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魔王国滅亡編

幼女たちがふえました

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 一昨日の朝のように、テントの中ぎゅうぎゅう詰めで、俺は目が覚めた。
 周りを囲んでいるのは、その時とは違い、娘たちではなく、元アラクネーの幼女たちだ。
 どうやら、娘たちの服を着せてもらったようだが、荷物を減らすために食料を切り詰め、俺の着替えなんてほどんどもってきていないのに、彼女たちの服はこんなにあるんだ、と思った。
 一番、幼いアヤメが、小学校一年生くらい。
 一番、背が高くて、顔なじみのカエデが、小学校六年生くらいだ。
 みんな、とっさに俺が思いついた、前世の花「など」の色を連想させるグラデーションの髪色をしている。
 覗き込む、八つの顔が、俺が起きたことに気がついた。
 どうやら、子供たちは全員、『名づけ』て助けることができたらしい。

 ほっとした俺に、
「スミレだよ!」
 菫色、と色の名になる割には、アヤメより薄い紫の髪色の子。
「ヒマワリです!」
 黄色の髪色の子。
 次々と、幼女たちが、群がってくる。
 いやいやいや、どうしたらいいんだ?
 どう反応しても、絶対に泣くぞ、これ。
「みんな待って。ママに、言われたでしょ?疲れてるだろうから、迷惑かけないって。静かにできる子だけ、テントに居ていいって」
「・・・ごめんなさい」
「カエデお姉ちゃん、ごめんなさい」
「ごめん」
 どうやら、罠を見張りにきたように、カエデが、一番の年上のようだ。
「ママが、外で待ってます。起きられますか?」
「・・・ああ。大丈夫だ」
 カエデの口調に、ちょっと無理している感じがするが、子供たちをまとめて、更に俺に対応するのに、緊張しているようだ。
 きっと、俺が目覚めるのも、カエデが責任感から見守ると言い、他の子供たちも、居座ったのだろう。
 それから、開放してあげるためにも、起きて「ママ」に会わなければだ。

 『緊急用魔素プール』まで、使い切った俺は、身体がダルくて仕方がない。
 意味がわかってないが、レベルダウンさせないために、怪我の治療用とかに魔素を溜めておく『緊急用魔素プール』があるのだろうか。
 もしかしたら、『名づけ』た家族たちも、魔素を共有してるのだから、ある意味の「魔素プール」なのかもしれない。
 それらに、どういった意味があるかは、不明で、今は頭がまわらなくて、考える気にもなれない。
 できれば、このまま寝ていたかったが、こんな子供たちの前では、弱っている姿を見せたくない。
 そのくらいの僅かなプライドは、男としてあってもいいだろう。

 テントから出ると、キラと同じくらいの身長だが、筋肉質のキラとは違い女性的な肉感、桜色のグラデーションのショートカットの髪。
 そして、キラより巨乳の女性が、シウンから借りたワンピースの胸元をパツンパツンにして、俺の前に跪いた。
 シウンがロングスカートのワンピースを好むために、蜘蛛糸の上着と組み合わせられる単体のスカートはなかったようだ。
「ご主人様。子供たち共々、命をお救いくださいまして、ありがとうございました」
 子供たちの「ママ」である彼女も、無事に『名づけ』られて、生き残ったようだ。
 俺の家族たちも見ていて、きっと感動的なシーンなのだろうけど、おっぱいパツンパツンさと跪いた体勢、なんでも命令に従います的な雰囲気から、犯罪的な臭いしか感じなかった。
「・・・サクラ、『ご主人様』は、やめてもらっていいか」
「いえ、しかし。命の恩人ですから。その御恩に報いるためにも、節度ある呼び方をさせてくださいませ」
 これは、説得が難しそうだ。
 ハイロウが割り込んできた。
「あの、主殿。サクラ殿の命の恩人に報いたい気持ちを慮って、とりあえず『ご主人』では、いかがですか?」
 それなら、まだマシな気がする。
 まだ重たいが、「とりあえず」にも救いがある。
 ナイスだ、ハイロウ。
「わかった。サクラは、それでいいか?」
「ご主人が、ご許可していただけるなら、如何様にでも」
 いや、さっきは、変えたくないって、抵抗したよな?

