「蒼緋蔵家の番犬 1~エージェントナンバーフォー~」

百門一新

文字の大きさ
105 / 110

少年たちと「スナイパー」(2)

しおりを挟む
 矢部は少し困ったように首を傾け、視線を泳がせる。

「ごめんねぇ、細かいことは言えないんだな、これが。はっきり言えることは、私は、今は普通の数学教師で、君たちの担任ってことかな」

 首の後ろへ手をやる矢部は、どこか面倒臭そうというような雰囲気があった。

 暁也が眉を顰めて「今はってことは、前は違ってたってことだろ」と無愛想にパンを頬張る。矢部は「鋭いね」と笑ったが、特に困った様子もなくけらけらと声を上げただけだった。

 先にパンを平らげた修一は、ノートパソコン画面へと目をやった。黄色い人影に、十近くの赤い人影がいっせいに飛びかかっているのを見て「雪弥ッ」と思わず本人に届かないのに声を上げてしまう。同じように画面を見た暁也も、緊急事態だと見て取り、もう少しでパンを詰まらせるところだった。

 しかし、二人の心配をよそに、赤い色は一瞬にして粉砕されて動かなくなり、中央に残った黄色い人影だけがゆらゆらと光っていた。

「「……どうなってんだ?」」

 顔を見合わせ、修一と暁也は声を揃えた。矢部が「仲がいいねぇ」と言うと、暁也が黙れと言わんばかりにぎろりと睨みつける。

 特に反応も返さないまま、矢部は続きを見るようにと言わんばかりに、画面を指差した。黄色い人影が幽霊のように画面上を滑ったかと思うと、気付くと三階部分に立っていて、赤い人影の動きを次々に止め始めていた。

「彼はとても強いからね、あと数分もかからないだろう」
「先生は行かないの?」
「私は、君たちのお守りさ」

 矢部は、呑気に答えてそのまま仰向けになった。豹変した矢部を信頼しきれない暁也は、顰め面を持ち上げるようにして担任教師を見やる。

「先生って、そっちが地か……?」
「まぁね」
「じゃあ、いつもそうやって喋ってくれよ。あんたの声、マジで聞き取りにくい」

 修一は「そうだよ」と言い暁也の言葉に賛同した。彼は「俺は特に授業とか聞いてないけど、帰りの連絡とか、ちゃんとしてくれないと困るよ」と、受験生でありながら授業放棄している胸を、堂々と申告するような発言をした。

「まいったね、こりゃ」

 矢部は可笑しそうに笑い、無造作に鞄へと手を伸ばして、外国製の煙草を一箱取り出した。横になったまま一本口にくわえ、ポケットからジッポライターを取り出して火をつける。

「教師が生徒の前で堂々と喫煙かよ」

 暁也は忌々しげに吐き出した。「校内禁煙だろ」と指摘する暁也の隣で、修一は「へえ、煙草吸うんだ」とゆらぎ広がる煙も平気な様子だった。

「時間外まで、矢部(やべ)啓人(けいと)を演じる義務はないよ」
「それって、絶対そうしなきゃいけないの? 本当に先生の声聞きづらいし、変な歩き方とか猫背とか、意味あるのか?」

 修一は、横になった矢部の顔を上から覗きこんで、不思議そうに尋ねた。

 暁也がじっと横目に見つめる中、矢部は修一の向こうに広がる星空を眺めていた。彼の口にくわえられた煙草は、撫でるような風に揺らいで上空へと登っていく。

 しばらく間を置いて、矢部が「……そうだねぇ」と口元に小さな笑みを浮かべた。


「一言で述べるのなら、そばにいたいから、かな」


 修一の顔に疑問符が浮かぶのを見ると、矢部は困ったように視線をそらした。言葉を選ぶように、口にくわえた煙草をもごもごとさせる。

「ん~、なんというか、ここにいるためにはそうでなくてはならない、という感じかな。口下手で身体が悪くて自信がない、本来の自分とは全く別の人間を演じる必要があるんだ。――そして、足を負傷したのも私でなければいけないんだ」
「ちッ、さっきから分かんねぇ事ばっか言いやがって。そんな悠長に寝てっと、真っ先に殺(や)られんのが落ちだぜ」

 暁也が愚痴ると、矢部は煙草をくわえたまま「やれやれ」というように笑んだ。一呼吸置いて、彼は断言するようにこう告げる。


「寝ていても殺せるよ」


 ぴたりと風が止んだ。

 その静けさに響いた台詞に、暁也と修一が目を合わせて口をつぐむ。

 暁也は、きょとんとした修一から先に目をそらした。悠々とした様子で煙を吐き出す矢部を睨みつけ、「おいコラ」と喧嘩を売るように声を掛ける。

「俺ぁ、お前が嫌いだ」
「私は好きだよ」

 ほぼ同時に言葉が上がった。暁也が仏頂面で鼻を鳴らす隣で、矢部を見つめていた修一が「俺、こっちの先生の方が好きだけどなぁ」とのんびりとした表情で言った。

 矢部は夜空を見上げたまま、懐かしむように目を細めた。口からゆっくり煙草を取り、煙を吐き出しながら二人の生徒にこう言い聞かせた。

「どうか、勘違いしないで欲しい。私と彼らが持っている『人を殺める技術』は、国家と人民を守るためのものなんだよ」

 その言葉のあと、遠くでくぐもるような銃声音が上がった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件

桜 偉村
恋愛
 みんなと同じようにプレーできなくてもいいんじゃないですか? 先輩には、先輩だけの武器があるんですから——。  後輩マネージャーのその言葉が、彼の人生を変えた。  全国常連の高校サッカー部の三軍に所属していた如月 巧(きさらぎ たくみ)は、自分の能力に限界を感じていた。  練習試合でも敗因となってしまった巧は、三軍キャプテンの武岡(たけおか)に退部を命じられて絶望する。  武岡にとって、巧はチームのお荷物であると同時に、アイドル級美少女マネージャーの白雪 香奈(しらゆき かな)と親しくしている目障りな存在だった。  そのため、自信をなくしている巧を追い込んで退部させ、香奈と距離を置かせようとしたのだ。  そうすれば、香奈は自分のモノになると錯覚していたから。  武岡の思惑通り、巧はサッカー部を辞めようとしていた。そこに現れたのが、香奈だった。  香奈に励まされてサッカーを続ける決意をした巧は、彼女のアドバイスのおかげもあり、だんだんとその才能を開花させていく。  一方、巧が成り行きで香奈を家に招いたのをきっかけに、二人の距離も縮み始める。  しかし、退部するどころか活躍し出した巧にフラストレーションを溜めていた武岡が、それを静観するはずもなく——。 「これは警告だよ」 「勘違いしないんでしょ?」 「僕がサッカーを続けられたのは、君のおかげだから」 「仲が良いだけの先輩に、あんなことまですると思ってたんですか?」  先輩×後輩のじれったくも甘い関係が好きな方、スカッとする展開が好きな方は、ぜひこの物語をお楽しみください! ※基本は一途ですが、メインヒロイン以外との絡みも多少あります。 ※本作品は小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

まずはお嫁さんからお願いします。

桜庭かなめ
恋愛
 高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。  4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。  総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。  いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。  デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!  ※特別編6が完結しました!(2025.11.25)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想をお待ちしております。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...