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第六章 三つ巴
第七十二矢 信仰心
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今川・松平軍が岡崎へと進軍しているという一報はすぐに一向宗側に伝わった。同時に、安祥城の戦いで一向宗の軍勢が敗れたことも伝わった。
「なに…我らの軍勢が負けただと…」
その一報を聞いた僧兵や門徒たちはざわめいた。
(動揺と不安が広がっていますね…)
このままではいけない。
そう思った玄海は、この雰囲気を変えるために言い放った。
「だから何だと言うのですか。進むは極楽浄土、退けは無間地獄。私たちに進む以外の道はないのです。」
その言葉を聞き、僧兵たちには動揺や不安よりも一向宗への信仰心が強くなった。
「そうじゃ、御院主様の仰せの通りだ!」
「そもそも、部外者に頼ったのが間違いだったのだ。極楽浄土への道は我らのみの手で掴まねばならぬのじゃ!」
僧兵たちの口からは不安が消えかけていた。
玄海は最後のひと押しをする。
「さあ今こそ出陣し、仏敵共を打ち倒すのです!」
「おおおう!!」
僧兵たちに檄を飛ばした後、玄海は一人の僧侶を引き連れて寺の廊下を歩いていた。
「いよいよ、あの仏敵共を打ち倒す機が来ましたね!」
「ええ、そうですね。実誓。」
実誓と呼ばれたこの僧侶は、玄海が気まぐれで拾った孤児であった。
それゆえに、玄海は最も信頼できる仏弟子として実誓を常々そばに置いていた。
玄海はニコリと実誓に微笑むが、内心は穏やかでなかった。
(お前たちが今川に勝てるわけがないでしょう。)
戦経験のない僧兵や門徒たちが各地で一揆を起こしたとしても、国を苦しめることはできるだろうが倒すことはできない。
それは何故か。
全てにおいて力が不足しているからである。
兵数、練兵度、経済力など、どれを取っても松平や今川よりも数段劣る。
ましてや、一国の軍相手に真っ向から戦を起こすなど無理な話である。
それゆえに、大金をつぎ込んで戦経験豊富な傭兵を雇ったのだ。
(それだというに、あの傭兵共は…)
玄海は実誓にバレないように奥歯をギリッと噛んだ。
すると、出陣の準備をしている僧兵たちが目に入った。皆、鎧を着て頭に頭巾を被っている。
(そろそろ潮時ですね。せめて僧兵たちには時間稼ぎをしてもらいましょう。)
今川軍は早くも岡崎付近まで来ていた。
「たぶんさ、一向宗の人たちは打って出てくると思うんだよね。」
「それは何故にございましょうか?」
吉田氏好の問いかけに、俺は少し考えてから答えた。
「うーん、これまでの戦い方的に。何かあの人たちって武将より血気盛んな感じがするし。」
「確かにあやつらが大人しく寺に籠もるとは思えませぬな。」
「まあ、寺に籠もったら籠もったで城攻めみたいにやればいいんだけだけど。」
俺はそう言って、ハッとある作戦を思いついた。
「そこでなんだけど、思いついちゃった。一向宗を一網打尽にする作戦。」
俺は氏好にその作戦を教えた。
「成る程…良案にございまする。」
「でしょ。一回やってみる価値はあるんじゃないかな。てことで、軍全体に伝えるわ。」
俺は各隊に今回の作戦を伝令を介して通達した。
そんなやり取りをしていると、俺の目線の先には玄海が居る一向一揆の発端となった寺が見えてきていた。
「おっ、やっと見えてきた。」
が、その寺の前に立ちはだかる軍勢の姿があった。
そう、僧兵を中心とした一向宗の軍勢である。
僧兵たちは今川・松平軍を迎え撃とうと寺から出陣してきたのだ。
俺は自分の予想が当たったことに少しでも驚いた。
「マジか。いや、そうかなとは思ったけど。」
僧兵たちは今川・松平軍の存在を確認すると、
「進むは極楽浄土、退くは無間地獄!」
そう一心に唱和しながら、無謀にも自分たちの数倍以上の兵数である今川・松平軍に突撃していった。
「じゃあ、作戦決行します。」
「はっ!」
俺は軍全体に指示を出して、各隊の弓兵部隊を軍の最前列へと上げた。
