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偏食の吸血鬼は人狼の血を好む・58
しおりを挟む警察の部隊はなかなかな規模だった。
天井の高い車両倉庫に一団は集結し、各々がその時を待っている。
今の今まで隠密に事を進めてきただけあって、失敗は許されないのだろう。スワットと機動隊は大型のバン数台に詰め、皆防弾ベストを纏い重装備だ。一人一人の顔はヘルメットとゴーグルで判別できないが、緊張のにおいがあたりを包んでいる。
俺とヴラド一家はスワットと同様に装備は整えているがヘルメットはつけず、銃器類もない。背中に計4本の警棒を背負っている。取り落としたり破損した場合の予備だ。スワットがスモークや催涙弾を使うことだけを想定して、皆ゴーグルは着用していた。こちらは緊張などどこ吹く風、夫と妻は今夜の食事をどうするか話していたし、息子達は昨夜見た映画の話で盛り上がっていた。
俺も特に緊張することもなく、セキュリティの黒い大型車のハッチバックに座っていた。警棒の握り心地を確かめながら、今朝キスで送り出してくれたレオニスを思っていた。
人間と我々には温度差があった。それをじわりと感じる。奴らが俺たちを見る目は複雑だ。羨む気持ちと、やはりどこか化け物を見るような疎外を含んでいる。
(そりゃそうだ。奴らからしたら俺達は肉の盾になるためわざわざ駆り出されてきた奇特な一団に見えるだろうしな)
我ら6人は体格もある。紅一点のミナでさえ、人間のスワットと同身長ほどあるのだ。
「セキュリティから派遣されたチームだな、よろしく。本日の指揮を任されている」
唯一ヘルメットをしていなかったスワットの隊長が俺に近づいてきて、手を差し出した。立ち上がりそれを握るが、やはりそれから緊張を感じた。少し不安になるが、人間とはそういうものだ。
「君らには最前線で突貫してもらうことになる。活路を切り開く役割だ。齟齬はないか?」
「ああ、ない」
俺が言うと、隊長は頷いた。未だに息子達はハッチバックの横で無駄話をしていたが、ダリルとミナは流石に俺の後ろに控えていた。だが、隊長からするとこれまでも幾度となく協力をしてきたヴラド一家は顔見知りなのだろう、目視で礼をしているのがわかった。そう言う意味では、信頼が足りないのは俺の方なのかもしれない。
出発の合図と共に、俺達も車に乗り込む。作戦の中止が発令されなかったのをみると、今日手入れするアジトにマフィアが入ったのが確認されたのだろう。流石にアレッシまでは登場しないだろうが、取引の現場なら密輸の医薬品などが大量に押収できるかもしれない。
長男のサイラスが運転するバンで、オリエンタル街に入る。徒党を組んで押しかけるわけにはいかない。順路はさまざまで、中には交通事情で到着が遅れる車も出る。だが俺達は時間通りに鬱蒼とした改装中の廃ビルについた。次々とスワットの車が裏通りに入ってくる。
インカムにゴーサインがでる。皆、持ち場につけたようだ。ビルの出入り口は固められたと考えていいだろう。中にいるマフィア達は袋のネズミだ。俺達はネズミを然るべきポイントまで追い立てる役割だ。
ここからはスピード勝負だ。俺達は決められていた出入り口から突入する。俺はハンドサインでヴラド一家に指示を出す。奴らは訓練された猟犬のように動いた。
バンから飛び降りると、俺を先頭に死角を確認しながら錆びついた扉の前に体を屈めた。
リアムが巨大なニッパーで鎖を切る。ハンドルを押して、隙間を開くと俺は背から警棒を一本抜き、建物の中に滑り込んだ。皆も倣う。
インカムで「突入開始」隊長の声がする。
中は静かだった。俺達は雑多に置かれた廃材の影を渡り歩くように進む。埃っぽい。ゴーグルが曇るのが気になる。
交互に前に出ながら、奥まった階段間近まで来ると、見張りの男が数人屯していた。肩から小型のライフルを下げているが、皆背中に銃を回し、煙草を吸っていた。
ダリルに回り込むよう指示し、ミナは俺の背後につかせた。
3点から襲撃すると、人は全てを捉えきれず混乱する。
そいつらもそうだった。銃を撃たれることなく制圧し、この空間にはもう人がいない事をインカムで伝える。後ろからスワット達が入ってくる音が聞こえた。昏倒させた奴らを外に運び出すだろう。
俺は非常階段を登ってゆく。
殿をダリルが上がってくる。
1階上がり、剥き出しのコンクリートに身を寄せてフロアを見る。柱だけが見え、人影も物音もなかった。
(まだ上か)
俺は少し違和感を覚えた。
さっき捉えた3人は戦力のはずだ。本隊からそれほど遠くに配備することはないと思っていた。戦力を置いて高いところへ登って行くだろうか? いつでも逃げられるよう退路を作るはずじゃないか?
