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第4話 : 舞台探訪 [6]

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「はい、どうぞ。」 彼は彼女に財布を渡す。

彼女は財布の中を見てみると、元の持ち主のものと見られる写真を見つけてびっくりするが、感情を隠そうと努めてにっこり笑いながら財布を警察に再び渡す。

「すみませんが、先に行かなければならないようですね。」 彼女はまるで何事もなかったかのようにそっと席を立つ。

「大丈夫ですか?」 彼は首をかしげて尋ねる。

「あ… いいえ。 ただ急に急なことを思い出してこれ以上待つことができないようです。」栞奈は努めて平然としたふりをする。

「どうしたんですか? とても重要なようですね。」

「はい。そしてその方が私に会うことをむしろ気まずく思うかもしれません。」 確かに今週末約束があって旅行に行くという話を聞いたが、まさか弘の目的地も横浜だったとは想像もできなかった。 両目で証拠物を見ても信じられない。 弘が旅行の提案を断った理由がまさにこれだということだ。 栞奈もやはりその事実を知っているので、今このように割り込んでは弘の旅行に冷水を浴びせる格好になりそうだ。 一見財布を取り戻してくれた恩人として会うのが嬉しいかもしれないが、この偶然ではなく偶然がもたらす状況を想像してみれば絶対に良い姿が描かれない。 ただ、お互いに戸惑ってぎこちないだけだと思う。

「それは…どういうことか?」

「そうですね?よくわかりません。」栞奈は弘がここまで来た理由を考えざるを得ない。 まさかその小説のせいかな? それともただ海を見たくて?

「偶然のように見えたのが実は縁だということが明らかになるのも適当な時があると言うべきでしょうか?」これは本当に偶然なのか? お互いに会わせようと誰かが組んでおいたずるい計略ではないか? いや、今はそんなことが重要なのではない。 このように時間を延ばしては余計な誤解を招くだろう。 旅行の提案を断ったのが不都合で、変な邪魔をしたのではないかと疑われるかもしれない。 感謝の挨拶どころか、どうすればいいのか分からず、目もまともに合わせられないだろう。 互いにそんな一部始終などを問い詰めているはずがない。 あなたがなぜここにいて、私とこの状況で出会うのかと考えるだけだ。

「私はこれで失礼します。 私も時間が多いのではなく、ここでじっとしているだけではいられないようですね。」栞奈は最後まで平然と笑顔を維持するが、まるで自分がスリでもなったかのように一時でも早く抜け出そうとする。

一方、結城と博は警察官から財布を取り戻したと聞いて期待感にふくらんで警察署に到着したが、栞奈がすでに去った後だった。

「ああ!来たんだ。」 警官は2人を歓迎する。

「ここに財布があります。 合っているか確認していただけますか?」彼は2人に近づき、財布を渡す。

「はい。 」祐希は財布にがらくたがそのままあることを確認してから安心してポケットに入れる。

「本当によかったですね。」

「ところで、あの方はどこにいるんですか?」

「それが…先に急用があるから去られました。」

「お礼を言うためにベイブリッジからここまで来たのに。」

「私も少しだけ待ってくれと言ったのに、先に去っていきました。」

「あ…残念ですね。」

「それでも財布を取り戻す仕事を手伝ってくれました。」

「はい。それでありがとうという言葉を必ず伝えたかったのですが…」 栞奈が待たずに飛び出した本当の理由を知らない弘は、そんなありがたい助けてくれた人の顔を直接見られないのが残念なだけだ。

弘は警察署を出るが、失望感にとらわれて元気が抜ける。 元々計画していたところに行くことをあきらめてここに来たが、いざその人が待たずに去ってしまって会うことさえできないので、もしかしたら虚しくないのがおかしいのだ。 ここに来た意味がなくなったので無駄足を踏んだと言うべきだ。 三溪園に寄ってから宿舎に戻ればちょうどよかったのに、急に時間の空白ができたので、どうやって埋めればいいのか悩む。

「ベイブリッジにまた行くのは面倒だが、近くに見回していないところがあるのか?」曖昧に残った時間をつぶす場所を探そうと思う。

「私が一度探してみます。」弘は携帯電話を取り出し、近くに簡単に見回るのに良い旅行地があるか検索する。

「いいよ。」

「横浜イングリッシュガーデンというところがありますね。」 検索で出た青い海の写真と高層ビルの写真の間から色とりどりの花で飾られた庭園が目に入る。 港町なので当然のことだが、よく考えてみるとここに来て見た自然景観が海しかないようだ。 このようなユニークな感じがするところもいいと思う。 自然に楽しみだ。

