。
警察では、むしろ積極的に情報を提供した。
姪の失踪のこと、姪が所属していた劇団のこと、その劇団員のほとんどが失踪し、またその住居が火災にあっていること、などだ。
山下香苗と、その両親、そしてそれを探らせていた探偵のことも話した。
どうにも、荒唐無稽な与太話と聞いていた警官が、ようやく反応したのは、探偵の名を出したときだ。
探偵は、連絡がとれなくなった時点で、交通事故で死んでいた。
交差点を歩いているところを、高齢者の運転する車にはねられての即死だった。
事故としては、不審な点はない。
しかし、俺には、そう思えなかった。
その気持ちが、透けて見えたのだろう。
俺の主張全部が、妄言臭くなってしまった。
これで、失踪した家族を持つ、頭のおかしなオヤジコンビに決定だ。
捜査は、絶望だろう。
探偵の死体は、別れた女房が引き取ったそうだが、もう荼毘にふしたのだろうか、と考えていた。
チャイムの音で、目が覚めた。
ジジイの家のチャイムは壊れてるし、安宿にチャイムなんて高級なものは、ない。
ここ、どこだ?
ああ、俺の部屋か。
昨夜遅く、新堂の実家から、戻ってきて、そのまま寝ていたのだ。
どうしようか?
どうすれば、姪を救える?
また、チャイムが鳴った。
夢かと思っていたが、違った。
寝起きの動かない頭で、無警戒にドアを開けた。
宅配便業者で、新堂とサインしかかって八神と書いて、小さなダンボール箱を受け取った。
軽い。
送り状を見る、と送り主の苗字が「奴」と同じで、女性名だったので、親なのだろう。
とりあえず、テーブルに置く。
腹が減ったので、冷蔵庫を開けるが、ビールくらいしかない。
コンビニに弁当でも買いにいくか。
・・・奴の親!?
それが、どうして、俺の住所を、名前を知っている?
ようやく動き出した頭で、慌てて箱を開ける。
ノートが数冊入っていた。
達筆すぎて読みにくい手紙には、息子の遺品を整理していたら、八神様に送れ、という箱が出てきたので、送る。
以下、いろいろと奴に関するお礼のたぐい。
申し訳ないが、ナナメ読みして、ノートを開ける。
そこには、奴のBHDへの調査結果が書かれていた。
かなり、深いところにまで、踏み込んでいたらしい。
くそっ、死んだのは、奴のヤマでじゃねえか。
風評被害うけてっぞ、俺。
・資格を得るための儀式が二月に行われる
なに?
今、二月だぞ。
・月の出からすると、二週目の週末の可能性が高い
はあ?
今週末じゃないか!?
・儀式には、すべての女性が参加させられる
参加させられる?
失踪したのが、無理やりにか?
・儀式の参加者のほとんどが、死ぬだろう
おいおい、急展開すぎるだろう!?
失踪から、集団殺人か?
・妻のことでは迷惑かけた、生きていたら、酒飲もう。
死んでんじゃねえよ、くそっ。
まずやったのは、奴のノートに協力者として名前が出ていた、学者先生のオフィスへ乗り込むことだ。
東京湾で発見された水死体を引き取ったり、いいケツの女といい、怪しいとは思っていたんだ。
いつもいる「先生は海外出張です」としか答えない秘書がいない。
オフィスには、人の気配がする。
ドアを開ける、と海外出張中のはずの、学者先生がいた。
「アポとられてましたかな?」
答えず、胸倉をつかむ。
「東京湾の水死体の名前は?」
「山下香苗」
ちっ、とぼけてるのか、知らないのか。
「引き取って、どうした?」
「死体ならシコメ、生きているなら月林檎の実験でしょう」
何を言っている?
「何を驚いた顔をしているんですか?」
そりゃ驚くだろう。
映画じゃあるまいし、急に暴露はじめられてもな。
って、俺ヤバイのか?
これから死ぬやつに、冥土の土産に話してやろうってことか?
昼間だから、ヤク中女は出てこないと思っていたが。
夜にしか出てこないって、もう受け入れてるんじゃないか?
あれが、生き返った死体だって。
それを、シコメって呼ぶのか?
