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第5話 : 決心 [1]

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午後遅く、庭を出て宿にチェックアウトするのを最後に旅行を終えてから東京に戻る電車の中に乗っている。

弘は夕焼けで赤く染まった夕空の美しさに浸っている。

「今回の旅行はどうだった?」祐希はこの旅行の余韻が消える前に感想を分かち合いたい気持ちで弘に話しかける。

弘は旅行中に経験したあらゆることを次々と思い出す。

「精神的余裕がなかったです。」彼はこの複雑で微妙な感情をどのように一言でまとめるか悩んでから口を開く。

「あ…精神的余裕がなかったの?」これは祐希が予想できなかった返事だった。 彼もやはりただ「良かった」とか「楽しかった」という決まりきった返事を望んだわけではなかった。 弘だけの感じを生かした返事を期待したのは事実だが、その理由が気にならざるを得なかった。

「ええ、騒がしくて、散漫で、計画通りにはいきませんでした。 予期せぬことが起こり、疲れて… 言葉は要らないと思います。」」 弘は祐希が慌てた表情を見つけると、言葉を付け加えて自分の考えを表す。

「ああ…」祐希はこれが否定的な反応なのか、それとも肯定的な反応なのかよく分からない。 弘の小説のためのインスピレーションを得ようとする旅行なのに、いざ適当な所得がなければただ時間とお金の浪費に過ぎないということだ。

「しかし、だからといって残念に思う気持ちはありません。」弘は夕焼けで赤く染まった空を眺めながら、だんだん消えていく旅の余韻を楽しむ。

祐希はその姿をじっと眺めて何か言わなければならないようだが、いざ何と言えばいいのか分からず戸惑う。

弘は祐希がそうする姿を見つけて、こっそりと一言付け加える。

「実際、このようにすべて終えてじっくり振り返った時、印象的な思い出として浮上したのは私の予想と計画外で起きたそんな事件でした。 何か面白いですね。」

「あ、そうなんだ。 よかったね。」

「これが本当に重要だと思います。 小説でも旅行でもですね。 面白さという要素ですね。」

「私がじっくりどうしてこの旅行が楽しかったのか考えてみたんですが。 私が下した答えは一つしかなかったんです。」

「それは何?」

「計画というものが無駄だったので面白かったと思います。 それでスリに会って計画がこじれたことを不平を言うことはできません。」

「あ…」

「その面白さということですね。 私がこの本をプレゼントしてもらって 初めて読んだ時に感じたことなんです。 まさにそれをこの旅行で感じることができました。」

「正直…何か… 小説の中の人物たちが感じた感情を 感じてみようと思って来たんですが。 その目的はきちんと果たせなかったようです。」

「それは大変じゃないの?」

「うーん、別に。」祐希は平然とした表情で首を横に振る。

「違うの?」

「重要な事実を一つ悟ったんです。 それを知ってから、その感情を感じるのを諦めました。」

「それは何?」

「私は絶対に彼らの感情を直接感じることができないという事実です。」

「それはどういうこと?」

 「私はここに来る前からその人物たちに何が起こるか知っていたじゃないですか? 彼らがどのようにするかもすでに知っていました。未知の未来に対する単純な不安感さえ感じられないのに、彼らがその状況で、どのような心かを完全に理解することができるんですか?  彼らは毎瞬間、自分の選択がどのような結果につながるか知らずに行動しましたが、私は結局すべて知っていましたよね? 一種のネタバレと言いましょうか?」

「そうなんだ…」

「現実で不確実な未来がどうなるかを楽しむ楽しさを感じられなかったということです。」

「あ、そう?」

「その代わり、私はこの旅行で自分なりの方法で小説を一編書いたわけです。 それで満足です。これがまさにその面白さだということを教えてあげたいです。 毎瞬間の選択につながる未来に何が起こるか分からないので、現在の人生が面白いということを。 漠然とした未来のために生きるのではなく、現実を楽しむために生きる人になろう! これが私が書きたいテーマです。 小説であれ実際の人生であれ、どうなるか明らかに知っていれば何の面白くもないということです。」これが栞奈がその小説の感想として聞きたい言葉かもしれない。 もしそうなら、また別の目的一つを成し遂げたわけだ。

「そう、そうなんだ。」

みんなが東京に帰ってきた時はいつのまにか日が暮れた後だった。

祐希は家に帰って携帯電話からつける。  紗耶香からの留守番電話が殺到する。 旅行に行っている間にこんなことに悩まされたくなかったので、電話を切っておいた。

そんなに深刻なことではないと思う。 面倒くさそうな電話を無視しようかと思ったが、それでも気になる。

祐希は紗耶香にもう一度電話をかけてみることにする。

「もしもし?」

「やっと電話を確認したみたいだね? なんで? 何かあったと思ったじゃない?」紗耶香が祐希の電話を待っていたかのように出る。

「それは私が言いたいことだよ。 なんでこんなに電話をたくさんしたの? 何かあったの?」

「いや、特になかった。」何事もなかったことを自慢でもするかのようにむしろ平然と答える。

「いや、特になかった? ところで、こんなにたくさん電話したの?」

「うん、うん、そうした方が焦って見えるんじゃない?」やはり何ともないという声で答える。

「緊急に見えるように不在中、電話を数十通をしたの?」 祐希は紗耶香の言うことを素直に信じられない。 紗耶香が電話したかったのは明らかで、その理由には他の思惑があることは明らかだ。

