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偏食の吸血鬼は人狼の血を好む・59
しおりを挟むその連絡を受けた時、私はステラでミーティングをしていた。昨年度の収支報告を受けていて、アミューズメント部門やホテル部門、施設管理部門の者達の前にいて、モニタに映された数字を見ながらまた今年度も安定した運営ができるといいがとぼんやりと考えていた。
天気は良く、ようやく雪も溶けて春がやってくるとわかるような明るい午後の光を浴びていた。世界は平穏で、眼下に広がるメテオラの街も穏やかに見えていた。
私のモバイルが鳴り、相手がリリィであることにも、私は何の不信感も感じていなかった。
会議中ではあったが、ニグレドが出張していた警察の取締がうまくいったかも気に留めていた私は、断りを入れて電話を取った。
「リリィ」
「レオニス様。単刀直入にお尋ねします」
リリィのひどく緊張した声に、眉を顰めた。
「人狼…スラッシュはそちらに戻っていませんか?」
私はさらに首を傾げ、
「いや…私は今会議中だ。ペントハウスやオフィスはわからないが…、何故そんなことを聞く」
嫌な考えが胸に溜まり始める。リリィは「それは失礼しました」と言いながらも、端的に言った。
「スラッシュが行方不明です」
私はその言葉にさえ首を傾げたままだった。
「なんだって…?」
私の声に、同席していた者達の顔色が曇る。自分でもわかるほど動揺に震える声だった。
「すぐセキュリティに向かう」
私はすぐに立ち上がり、会議室を早足に出る。同席していた者を気遣う余裕はなかった。電話を切り、早足に歩く後ろを臨時のガードがついてきたが、それさえ構うことができなかった。
駆け込むようにエレベーターに乗り込み、地下を目指す。その間にモバイルでニグレドの腕についている認証キーがどこにあるかの所在を確かめた。
オリエンタル街。今日突入予定になっていた廃ビルの住所を指している。それなのに行方不明とはどういうことだ。
エレベーターが音を立てて開く。私が駆け込むと、リリィが蒼白な顔で近づいてきた。セキュリティも騒然としている。
何があったのか。
「報告を」
動揺を隠せなかった。
リリィが並んだモニタの前に案内する。モニタは廃ビルの現場を映していて、カメラにはダリルが映っていた。白い埃に塗れ、出血もしたのか汚れも目立った。背後に佇む息子達も灰でもかぶったように白ずんでいた。
「レオニス様」
「何があった、ニ…スラッシュが行方不明とはどういうことだ! スラッシュの認証キーはまだそこから発信をしている。廃ビルのどこかで動けなくなっているということか!?」
私の声は己でもわかるほど刺々しく、ダリルを怯ませた。
「レオニス様、これを」
カメラがダリルの顔から外れ、コンクリートの地面を映す。そこには新しい血溜まりがあり、ニグレドがつけていたバングル型の認証キーが落ちていた。
私は荒くなりそうな息を何とか飲み込む。
叫びそうになるのを何とか耐えていた。拳を強く握り、その痛みを感じることで。
「おそらく、スラッシュの手首を一度落とし、これを外してから連れ去ったようです」
「何故だ! どうして彼を…!!」
「わかりません」
カメラに戻ってきたダリルが苦々しく言う。本当にわからないと言った顔をし、彼も困惑していた。
いやそもそも、あの強靭な身体を持つニグレドをどうやって連れ去ったのか。純血の人狼以上にタフな存在はこの星にはいないはずだ。
「レオニス様…」
リリィが気遣うような声を横で出す。白いハンカチを差し出していた。何のことかと憤りを感じ睨み付けたが、自分のデスクに付いていた拳から血が出ていた。
「……」
無言でそれを受け取り、掌にあてる。
「現場に向かう。車を。詳細は車の中で」
「しかし、場所はオリエンタル街です。危険区域ですから…」
「車を用意しろ! 今すぐ!!」
私の怒号に、部屋中の者が戦慄したのがわかった。リリィでさえ慄いた。
だがそれでも抑えられなかった。
ニグレド…、私のニグレド……。
不安に身体がちぎれてしまいそうだった。
事情を知らされたエドが飛ばす車に同乗したリリィが説明をする。
本日予定だった警察の取締は、大量の密輸品を押収はできたが、現場は小規模な爆発もあったらしく、一時騒然とし、混乱したらしい。見張りの数名は逮捕されたが、いまだに目を覚ましておらず、逮捕された後病院へと搬送されている。敵に本隊がいたかどうかも不明。熱感知式爆弾の存在により、ニグレドがダリル達を前線から下げ、単身密輸品の保管場所に残ったことまでが把握されていた。
ヴラドの息子達はニグレドが現場で「敵に誘い込まれている」と不審がっていたのを報告していた。作戦自体が「罠」で、部隊そのものが廃ビルに誘い込まれた可能性があると…
そして、ニグレドが拐われた。
何故。
まさか敵は……ニグレドを狙っていた?
