氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

文字の大きさ
上 下
153 / 180
第二十三章 ビョルンの屋敷

4 聡明な馬

しおりを挟む
4 聡明な馬


 
 裏庭の菜園では、鶏やガチョウたちが地面を突きながら歩き回っていた。

「おはよう」

 変わらない朝が懐かしくて声をかける。が、鳥たちは一斉に散っていった。僕がザクロさんの姿をしてるから、怖かったみたいだ。鳥たちにまでそんな反応をされるとは衝撃だった。

「……ほら、ご飯だよ」

 僕はめげずに餌を撒いた。すると、鳥たちは目を釘付けにして首を揺らしながら寄ってくる。こういうところは素直で可愛い。

 とはいえ、完全に警戒を解いてくれたわけではない。僕を迂回しながら餌をめがけてダッシュして、パッと嘴で地面を突くなり飛び退いて、目を白黒させながら小石も一緒に飲み込んでる。そんなに慌てなくていいのにと、思わず笑ってしまった。

 凍った池のほとりには、一本の柳が揺れている。その向こうの陽だまりに、納屋と並んで小さな馬小屋が光っている。

「ファラダは元気かな」

 ザクロさんが川で氷漬けになった時、馬は逃してくれたってプリッツは言ってた。とはいえ怖い思いをしたことだろう。

 茅葺の屋根は朝の冷たい日差しを受けて光っていた。木戸をくぐると薄暗く、馬小屋の中はあたたかな藁と馬草の匂いで満ちていた。

 細い丸太の柵で囲われた中に、灰色の毛並みに白い斑入りの馬ファラダが、静かに佇んでいた。

「ファラダ、怪我はない?」

 ファラダはザクロさんの姿にも怯えることなく、視線を僕に向けた。僕はそっと近寄って、ファラダの首筋を撫でた。

 ファラダは変わってしまった僕からも逃げない。あたたかな毛並みに思わず頬を寄せた。以前よりずっとファラダの目が近くにある。

「僕のこと、わかる?」

 わかりますとも、とファラダは頷いたような気がした。

 僕はファラダを馬小屋から連れ出すと、柵で囲まれた敷地内を好きに歩かせてやった。飼い葉桶にたっぷりと牧草を入れてやる。

 ファラダが庭でご飯を食べている間に、僕は馬小屋の床を掃除した。ボロを取り、汚れた藁を換える。

 ザクロさんの高い身長とたくましい腕のおかげで、大きなフォークが軽々と扱える。これはありがたい変化だった。手押し車の往復もスイスイ行ける。

 手の皮だけはちょっとヒリヒリしたから、明日から手袋をしてこよう。せっかくの綺麗な爪が欠けたりしてももったいないし。

「さあ、綺麗になったよ」

 水を飲んでいたファラダはゆっくりと目をあげた。ブルっとまた歩き出す仕草をする。ファラダの言いたいことは何となくわかる。

「まだ戻りたくないの?」

 僕は笑ってファラダの鼻を撫でた。ファラダは柵に近寄ると僕に鼻をすり寄せた。乗りませんか、と言ってくれてるのだ。

「いいの?」

 僕は柵に足をかけると、ファラダの背中にまたがった。ザクロさんの重みで柵がギシっといった時、僕はハッとした。でも、ファラダは動じずに僕の重たい体を乗せて歩き出した。

 ファラダは他の動物たちと違って、元々ザクロさんにもこんなに懐いていたのだろうか。それとも本当に、僕がアリオトだってわかってるのだろうか。

 ファラダはゆっくりと柵を巡り、裏庭を抜け、徐々に脚を速めながら森のほとりを駆けた。まだ雪の残る草地を飛ぶように走る。ザクロさんの燃えるように赤い髪が風になびいた。僕はファラダの背で弾みながら、声をあげて笑っていた。

 ひとしきり走って、草原の中にポツンとたつ楡の木の前で止まった。僕はファラダの背から降りた。息がずいぶん切れた。

「ありがとう」

 近くの小川にファラダを引いていく。雪解け水が流れてくる。僕はファラダの汗をかいとり、ブラシでくまなく撫でて埃を落とした。たてがみとしっぽも柔らかく梳る。

 力のみなぎる筋や筋肉を覆った毛並みがツヤツヤと輝き出すのを見るのが、僕は大好きだ。

 蹄に詰まった泥を掻い出す間も、ファラダは大人しく片足ずつあげて、じっとしていてくれた。

「君は本当に綺麗だね、ファラダ」

 ファラダは黙って首を下げると、鼻の先を川面につけて静かに水を飲んだ。それをみおろすザクロさんの姿は、澄んだ水の奥の、御影色の土や小石と一緒に溶けて、波紋のなかに隠れてしまった。

 ふとファラダが顔を上げて、耳を前後に動かした。僕もファラダの見ている方角に目を凝らす。

「あれ、何だろう」

 森のほとり近くで蛇行した川の澱みの岩陰に、何かが引っかかってる。黒いぼろ布のようにも見えた。近付こうにも水草が生い茂っている。浅い川だから、水の中を歩いた方がよさそうだ。僕は靴を脱ぐと、川の中に足を入れた。

「つ、つめたー」

 ファラダが心配そうに僕を見ている。

「ちょっと待っててね。見てくるから」

 ドレスをたくしあげ、水に逆らって歩く。

 澱みに近づくにつれて、岩に引っかかっていたのは布ではなく、どうやら人のようだとわかってきた。

「大変だ!」

 幸いにも、その人の斃れていたのは浅瀬だった。駆け寄って、声をかける。

「大丈夫ですか」

 グッタリとしていて意識がない。殴られでもしたのだろうか、顔はコブだらけで、まぶたも口も膨れ上がっている。小さな細い手足に、曲がった背骨。

 お爺さんのようだけれども、首や手肌は若い人のようにも見えた。







 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

兎森りんこ
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

弟、異世界転移する。

ツキコ
BL
兄依存の弟が突然異世界転移して可愛がられるお話。たぶん。 のんびり進行なゆるBL

処理中です...