「うん、それでこそ君が電話ができる時にするからさ。たくさん電話した分だけ心配させることができるんじゃないの? もし何か深刻なことが起こったのか気になって。 もしかして、私が誰かに拉致されたとか、深刻な事故に遭って怪我をしたとか。」

「そんなことない。 一体何の変な小説を読んだの? そんなことがあったら私ではなく警察に先に連絡しなきゃ。」

「念のため! 本当にそんな英雄を待っている小説のヒロインになるかも。」

「はぁ…あきれる。」 電話上なのに紗耶香がどんな表情をしているのか目の前に生々しく描かれる。

「君はいつも何かをするたびに電話を切ったままにしておくんだ。 とても不便だよ。 後で電話できる時に電話をくれるわけでもないし。」

「それで私に電話をさせる方法はこれしかなかったということか?」

「ピンポン!とにかく作戦成功だよ。 携帯電話をつけてすぐ電話してくれたじゃないか?」

祐希は紗耶香のいたずら混じりの態度にむかむかして何かを言おうと口をもぐもぐさせる。

「わあ!光栄だね!祐希の心配を受けるなんて。」彼女は彼が言葉を言おうとしていたことを切る。

「すぐにしたということはどうして分かったの?」彼女のいたずらが彼をより一層感情的に追い立てるが、彼は怒りを抑え平然と尋ねる。

「なんで分かったのかって? 当然知る方法がなかった。 私が読心術ができるわけでもないじゃない? ただ直感。 ところが、今自分の口で本当にそうだったと教えてくれるのを見ると、やはり心配していたようだね?」彼女はいたずらっぽい口調で彼の機嫌を損ねる。

「それで、電話した用件は何? 本当に何の目的もないとは言えないと思うけど? どんなにすごい目的があったのか一度聞いてみよう。」 祐希はこれで問い詰めることは諦めることにする。 こんな風に彼女のいたずらに巻き込まれて気争いをしてはきりがなさそうだ。 紗耶香がこんなに平気なふりをしても、実は何か言いたいことがあるに違いない。

「用件。当然あるよ。 この賭けで君の味方にすごく面白い子がついたと聞いたんだ。 会いたいよ。どんなに面白い子か。」紗耶香はまるでそのような約束をあらかじめしておいたかのように図々しい口調で要求する。 本論を持ち出す機会を虎視眈眈と狙っていた。

「またその話? なんでお前が?」

「こんなにずる賢く隠すの? 当然私もこの文芸部の一員だからだよ。 厳然として部員としてその資格があるのではないか?」このような要求をする時は、先に縮こまってはならない。 まるで相手さえこれが本来当然のことだと勘違いするほど、自ら堂々とならなければならない。

「そうかな?君と似合わないかもしれないけど?」

「違うよ!違うよ! 桃香がその新入生が私とよく合うかもしれないと言ったけど?」祐希がその要求を無視しなければ紗耶香の計画はすでに成功したも同然だ。 似合うかどうかは関係ない問題だ。 勝てないふりをしながら要求を聞き入れるだけだ。

「こいつが余計なことを。」 祐希はそれを聞くと一人でささやく。 すべてのいざこざの原因が桃香のうわごとだと思うと、表情も自然に歪む。

「うん?今何て言ったの?」

「ああ、何でもない。」 裕樹は一瞬紗耶香と会話中だったことさえ忘れていた。

「なんで隠したいの? まさか私も知ってる人なの? まさかお前この前本屋で会ったあの女の子じゃないよね?」紗耶香は祐希が何でもないと言うからもっと気になる。 好奇心に勝てなくてこっそり探ってみる。 その女の子ではないという事実は桃川対話を通じてすでに分かったが、口にしながら追及するのにこれほど良いものはない。

「あ、違う。」 祐希はやはり頑固に否定する。 初めての出会いから今まであったことが走馬灯のようにすれ違う。

「お~慌てるのを見ると合っているようだけど? まだ忘れていないことを見ると、やはり切ない出会いだったようだ。」強く否定するので、さらに掘り下げていきたいのもやはり人の心理だ。

「何度もそのようにねだるな。」

「本当にその理由なの? それとも的を射たからかな? 本当にあの女の子じゃないの?」紗耶香は祐希の不平を気にしない。

「あ、やめろ! なぜしきりに対話を変な方向に追い込もうとするのか?」その執拗な要求に呆れるほどだ。

「残念だな… ぜひうちの文芸部に入ってほしかったのに…」 その方向に追い込む理由は明らかだ。 敢えて言うまでもない。 祐希 がその新入部員を見せるよう誘導するためのものもあったが、紗耶香自身も内心そんな期待があった。

「よく分からない。」祐希は真剣な声のトーンで答える。

「なんだその白けた反応? 一番残念に思うべき人が君だと思うけど。 本当にあの子なんじゃないの?」内心が明らかに見える返事だ。 このような漠然とした疑いと期待は祐希の反応と微妙にかみ合い、紗耶香に推測に確信を与える。
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