「ごしゅじんー!」
「ご主人!」
「・・・ご主人?」
 テントから、幼女たちが出てきて、口々に俺を呼んだ。
 彼女らからのその呼び方は、犯罪以外の何物でもない。
「・・・いや。その、呼び方は、だな」
「ママも、そう呼ぶのを許してもらったようですが、ご主人?」
 子供たちをまとめる長女だけあって、カエデは、生真面目そうだ。
 これは、説得が難しそうだ。
 俺が困惑するのを、ヤトとヨウコは不思議そうに、シウンは生暖かい目で見ていた。
 ハイロウが、また割り込んできてくれて、
「主殿。この九名を我々の住処に連れていけば、もう規模が『村』と言えるでしょう。子供たちには、村長と呼ばせては、いかがでしょうか」
 素晴らしいぞ、ハイロウ。
 どうしたんだ、いったい?
 いや、今はそのままの君でいてくれ。
「そんちょー?」
「そんちょ?」
「村長の方が、いいのですか?」
 俺は、カエデに頷いた。
「では、他の方々は?ママと同じ呼び方?」
 どうやら、俺が気絶している間に、サクラは俺の家族たちを「名前プラス様」付けで呼ぶことにしたようだった。
「ううん、ヤトでいいよ。カエデちゃん」
「ヨウコでいいです」
「呼び捨ては言いづらいだろうから、シウンさんで」
「ははは、オジサンがぴったりですかな」
 カエデは、そう言われながらも、子供たちを代表するように娘たちを見て、
「シウンお姉さん、ヤトお姉さん、ヨウコお姉さん、ハイロウおじさん?」
「とりえずは、それでいい。そのうち各々、しっくりする呼び方もできるだろう」
 そして、それが、個性ということだろう。
 カエデが、頷いた。
 パス通信で、ヨウコの動揺が伝わってきた。
『お姉さん?ヨウコがお姉さん?』
 うん、末っ子から、立派にお姉さんだな、ヨウコ。
 シウンとヤトが、そういえばこの子って末っ子だったっけ、とちょっとだけ、顔を見合わせていた。

 俺が目覚めたときには、既に俺が寝ていたテント以外、ベースキャンプは撤収に入っていた。
「主殿。勝手ながら、村へ帰る準備を進めております」
 アラクネー親子九名が加わり、しかも『人型』になったことで、昆虫系魔物を食べられなくなり、持参した食料が足りなくなることを懸念したハイロウの指示でた。
「パパ!叔父ちゃんの言う通りに、テントたたんだよ」
「お父様が寝ていた間の叔父様の判断は、適格だと思います」
「ハイロウ叔父さんって、お父さんがいないときの方が、立派かも」
 前世の知識で、「治世の能臣、乱世の奸雄」の逆ではないが、困ったときほど、頼りになる男だ。
 幼女が加わったので、来たときほど、早くは戻れないという予測の元でもある。
「村までは、二日、いや三日はかかるかもしれません。子供たちの食べる量は少ないとはいえ、ギリギリでしょう。途中からは狩りができるうようにはなりますが、主殿にご不便をかけるかもしれませんな。申し訳ありません」
「気にするな。子供たちに優先的に食べさせろ。ハイロウも、子供たちが遠慮しないように、ちゃと食べろよ」
「いやいや主殿。お嬢の料理も、うまいのですが、キラのクセのある料理がそろそろ恋しくて。少々食欲が、ですな」
「今のクセがある発言は、褒め言葉としてキラには、内緒にしておいてやる。早く、キラにも会いたいな」
「ありがとうございます。馬も、主殿に会いたがっていると思いますぞ」
「・・・そうだな」
 あの馬に聞いてほしいグチが、山ほどある。

