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第4章 犬の故郷へ
08 田口家の晩餐
しおりを挟む「すっかり芽衣が勉強教えてもらったそうで」
夕飯の席、仕事から帰ってきた金臣は、保住に頭を下げた。
「余計なことをしました。ついつい。悪い癖です」
「いやいや。そうやって銀太も指導してもらってんでしょう? なにからなにまで、一族でおんぶに抱っこではね」
「兄さん」
昨晩は保住が寝入ってしまっていたので、食事を共にすることはなかったが、今晩はみんな揃っての晩餐だった。真樹は芽衣にこそこそと尋ねる。
「んでんで、係長さんはどんな感じだったのよ?」
「お母さん、なに野次馬すんの?!」
「だって~、いいなー。私も教えてもらいたい」
「あのねえ」
芽衣の声が聞けるのは嬉しい。なんだか、前の彼女に戻ったみたい。保住はどんな手を使ったのか。
田口は日本酒を煽りながら、家族の様子を観察した。みんな楽しそう。田口はこの家族が大好きだ。みんな大切な人。
そして、その中に保住がいることが不思議な反面、嬉しいのだった。
「芽衣は気難しいからな。迷惑かけてしまいましたね」
「そんなことはありません。すごく伸び代がある。やりたいことを伸ばせば、どんどん成長しますよ。田口も然りです」
褒められた田口と芽衣は、顔を見合わせて赤くなる。
「そんなことは」
「やだな。係長」
「田口、その係長って止めてもらえないか? みんなが名前を呼んでくれないからな」
それを聞いて、田口の父親は笑う。
「確かにな。係長さんじゃ、おがしいよな」
そんな話をしていると、玄関が豪快に開いて男性が二人顔を出した。
「なんだい! 銀太が嫁子連れてきだって聞いたもんだからよ」
「どこのべっぴんさんだい?」
田口は吹き出す。嫁子とはお嫁さんのことだ。やってきたのは隣の家の同級生、名島親子だった。
「彼女じゃないし」
「なんだよ! 隣のばあちゃんが、見だって言ってたぞ」
「銀太も良い年なのに。違うのか」
ぶうぶう言う二人に、田口の母親が苦笑して説明する。
「来てるのは銀太の職場の係長さんだ。体調崩してだがら療養しに来てんだよ」
自分のことかと気がついた保住は、頭を下げた。
「保住です」
「な、なんだ。男じゃねーか」
「隣のばあちゃん、白内障だがらよ」
名島親子は笑い出す。
——失礼な話だ。
弱ってしまっている田口を見て、保住は笑っていた。
「なんで、そうなるかな……」
「そもそも、おめえが早く結婚しねーがら、そう言う噂になんだぞ? 彼女できねーの?」
「悪かったな。仕事忙しいんだよ」
「またまた。彼女できねーヤツは、大抵そういう言い訳するもんだ」
「んだな」
「うるさいな。ほっとけよ」
「いじけたぞ」
からかわれている田口は、子供と同じ反応を示した。
保住は、とても仕事のことなんて考える余裕もないくらい、たくさんの人と関わる環境で、すっかり気持ちが癒されているようだ。彼もまた、子供に返ったように笑っていた。
「こんなうるさくて、療養なんてできねーべ」
名島に言われて、図星でなにも言い返せない田口は、頭をかいた。
——本当に良かったのだろうか?
澤井に頼まれたとはいえ、彼はこんな賑やかな田口家を想定していないだろうし。
保住を療養のつもりで連れてきたはずなのに、逆に負担をかけてしまっているのではないだろうか?
田口は保住を見た。その視線を受けて、彼はにっこりと笑顔を見せる。あっという間に田口は頬を熱くした。
保住は名島父親の言葉に首を横に振った。
「いえ、とても良くしていただいてます」
「おお! 都会の人だ」
「なんか訛ってねーぞ」
東京や大阪のような大都会から来ているわけではない。梅沢市だって、立派な田舎都市だ。県庁所在地があるくせに、中核市にもなれない田舎の都市なのだから、そんな都会扱いをされると、逆に恐縮してしまうものだが、雪割の人たちからすると、梅沢市も立派な都会らしかった。
「明日の同級会、ちゃんとくんだろうな」
「だから帰ってきているんだろう?」
「だけどもよ」
「あのさ、わかる? おれは上司を療養させるために帰って来てんだよ。邪魔すんなよ。本当に。さあ、帰った帰った」
名島息子を追い払うように手を振る田口。
「おめえ、本気で殴るぞ」
「ああ、いいぞ。勝手にしろ」
「銀太の野郎! バカにしやがって」
同級生同士の攻防は終わりを知らない。そこにいる者たちは、そんな様子にただ笑うしかなかった。
***
それから。翌日は、田口がクラス会で不在だったが、すっかり打ち解けた田口家の面々との時間を過ごす。田口の父親や兄とは、政について。田口の母親とは、田口の梅沢での暮らしぶりについて。田口の祖父とは、農業について。田口の祖母には、手を握られた。芽衣とは勉強だけでなく、進路について。子供達には虫取りに付き合わされた。
最後の晩餐には、近所に住む叔父家族もやってきて、まったくのお祭り騒ぎだった。
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