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第5章 お祭りランデブー

02 して欲しいこと

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 半年がたち年も近いせいか、保住と田口は仕事終了後も時間を過ごす機会が増えた。とは言っても、目的は仕事の件が多く、完全なるプライベートはない。あったとしたら、熱中症事件の時に実家で彼を預かった時がそれに該当する程度である。

 それ以外は、もちろん仕事ばかりだ。

「それじゃ、今日はこれで失礼します」

 保住が立ち上がった。他の職員たちも時計を見て、定時を過ぎていることを確認したようだ。

「本当だ。お疲れ様でした。おれも帰ろう」

「おれも」

 それぞれが帰り支度なのを見てから、田口は立ち上がった。

「おれもお先に失礼します」

「今日はお疲れだったな! また次回もあるし。ゆっくり休めよ」

 渡辺に肩を叩かれて、はにかみながら廊下に出た。

 先に出た保住は、待っていてくれるのだろうか。

 そんな思いが脳裏をかすめた瞬間、暗い廊下で人の気配がした。壁に身を預けて保住が立っていたのだ。彼は田口がやってきたことを確認すると、躰を起こした。

「行くぞ」

「はい」

 だんだん、彼の考えていることが少しずつ理解できるようになってきた。自分が先に事務室を出て、田口がすぐに出てくることを見越して、いや、そうしろという保住の意図を理解して出てくるものだと思っている証拠だ。先に帰宅したのに、廊下で待っているところを、田口以外の職員に見られたら不思議がられるに決まっているからだ。

「廊下で待つからさっさと出てこい」

 保住の意図は、そういうものなのだろうと理解していたからこそ、一番に事務所を出たのだ。
 言葉で指示されなくても、そう言った彼の「して欲しい事」がわかるようになってきたのは、少し嬉しいことだった。

 保住の背中を見つめながら、黙ってついていく。
 今日は、彼の行きたいところに行くと言っていたが……。

 正直、田口にとったら場所は、どこでもいい。ともかく、お礼が出来ればいいのだから。彼との時間を過ごすことが出来ればいいのだから。

 そう思いながら、着いて行くが、保住の足は止まらない。どんどんと前に進んでいく。

 てっきり市役所周辺の店を想像していた田口だが、少々困惑してきた。歩き出した保住を見て、近場だと踏んでいたのだが——。今日は、どんどん徒歩で進んでいくのだ。

 ——見込み違いか。

 予想通りにいかないと不安になるのが人間だ。田口は堪らずに、目の前を歩く保住に声をかけた。

「あの、係長。この辺の店ではないのですか?」

「ん? 違うけど」

「あ、そうですか。あまり遠くに行くと、車を置いていくことになりますよ」

「大丈夫だ。どうせ、お前は徒歩だろう」

「そうですが」

「そう遠くないところだ。黙ってついてこい」

「はい……」

 運動音痴という割には、こういう時の移動は早い。リーチが違うので田口の方が早く歩けるはずだが。結構、速足にならないとついていけない。せっせと彼の後ろをついていくと、いつもは閑散としている町がにぎわっていることに気が付いた。

 ——なんだ?


「なんだか今日は、騒がしいですね。なにかあるのですか?」

 人が増えてくる。人込みに紛れて、保住を見失わないように必死に彼を追いかけた。

「田口、今日は祭りだぞ」

「え?」

 保住の声に、はっとして顔を上げた。少し人込みが薄れて、開けた空間に出た瞬間、保住が振り返って田口を見た。

 大きな石造りの鳥居——。到着したのは、街の中心にある稲荷神社だった。

「今日は稲荷神社例大祭だ」

「そうでした。確かに」

 ——毎年、十月の一週目の週末は秋のお祭りか。

 梅沢に住んでから何年もたつが、友達の少ない田口は、こういったイベントに足を運ぶことは少なかったのだ。随分、昔——大学生時代に、サークルの友達たちと来たのが最後かもしれない。

 いつもだったら車が走っている車道が全面通行止めになっており、歩行者天国の標識が出ていた。警官が出てきて、車の進入を止めている様子が見受けられた。片側一車線の幅広い道路の両脇には露店がずらりと並ぶ。子どもから大人まで楽しそうに、所狭しと行き交っている様は、いつもの梅沢の町並みとはかけ離れていた。

 賑やか。
 心がザワザワして、ワクワクしてくるのは日本人の血なのだろうか。やはり、「祭」というイベントは誰しもが心動かされるものなのだろう。

「今日は、ここでご馳走してもらおうか」

「え? ここですか?」

「祭りは嫌いではないが、一人で来ても詰まらん。男二人で来るようなところでもないが」

「一人よりは、と言うことですね」

「そう言うことだ」

 致し方ないという言いっぷりだが、言葉とは裏腹に保住は楽しそうだった。仕事に夢中の時と、同じ顔付きをしている。
 保住は祭りが好きらしい。瞳がキラキラとしていて、表情も明るかった。

「小学生みたいですね」

 田口の言葉に、一瞬の間をおいてから、保住は豪快に笑った。

「そうだな! お前は中学生だが、おれはもっと幼い。的確だ」

「肯定されると、突っ込みようがありませんよ。否定してください」

「そうだろうか。自覚している。気にしていない」

 ——そういう問題か。

 まごついている感覚なんて、気にもしないで保住は歩き出して。

「まずは、稲荷様だな」

 長蛇の列になっている参拝者の列の最後尾について、ほっとした。
 参拝の間にも、両脇には露店が並んでいた。ガラス細工の店。焼き物の店。チョコバナナやポテト、たこ焼きなどの露店もあった。



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