パサディナ空港で

トリヤマケイ

文字の大きさ
上 下
96 / 213

#96 紅い砂

しおりを挟む
*月*日


   今となってはそこがどこであったのか、なぜまたそんなところに自分がいたのか、まったくわからない。

   もしかしたら、夢の中の出来事にすぎないのかもしれない。ただざらつくような手触りに似た記憶だけが、心だか脳の片隅でひっそりと眠っている。

   記憶は、発作のように唐突にはじまり、途切れながらノイズのようにひきつれ、ねじれつつ、はらわたを掻き回してまた、唐突に断絶した。





   ときどき、まるっきり顔のない写真を見なければならない時もありました。

   顔がないといっても、首から上がないのではなく、顔の造作がなにもなくてぽっかりと穴があいているのです。

   モノクロの写真だから見ていられたようなものの、カラーだったらとても正視出来なかったでしょう。

   いや、まてよ、あれは写真じゃなかった気もします。

   なんでまた写真で見たなんて思ってしまったのかわけがわかりませんが。あまりにもインパクトが強すぎるので、自分の中で咀嚼すらできなくて未消化のままなのかもしれません。

   だから、自分のキャパシティを遥かに超えた出来事を自分でそのように改竄してしまったのかもしれません。

   まあ、それはともかく、アッ、そうだそれで思い出しました。

   たぶん、顔に丸く切れ目が入ってそっくりえぐられていたのでしょう、お盆のような台に載った首たちがクルクル廻りながらベルトコンベアーで運ばれていました。

   なぜ、回転していたんだろう? きっとチェックのためだとは思うのですが、チェックしている人など見あたらないのです。カメラがどこかしらかにあって、モニターしているのかもしれませんが。

   その異様な光景も、しばらくすると見慣れてしまい、廊下に出て窓から外を眺めてみると、建物から5メートルほど突き出したベルトコンベアーの先から、地上へと顔のない首たちが、捨てられていました。

