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少年たちと「スナイパー」(2)
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矢部は少し困ったように首を傾け、視線を泳がせる。
「ごめんねぇ、細かいことは言えないんだな、これが。はっきり言えることは、私は、今は普通の数学教師で、君たちの担任ってことかな」
首の後ろへ手をやる矢部は、どこか面倒臭そうというような雰囲気があった。
暁也が眉を顰めて「今はってことは、前は違ってたってことだろ」と無愛想にパンを頬張る。矢部は「鋭いね」と笑ったが、特に困った様子もなくけらけらと声を上げただけだった。
先にパンを平らげた修一は、ノートパソコン画面へと目をやった。黄色い人影に、十近くの赤い人影がいっせいに飛びかかっているのを見て「雪弥ッ」と思わず本人に届かないのに声を上げてしまう。同じように画面を見た暁也も、緊急事態だと見て取り、もう少しでパンを詰まらせるところだった。
しかし、二人の心配をよそに、赤い色は一瞬にして粉砕されて動かなくなり、中央に残った黄色い人影だけがゆらゆらと光っていた。
「「……どうなってんだ?」」
顔を見合わせ、修一と暁也は声を揃えた。矢部が「仲がいいねぇ」と言うと、暁也が黙れと言わんばかりにぎろりと睨みつける。
特に反応も返さないまま、矢部は続きを見るようにと言わんばかりに、画面を指差した。黄色い人影が幽霊のように画面上を滑ったかと思うと、気付くと三階部分に立っていて、赤い人影の動きを次々に止め始めていた。
「彼はとても強いからね、あと数分もかからないだろう」
「先生は行かないの?」
「私は、君たちのお守りさ」
矢部は、呑気に答えてそのまま仰向けになった。豹変した矢部を信頼しきれない暁也は、顰め面を持ち上げるようにして担任教師を見やる。
「先生って、そっちが地か……?」
「まぁね」
「じゃあ、いつもそうやって喋ってくれよ。あんたの声、マジで聞き取りにくい」
修一は「そうだよ」と言い暁也の言葉に賛同した。彼は「俺は特に授業とか聞いてないけど、帰りの連絡とか、ちゃんとしてくれないと困るよ」と、受験生でありながら授業放棄している胸を、堂々と申告するような発言をした。
「まいったね、こりゃ」
矢部は可笑しそうに笑い、無造作に鞄へと手を伸ばして、外国製の煙草を一箱取り出した。横になったまま一本口にくわえ、ポケットからジッポライターを取り出して火をつける。
「教師が生徒の前で堂々と喫煙かよ」
暁也は忌々しげに吐き出した。「校内禁煙だろ」と指摘する暁也の隣で、修一は「へえ、煙草吸うんだ」とゆらぎ広がる煙も平気な様子だった。
「時間外まで、矢部(やべ)啓人(けいと)を演じる義務はないよ」
「それって、絶対そうしなきゃいけないの? 本当に先生の声聞きづらいし、変な歩き方とか猫背とか、意味あるのか?」
修一は、横になった矢部の顔を上から覗きこんで、不思議そうに尋ねた。
暁也がじっと横目に見つめる中、矢部は修一の向こうに広がる星空を眺めていた。彼の口にくわえられた煙草は、撫でるような風に揺らいで上空へと登っていく。
しばらく間を置いて、矢部が「……そうだねぇ」と口元に小さな笑みを浮かべた。
「一言で述べるのなら、そばにいたいから、かな」
修一の顔に疑問符が浮かぶのを見ると、矢部は困ったように視線をそらした。言葉を選ぶように、口にくわえた煙草をもごもごとさせる。
「ん~、なんというか、ここにいるためにはそうでなくてはならない、という感じかな。口下手で身体が悪くて自信がない、本来の自分とは全く別の人間を演じる必要があるんだ。――そして、足を負傷したのも私でなければいけないんだ」
「ちッ、さっきから分かんねぇ事ばっか言いやがって。そんな悠長に寝てっと、真っ先に殺(や)られんのが落ちだぜ」
暁也が愚痴ると、矢部は煙草をくわえたまま「やれやれ」というように笑んだ。一呼吸置いて、彼は断言するようにこう告げる。
「寝ていても殺せるよ」
ぴたりと風が止んだ。
その静けさに響いた台詞に、暁也と修一が目を合わせて口をつぐむ。
暁也は、きょとんとした修一から先に目をそらした。悠々とした様子で煙を吐き出す矢部を睨みつけ、「おいコラ」と喧嘩を売るように声を掛ける。
「俺ぁ、お前が嫌いだ」
「私は好きだよ」
ほぼ同時に言葉が上がった。暁也が仏頂面で鼻を鳴らす隣で、矢部を見つめていた修一が「俺、こっちの先生の方が好きだけどなぁ」とのんびりとした表情で言った。
矢部は夜空を見上げたまま、懐かしむように目を細めた。口からゆっくり煙草を取り、煙を吐き出しながら二人の生徒にこう言い聞かせた。
「どうか、勘違いしないで欲しい。私と彼らが持っている『人を殺める技術』は、国家と人民を守るためのものなんだよ」