その間にも、見る見るうちに今川・松平軍と僧兵たちの距離は縮まっていく。
だが、まだ俺は何もしない。
そして、ついに一向宗の軍勢があと少しで今川・松平軍に襲いかかろうとしていたその時、
「弓兵、放てぇ!」
俺は今川軍全体に行き渡るような大声で指示を出した。
その声のすぐ後に、一斉に弓兵は矢を放った。
大量の矢が一向宗の頭上に降り注ぐ。
兜を被っていない僧兵たちは、たちまち矢の餌食となった。
「ぐあああっ!!」
次々に僧兵が倒れていく。
それでもなお今川軍へと突撃しようとするが、混乱に陥り隊列が乱れ、なかなか前へ進むことができない。
「突撃!!!」
その隙を突いて、今川・松平軍が一向宗の軍勢に突撃した。
そうやって今川軍と一向宗の軍勢が争っている最中、その喧噪は寺の本堂で仏に祈りを捧げていた玄海にも聞こえてきていた。
「さてと、私たちも動くとしましょう。」
玄海はゆっくりと立ち上がると、後ろに控えていた実誓に呼びかけた。
「実誓、私についてきなさい。」
「はい!」
玄海と実誓は本堂から退出して、とある場所へと向かった。
一方、寺から少し離れた平野では今川・松平軍と一向宗の軍勢の戦いが終わりかけていた。
今川軍による斉射攻撃は、一向宗にとって大打撃だった。
ただでさえ今川軍と比べて少なかった兵力数が削がれただけではなく、混乱状態に陥りまともに戦えなくなってしまった。
そこへ容赦の無い今川軍の突撃。
その時点ですでに勝敗が決してしまっていたのだ。
だが、撤退することは彼らの異常なまでの信仰心が許さなかった。
「進まば極楽、退かば地獄!!!」
僧兵たちは味方の屍を乗り越えて、今川軍に応戦する。
「この力、一体どこから出るというのじゃ…」
その姿は今川兵を戦慄させるほどであった。
しかし反撃もそこまで。
その気迫を以てしても、この絶望的な状況を翻すことはできなかった。
一人、また一人と時間を追う毎に僧兵は倒されていった。
そして開戦から一刻が過ぎようかという頃には、一向宗の軍勢は壊滅したのだった。
*実誓くんは第五十二矢や第五十七矢、第五十八矢などにちょびっと登場した僧侶です。
「なに…我らの軍勢が負けただと…」
その一報を聞いた僧兵や門徒たちはざわめいた。
(動揺と不安が広がっていますね…)
このままではいけない。
そう思った玄海は、この雰囲気を変えるために言い放った。
「だから何だと言うのですか。進むは極楽浄土、退けは無間地獄。私たちに進む以外の道はないのです。」
その言葉を聞き、僧兵たちには動揺や不安よりも一向宗への信仰心が強くなった。
「そうじゃ、御院主様の仰せの通りだ!」
「そもそも、部外者に頼ったのが間違いだったのだ。極楽浄土への道は我らのみの手で掴まねばならぬのじゃ!」
僧兵たちの口からは不安が消えかけていた。
玄海は最後のひと押しをする。
「さあ今こそ出陣し、仏敵共を打ち倒すのです!」
「おおおう!!」
僧兵たちに檄を飛ばした後、玄海は一人の僧侶を引き連れて寺の廊下を歩いていた。
「いよいよ、あの仏敵共を打ち倒す機が来ましたね!」
「ええ、そうですね。実誓。」
実誓と呼ばれたこの僧侶は、玄海が気まぐれで拾った孤児であった。
それゆえに、玄海は最も信頼できる仏弟子として実誓を常々そばに置いていた。
玄海はニコリと実誓に微笑むが、内心は穏やかでなかった。
(お前たちが今川に勝てるわけがないでしょう。)
戦経験のない僧兵や門徒たちが各地で一揆を起こしたとしても、国を苦しめることはできるだろうが倒すことはできない。
それは何故か。
全てにおいて力が不足しているからである。
兵数、練兵度、経済力など、どれを取っても松平や今川よりも数段劣る。
ましてや、一国の軍相手に真っ向から戦を起こすなど無理な話である。
それゆえに、大金をつぎ込んで戦経験豊富な傭兵を雇ったのだ。
(それだというに、あの傭兵共は…)
玄海は実誓にバレないように奥歯をギリッと噛んだ。
すると、出陣の準備をしている僧兵たちが目に入った。皆、鎧を着て頭に頭巾を被っている。
