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五月:開戦
第19話:井の中の蛙
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──”宝探し”開始直後、本校舎・第一音楽室
「大体片付けたな」
運聖は意識のない人形のようになった生徒を壁に投げつけながら言う。
「そうね、邪魔者もいないし、ボールを探すとしましょう」
望美も椅子から立ち上がる。今さっきまで尋問を行っていたところだ。二人は開始直後すぐに、幾多ものの楽器を備える音楽室にやってきた。ベートーヴェンをはじめとした音楽の偉人達が優しい眼差しでこちらを見ている。彼らの表情は何を物語るのか。後世へのメッセージなのか、はたまた警告なのか。望美は何度考察したかは覚えていない。幼少の頃の思い出に耽っていると、運聖が黄色のボールを一つ持ち準備室から戻ってきた。
「おう、一つあったぜ。近くを探せばもう一つくらいあんじゃねえか?」
底抜けに阿呆、この広い校舎にボールはたったの16個しかない。ピンポイントで2つもあるはずがない。だがそれでも2人で通過出来るなら願ってもない話だ。一縷の望みに賭け、2人は再度捜索を始めた。その数分後──
「ねえな」
「ないわね」
結果、見つからなかった。理解していたこととは言え、いざ見つからないとなると悔しいものだ。
「あー、どうする?今ならくれてやってもいいぜ?」
「何を言っているの?あなたが見つけたのだからあなたが進みなさい」
照れくさそうに運聖は頭を掻きながら言う。だが、それではいけないと望美はその意思を一刀両断する。それを受けた運聖はそっぽを向きながら言う。
「俺はお前のお陰で強くなれた。一年の時、限界に到達して俺は…停まっていた。あいつらはこれでもかってぐれーに伸びてってよ、異能力の問題もあったんだとは思ってるけどよ、運勢なんて伸ばせるもんじゃねえ。でもお前は心の問題だって指摘した。俺を置いてって登り詰めてくあいつらと違ってお前はさ、俺を押してくれたじゃんか。勿論あいつらが悪い訳じゃねえけどな。あの時の礼をまだしてねえ。から、コイツは望美にやるよ。っておい聞いてるか?おい!望美!」
望美は俯き、赤面しながらもごもごと口を動かしながら言う。
「いや…そんなことは…一緒にいてくれるだけで、それはもうあなたの言うお礼になってる…と思う」
望美はふと自分でも思うことがある。自分も阿呆なのではないかと。日本有数の名家の出、ということもあり、無知無能とは無縁の人生を送ってきた。幼少の頃からピアノやヴァイオリンなど多くの教養を受け、その頃既に中学生の内容を学習し、理解していた。つまるところの天才、誰も彼女を無能だとは思わなかった。小学生の頃は担任を泣かせたこともある。決して自尊心があるわけでもない。それでも自分は選ばれた者だと、そう思っていた。
だがその全ては高校に入り、砕けた。
自分同様に、スペックの高い少年少女がいるとは聞いていた。
自身の身体を焦がし続ける少年に「頭に乗るな」と言われ
万物を癒し殺す少年に「何しに来たの」と罵られ
全てを司る、不器用な少女に「大丈夫?」と同情され
頭の悪そうなお調子者に「遅えんだよ」と蔑まされ
自慢の頭脳を遥かに超越する存在に「あなたのそれは知ったかぶりです」と下に見られた。
井の中の蛙という言葉を肌で感じ、一度は挫折した。だが、運聖のめげない姿勢を見て救われた。小さい頃、両親に「お前は絶対的な存在だ。お前を超える者などいてはならない」そう誓わされた。だが結果として超える存在はいた。挙げ句の果てには、立ち止まる者を救ってあげたいと思う様にもなった。両親との誓いを破った。自分はただの阿呆。意志も簡単に変えてしまう者など、そこらの小学生となんら変わらない。でも、だからこそ──
