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43話 王子様の心配、気づかない男装少女と解除の術

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「僕の勘が外れないのも問題だよねぇ」

 ティーカップを持った拍子に、フィサリウスはそんなことを呟いていた。それもまたエリザにはよく分からないことだった。

「ま、とにかく君も飲んで。あれだけ話して泣きもしたんだから、喉が渇いているだろう」
「泣いてません。……あれ、泣いた、かな?」

 言い切っておきながら、エリザは間もなく首を捻った。

 たぶん、ちょっと疲れている気がする。そこれは確かにたくさん喋ったうえ、王子様相手に泣きもしたからだろう。

(危ない、ちょっと気をつけないとな)

 普通だと首が飛ぶ――などと考え、彼女は今一度冷静になるためにも、彼がすすめた通り紅茶を飲んでひと息つくことにした。

 その様子を眺めていたフィサリウスが、忍び笑いをした。

「さて。そんな君に朗報だよ」

 彼がティーカップを置き、長い足を組んだ。

「クリスティーナ嬢に的を絞って調べたところ、彼女の母方の地方に伝わる、ある〝おまじない〟に辿り着いた」
「おまじない……とすると、大昔の?」
「そう。効くかも分からない迷信や気休めも一つ、けれど君から言わせると〝魔術〟というものだったかな?」

 エリザは、ティーカップを両手に持ったままこくりと頷く。

「その地方では、恋が叶うとして少数本に刷られているモノであるらしい。子供でもできることだよ。必要なのは指定された木の枝が三本、白い鳥の花、ピンクの花びら、それを想い人がいる家の敷地で、長い草で巻いて土に埋める」
「ははぁ、それはまさに魔術の一種ですね」

 クリスティーナは、ジークハルトが幼い頃、同世代の子供たちがラドフォード公爵邸に呼ばれた際にいた。

 庭園も解放されてのパーティーだったらしいから、土敷地内の土に術具を埋められる可能性も十分。

 それでいて、たくさんの子供たちがいたはずだから、子供でもできるという簡単な『おまじない』の言葉一つ唱えるくらい、造作もないだろう。

「とすると太陽の位置やタイミングが不運にも偶然一致してしまって、本物の魔術になってしまった、というわけですね」
「魔術師である君が言うのなら、私のその推測も正しかったわけだ」

 彼が膝の上で優雅に手を組み合わせ、にっこりと笑った。

「大昔の、精霊の力を借りて誰もが魔法を使えたという話については、まさに君が口にした要素は必須みたいだね。まるで調理の手方のようだ」
「まさにそうですよ。高度な魔術になるほど、たとえば灰の量もきっちり定められています」
「わぉ、それはすごいね」

 エリザはティーカップを置いて「ひとつまみの量も訓練するって、師匠が言っていました」と手振りで披露した。

 フィサリウスは足を下ろし、興味深そうに眺めていた。

「我が国の大昔の魔法は〝精霊の魔法〟と言われているみたいだよ。精霊は基本的に悪戯好きだとされていて、言い伝えられている『おまじない』に危険なものは存在していないことは急ぎ確認させた。我が国の治安に関わるからね」