一体どうして彼を連れて行った?
私が彼を大切にしているのを知り、苦しめ、困らせるために?
それならばもはや果たされている。
怒りで小さく震える全身を抑えられない。冷静さを保てない。血が沸騰して、吹き出しそうだ。
モニタで見たあの血溜まり。
いいや、違う。
ニグレドの手を切り落としてまで、認証キーを外した意味は。私を狙ってのことじゃない。彼の居場所を悟られないようにするための手段だ。
許さない。
引き裂いてやる。
私の中のどす黒い側面が膨らむ。
同乗している仲間達が身体を強張らせている。
私の力が弾けそうなのを、理解している。
現場につくと、警察の捜査官がウロウロしていた。武装したスワットは一部を残して撤退しているようで、制服の警官達が辺りを侵入禁止にしていた。
私の到着に警官達は驚いていたが、それを労う余裕はない。埃っぽい現場を抜け、内部の階段は爆発で吹き飛んでいるからと、警官に通行を制止されたが無視した。
セキュリティ達も同様だ。リリィが先行して崩れた足場のわずかな取っ掛かりを示し、軽やかに弾んで登ってゆく。私もそれに続いた。周囲の警官達のざわつきも今は遠い。
大量の梱包された医薬品が積まれているフロアに入ると、汚れたままのヴラド一族がすぐに近づいてきた。
「レオニス様、大変申し訳ありません。我々がいながら…」
ダリルの謝罪を遮り、
「現場は」
そう問うた。
ダリルが渋面のまま身体を縮こまらせて、道を示す。壁が抜けて視界が開けている奥まで向かう。土埃で汚れたコンクリート床には、足跡が散乱していた。そして、何かが大きく滑ったような跡…その先に血溜まりがあった。未だにバングルは回収されていなかった。
(ああ……!)
私は怒りとも悲しみともわからない感情のまま、膝をつく。血の匂いは確かにニグレドのものだった。手が血と埃で汚れてもそこを撫で、バングルを拾い上げた。
「ニグレド…!」
それを胸に押し抱く。
「…この計画が罠だとわかっても限界まで前に進みました。しかし、爆破があってスラッシュは我らを下げました。その後方にいた人間のスワット達にも危害が及ぶかもしれないからと。しかし…あれは我らを案じてのことだったかも、知れません」
長兄のサイラスが小さく言う。
(ヴラド一家をよろしく)
そう頼んだのは私だ。
私は彼の秘めた優しさにすがった。
私は浅はかだった。彼が完璧だと思いすぎていた。私が無茶をさせたのだ。
(ニグレド…、ニグレド…! どこにいるんだ…!!)
そう思っても、答えはない。
「レオニス様、セキュリティを総動員して急ぎスラッシュの捜索に入っています。どうぞ……」
「ご安心を」と言いかけてリリィが言葉を飲んだのがわかった。そうだ、仲間が尽力して探してくれる。指揮を取らねば。ニグレドは簡単に死にはしない。早く救い出してやらなければならない。
私はついていた膝を擡げ振り返り、応答しようとした。
だが、そこに呑気な声がする。階下の窓際で話している警官の声だった。
「セキュリティの1人が消えたってな」
「ああ、だが吸血鬼のひとりだろ? 奴らは死にゃしねんだ、ほっといてもふらっと戻るだろうよ」
「けど、協力的な奴らなんだし、警察でも…」
「何言ってんだ。俺ら人間には関係ないさ、それより大量の押収品があるんだ、持ち帰って調書作る方を急がねえとどやされる」
私は。
人間を救うべきだったのか。
時として、我々以上に冷血なこの種を。
お前達のために、心を砕いた人狼は…
私が――必ず見つける。
「レオニス様っ!!」
リリィが私の変化にいち早く気づいた。そして私の身体を押し留めようとした。
だが、私が翼膜を開く方が早かった。
スーツとシャツが避ける音と共に、何百年と体内で眠っていた力を解き放つ。
壁のない中空へと身を投げた。
目一杯翼を開き、大きく羽ばたくと、翼膜が風を引き裂く音がした。だが、すぐに飛ぶことを思い出し、身体は暮れ始めた空へと舞い上がった。遥か下で声が上がっていたがすぐに遠くなる。
ニグレドの気配を追う。
私に蓄えられている、彼の力を使って。
私の身体は彼で満たされている。血も精も。何もかもを知っている。
共鳴するはずだ。
ニグレド――…
私を「呼んで」くれ。
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