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第5章 お祭りランデブー
03 田舎犬のトキメキ
しおりを挟む「型抜きって懐かしいな」
「よくやりましたね。難しいんですよね」
「結構どころの話ではない。成功した試しがないな」
「確かに。あれって本当に出来上がるのでしょうか?」
「出来るヤツもいるようだが、稀だろう」
そんな他愛もない話をして、参拝をしてから二人は、露店に繰り出した。
「祭りに来たら、やっぱりぶどう飴だよな」
保住は、きょろきょろと周囲を見渡す。
「え、甘いのが先ですか」
「甘いのばかりでいいのだが」
「ダメです。おれは、腹が減っています」
「お前主語か」
「おごる側の意向も汲んでくださいよ」
「仕方がないな」
田口は、すぐそばのたこ焼き屋に足を向ける。
「二つでいいですか」
「一つもいらないな。そんなに食べたら飴が食べられなくなるではないか」
「贅沢ですね」
たこ焼き屋の威勢のいいお兄さんに声をかけてたこ焼きを一つ頼む。しかし、二人とも手が付けられない。
「田口、先に食べていいぞ」
「いいえ。係長こそ。どうぞ」
押し問答の意味はそれぞれしか分からないはずなのに。もしかして同じ理由かも? と思うと笑ってしまう。田口が先に白状した。
「おれ、猫舌で」
「おれも無理だ。冷めてからにしてくれ」
「そうだと思いました」
田口は笑う。保住も苦笑いだ。
「では、時間をおいてからにするとしよう」
「ですね」
「お! フルーツ飴ではないか。ほらみろ。こっちが先だな」
「仕方ありません。お付き合いします」
終始、保住に振り回されっぱなしな気もしないでもないが、ああだこうだと仕事以外の話をするのは楽しい。
そして、こういう時間を共有できるということが至福の時だ。居酒屋などで食事もいいけれど、イレギュラーなイベントはハラハラドキドキものだ。
なにより、澤井の誘いを断って、自分を選んでくれた彼の気持ちが嬉しい。目を輝かせてフルーツ飴を選んでいる彼の横顔を見ていると、心が落ち着いた。
「田口!」
ぼんやりとしていると、保住に袖を引かれた。
「はい」
「ぼけっとしていると邪魔になるぞ」
「すみません」
「お前はどれにするのだ? 早く決めろ」
「おれもですか?」
「美味しいぞ。食べてみろ」
店の営業みたいな彼の言葉に、店主も笑っている。
「お兄さん、営業ありがとね」
「営業をしているつもりはないが」
周囲の女性たちも、保住の声につられてやって来る。
「わあ、美味しそう」
「かわいい」
「美味しいぞ。これは間違いない」
保住の太鼓判に、彼女たちは目がハートになってそれから熱心に飴を見始める。
「係長。恥ずかしいのでやめてください」
「だって……」
結局。保住の営業(?)のおかげで思ったよりも飴が売れた店主におまけをもらって、彼はほくほく顔だった。
「いい人であった」
「いい人って……」
あなたのほうがいい人ですよ、と思う。
「そういえば」
みかんの飴をほおばりながら保住は声を上げた。
「なんでしょう?」
「芽依ちゃんからよくメールが来る」
芽依とは、田口の姪っ子のことである。彼女は中学生で、進路のことなどで悩む難しいお年頃だが、保住とは意気投合をしているようで、療養から帰ってからも何度かメールでやり取りをしているのは知っていた。
「すみません。ご迷惑ですね。芽依ちゃんには言っておきます」
「いやいや。おれはいいのだが。親御さんたちに心配をかけさせてしまわないように話をしておいてくれ」
「兄たちは全然大丈夫ですけど。おれのところにだって、本当にたまになのに。係長のところにはどんな内容のメールをよこすんですか?」
「それは個人情報だろう」
「そんな。意地悪ですね」
「彼女の権利だ」
保住は悪戯に笑う。そしてぽかんとしている田口の口に、小さいリンゴの飴を押し込んだ。
「ふが!」
「早く食べろ」
「係長!!」
田口は飴の持ち手をもって抗議する。
「死にますからやめてください!」
「すまない、加減したつもりだ」
「勘弁してくださいよ」
そう言いつつ、りんご飴の味は遠い昔の記憶をくすぐる。子供の頃は、フルーツ飴と言ったら、りんご飴くらいしかなかったものである。家族で繰り出した地元の縁日で食べた飴の味。懐かしい気持ちになった。
大人しく飴を堪能する田口を見て、保住は笑う。
「なかなかいいものだろう」
「確かに。懐かしい味がします」
「たまにはいいのだ。こういうことも」
二人は雑踏の中を連れ立って歩く。結局、そのあとはおもちゃ系の店ばかりハシゴをしてしまった。お腹はいっぱいにならなかったけど、胸はいっぱいだ。駐車場に向かって歩く二人の手には、子供が喜びそうなものばかりぶら下がっていた。
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