 すると、ジークハルトは危険な状態ではないようだ。

 それが明確になったのは安心で、ひとまずエリザはほっとした。

「じゃあ、今以上に悪化することはないんですね」
「あれは悪化ではなくて……」

 聞いた話を思い返すみたいな顔をして、フィサリウスが天井を見た。

「それで、この国の『精霊の力を借りる大昔の魔術』というのは、現代でも解けるようなものなんですか?」
「うん、そこも安心して欲しい」

 彼がエリザへ視線を戻して、はっきりと請け負う。

「実際に現地に人を派遣して色々と話も聞いてきてもらった。ああ、そういえばさっきクッキーを食べたと言っていたけど、何かお菓子を持ってこさせようか?」

 話が飛んで、エリザはちょっと拍子抜けしてしまった。

「いいえ。というか、殿下は流れ者の私に甘すぎません?」

 これまでを思い返すと、色々となんとも破格の対応のような気がした。

 すると、フィサリウスはにっこりと笑った。

「私は、素直で可愛い子には甘いんだ」

 なるほど、はぐらかされたらしい。

 エリザは真面目な顔でそう思った。表情から察した彼が、ちょっと残念そうな目をしてソファの背にもたれかかる。

「そうか。君は自覚がないんだな、頬くらい染めてくれるかなと思ったのに」
「社交辞令くらい聞き流せます。それで、術は解除できるものなんですか?」
「できるよ。『おまじない』には始まりと、終わりがあるんだ。ただし術の実行者限定だね。そこで登場するのか、精霊が貸し与えた力を無効化する万能薬になる」

 これが本題の『朗報』だったのか、彼がにーっこりと笑った。少し首を傾げられた際に、彼の癖のない金髪がパサリと白い頬に落ちていた。

「……その感じからすると、裏技?」
「そ。あらゆる古い文献を捜した結果、魔法が始まった時代に、精霊が力を肩代わりして掛けた魔法というのは、私たちが自分の魔力を使う魔法で溶けてしまうのが分かったんだよ。どんなものでも、全部ね」
「あ、それで使われなくなっていった感じですか?」
「そうみたいだ」

 歴史まで繋がっているのかと、エリザはわくわくしてしまった。魔術から魔法への移行なんて、初めて聞く話である。

 精霊も、進んで誰にでも〝魔法〟を使わせたわけではないと思う。

 代わりにその人に魔法を掛けに行くのだって、きっと何か彼らにご褒美になることがあった。

(それが、たぶん『魔力』なんだろうな)

 元々、この国の人々は持っていたのだ。

 使い方を知らなかっただけなのではないかとエリザは考えた。

 だって、ただの人間がある日急に魔法を使えるようになっただけなら、魔法使いの人口はもっと希少種だと思うのだ。

 大昔、この国にあった『精霊の魔法』とやらは、召喚魔術みたいなものなのだろう。

(そして取引きが成立したら、精霊は、糧になる魔力を貰った――のかも?)

「何か考えてる?」

 向かい側の王子様には、目敏く察知されたようだ。

 エリザは、自分の故郷の土地の魔術師という環境から、自分が考えた当時の『精霊の魔法』について一つの可能性を説明してあげた。

「それで、殿下が見つけてくださった解除の方法は?」
「月の出ている夜に、水面に映った月にタタラの小枝を落として魔力を注いだあと、その枝自体を魔法で水に変える。それが聖水になるから、あとは魔法使いが作れる『魔力石』を削ったものを混ぜれば完成。それを飲ませれば解除できるよ」

 エリザは聞き届け、うんうんと頷きながら一度紅茶で落ち着けた。

 ティーカップを置いたところで、言う。

「それ、私にできる治療方法ではないですね。ちんぷんかんぷんなうえ、不可能な技術が多々混じっています」
「あはは、それはこちらで用意するから大丈夫。とくに強い私の魔法で作ってあげるから効果は百パーセント保証するよ」
「それは頼もしいです」
「君の役目は、ジークに飲ませることだよ。君の言葉なら素直に聞いてくれるだろう?」

 まるで、本来ジークハルトは警戒心が強い生き物だ、と遠回しに確認されてもいる気がする。

(おかしいな。私と殿下の間に、彼に対するイメージの違いの大きさが)

 エリザは、進んでお菓子を受け取るジークハルトを何個も思い浮かべた。

(というか、貴族の子息がそうって、まずくない?)

 普通『貴族』となると、毒見係だっているだろう。

 ジークハルト自身もそれを警戒するべきでは、とエリザは余計なお世話を考えてしまった。

「まぁ……今のジークハルト様は、確かに私が治療係としてすすめれば、薬なのだと疑わず飲んでくださるでしょうね」
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