「私は、弱い。だから、もう負けたくない」
細く華奢な指で運聖の手をそっと触る。
「おお」
運聖も握り返す。その手を。自分が愛した女の手を。
「永野家の名において、私、永野望美は決勝へ進むことを誓います。あなたの為にも、自分の為にも」
「ああ、期待してるぜ」
「ええ、任せて」
望美は運聖の手からボールを取り、音楽室から出るために入り口へ向かおうとする。
だが颯爽と去ろうとする望美の腕を運聖が掴んだ。
「わ…」
望美の身体が運聖の方へと引っ張られ、2人の身体がぴったりと密着する。運聖は望美の折れそうな細い腰に腕を回す。
「好きだぜ、望美。これからも、ずっと、永遠に」
「…私も」
二人は互いの顔を近づけ、何度目かも分からない接吻をする。こんなことをしている場合ではないのに、離したくない、2人の想いが交差し、その口づけを終わらせることへの大きな抵抗力となっている。
「……ん……」
やがて2人はゆっくりと離れる。2人は微笑み合い、その長い接吻に終わりを告げた。望美はボールを握りしめ、スタジアムへと向かう。道中、何度口を拭ったか分からない。恋人に譲って貰った決勝への切符。これは甘えではない。過去の自分への、あるいは今の自分への戒め。
──父様、母様。私は2人にもう縛られない。愛する人が出来たから。…でも、たまには甘えるのも悪くないかも…
望美は人格が本当に変わっていた。
そしてその2人を狙い撃たんと遠くから視ていた者が1人、撃方一は仰天していた。
「ちくしょう、何やってんだよあの2人。あんなことされたら撃てないじゃないか」
愛銃を片手に撃方は唇を噛み締める。
「クソッ、あの長い回想シーン(望美はふと~わらない)の内に撃っとくべきだったな」
撃方は周囲を見渡す。争っている場所はほとんどない。
「これは…ダメっぽいな…諦めるしか…ないか」
勝者がいれば敗者がいる。いかに強かろうが世の条理は覆せない。撃方は晴れた表情でその場に座り込み、蒼天を見上げた。
「──は?」
真っ青で澄んだ天の遥か彼方から、帝英学園の中心部から見ると南南西の方向に、赤黒い雲から赤黒い稲妻が発生し、唸りをあげていた。まるでそれは世界の終焉でも告げるように猛々しく。
風がやや強目になったのはそれから間もない頃だった。
時は遡り、開始直後──
戦いは続々と終わる。
──第三理科室
「良かったですね、2つもあって」
「ああ!再戦は後だ、ぜってー倒してやる」
雪原冬真、宮川電樹。決勝トーナメント進出
──第二グラウンド
「ちっくしょー負けちゃったー!」
「へっへっへ、耄碌したな身強。倒れたやつに足を引っかけるとは」
小林身強、敗退。小塚大也。決勝トーナメント進出
──植物プラント
「今日も私達の連携で上手く出来たな!」
「ええ、良かったわ」
笹草菜々、花形桜。決勝トーナメント進出
──第一講演ホール
「歌声に…鎮みなさい…」
有都色音。決勝トーナメント進出
「やったわ、電樹!絶対勝ってデート。行きましょう!」
──第二家庭科室
「ちえー、やっぱダメかあー」
「ふふ…指と目を捕らえただけじゃまだ甘いわよ。繊維を掻い潜れるまでに分解できる…相性が悪かったわね」
糸永繭、敗退。薔薇解華。決勝トーナメント進出
──第三視聴覚室
「ハズレのようだな」
「だね。でもいいよ。悔いはないから」
先取未来、毒霧黒雨。敗退
──一年次寮、その屋上
「星も出てないのに星の導きに従ったからか。ま、当然の報い。因果応報」