少し逡巡したが、俺は次の階へと歩を進めた。ダリルをこの階の見張りに残す。ミナと息子達を連れて上を目指す。
3階は廊下と部屋で区切られた入り組んだ場所だった。俺は耳を澄ませ、そこを進む。
押し殺した息遣いが聞こえる。
緊張の匂いも。
俺はその匂いがする部屋を指差す。
3箇所。
指示を出しながらも、違和感が強くなってくる。
アンブッシュだ。俺にはポイントがわかるとはいえ、敵は警察の突入を知っていたような待ち伏せじゃないか。
指示を受けた息子達はそれぞれ部屋に入った。さすがに扉を開けるモーションがあるため、銃は撃たれた。タタタッと鋭い音と、壁に跳弾の音がする。だがそれも打撃音と同時にすぐに止んだ。
その発砲音で敵の状況が動くかと思ったが、また静寂。
ミナも不審に思っているようだ。小声で言う。
「本隊はどこにいるの」
「わからん」
俺は短く言い、耳と鼻を使いながら進む。
俺達の任務は警察がこのアジトを制圧できるようすることだ。歩を止めるわけにはいかない。
ミナはこの階に留まらせ、息子達を連れてさらに上階へ上がる。水が腐ったような臭いが強くなる。壁には緑色のシミが広がり、雨漏りがかなりひどいようだ、鼻の効きが悪くなる。
敵はさっきの銃撃は気づいているはずだ。だがやり返してこないし、逃走を図りもしないことに強烈な不信感を覚えた。
誘い込まれている。
そんな感覚が渦巻く。
更に一階を登り、フロアを忍び見る。
「!」
あった。
ネットに包まれて、吊り下げ用のロープをかけられた医薬品の段ボールの塊があった。保管所のようだ、かなりの数がある。おそらくヘリコプターで運ばれたのだろう。車で運搬をされたのではなく空路で運び入れられたようだった。
「物資発見。4階にある」
「了解。クリアリングを頼む」
俺は1番そばにいたノアに見張りを頼み、フロアに体を入れた。
その瞬間、どこかからピッという電子音がした。
しまったと思った時には遅かった。
一階下の非常階段が轟音と共に吹き飛んだ。
脆いビルはそれだけでグラグラと揺れ、俺は屈んで膝をつきながら下がった。
「スラッシュ!」
「今の爆発はなんだ!」
リアムが呼ぶ声と、インカムの声がダブる。
「熱感知爆弾だ! 下がれ! 下がれ!」
息子達を下がらせる。非常階段は吹っ飛び、竪穴ができていた。もうもうと上がる煙の中に息子達の影を見つけ、下がらせる。
非常階段には窓もない。階下に残したダリルとミナを案じたが、それどころではなかった。
「上部の非常階段が崩れる前に、お前らはミナを拾ってダリルのところまで下がれ。これ以上爆発が起こると非常階段が保つかわからん」
「けど、スラッシュ!」
「熱感知爆弾なんか聞いてねえ。これは罠だ。待ち伏せされていた」
「罠って、一体何に!? マフィア達は警察を殺そうとしたってことか?」
サイラスの問いに答えられなかった。
理由がわからなかった。
「それは後だ。今ならまだ降りられる。お前達は下がれ。建物からスワットを下げろ」
「俺は一緒に」
リアムが言った。
だが罠だとわかった以上、大人数で前に進むのは避けたかった。
「荷の確認だけする。1人で済む、行け! 俺もすぐ行く」
厳しく命令を下すと、不本意顔だが息子達は埃が未だ舞い上がる崩れた非常階段を身軽にパルクールしながら降りて行った。
フロアの中の荷物は近い。熱感知のシステムは今現状、一つ作動した。入り口に向けられていたのだろう。入り口を正面に見て、今のところ装置は見えなかった。
(爆発したら、その時だ)
俺はロープで縛られた荷の物陰に素早く体を滑らせた。
爆発はない。
背中につけた荷を警棒で破る。ビニールに包まれた箱を貫通し、中からは整然とつづりになっている錠剤の束が見えた。
(囮じゃない。密輸品は確かにあった)
ここは確かにアジトで、取引の場でもあった。
なら、何故。
未だに瓦礫が崩れる音がする非常階段を見る。まだ降りられるか。いやいっそ横のガラスの抜けた窓から…しかし、熱感知が別角度に設置されていたら…
そう思いあぐねていると、唐突にフロア奥から慌ただしい足音が響いた。ハッとして荷の物陰からそちらを見ると、降下用のロープをつけた数人が壁が抜けた場所から中空に飛び出して行く光景が見えた。
俺はそれを追った。
その走り去る人影に熱感知がないことを理解したからだ。
単純な追跡本能だった。
4階程度なら、飛び降りられる。
逃すか。
俺は床を蹴り、そのロープを伝って降りて行くだろう人間を捕らえんとした。
「!!」
だが。
予想を反し、その人間は俺に向きを変えた。
向けられていたのは銃口。撃たれるとわかり、足は止めず腕を前に出した。痛みを味わう心づもりをした。
発砲音が複数響いた。
体に何かが刺さる感触。だが、痛みは来なかった。
その代わり…
俺は、急激に膝から力が抜け、視界が回るのに気づいた。
走っていた先から足が崩れ…転倒し、身体がコンクリートの床を滑る。
(何だ…? 何が…)
困惑した。こんな感覚は初めてだった。
意識が遠のく。強い眠気のような…
何とか腕をあげる。
腕に刺さった何かは管が付いていた。
視界が狭まる。俺を覗き込む影が見えたが、ぼやけて朧だった。
「……グ…」
身体を起こそうと足掻いたが、無駄だった。
もう、四肢はびくともしなかった。
そして…
意識も闇の中に落ちていった。
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