いや、どこまでが本当のことだ?
「なんだか、いろいろと想像しているようですねえ」
イヤらしく笑う。
「さあ、月林檎の実験台にでもなってください!」
そう叫んで、口から血を吐いた。
「え?」
きょとんとした顔で、疑問な声を出していたが、聞きたいのは、こっちだ。
「ど、どうし、ごぶ」
鼻、耳、目から、血を流す。
白いワイシャツの胸にも血が滲み、バタリと倒れた。
俺のポケットの中で、パキンと音がした。
手をつっこむと、新堂からクスネていた、BHDの指輪が割れていた。
これのお陰で、助かったのか?
本当なら、月林檎の実験台で、血まみれで死んでいたのは、俺なのか?
動かないので、とりあえずは、生き返ってこないようだ。
死体ならシコメ、生きていたら月林檎の実験って、その実験で死んだ死体は、シコメに、生き返らない?
まあ、いい。
学者先生のカバンに、手当たりしだいに書類を突っ込む、と部屋から逃げ出した。
自分の部屋で、カバンの中身を調べる。
手帳などを見るが、BHDに関することは、書かれていないようだ。
どちらかというと、利用されていた?
いいケツの女の連絡先とか、書いてないのか?
携帯の電話帳を調べた。
フルネームで書かれていては、誰だかわからない。
教団の女とか、関係性で書くような気遣いがほしい。
名前だと、自分でも、後でわからなくならないのか?
ん?
どこかで見たような、番号があった。
下四桁が特長的だ。
自分の携帯と見比べる。
これは、あいつの電話番号だ。
あいつも、グルだったのか。
あいつの仕事が終わるのを、待ち伏せている。
もう夜が明けそうだ。
夜勤から、帰るのを待っていた。
それよりも、学者先生の件が、どのニュースでも報道されないことに、ぞっとした。
まさか、まだ死体が見つかっていないだけなのか?
まさか、生き返った?
あいつだ。
体力的には敵わないので、隠れてやり過ごし、足を折りたたみ式の警棒で殴りつけた。
いい音がして、ちょっとスカっとする。
消防署の職員は、足を抑えて、地面で呻いていた。
そう、失踪者が大量に出た劇団について話し、上はまだだが、現場レベルでは気づいていてるから調べる、と力強く言ってくれたやつだ。
そりゃ、消防の上も疑わないよな、内部で、こういうのが動いていれば。
「なあ、なんで手伝ってんの?」
主語がなくても、わかるだろう。
答えてくれないので、折れてそうな足を踏む。
意味不明な音しか出ないので、足を緩めた。
「なあ、なんで手伝ってんの?」
「ガンなんだよ!」
ええと、質問に主語がないのが、いけなかったかな?
意味不明な回答だったので、足を踏む。
「妻がガンで、もう長くないんだよ!」
「だから?」
「妻が死なないように、協力してるんだよ!」
どうにも、質問と答えがつながらない。
「それで?」
「人が死なない世界になるんだよ!」
人が、死なない世界?
死体が生き返る、ではなくてか?
ぴーっと警笛が鳴った。
大声を出させたせいで、警邏に見つかったようだ。
こいつは手ぶらで、カバンを持っていない。
コートの内側に手を伸ばすが、逆に手をつかまれそうになる。
近づく駆け足の音に追われ、俺は逃げ出した。
新堂の部屋のドアをつくっていた合鍵で開けた。
よくわからない苛立ちのまま、調べた儀式のことをブチまけた。
すると、新堂が、富士の部屋から持ち帰った本に、上飼祥吾とサインがあったことを言ってきた。
上飼京子の関係者か?