天宮龍星、敗退
現時点の勝者、14人。ここでようやく前話と、時間が連結する。そう、残されたボールは3個。その内の2つが依然として既定の、置かれた場所を動いていない。まだ発見されていないということだ。そして最後の1つ。既定の位置を大きく外れたそのボールは、
三つ巴の戦いの中に1つ転がっていた。
「よろしいのでしょうか、理事長」
その迅速な対応、動きに目を丸くしながら実里は言う。
「よろしい?この状況で、この私がそんなことを言うとでも?なぜ、奴らを落とせない?この私のミスだとでも言うの?」
躊躇うことなく苛立ちを露にしながら神門は自分の爪を噛む。実里には彼女の心境が理解出来なかった。学校の理事長ならば彼らは充分な象徴になることぐらい分かっているはずだ。彼らを光に、入学希望者を増やすことだって出来る。なのになぜ、蹴落とそうとするのか。考える程分からない。それにしても──
「今年は士気が違う?まさか誰かが先導しているの?私の計画を読んで?」
神門の頭に混乱が渦巻く。誰かがA組を煽っている。あるいは奮い立たせている。だが分からない。それが誰かが。
(先導?生徒会の裏切り?そんなはずはない。彼らは私に心酔している。この為にあらゆることを、必要ならば体も捧げてあげたと言うのに!誰なの?一体…)
思考が止まる。生徒会は自分を裏切らない。それは確定事項だ。変わることはない。だとするともう、候補は1人しかいない。彼らを従える。それほどの力と立場を持つ者。
「まさか……」
彼女らの座る椅子、その後方にある扉。開くと長い廊下が見える。その壁に寄りかかる男、鳥束翼は妖しげに微笑む。
「そうですよ理事長、彼らには立ち止まっていては困るんです」
鳥束は2人に届かぬ小声でそう呟いた。
──帝英学園都市・海浜公園
「山崎さん!すいません。粗方捜索したんですがそれらしい人物はどこにも」
二十代半ばと見える警察官が息を切らせながら、山崎の元へ走ってやってくる。
「そうかー、まあ仕方がないな」
「それでこの人の身元は?」
山崎は警察官を連れ、ブルーシートの上に横たわる遺体の前にしゃがむ。
「被害者は中山雅一さん32歳。サラリーマン。この公園に遊びに来た家族の通報で、俺達が来たときには既に死んでいたよ。その家族によると波のギリギリの位地に倒れていたらしい」
「はぁ…ですが死因は?僕には溺死のようにしか」
山崎はその発言を聞き、一瞬何かを躊躇うが、立ち上がり手袋をはめた手で、俯せの遺体を翻す。警察官の青年は眼前に広がる光景を見て、息を呑む。
「ヒッ…」
俯せから仰向けになった遺体の腹には大きな傷痕が刻まれていた。皮膚はぐちゃぐちゃに破け、肉体はパックリと裂け、その隙間からは胃や肺などの臓器がこちらを覗いている。千切れた血管から流れる血は既に凝固しとり、白い神経も無造作に千切れている。ご馳走だと言わんばかりにハエ達が飛び回り、とても凝視出来るものじゃない。
「こ、これは?」
「刀傷だね。血も固まっているからかなり時間も経っている」
青年は再び遺体を見る。いつ見ても気持ちが悪い。だが改めてしっかり見るとさっきは見えなかったものが目に入ってくる。さっきは大きな刀傷にばかり気をとられていたが、肛門から陰部にかけてがぐちゃぐちゃに刻まれ、顔も顎と頬が丸ごと削がれ、歯茎が露になっている。眼球も片方、視神経諸とも抉りとられている。青年が戦慄する中、山崎は顎に手を当てる。
──刀傷、確かにそうだがこの傷は刀の比ではない大きさだ。刀というより……剣だな。まるでファンタジーに出てくるようなサイズの…だがそんな物ををどこで…博物館から盗んだのか?クソッ!分からん!