(そろそろ潮時ですね。せめて僧兵たちには時間稼ぎをしてもらいましょう。)
今川軍は早くも岡崎付近まで来ていた。
「たぶんさ、一向宗の人たちは打って出てくると思うんだよね。」
「それは何故にございましょうか?」
吉田氏好の問いかけに、俺は少し考えてから答えた。
「うーん、これまでの戦い方的に。何かあの人たちって武将より血気盛んな感じがするし。」
「確かにあやつらが大人しく寺に籠もるとは思えませぬな。」
「まあ、寺に籠もったら籠もったで城攻めみたいにやればいいんだけだけど。」
俺はそう言って、ハッとある作戦を思いついた。
「そこでなんだけど、思いついちゃった。一向宗を一網打尽にする作戦。」
俺は氏好にその作戦を教えた。
「成る程…良案にございまする。」
「でしょ。一回やってみる価値はあるんじゃないかな。てことで、軍全体に伝えるわ。」
俺は各隊に今回の作戦を伝令を介して通達した。
そんなやり取りをしていると、俺の目線の先には玄海が居る一向一揆の発端となった寺が見えてきていた。
「おっ、やっと見えてきた。」
が、その寺の前に立ちはだかる軍勢の姿があった。
そう、僧兵を中心とした一向宗の軍勢である。
僧兵たちは今川・松平軍を迎え撃とうと寺から出陣してきたのだ。
俺は自分の予想が当たったことに少しでも驚いた。
「マジか。いや、そうかなとは思ったけど。」
僧兵たちは今川・松平軍の存在を確認すると、
「進むは極楽浄土、退くは無間地獄!」
そう一心に唱和しながら、無謀にも自分たちの数倍以上の兵数である今川・松平軍に突撃していった。
「じゃあ、作戦決行します。」
「はっ!」
俺は軍全体に指示を出して、各隊の弓兵部隊を軍の最前列へと上げた。
その間にも、見る見るうちに今川・松平軍と僧兵たちの距離は縮まっていく。
だが、まだ俺は何もしない。
そして、ついに一向宗の軍勢があと少しで今川・松平軍に襲いかかろうとしていたその時、
「弓兵、放てぇ!」
俺は今川軍全体に行き渡るような大声で指示を出した。
その声のすぐ後に、一斉に弓兵は矢を放った。
大量の矢が一向宗の頭上に降り注ぐ。
兜を被っていない僧兵たちは、たちまち矢の餌食となった。
「ぐあああっ!!」
次々に僧兵が倒れていく。
それでもなお今川軍へと突撃しようとするが、混乱に陥り隊列が乱れ、なかなか前へ進むことができない。
「突撃!!!」
その隙を突いて、今川・松平軍が一向宗の軍勢に突撃した。
そうやって今川軍と一向宗の軍勢が争っている最中、その喧噪は寺の本堂で仏に祈りを捧げていた玄海にも聞こえてきていた。
「さてと、私たちも動くとしましょう。」
玄海はゆっくりと立ち上がると、後ろに控えていた実誓に呼びかけた。
「実誓、私についてきなさい。」
「はい!」
玄海と実誓は本堂から退出して、とある場所へと向かった。
一方、寺から少し離れた平野では今川・松平軍と一向宗の軍勢の戦いが終わりかけていた。
今川軍による斉射攻撃は、一向宗にとって大打撃だった。
ただでさえ今川軍と比べて少なかった兵力数が削がれただけではなく、混乱状態に陥りまともに戦えなくなってしまった。
そこへ容赦の無い今川軍の突撃。
その時点ですでに勝敗が決してしまっていたのだ。
だが、撤退することは彼らの異常なまでの信仰心が許さなかった。
「進まば極楽、退かば地獄!!!」
僧兵たちは味方の屍を乗り越えて、今川軍に応戦する。
「この力、一体どこから出るというのじゃ…」
その姿は今川兵を戦慄させるほどであった。
しかし反撃もそこまで。
その気迫を以てしても、この絶望的な状況を翻すことはできなかった。
一人、また一人と時間を追う毎に僧兵は倒されていった。
そして開戦から一刻が過ぎようかという頃には、一向宗の軍勢は壊滅したのだった。
*実誓くんは第五十二矢や第五十七矢、第五十八矢などにちょびっと登場した僧侶です。
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