しまったな、先に知っていれば、新堂の不機嫌親に聞けたのに、仕方ないか。
とりあえず、上飼についても、調べてみよう。
しかし、どうやるか。
いや、その前に、話を聞きにいくべき、やつがいる。
奴の兄弟子のところに来た。
もちろん、何度もアポとりを断られているので、アポなしだ。
インターホンを鳴らす。
『なに?』
「宅配便です」
答えて、ドアミラーから見えない位置に動く。
ドアが、チェーン分の隙間が開いた瞬間に、奴のノートを投げ入れた。
慌ててドアが閉まり、しばらくして、チェーンの外れる音がすると、ドアが開いた。
「はいれよ」
奴に似た雰囲気の男だ。
同じ師匠のもと、何年も行動を共にしていたのだから、そうなるのだろうか。
真顔で聞いてきた、第一声が、
「奴の死体は?」
こいつも、足突っ込んでいる人種だな。
「母親の依頼で、警察が荼毘に付した」
「なら、安心か」
おいおい。
「安心って、生き返りがか?」
「他にあるのか?」
しばらく見ないうちに、奴より危なくなってないか?
俺が、言い澱んでいると、
「奴を殺ったのは、BHDだろ?」
「じゃないかと、俺は思っている」
「やめておけ、と奴には、何度も警告はしたんだがな」
まあ、無理だろう。
俺は、ため息をついた。
女房が死んでから、踏み止まれなくなってたからな。
いつも、死に急いでいた。
こいつも、同じことを考えたのか、同じような、ため息をついた。
「それで?」
「儀式のことについて、知りたい」
「おいおい、奴の方が詳しいんだ。そのノートに書いてないんだから、わかるはずないだろう?」
そんなことは、わかってる。
「宗教的に、儀式が行われるなら、今週末の月の出が関係するなら、いつかとか。どんな儀式って予想できるかとか知りたい」
こいつは、呆れ顔だ。
「あと、協力者だった学者が、死者ならシコメ、生きていたら月林檎の実験台。と言って、血まみれで死んだ。他の協力者は、人が死なない世界になるとかホザいてた」
俺の真意を探るように、俺の目を見つめ、目を閉じた。
しばらく瞑目して、
「今週末ならば、二月八日が新月だ」
おお、ありそうだ。
「シコメは、黄泉醜女か? 生き返りといえば、イザナミノミコトは死者の世界、黄泉の女王だ」
関係がありそうだな。
「死なない世界はわからない。しかし、死者の世界の女王と、関係があるのかもしれない」
死者の女王と、死なない世界か。
「月林檎もわからない。ただ、報道されているバラバラ死体事件や、火災での焼死体は、心臓に関して隠蔽している、という噂はある」
心臓?
そういえば、学者先生のワイシャツの胸元にも、血が滲んでいたな。
学者先生は、林檎は変化の象徴、と言っていたっけ。
「なあ?」
「なんだ、馴れ馴れしい」
「こんなことに首つっこんで、怖くないのか?」
「むしろ、お前らの方が、怖くないのか? 俺は、姪っ子を助けたいだけだが、お前らはどうなんだ?」
「好奇心、猫を殺す、だよ」
その笑顔が、清々しすぎて、怖い。
「そして、もう己の限界を自覚して、どうせ死ぬまでを、怠惰に過ごしているだけなんだ」
それが、異端の研究者の末路なのだろうか?
「ここ、見落としてるだろ?」
部屋を出た俺は、こいつに指摘された、奴のノートの端に、極小に書いてあった、電話番号に、電話した。
奴の情報提供者だったらしいのだが、出ない。
相手に表示される番号で、警戒されているのか?
そこで、死んだ学者先生の携帯を見る、と同じ番号があった。
登録名は、八田正平。
関係性で登録してくれれば、もっと良かったよ先生。
「先生、どうした?」
つながった!