「あの…山崎さん、これは?」
青年に言われた遺体の箇所、額を見る。そこには無数の小さな切り傷が刻まれていた。こちらも血液が固まっている。
「北国に見られるかまいたちという現象に酷似している…空気の刃や風の刃と形容されることが多いが…」
かまいたちは皮膚表面が気化熱によって急激に冷却されて起こるものだと言われている。それ故、北国で起こることが多い。それがこんな季節に、都心で起こるはずもない。
「それにしても…何なんだ?この天気は」
山崎は空を見上げる。まるで血流のように紅い雲、そこから放たれる赤黒い稲妻。
「ひょっとしたら何かヤバいことが起きるかもしれないな」
山崎は海浜公園から北北東にの方向にそびえ立つ帝英学園を眺める。そう、帝英学園から見るとここは、
──南南西だ
「大体片付けたな」
運聖は意識のない人形のようになった生徒を壁に投げつけながら言う。
「そうね、邪魔者もいないし、ボールを探すとしましょう」
望美も椅子から立ち上がる。今さっきまで尋問を行っていたところだ。二人は開始直後すぐに、幾多ものの楽器を備える音楽室にやってきた。ベートーヴェンをはじめとした音楽の偉人達が優しい眼差しでこちらを見ている。彼らの表情は何を物語るのか。後世へのメッセージなのか、はたまた警告なのか。望美は何度考察したかは覚えていない。幼少の頃の思い出に耽っていると、運聖が黄色のボールを一つ持ち準備室から戻ってきた。
「おう、一つあったぜ。近くを探せばもう一つくらいあんじゃねえか?」
底抜けに阿呆、この広い校舎にボールはたったの16個しかない。ピンポイントで2つもあるはずがない。だがそれでも2人で通過出来るなら願ってもない話だ。一縷の望みに賭け、2人は再度捜索を始めた。その数分後──
「ねえな」
「ないわね」
結果、見つからなかった。理解していたこととは言え、いざ見つからないとなると悔しいものだ。
「あー、どうする?今ならくれてやってもいいぜ?」
「何を言っているの?あなたが見つけたのだからあなたが進みなさい」
照れくさそうに運聖は頭を掻きながら言う。だが、それではいけないと望美はその意思を一刀両断する。それを受けた運聖はそっぽを向きながら言う。
「俺はお前のお陰で強くなれた。一年の時、限界に到達して俺は…停まっていた。あいつらはこれでもかってぐれーに伸びてってよ、異能力の問題もあったんだとは思ってるけどよ、運勢なんて伸ばせるもんじゃねえ。でもお前は心の問題だって指摘した。俺を置いてって登り詰めてくあいつらと違ってお前はさ、俺を押してくれたじゃんか。勿論あいつらが悪い訳じゃねえけどな。あの時の礼をまだしてねえ。から、コイツは望美にやるよ。っておい聞いてるか?おい!望美!」
望美は俯き、赤面しながらもごもごと口を動かしながら言う。
「いや…そんなことは…一緒にいてくれるだけで、それはもうあなたの言うお礼になってる…と思う」
望美はふと自分でも思うことがある。自分も阿呆なのではないかと。日本有数の名家の出、ということもあり、無知無能とは無縁の人生を送ってきた。幼少の頃からピアノやヴァイオリンなど多くの教養を受け、その頃既に中学生の内容を学習し、理解していた。つまるところの天才、誰も彼女を無能だとは思わなかった。小学生の頃は担任を泣かせたこともある。決して自尊心があるわけでもない。それでも自分は選ばれた者だと、そう思っていた。
だがその全ては高校に入り、砕けた。
自分同様に、スペックの高い少年少女がいるとは聞いていた。
自身の身体を焦がし続ける少年に「頭に乗るな」と言われ
万物を癒し殺す少年に「何しに来たの」と罵られ
全てを司る、不器用な少女に「大丈夫?」と同情され
頭の悪そうなお調子者に「遅えんだよ」と蔑まされ
自慢の頭脳を遥かに超越する存在に「あなたのそれは知ったかぶりです」と下に見られた。
井の中の蛙という言葉を肌で感じ、一度は挫折した。だが、運聖のめげない姿勢を見て救われた。小さい頃、両親に「お前は絶対的な存在だ。お前を超える者などいてはならない」そう誓わされた。だが結果として超える存在はいた。挙げ句の果てには、立ち止まる者を救ってあげたいと思う様にもなった。両親との誓いを破った。自分はただの阿呆。意志も簡単に変えてしまう者など、そこらの小学生となんら変わらない。でも、だからこそ──