「そこに行ってみたいの?」

「はい、写真で見ていますが、とてもきれいなところだと思います。」ただインターネット検索だけして下した決定だが、今はこのような選択がただ淡々となる。 最初は計画通りにいかなかったのが失望したが、このような即興的な決定でそれなりに思い出を作り満足感を感じたため、今回もそうだろうという漠然とした信頼が生まれる。

「そう、そこに行ってみよう。」弘の満足感が一番重要だという考えで下す決定だ。 これまで計画があまりにも狂って内心がっかりするのが気になるからでもある。 インスピレーションを得るどころか、余計に来たという後悔ばかりするかもしれない。

一方、栞奈は警察署を出てすぐ宿舎に行ってチェックアウトする。 ざっと行ってみたいところは全部行ったことがあると思うけど、まだ東京に戻る列車の時間までは余裕がある。 ぼんやりと海を眺める。 こんなに景色が美しいところなのに、さっきはスリを捕まえるのに気を使っていたので、どうしてもまともに鑑賞できなかった。 あれこれと予想できなかったことが起きた旅行2日目も徐々に暮れている。 果てしなく流れていく時間はどうしても掴めなくて旅の終わりに残っている余韻だけを吟味している。 泊まった場所と起きた事件をじっくり振り返ってみる時間を持つのも旅行の醍醐味ではないかと思う。 ベイクォーターで警察官と出会い。ラーメン屋。 みなとみらいでスリの追跡。 警察署で知り合った事実。 すべてを一つずつかみしめてみるこの瞬間さえ、遠い未来にはもう一つの回想になっているだろう。 昔の記憶を振り返りに来た旅行でむしろ多くの思い出を得ていく感じがするが、単純に気のせいではない。

いざこのような考えをしていると、ただ去る前にこのような思い出を記念する何かを買いたくなる。 このまま時間が経てばまた鈍くなることは明らかだが、とても残念だ。 この感情と印象を実際の形のある物に直接込めて未来に残したい。 彼女はまっすぐ元町に足を運ぶ。 まるでその2人がどこに行くか知っていたかのように、正反対方向にある目的地に向かう。 賑やかな通りに両側に並ぶ商店をのぞき見ていると、ふと目に入るお土産屋さんへ行く。 多様な物が期待とときめきを刺激する。 余裕のある気持ちでゆっくり見て回って決めるつもりだ。

彼女がそこで買うものを選んでいるとき、彼らは庭に到着する。 風に乗ってくるさわやかな草の香りが鼻をつくと、その事実が実感できる。 写真を見るだけでは絶対できなかった経験だ。 一周ゆっくり回ってみようと思う。

「これが最後の場所ですね。」

「そうだね。もう終わりだね。」

「昨日はこんなふうになってここにいるとは想像もできなかったが…··· いや、こんなところがあるなんて知りませんでした。」

「ここでどんな思い出を残すことができるでしょうか?」

「思い出?」

「はい。今まで立ち寄った場所で全部いろんな思い出を残したじゃないですか? ここでは何が起こるか楽しみではありませんか?」

「そうだね。」

「じゃあ、今度は私たちが直接何かをしてみたらどう?」

「やってみるんですか?」

「そうだね。今まで望まないことばかり起きたんじゃない? これからは何か望むことをしてみるんだ。 今何がしたい?」

「私は自分のやり方で楽しんで、楽しみを見つけたいです。」

弘はそんなに誰にも邪魔されず、気の向くままに足を運ぶ。 感慨深い。 花の香りに魅せられて一堂に会したまま写真を撮ったり、あてもなく花道を歩いてみたりする。 さっぱりしている。足取りも羽のように軽い。 このように改めて感じる自由な気持ちは何かじっくり考えてみる。 結論は簡単だ。 今までその小説人物の足跡をたどってみようとすると、これが自分の旅行だということを忘れていたようだ。 初めて自ら下す決定ということだ。 どこかに必ず行かなければならないということもなければ、何かを必ずしなければならないということもない。 いざその影から抜け出すと、自分の行く道とする行動が別に新しい話になる。 ふと自覚し、その当時計画したところに行けず、計画したことをできなかった時に失望するだけだった自分が残念で恥ずかしく感じることもある。 その小説が定めた道に縛られて、このような旅行でこのような感情を感じる機会を最後になってようやく持つというのが自分に申し訳ないだけだ。 その小説が伝えようとする主題とかけ離れた経験だったが、もしかしたらすべてのことがこの事実を悟らせるために起きたようだ。 これが自分の話であり、その小説とは別物だということだ。 小説人物の心を感じてみることを目的とした旅行なら、失敗した計画であることは明らかだが、自分のやり方で楽しみながら、自分の話の主体は私だということを発見する旅行なら、この上なく大成功したものだと思う。 

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