「切るなよ、先生は月林檎の実験台にされて死んだ」
沈黙。
切らないでくれ。
「俺は姪が、BHD絡みで失踪した。儀式に参加して死ぬのを助けたい。助けてくれ!」
まだ、沈黙が続く。
「儀式のことは、知っている。日時を教えてくれ、頼む!」
「二月九日、日の出と同時に儀式を終えなくてはいけない」
電話は、切れた。
上飼祥吾について、まずは本の奥付にあった、印刷所を調べてみた。
しかし、もう印刷依頼はしばらくなく、そもそも電話で依頼があり、宅配便で原稿がきて、料金は振込みなので、会ったことはないようだ。
印刷物の送付先の住所を教えてもらう。
富士の住所とは別だった。
連絡先の電話番号に電話したところ、別人が出た。
ちなみに、同じ住所のアパートで、一年以上前から住んでいるとのこと。
こっちルートは、途切れた。
ちょっとした区役所の知り合いに、住基ネットのデータから、上飼祥吾を調べてもらった。
どうやら上飼京子と、兄妹のようだ。
ただ、母親は数年前に、死亡届けが出ていた。
そこで、図書館で地方新聞をマイクロフィルムを調べた。
火事の記事があった。
その後の経過がわからない。
くそっ、探偵が生きていれば。
二日後が儀式な今からでは、現地に乗り込む時間も惜しい。
新堂の部屋に乗り込み、苛立ちをぶつけた。
のんびりと寝た寝起きの顔で、黄泉醜女が、とか今更のように言うのが、苛立たしかった。
八田正平の番号に何度もかけるが、電源が入っていず、つながらない。
くそっ、日時だけじゃなく、場所も聞けばよかったんだ!
握り締めた携帯とは別の、俺の携帯に着信があった。
慌てて出ると、奴の兄弟子だった。
「なんだ?」
『儀式だが、ミサで聖餅を食べるように、月林檎を食べるらしい』
「その月林檎って、なんだ? 学者先生も言っていたが」
『わからんが、心臓をつかった呪具らしい』
「心臓? 呪具を喰う?」
『喰う、という形式美が重要なのだ。BHDは、儀式を成功させるための呪具をつくりだすために、実験を』
唐突に電話が切れた。
折り返すが、つながらない。
猛烈に嫌な予感がして、こいつの部屋に向かう。
焦げ臭ささと、消防車のサイレン、赤色灯が、俺を出迎えた。
とりあえず、怠惰な時間は終わりだな、と死んでいることと、生き返らないよう、冥福を祈った。
新堂の部屋に上がりこむ、と起きていた。
儀式が近いから、眠れないのか?
お前が寝なくても、意味ないが。
いや、黒い指輪のことが本当なら、むしろ寝てくれ。
「サクラに会った!?」
むしろ、大人しくしていてくれ。
「仕事の帰り道で、待ち伏せされた」
おいおい、もう堅気に仕事してる場合じゃないのかもしれないぞ。
しかしまあ、二十四時間後には、儀式の現場にいない、と妨害できないか。
赤い携帯が壊れたのは痛いが、相手も電話を壊しているならば、もうつながらないのは変わらない。
しかし、黒い指輪のヒビは、キツイな。
黄泉醜女への対抗策は、他にないのだから、ってもう不思議パワー前提で考えちまってるぞ、おい。
さて、今日中に、どうやって儀式の場所を、つきとめるかだ。
まずは、姪の父親である、弟に連絡をとり、百万円を用意させた。
あの弟が、何も言わずに、現金をもってきた。
むしろ、何も言わないことに不安になり、俺がよけいな口を開いてしまう。
「絶対に、さくらは助ける」
次に、ジジイの同僚を呼び出した。
電話するな、と言われていたが、昼休みに強引に呼び出した。
前に、ジジイに香苗の写真を見せられた店だ。
あれから、えらく時間がたった気がする。
そして、何人、死んだ?