 しかも、既にキラにパス通信し、村での受け入れ体制も整えさせているという。
 ただ、そのときの様子を娘たちから聞くと、まるで前世でいう飲み会の二次会に後輩を家に連れていくはめになって妻に謝るサラリーマンのようだったが、あえて素晴らしいと絶賛しておく。
『あー、キラか?』
『パス通信なんだから、当たり前でしょ?』
『あーその、だな』
『いつにもまして、歯切れが悪いわね。また、やらかしたの?』
『あー、やらかしたな、主殿が』
『え?主様、無事?』
『それは、心配いらない。あー、九人、連れて帰る』
『は?九人?これから?』
『うん、子供がいるから、来たときより時間がかかると思うが、連れて帰る。いいか?』
『いいかもなにも九人、しかも子供もくるんでしょ?』
『あー、うん。そうだな』
『・・・男って、本当に計画性がないんだから』
『あー、キラ?』
『わかったから、気をつけて帰ってきて、兄さま』
『ああ、わかった。すまない』
『でも、反省しろ』
『・・・それは、主殿に』
『じゃあ、主様には、兄さまが伝えておいて』
『えええええ』
『ちゃんと、諌言を口にしてこそ、忠臣でしょ?』
 娘経由で伝わった。
 すまない、キラ。

「よろしいでしょうか。ご主人、ハイロウ様」
「どうした、サクラ?」
「もし、よろしければ、村へ出発する前に、お願いがあるのですが」
 子供たちと村へ移動し、そこで人型として生活する。
 それを理解している元アラクネー、サクラからの提案だった。
「蜜蜂が、分蜂の時期ですのと、我々の服は、我々の糸だけではないのです」
 聞くと、蜜蜂が、巣別れして、女王蜂が新たな地を求めて飛ぶのを、誘導する方法を本能的に知っていた。
 それで、アラクネーたちの住処の側に、蜜蜂の巣を置いていたそうだ。
 そのせいでスピアー・ビーに襲撃されたようだが。

 また、彼女らアラクネーが上半身に着ていた服は、子供たちは自分の蜘蛛糸だけでは足りないので、ネット・クロウラーという芋虫の魔物からも、糸をとっていたらしい。
 村へ行くならば、それらを手土産にしたい、と言う。
 これは、綿花の結実を待たず、下着ごわごわ問題が、ついに解決するかもしれない。
「はちみつー?」
「はちみつー!」
 ヤトの声に、アヤメが同じように反応している。
 もう、仲良くなっているみたいだ。
 まあ、子供たちには、パンツよりはハチミツだよな。
「ううん下着、大事。お父さん」
「あ、ああ。そうだよな」
「シウン、オッパイが大きくなったみたいだから、ちょうど良いかも」
「でもサクラさんが巨乳ですから、どんどんオッパイ順位が下がりますね、シウン姉様」
「・・・お姉さんの順位が下がると、ヨウコちゃんの順位も下がるんだけど?」
「ヨウコは、末っ子なので、将来性をたてにとります」
「シウンだって、成長期だもん!」
「ヨウコは、もっと成長期が長いはずです」
「どうしたの?」
「ヤトちゃんには、ハチミツの方が、大事よね」
「ヤト姉様は、ちゃんとパンツ履いてください」
「・・・ヤト、なんか悪いことした?」
 言われて、謝ったり慰めたりする姉と妹だったが、その目は、三姉妹で一番大きい次女の胸元を食い入るように見ていた。

「これが、蜜蜂を呼ぶ花です」
 サクラの髪色と同じ、桜色の名も知らない花を大量に集めて、穴をあけた板の上に置いた。
「う、ずみまぜん、ヨウコごの匂い無理でず」
「お嬢?ハイロウは、匂いがわからんです」
 前世でいう性ホルモンとか、性別で感じ方が違う匂いなのかもしれない。
 しばらくすると、その花に、群を連れた大きな女王蜂らしきものが、降り立った。
「ぢょっど、ぎもぢ悪いでず」
 言いながら、少し離れた場所から、ヨウコが着火。
 板の下に置いた枯草から、穴を通じて煙があがり、蜜蜂は麻痺した。
「半日くらいは、動かないので、休憩ごとに、燻しましょう」

 ネット・クロウラーは、三十センチくらいの紫色の芋虫だった。
「あれが、ネット・クロウラーです。ご主人」
「枕によさそうな大きさだね」
「ヤトちゃん、お姉さんの尻尾より、芋虫がいいの?」
「確かに、シウン姉様の尻尾、色といい太さといい、芋虫みたいです」
「・・・ヨウコちゃん、お姉さん、泣いちゃうよ?」
「泣くふりだけで、泣いてないのに、お父様に抱き着かないでください」
「ヤトも、パパにくっつくー!」
「・・・やはり、最強はヤト姉様?」

