田舎の犬と都会の猫ー振興係編ー

雪うさこ

文字の大きさ
上 下
53 / 231
第4章 犬の故郷へ

09 梅沢への帰還

しおりを挟む




 結局、お世話になったお礼も大して出来ずに、田口に送られてアパートに帰宅すると、寂しい気持ちが湧いてきた。

 今まで、こんな気持ちを味わったことはない。 今回の件で、田口のことをよく理解した。あの人たちに囲まれて育った彼は、素直でまっすぐなのもわかった。

 退院してきて、自宅にも寄らずに発ったから、ここに戻るのはしばらくぶりだ。自分が留守の間、みのりが掃除をしてくれていたと聞いている。

「一人とは何とも味気なく寂しいものなのだな」

 一人呟いて笑ってしまう。保住と出会って田口が変わったのと同様に、保住もまた、今まで味わったことのない感情や経験をさせてもらっていた。彼との出会いは、確実に自分の人生を変えてくれているということを理解する。

「果物でもお礼に送らねばならないな」

 田口の地元では果樹はやらないと聞いた。贈り物をするなんてこと、人生で初めてかもしれない。

「お帰り」

 荷物の整理が億劫で、ソファに座っていると、妹のみのりが顔を出した。

「なんだ、こんな時間に」

 日曜日の夜、兄の家に来るなんて。年頃女子なのに。

「なんだ、じゃないでしょう? 病み上がりで明日から仕事行く気なんだろうから、様子見に来てあげたのに」

「そうか。すまないな」

「でも、心配した程じゃなさそうね。ゆっくりできたみたいじゃない。顔色、ずい分いいわよ」

 彼女は保住の荷物を解き始める。片付けを手伝ってくれるつもりなのだろう。正直、片付けは後回しくらいの話だったので助かった。保住は、みのりの様子を眺めながら笑った。

「ゆっくりはできなかったが、なかなか楽しかった。仕事復帰へのリハビリとしては素晴らしい環境だったな」

「それ、どう言う意味?」

 目を丸くするみのりに、保住は田口家の面々の話をした。一通り聞いた彼女は、朗らかで明るい笑い声を発する。

「あの真面目そうな田口さんって、そんな環境で育ってきたのね。面白いわねえ」

「そうだな。家とは大違いだ」

「家はおじいさんたちと疎遠だものね。おじさんにはたまに会うよ。お兄ちゃんとは、お父さんのお葬式以来、会ってないから会いたいって言っていたけど」

「そうか」

 ——そうなのだな。

 家族は父と母、そしてみのりだと、そう思ってきたが、田口家を見ると、家族とはいいものなのかもしれないと思う。

「あの人、元気なのかな?」

 保住の呟きに、みのりは苦笑いだ。

「おじいさんのこと? すっごく元気みたいよ。もう90なのにね。相変わらずの偏屈ぶりみたいで、おじさんも苦労しているみたい。お父さんみたいに、さっさと飛び出せば良かったって」

「そう。元気ならいい」

 父親の葬儀にも顔を出さない頑固ぶり。いくら喧嘩したからって、息子の葬式にこない父親などいるのだろうかと不思議だった。だが、あの人ならやりかねないだろうな。まだまだ健在ならいいことだ。

「それにしても、なんだか珍しいことばかりで嬉しいわ」

「え、どういうことだ?」

 話題が変わる。みのりはソファに座ったままニコニコと笑う。

「お兄ちゃんって友達もいないじゃない。田口さんは部下かも知れないけど、年も近いし。友達みたいでいいじゃない」

「そうだろうか」

「そうよ! こんなこと奇跡だわ」

「これは、澤井が仕掛けてきたことで……」

「とかなんとか言ったって、楽しんできたんでしょう? 明日は、台風でも来るんじゃないかしら」

「おい」

「それに澤井のおじ様が、そんなにお兄ちゃんに優しいなんて、気味が悪いわね」

 みのりは澤井の歪んだ感情を知らない。ただの気難しいが、父親の旧友で、力になってくれる人、くらいにしか思っていないだろう。

 ——ただし。今回ばかりは、借りができてしまった。後から脅されないといいが。

「吉岡のおじ様のほうが、どっちかと言えば人当たりいいから好きだけど、私は、澤井のおじ様もそんなに嫌いじゃないよ。お兄ちゃんは嫌いだもんね」

「おれは勘弁だ。四六時中いてみろ、流石さすがに嫌になる」

「ああいうパワハラ上司はよくいるわよ。悪いけど、役所より銀行のほうがタチが悪いんだからね」

 お気楽でのんびりしていそうな彼女だが、彼女なりの悩みはあるのだろう。

「すまない」

「なに、謝ってんの? へんなお兄ちゃん。なんだか変わったね」

「そうだろうか?」

 保住は首を傾げると、みのりはおかしそうに笑った。

「いいじゃない。うん! いい」

「え?」

「なんでもない! 元気そうなのを確認したし。そろそろ帰るわ。明日から頑張ってね」

「遅れを取り戻さなくては」

「それは気負いすぎ。お兄ちゃんがいなくても、何とかなるもんなんだから。自意識過剰はやめて、ゆる~くやってきなさいよ」

 みのりはしっかり者。彼女に救われることも多い。一瞬、彼女のほうが年上に見えることもある。

「じゃあね!」
 
 明日の朝ごはんをセットして、彼女は帰っていった。長く感じられた熱中症事件もやっと収束だ。明日からは日常に戻れる。保住は、そんなことを考えながらベッドに寝転がった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

泣いた邪神が問いかけた

小雨路 あんづ
BL
街に根づく都市伝説を消す、それが御縁一族の使命だ。 十年の月日を経て再び街へと戻ってきたアイルは、怪異に追いかけられ朽ちかけた祠の封印を解いてしまう。 そこから現れたのはーー。

PMに恋したら

秋葉なな
恋愛
高校生だった私を助けてくれた憧れの警察官に再会した。 「君みたいな子、一度会ったら忘れないのに思い出せないや」 そう言って強引に触れてくる彼は記憶の彼とは正反対。 「キスをしたら思い出すかもしれないよ」 こんなにも意地悪く囁くような人だとは思わなかった……。 人生迷子OL × PM(警察官) 「君の前ではヒーローでいたい。そうあり続けるよ」 本当のあなたはどんな男なのですか? ※実在の人物、事件、事故、公的機関とは一切関係ありません 表紙:Picrewの「JPメーカー」で作成しました。 https://picrew.me/share?cd=z4Dudtx6JJ

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

処理中です...