その言葉のあと、遠くでくぐもるような銃声音が上がった。
「ごめんねぇ、細かいことは言えないんだな、これが。はっきり言えることは、私は、今は普通の数学教師で、君たちの担任ってことかな」
首の後ろへ手をやる矢部は、どこか面倒臭そうというような雰囲気があった。
暁也が眉を顰めて「今はってことは、前は違ってたってことだろ」と無愛想にパンを頬張る。矢部は「鋭いね」と笑ったが、特に困った様子もなくけらけらと声を上げただけだった。
先にパンを平らげた修一は、ノートパソコン画面へと目をやった。黄色い人影に、十近くの赤い人影がいっせいに飛びかかっているのを見て「雪弥ッ」と思わず本人に届かないのに声を上げてしまう。同じように画面を見た暁也も、緊急事態だと見て取り、もう少しでパンを詰まらせるところだった。
しかし、二人の心配をよそに、赤い色は一瞬にして粉砕されて動かなくなり、中央に残った黄色い人影だけがゆらゆらと光っていた。
「「……どうなってんだ?」」
顔を見合わせ、修一と暁也は声を揃えた。矢部が「仲がいいねぇ」と言うと、暁也が黙れと言わんばかりにぎろりと睨みつける。
特に反応も返さないまま、矢部は続きを見るようにと言わんばかりに、画面を指差した。黄色い人影が幽霊のように画面上を滑ったかと思うと、気付くと三階部分に立っていて、赤い人影の動きを次々に止め始めていた。
「彼はとても強いからね、あと数分もかからないだろう」
「先生は行かないの?」
「私は、君たちのお守りさ」
矢部は、呑気に答えてそのまま仰向けになった。豹変した矢部を信頼しきれない暁也は、顰め面を持ち上げるようにして担任教師を見やる。
「先生って、そっちが地か……?」
「まぁね」
「じゃあ、いつもそうやって喋ってくれよ。あんたの声、マジで聞き取りにくい」
修一は「そうだよ」と言い暁也の言葉に賛同した。彼は「俺は特に授業とか聞いてないけど、帰りの連絡とか、ちゃんとしてくれないと困るよ」と、受験生でありながら授業放棄している胸を、堂々と申告するような発言をした。
「まいったね、こりゃ」
矢部は可笑しそうに笑い、無造作に鞄へと手を伸ばして、外国製の煙草を一箱取り出した。横になったまま一本口にくわえ、ポケットからジッポライターを取り出して火をつける。
「教師が生徒の前で堂々と喫煙かよ」
暁也は忌々しげに吐き出した。「校内禁煙だろ」と指摘する暁也の隣で、修一は「へえ、煙草吸うんだ」とゆらぎ広がる煙も平気な様子だった。
「時間外まで、矢部(やべ)啓人(けいと)を演じる義務はないよ」
「それって、絶対そうしなきゃいけないの? 本当に先生の声聞きづらいし、変な歩き方とか猫背とか、意味あるのか?」
修一は、横になった矢部の顔を上から覗きこんで、不思議そうに尋ねた。
暁也がじっと横目に見つめる中、矢部は修一の向こうに広がる星空を眺めていた。彼の口にくわえられた煙草は、撫でるような風に揺らいで上空へと登っていく。
しばらく間を置いて、矢部が「……そうだねぇ」と口元に小さな笑みを浮かべた。
「一言で述べるのなら、そばにいたいから、かな」
修一の顔に疑問符が浮かぶのを見ると、矢部は困ったように視線をそらした。言葉を選ぶように、口にくわえた煙草をもごもごとさせる。
「ん~、なんというか、ここにいるためにはそうでなくてはならない、という感じかな。口下手で身体が悪くて自信がない、本来の自分とは全く別の人間を演じる必要があるんだ。――そして、足を負傷したのも私でなければいけないんだ」
「ちッ、さっきから分かんねぇ事ばっか言いやがって。そんな悠長に寝てっと、真っ先に殺(や)られんのが落ちだぜ」
暁也が愚痴ると、矢部は煙草をくわえたまま「やれやれ」というように笑んだ。一呼吸置いて、彼は断言するようにこう告げる。
「寝ていても殺せるよ」
ぴたりと風が止んだ。
その静けさに響いた台詞に、暁也と修一が目を合わせて口をつぐむ。
暁也は、きょとんとした修一から先に目をそらした。悠々とした様子で煙を吐き出す矢部を睨みつけ、「おいコラ」と喧嘩を売るように声を掛ける。
「俺ぁ、お前が嫌いだ」
「私は好きだよ」
ほぼ同時に言葉が上がった。暁也が仏頂面で鼻を鳴らす隣で、矢部を見つめていた修一が「俺、こっちの先生の方が好きだけどなぁ」とのんびりとした表情で言った。
矢部は夜空を見上げたまま、懐かしむように目を細めた。口からゆっくり煙草を取り、煙を吐き出しながら二人の生徒にこう言い聞かせた。
「どうか、勘違いしないで欲しい。私と彼らが持っている『人を殺める技術』は、国家と人民を守るためのものなんだよ」
その言葉のあと、遠くでくぐもるような銃声音が上がった。
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