   コンクリートで囲われた投棄場所には、顔のない首がうずたかく積みあがりピラミッド状になって裾がずっと向こうまで広がっていました。

   物音に気づいてふと振り返ると、人影のなかった通路にモップがけしている人がいました。

   モスグリーンの上下を着たその清掃スタッフだろうおじいさんに、あの顔のない頭部は廃棄になるんですかと自分でも不思議なくらいスムーズに訊いていました。

「ああ、まぁ、うちとしては廃棄処分ということになるけれども、また長い工程を経て再生するんだよ。ほら、ちょうど再生業者がやってきたみたいだ」

   おじさんの柔らかい視線のそのずっと先に砂煙が上がっているのが見えました。

  どうやら再生を行う業者とやらのトラックがやってくるようでした。それでぼくははじめて荒涼とした景色に気付いて目を瞠りました。

   そこには、ここが火星だといわれたならば、頷いてしまうだろうと思えるほどの異世界が広がっていました。

   風紋でタペストリーのように織り成された赤い砂の大地から、にょっきりと生えた尖塔のように先がとがった奇岩群が紺碧の空に向かって屹立しているのが見えました。

   顔を失った頭部は、いったいどうなるんでしょう。いや、その前になぜまた顔をえぐり取られているのでしょうか。

   あのおじさんは、再生されると言っていたけれども、再生とはいったいなんなのか。

   風が出てきたようです。奇岩群の下の方は、瞬く間に赤茶けた砂嵐で見えなくなっていきました。

   ぼくは、あることを思い立ち、あのおじいさんを捜しました。

   おじいさんは、通路の清掃を終えたらしく、給湯室の前に一脚だけ置かれてあったくたびれたパイプ椅子に腰掛けて、ぼうっとしているのでした。

   ぼくは、そこに近づいていくと、こんな風に切り出しました。


「なぜ、ぼくはここにいるんでしょう?」

   おじいさんは、一瞬びくりとして大きな笑い声をあげて言いました。

「そりゃいい。たぶん自分でそうしてるんだろうね。わかってるんだね自分がどれだけ酷いことをしているのか。ちがうかな?」

   いったいなにを言っているのか、さっぱりわからず俯いていると

「まあ、きみもまるっきりの悪人じゃないってことかな。罪悪感はあるんだ、いいことだよ」

   ぼくは、すがるように訊きました。

「あの、なにをぼくはしたんでしょうか? まったく記憶がないんです」

「うん。わかってる。だからね、自分で記憶を消したんだよ、君自身の記憶をね」

「なぜ? 」

「そりゃ、辛いからだろうね。自分の顔を捜すために何百何千という人の顔をえぐり取っているんだからね」

   ぼくは、あまりのことに絶句しました。

「そ、そんな馬鹿な...」

「そう。その馬鹿なことをやった張本人なんだよきみは」

「でも、顔を捜すって、いったい? えー! もしかして、ぼくには顔がないんですか?」
ぼくは、おそるおそる自分の顔に触れてみました。

「大丈夫、あるでしょう? 君は自分の失った顔の記憶を頼りに、自分で顔を模造したんだよ。うまいもんだね」

「それって...」

「つまり、仮の顔を作ったってわけだよ、仮面みたいなもんさ」

「見つかるまでの、仮の顔...」

「そう」

「でも、首ごと取り替えればいい話じゃないんですか? なぜまた、顔だけ生皮を剥がすようにえぐり取ってあるんでしょう?」

   おじさんは、煙草を咥えて火を点けると立ち上がり、窓の框に手をやって目を細めながらゆっくりと煙を吐き出しました。

「記憶にある過去の自分をきみは捜してるんだよ。なぜかは知らないが。たぶん、母の面影を残しているはずの過去の自分の顔にまだ未練があるんだろう」

「それと、顔をえぐるということとは、どういう関係性があるんですか?」

「よくはわからないのだがね、きっと失恋の腹いせかなんかじゃないのかな」

「え?」

「いや、すまん。冗談だよ。人の行動なんて理路整然とした説明などつかんよ、現象だけを見るならばな。フロイトだかフロイドだかディープスロートだか知らないが、すべてを性で捉える人もいるらしい。彼ならば、そうフェティシズムで済ましてしまうかもしれない」

   そう言っておじいさんは屈託ない笑顔を浮かべ、あはははと笑うのでした。

「でも、よくご存知ですね、ぼくのこと?」

   するとおじいさんは、苦笑いを浮かべるのでした。

「いいか、よく見ておくがいい。これが、未来のおまえの姿なのだ。私はおまえだ。こうなりたいのか?   こんな惨めな自分になりたくなければ、すぐさま過去に執着するのをやめることだな」

   そう言っておじいさんは、自分の顔を両手で覆うと、ひとつ大きく嘆息し、やがて手をゆっくりと離しました。

   そこには、穴がぽっかりとあいたおじいさんの顔がありました。

  その空洞から赤茶けた砂嵐と教会のオベリスクのような奇岩群がそっくり覗いて見え、乾いた埃っぽい風がぼくの頬をなぶるのでした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

奇妙な日常

廣瀬純一
大衆娯楽
新婚夫婦の体が入れ替わる話

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》

小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です ◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ ◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます! ◆クレジット表記は任意です ※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください 【ご利用にあたっての注意事項】  ⭕️OK ・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用 ※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可 ✖️禁止事項 ・二次配布 ・自作発言 ・大幅なセリフ改変 ・こちらの台本を使用したボイスデータの販売

秘密のキス

廣瀬純一
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

あなたのサイコパス度が分かる話(短編まとめ)

ミィタソ
ホラー
簡単にサイコパス診断をしてみましょう

本当にあった怖い話

邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。 完結としますが、体験談が追加され次第更新します。 LINEオプチャにて、体験談募集中✨ あなたの体験談、投稿してみませんか? 投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。 【邪神白猫】で検索してみてね🐱 ↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください) https://youtube.com/@yuachanRio ※登場する施設名や人物名などは全て架空です。

処理中です...