「私は、弱い。だから、もう負けたくない」
細く華奢な指で運聖の手をそっと触る。
「おお」
運聖も握り返す。その手を。自分が愛した女の手を。
「永野家の名において、私、永野望美は決勝へ進むことを誓います。あなたの為にも、自分の為にも」
「ああ、期待してるぜ」
「ええ、任せて」
望美は運聖の手からボールを取り、音楽室から出るために入り口へ向かおうとする。
だが颯爽と去ろうとする望美の腕を運聖が掴んだ。
「わ…」
望美の身体が運聖の方へと引っ張られ、2人の身体がぴったりと密着する。運聖は望美の折れそうな細い腰に腕を回す。
「好きだぜ、望美。これからも、ずっと、永遠に」
「…私も」
二人は互いの顔を近づけ、何度目かも分からない接吻をする。こんなことをしている場合ではないのに、離したくない、2人の想いが交差し、その口づけを終わらせることへの大きな抵抗力となっている。
「……ん……」
やがて2人はゆっくりと離れる。2人は微笑み合い、その長い接吻に終わりを告げた。望美はボールを握りしめ、スタジアムへと向かう。道中、何度口を拭ったか分からない。恋人に譲って貰った決勝への切符。これは甘えではない。過去の自分への、あるいは今の自分への戒め。
──父様、母様。私は2人にもう縛られない。愛する人が出来たから。…でも、たまには甘えるのも悪くないかも…
望美は人格が本当に変わっていた。
そしてその2人を狙い撃たんと遠くから視ていた者が1人、撃方一は仰天していた。
「ちくしょう、何やってんだよあの2人。あんなことされたら撃てないじゃないか」
愛銃を片手に撃方は唇を噛み締める。
「クソッ、あの長い回想シーン(望美はふと~わらない)の内に撃っとくべきだったな」
撃方は周囲を見渡す。争っている場所はほとんどない。
「これは…ダメっぽいな…諦めるしか…ないか」
勝者がいれば敗者がいる。いかに強かろうが世の条理は覆せない。撃方は晴れた表情でその場に座り込み、蒼天を見上げた。
「──は?」
真っ青で澄んだ天の遥か彼方から、帝英学園の中心部から見ると南南西の方向に、赤黒い雲から赤黒い稲妻が発生し、唸りをあげていた。まるでそれは世界の終焉でも告げるように猛々しく。
風がやや強目になったのはそれから間もない頃だった。
時は遡り、開始直後──
戦いは続々と終わる。
──第三理科室
「良かったですね、2つもあって」
「ああ!再戦は後だ、ぜってー倒してやる」
雪原冬真、宮川電樹。決勝トーナメント進出
──第二グラウンド
「ちっくしょー負けちゃったー!」
「へっへっへ、耄碌したな身強。倒れたやつに足を引っかけるとは」
小林身強、敗退。小塚大也。決勝トーナメント進出
──植物プラント
「今日も私達の連携で上手く出来たな!」
「ええ、良かったわ」
笹草菜々、花形桜。決勝トーナメント進出
──第一講演ホール
「歌声に…鎮みなさい…」
有都色音。決勝トーナメント進出
「やったわ、電樹!絶対勝ってデート。行きましょう!」
──第二家庭科室
「ちえー、やっぱダメかあー」
「ふふ…指と目を捕らえただけじゃまだ甘いわよ。繊維を掻い潜れるまでに分解できる…相性が悪かったわね」
糸永繭、敗退。薔薇解華。決勝トーナメント進出
──第三視聴覚室
「ハズレのようだな」
「だね。でもいいよ。悔いはないから」
先取未来、毒霧黒雨。敗退
──一年次寮、その屋上
「星も出てないのに星の導きに従ったからか。ま、当然の報い。因果応報」
天宮龍星、敗退
現時点の勝者、14人。ここでようやく前話と、時間が連結する。そう、残されたボールは3個。その内の2つが依然として既定の、置かれた場所を動いていない。まだ発見されていないということだ。そして最後の1つ。既定の位置を大きく外れたそのボールは、
三つ巴の戦いの中に1つ転がっていた。
「よろしいのでしょうか、理事長」
その迅速な対応、動きに目を丸くしながら実里は言う。
