氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

文字の大きさ
上 下
152 / 180
第二十三章 ビョルンの屋敷

3 抜かりない魔女

しおりを挟む
3 抜かりない魔女



 ホクトくんは僕に掴みかかろうとした。ホクトくんの怒りで空気がビリビリ震えた。

 それを止めてくれたのはマフだった。マフはホクトくんを宥めながら、厨房の方へ連れて行った。

 僕は呆然としていた。身体がすくんで、耳がじんじんして、うごけない。

 ホクトくんが怖かったからじゃない。僕自身、ホクトくんと同じくらい混乱してたからだ。

 ホクトくんとマフとメアリを前に、自分がアリオトだと告げたかった。でも、何かの力によって口封じされていた。

 口にしようとした言葉がかき消された時の焦りがまだ尾をひいてる。

 口にしようとした途端、言葉が頭からも喉からもぽっかり消えるんだ。この感覚はザクロさんを男だと言えなくされた時と同じ。

 ああ……。

 胸がひきつれる。

 この不自然で強引な口封じの魔法は、ピノやプリッツの魔法とは種類が違う。そういうのがなんとなく分かるようになっていた。

 ザクロさんなんだ。

 僕をザクロさんに変えたのは。

 そう直感したとたん、どうにもならないやるせなさが僕を襲った。僕は動揺して、ホクトくんの気持ちを思いやることが出来なかった。

 ホクトくんは僕を心配してくれてた。お母さん想いのホクトくんが、ザクロさんと喧嘩までして憤ってくれてた。

 そのホクトくんに、僕はアリオトは幸せだの、消えたのはザクロさんの方だのと、ちゃんとした順序も踏まずに口走ったんだ。ホクトくんが混乱するのも当然だった。

 そんなことを「ザクロさん」の口から語られたのだ。彼が怒るのも無理はない。

「ホクトくんに謝らなきゃ」

 僕はつぶやいた。でも、立ち上がることが出来なかった。膝がまだ震えてる。

 そのときふと、僕の頬に柔らかなものが触れた。

 メアリが、僕の髪についたスープの滴を拭ってくれていた。

「今はそっとしておきましょう、坊ちゃん」

 優しい手つきが、泣きたいほど嬉しい。

「うん……そうだね……」

 メアリの手が止まった。僕は目を擦って、メアリを見上げた。

「ありがとう」

 僕の顔を見つめるメアリの口が、小さく動いた。

「本当に……」
「え?」

 メアリは口を閉ざした。首を振って俯くと、僕の髪を拭いた布巾をたたみ直した。僕の背後で、柱時計の鐘が低く鳴った。

「あ、餌をやる時間だね」

 そういえば、今日はまだ馬屋や家畜小屋の様子を見に行ってない。

「ファラダは元気?」

 家畜には名前をつけてはいけない。父さんにそう教わった。だけどうちには一匹だけ、名前のついた馬がいる。

 灰色のファラダは、とても綺麗な馬だ。ホクトくんの一番のお気に入り。彼がいつのまにか名前をつけてたんだ。

「え……ええ、馬屋にいますよ」

 僕はよっこいしょと立ち上がる。

「よし、馬小屋の方は僕に任せて。今日は念入りにブラッシングしてあげよっと」

 僕は席を立ってから、はたと振り返った。

「そういえば、さっき、僕のことを坊ちゃんて呼んだ?」

 気のせいかな。期待のこもった僕の視線を避けるように、メアリは出て行ってしまった。

 残された僕は、テーブルの食器を片付けた。

「上着を、お持ちしました」

 振り返ると、マリアが、ザクロさんの上着を持って立っていた。

 乗馬用の、綺麗な上着。馬小屋の掃除で汚したら悪いかな。

 そんな気持ちが一瞬湧いたけど。

 まあいいや。なんの説明もなく、僕をザクロさんに変えちゃったザクロさんが悪いんだもの。好きにさせてもらう。モノマネもやめだ。

「ありがとう、メアリ」

 僕はメアリに背を向けて、腕を斜め後ろに差し出す。正面の鏡には、ペンギンみたいに腕を下げるザクロさんがいた。照れくさそうに笑っている。

「……坊ちゃんは、本当に幸せなのですか」

 背伸びして上着を着せてくれながら、メアリは「ザクロさん」に尋ねた。うん、とザクロさんの僕はうなずく。メアリは鏡越しに僕の目をじっと見つめてた。

 お皿を洗うのはメアリがやってくれるというので、僕はやったとばかりに馬小屋に駆け出した。

 はやく、物言わぬ馬たちに会いたかった。

 なんだか自分が分からなくって、話すのも、考えるのも、ひどく疲れてしまったから。










 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

兎森りんこ
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

弟、異世界転移する。

ツキコ
BL
兄依存の弟が突然異世界転移して可愛がられるお話。たぶん。 のんびり進行なゆるBL

処理中です...