渋い顔で来た、同僚の前に、帯封のついたままの札束を置いた。
驚いて口を開こうとするのを制して、
「奥さんの親の浪費癖で、苦労してるんだって?」
目を見開くが、口は閉じた。
「先月末に返す約束の金額、ちょっと足りなかったらしいじゃないか」
じー、っと札束を見ている。
「ブルー・ヘブンズ・ドアって団体に所属している人物の名と、所有する車のナンバー。あと、このメモに書かれた人物の車のナンバーが、もしわかったらなあ」
呟く、と札束をしまって、メモを置いた。
武士の情けで、店の伝票は俺が持った。
そのまま、あいつが勤めていた消防署に向かった。
あいつは、入院していた。
やっぱり、骨折れてたかな。
どうやら、俺にやられたことは言っていないようなので、すっとぼけて驚いてみせた。
前に、あいつと話していたのを見ていた職員も多いようで、俺の同情した見舞いに行きたい、という申し出に感動し、病院を教えてくれた。
この調子なら、最近の火災が放火ではないか、ともう一度話せば、情報がもらえるかもしれないが、今は時間が惜しい。
礼をつげ、後ろ髪引かれる思いで、後にした。
「あいつによろしくな!」
あいつは、よろしくしたくないだろうがな。
あいつの入院した病院で、あいつの苗字だけで聞く。
案の定、二人いる、といわれたので、女性の方、と答えた。
内科のフロアを教えられたので、当たりだろう。
目的は、あいつのガンだという妻だ。
どうせ、あいつに聞いたところで、時間の無駄だ。
今更気づいたが、手ぶらだが、仕方ない。
病室前の名札を確認すると、一番窓際のようだ。
カーテン前に立ち、声をかける。
幸い、起きていたようで、答えがあった。
「失礼します。初めまして、旦那さんの知り合いです」
あいつの妻は、ベッドを起こして、本を読んでいた。
「こんな格好で、すみません」
「お気になさらずに」
丸椅子に腰掛け、
「単刀直入に聞きます。BHDで連絡をとっている方を教えていただきたい。私も妻が、そのことで旦那さんに教えてもらいました」
何の疑問も感じないように、答えてくれたが、俺は失望した。
血まみれで死んだ、学者先生の名だった。
礼をつげ、時間を無駄にした思いで、後にした。
「奥様もお大事に」
まずは、俺が結婚できるまで、生きていられるように祈ってくれ。
病院で切っていた携帯の電源を入れる、と留守電がセンターに残っていた。
ジジイの同僚からだ。
電話が鳴った。
新堂からだった。
出る、と場所がわかったか、だと。
わかってたら、とっくに連絡している、と切った。
折り返し、待ち合わせ場所で、調べられた車のナンバーを受け取った。
BHDは、所属している名前は、ほとんどわからなかったようだが、団体の名義で、今夜から大量のレンタカーが手配されており、そのナンバーは判明していた。
更に、俺が渡した学者先生の携帯の電話帳の車ナンバーも調べられていた。
俺は、札束と腕のいい弁護士の名刺を渡して別れた。
クラッカー崩れの部屋に押しかけ、昔の貸しで、警察のNシステム関連につながせて、手に入れたナンバーを監視させた。
これの何割かでも、どこかに集まれば、そこが儀式の場だろう。
「集まんないっスね? 腹、減んないっスか?」
クラッカーが、棒付きアメをしゃぶりながら、聞いてきたが、食欲はなかった。
タバコを出す、と、
「ここ、禁煙なんで、パソがブッ壊れても知んないっスよ?」
イラ立ったまま、俺は部屋を出て、八つ当たりで新堂に電話をした。
呼び出し音、即で出たのに、イラつく。
必死な声色に、イラつく。
話せる情報がないのに、イラつく。
「できれば、体力温存で寝て、ついでに夢を見てくれ」
電話を切り、自動販売機で缶コーヒーを買う。
ついでに、クラッカーの分を買おうとして、好みがわからないので全種類買って戻った。
「コーヒー飲まないっス」
俺は、コーヒーの飲み比べで、時間を潰すことに決めた。
監視している車は、翻弄するように、行き先がバラバラだった。
これは囮で、本命は含まれていないのか?
それとも、儀式の場所が、複数なのか?
複数ならば、姪がどこで参加しているか、どうやって調べればいい?
新堂からで、電話が鳴った。
くそっ、場所がわかれば、こっちから連絡してやる!
催促なら、怒鳴ってやろう、と息を吸い、
「なんだ?」
『場所がわかった』
吸った息を飲む。
『どうしてかは今説明してる時間が惜しい』
まさか、夢のお告げか?
「どこだ?」
新堂の言葉を、そのままクラッカーに伝える。
「二台、向かってるっス。お、あと何台か、逆方向から近づいているかもッス」
なら、可能性はある。
「もし、他にも集まる場所があったら、電話しろ」
「りょーかいっス」
上着を着て、部屋を出る、と声が追ってきた。
「あー!」
新たな情報か!?
「鍵、閉めてってくださいっスよー!」
知るか、彼女か俺は、外から閉める合鍵持ってねーよ!