 目の前に急に、例えば木の枝とかを差し出すと、身を守るために、ネット・クロウラーは糸を吐く。
 これが、アラクネーの蜘蛛糸よりは質が下がるが、それでも前世でいう絹のような繊維になるらしい。
 そもそも前世での絹って蚕、芋虫の吐く糸だったっけ。
「こうやって吐かせて糸を紡げば、サクラたちの糸に比べれば劣りますが、量はとれます」
 アラクネーの糸は、絹以上の品質なのか?
 ネット・クロウラーは、草食なので、牧草を与えれば、簡単に養えるだろう。

 ちなみに、元アラクネーたちは、ケモ耳や尻尾のような、身体的な蜘蛛の名残は爪が尖っているくらいしかなかったが、手足の指先から、蜘蛛糸を出せた。
 ただ、幼いアヤメなどは、蜘蛛型だった時と違い、うまく制御できずに自縄自縛になったりしていた。
「みてみてー!こうやって手から糸を、うわー!」
「アヤメ、糸を止めて!」
「カエデお姉ちゃん、止められないよお」
「スミレ、離れて!」
「やだー、アヤメちゃん、スミレもぐるぐる巻きになっちゃう」

 『糸』が、彼女らの魔素の「特性」なのか、種族特有なものなのかは、わからなかった。
 シウンの付与での検査でも、まだ「人型」になって日が浅く、魔素が安定していないのか、不明だった。

 ネット・クロウラーは、糸を吐かれないように、後ろから掴めば、簡単に捕まえられた。
 食物連鎖的には下位だが、それでも生き残れば、前世でいうモスラみたいに巨大になるらしい。
「こうやって、お尻側から捕まえれば、糸を吐かないです」
「こう?」
「あ、ヤト様。もっと真後ろからじゃないと」
「あー、たすけてー」
「ヤトお姉さん、こっちに来たら、ぶはっ」
 ヤトとカエデが、糸塗れになって転がり、木にぶつかって、二人で大笑いしていた。
「カエデが、あんな風に笑う子だなんて」
「カエデさん、苦労しそうなタイプですものね」
「・・・ヨウコちゃんが、それ言うの?」
 ベースキャンプの俺たちの側に来たアラクネーだったときは、固い表情ばかりだったように思うカエデが笑うのだから、俺の我がままも、良かったと言えるのだろう。

 もっとも、ネット・クロウラーは群て、お互いに背中を守るような陣形をとるので、シウンが羽根で飛んで、中心地に着地すると、簡単に確保できた。
「はい、籠に入れていくよー。褒めて、お父さん」
「なんで、ヤトは糸まみれになったの?」
「シウン姉様が、もったいぶって、飛ばなかったせいです」
「ええええ?知らなかったんだもん。本当だよ、本当!」
 でも、本当は、妹と元アラクネーの子供たちが、仲良くなってほしかったから、飛んでのネット・クロウラー捕獲を待ったのだろう。
「偉いぞ、シウン」
「・・・褒めすぎ、お父さん」

 木の枝や皮で組んだ籠に一匹づつネット・クロウラーを入れ、元アラクネーの子供たちと娘たちが背負った。
「これ、スミレの」
「・・・ツバキのは、これ」
 家族が殲滅したスピアー・ビーでレベルアップしているので、見た目は幼女でも、子供たちには重くないようだし、なにより「仕事をお願いされた」ことに、喜んでいた。
「アヤメのお仕事だよ!」
「・・・お仕事かあ。羊、はやくお世話したいな」
「帰ったら、乳しぼりを手伝いますよ、ヤト姉様」
「いい、ヤトがひとりでやる、ヤトのお仕事だもん」
「えー、お姉さんにも、お仕事わけてちょうだい?」
「重いから乗らないで、お姉ちゃん、邪魔」