「よろしい?この状況で、この私がそんなことを言うとでも?なぜ、奴らを落とせない?この私のミスだとでも言うの?」
躊躇うことなく苛立ちを露にしながら神門は自分の爪を噛む。実里には彼女の心境が理解出来なかった。学校の理事長ならば彼らは充分な象徴になることぐらい分かっているはずだ。彼らを光に、入学希望者を増やすことだって出来る。なのになぜ、蹴落とそうとするのか。考える程分からない。それにしても──
「今年は士気が違う?まさか誰かが先導しているの?私の計画を読んで?」
神門の頭に混乱が渦巻く。誰かがA組を煽っている。あるいは奮い立たせている。だが分からない。それが誰かが。
(先導?生徒会の裏切り?そんなはずはない。彼らは私に心酔している。この為にあらゆることを、必要ならば体も捧げてあげたと言うのに!誰なの?一体…)
思考が止まる。生徒会は自分を裏切らない。それは確定事項だ。変わることはない。だとするともう、候補は1人しかいない。彼らを従える。それほどの力と立場を持つ者。
「まさか……」
彼女らの座る椅子、その後方にある扉。開くと長い廊下が見える。その壁に寄りかかる男、鳥束翼は妖しげに微笑む。
「そうですよ理事長、彼らには立ち止まっていては困るんです」
鳥束は2人に届かぬ小声でそう呟いた。
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「山崎さん!すいません。粗方捜索したんですがそれらしい人物はどこにも」
二十代半ばと見える警察官が息を切らせながら、山崎の元へ走ってやってくる。
「そうかー、まあ仕方がないな」
「それでこの人の身元は?」
山崎は警察官を連れ、ブルーシートの上に横たわる遺体の前にしゃがむ。
「被害者は中山雅一さん32歳。サラリーマン。この公園に遊びに来た家族の通報で、俺達が来たときには既に死んでいたよ。その家族によると波のギリギリの位地に倒れていたらしい」
「はぁ…ですが死因は?僕には溺死のようにしか」
山崎はその発言を聞き、一瞬何かを躊躇うが、立ち上がり手袋をはめた手で、俯せの遺体を翻す。警察官の青年は眼前に広がる光景を見て、息を呑む。
「ヒッ…」
俯せから仰向けになった遺体の腹には大きな傷痕が刻まれていた。皮膚はぐちゃぐちゃに破け、肉体はパックリと裂け、その隙間からは胃や肺などの臓器がこちらを覗いている。千切れた血管から流れる血は既に凝固しとり、白い神経も無造作に千切れている。ご馳走だと言わんばかりにハエ達が飛び回り、とても凝視出来るものじゃない。
「こ、これは?」
「刀傷だね。血も固まっているからかなり時間も経っている」
青年は再び遺体を見る。いつ見ても気持ちが悪い。だが改めてしっかり見るとさっきは見えなかったものが目に入ってくる。さっきは大きな刀傷にばかり気をとられていたが、肛門から陰部にかけてがぐちゃぐちゃに刻まれ、顔も顎と頬が丸ごと削がれ、歯茎が露になっている。眼球も片方、視神経諸とも抉りとられている。青年が戦慄する中、山崎は顎に手を当てる。
──刀傷、確かにそうだがこの傷は刀の比ではない大きさだ。刀というより……剣だな。まるでファンタジーに出てくるようなサイズの…だがそんな物ををどこで…博物館から盗んだのか?クソッ!分からん!
「あの…山崎さん、これは?」
青年に言われた遺体の箇所、額を見る。そこには無数の小さな切り傷が刻まれていた。こちらも血液が固まっている。
「北国に見られるかまいたちという現象に酷似している…空気の刃や風の刃と形容されることが多いが…」
かまいたちは皮膚表面が気化熱によって急激に冷却されて起こるものだと言われている。それ故、北国で起こることが多い。それがこんな季節に、都心で起こるはずもない。
「それにしても…何なんだ?この天気は」
山崎は空を見上げる。まるで血流のように紅い雲、そこから放たれる赤黒い稲妻。
「ひょっとしたら何かヤバいことが起きるかもしれないな」
山崎は海浜公園から北北東にの方向にそびえ立つ帝英学園を眺める。そう、帝英学園から見るとここは、
──南南西だ
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