乱暴にドアを閉めようとしたが、それでパソコンが壊れるのが怖くて、そっと閉めた。
借りておいたジープに乗り、エンジンをかける。
職質されても困るので、ちゃんとレンタルした車だ。
ついでに、BHDが大量に借りた店舗の一つでレンタルしていて、聞き込んだが、何も教えてもらえなかった。
新堂が、ぼーっと、大通りに立っていた。
クラクションを鳴らす、とこっちに気がついた。
タラタラと乗り込んでくる。
「早いな」
「お前の部屋になるべく近いヤツ使ったからなっ」
イラついて、アクセルを踏み込む。
新堂が、シートベルトがハマらず、ガチャガチャやってるのにもイラつく。
「で? ソースはどこだ?」
他にも向かっている車があるから、完全なガセではないだろうが、情報源は知っておきたい。
「ヤタガラスから電話があった」
八田は、正平だよな?
「誰だっけ?」
念のために聞く。
「メールでちとっ」
さっさと話せ。
シート汚すなよ、レンタルなんから。
「メールと電話で警告くれた人だ」
「ああ、指が燃えた時の電話か」
もしかして、ヤタガラスは八田正平が正体か?
儀式の日時を教えてくれ、今回は場所か。
味方と考えていいのだろうか?
「信用できるのか?」
他に隠していることはないか、言外に聞くが、通じなかったらしい。
「じゃあ、朝まで、待ってるか?」
「そりゃそうだ」
俺は肩を竦めて、更にアクセルを踏み込んだ。
それらしき場所に、車が何台か止まっているのを見つけて一度、遠のいてから、戻ってきた。
身を屈めて近づき、護岸に身を隠す。
月がなくて、よく見えないが、円を描くように、人が砂浜に立っている。
「急げ、儀式まで、もう時間がないぞ」
微かに、風に乗って、女の声が聞こえてきた。
儀式と聞こえた。
ここだ!
新堂と頷き合った。
まずは、姪がいないか、確かめないとだ。
くそっ、暗いな。
毒づく、と火が灯った。
一瞬、声が聞こえたか、と手で口を塞いだ。
焚火のようだ。
その周りに、円を描いて女性が立っている。
何人かが、砂浜に絵を描くように、液体を撒いている。
風に乗って、臭いが届く。
生臭い、血か?
「いた」
姪のさくらが、いた!
焚き火に照らされて、やつれていたが、確かに、さくらだ!
バクン、とクーラーバッグを開ける音がした。
立ち尽くす女に、何かが配られる。
生臭い臭いが、強くなる。
血のような、腐りかけた生肉のような臭い。
これが、心臓を使った呪具?
「月林檎か」
四角いモノが、女の足元に、一つづつ置かれる。
缶の封を開けるパキン、と高い音がして、臭いが届く。
燃料の臭いか?
灯油やガソリンとは、違うが、この揮発性の臭いは。
急に、新堂が動き、携帯を出した。
このバカ、なにやってんだ!
やめさせようとするが、抵抗する。
見つかったら、どうする!?
「月林檎を掲げよ!」
女が、叫んでいる。
並んだ女らが、右手に何かを掲げ、足元の缶を左手で持ち、頭から被った。
燃料の臭いが、強くなる。
まさか、止めろ!
『ご照覧あれ!』
全員の叫びと共に、炎が上がる。
さくらが、火柱に包まれた。
「さくらああああ!」
俺は、叫んで、走り出した。
さくらが、火の中で、踊るように動いている。
「さくらああああああ!」
約束したんだ、弟に。
絶対に、さくらは助ける、と!
火達磨になってる、さくらを抱え上げ、海に向かって走る。
叫ぼうとして、喉が焼ける。
息ができない。
熱い!
弟との約束を、また守れないことに比べたら、こんなのが、苦しいうちに入るか!
海に踏み込んだのがわかったので、倒れこむ。
ごろごろ、と転がって、なんとか火が消えた。
ほっとする、と意識が遠のいたので、さくらが溺れないように、なんとか波打ち際まで這いずり、さくらの顔が水につからないように、抱きかかえた。
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2026/1/8:『ついてきたもの』の章を追加。2026/1/15の朝4時頃より公開開始予定。
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