 カエデは、籠を背中と前側に、ふたつ持てると、譲らなかった。
「カエデは一番、大きいですから、大丈夫です」
「でも、ヤトは、もっと大きいから、ヤトが持つよ」
「平気です。カエデは、命の恩人の村長の役に立ちたいのです」
 だからヤトは、カエデが疲れてくると、「お願い」して、前側の籠を持たせてもらっていた。
「すみません、ヤトお姉さん」
「ヤトがお願いしたんだから、謝らないで。ありがとう、って笑ってよ」
「・・・ありがとう」
「ヤトちゃんの次、お姉さんが持つね」
「ヨウコも持ちます」
「残念。お姉さん順ですー」
「おっぱい順?」
「ヤトちゃん、一番おっぱい大きいからって、黙ろう?」
「ヤト姉様、明らかに身長順です」
「助けてくれて、ありがとう!」
 気がつけば、カエデの表情は、笑顔ばかりになっていた。

「ご主人、ありがとうございます」
「悪いな、サクラ。感謝するのは、まだまだ、これからだぞ」
 俺は、カエデ以上の笑顔で、言ってやった。
「サクラ殿。まだ、村にも着いておりませんぞ?」
「・・・本当に、『名づけ』てくださって、ありがとうございます」

 来るときは、ベースキャンプまで、全力で走ったり、競争したりしたので半日程度だったが、幼女たちがいる上、荷物も増えたので、無理せず途中で野営した。
「暗くなる前に、ここをチャンプ地としよう」
 ふたつしかないテントのうち、ひとつではカエデ、もうひとつはヤトが子供たちの面倒を見ている。
「アヤメ、スミレ、ユリ、アサガオは、カエデとこっちのテントですよ」
「ヒマワリちゃん、ツバキちゃん、ランちゃんは、ヤトと寝るよ」

 末っ子のヨウコにも、どちらかのテントで寝るように言ったのだが、しれっと焚火を囲む俺の膝に座っている。
 シウンは、俺の背にもたれて、うとうとしていた。
 幸い、天気が良さそうなので、露天で寝る予定の俺たちに、
「聞いてよろしいでしょうか、ご主人?」
「どうした、サクラ?」
「『人』の一般常識で考えれば、考えるほど、わからないのです。どうして、助けてくださったのですか?」
 俺の我がままだと言うのは容易い。
 でも、本当に、それだけなのだろうか。
「・・・仕方なかったんです」
 俺の膝で、ヨウコが、ぽつりと呟いた。
「それは、どういうことですか、ヨウコ様?」
 ヨウコは、自分よりも容姿が年上のサクラの目を見て、
「あの場所に、偶然ベースキャンプを張ってしまって。偶然カエデさんの罠の邪魔をしてしまって。偶然お腹の減ったカエデさんにご飯をあげてしまって。偶然スピアー・ビーに襲われるみなさんを見つけてしまって。だから、我慢できるはず、ないんです」
「シウンも、そう思ったー」
 寝ていると思っていた長女も言った。
「サクラ殿が、家族を守る姿は、ハイロウがワー・ウルフ一族を守りたいのと、主殿とお嬢たちを守りたいのと、なんら違いがないと感じましたぞ」
「・・・ハイロウ様」
 ふたり、いい雰囲気だな。
 そして、俺に視線が集まった。
「サクラには悪いが、説明できるような理由はないんだ。ただ、殺されるとわかって放っておいたら、後悔するだろうと思った。それだけだ」
「・・・それは、ご主人」
 まだ慣れない『人』の知識と感情を持て余すように、
「サクラを好きってことですか?」
「えええええええ!」
 俺の膝上と背後から、叫び声があがった。
「どうしたの、ママ?」
「なあに?パパ?」
 テントから、目を擦りながら、カエデとヤトも顔を出した。
「娘が増えないと思って安心していましたら、強敵?」
「おっぱい最強説だよ。やっぱり、おっぱいなんだよ!」
「え?おっぱい?」
 娘たちに、ひどい言われようだ。
「サクラ。家族同様に、大事に思っているぞ」
「・・・ああ、はい。ありがとうございます、ご主人」
 なぜか、女性陣の目が冷たい。
 どう答えるのが、正解だったんだ?
 わからないから、八つ当たりしておく。
「ハイロウ、キラにだけ今パス通信で伝えたこと、声に出して言ってみろ」
 穏やかに、夜は更けていった。
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