氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

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第三章 芥子畑

1 領主と近衛隊長(領主視点)

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1 領主と近衛隊長 (領主視点)



「あーもう、なに! よせって…!」

 小生はのしかかってくる目の前の男を、思い切り突き飛ばす。

「……痛え」

 尻もちをついた男は小生を見上げて、さも傷ついたかのように目を潤ませる。

「どうしてだよ……俺、こんなに尽くしてるのに」

 頬を紅潮させて、ぼろぼろ涙をこぼしながら、小生の膝に縋り付いてくる。

 そんな情けない仕草さえ、この男にかかると、いちいちスタイリッシュなのだから恐ろしい。

「こんなに……愛してるのにっ!!」
「しーっ! 外に聞こえる!」

 あまりのパッションに、ここは劇場か? と一瞬錯覚する。いや、この男の叫びには、オペラ座の俳優も霞むだろう。

「いい加減にしてよ、ジュン!」
「ケイトのバカ! 小心者! 俺は、あんたと違って、体面なんか気にしない!」

 時刻は深夜1時。

「体面を気にする気にしないの問題ではない。単にご近所迷惑だから!」
「ご近所って……この城の敷地どんだけあると思ってんだよ。『領主』さま」
「うっ……」

 言葉に詰まる。確かに、領地一帯が見渡せるこの丘の上の城で、「近所」を気にする必要はないのだった。

「とにかく! お前のパッションで使用人たちの安眠を妨害する権利はないの!」

 小生は今でこそ領主であり、国王の二男坊だが、訳あって市井で育てられた。物心ついた時から、ご近所づきあいを常に意識してきたのだ。城で暮らすようになったからと言って、幼いころの習性がすぐに抜けるものでもない。

「わかった、わかった」

 ヤツは乱れた黒髪をかきあげて、微笑しながら近づいてくる。そして気が付くとまた、俺をベッドに押し倒している。

「だからー!さっきから、何やってんだよ!」
「何って、求愛だよ」
「訳わかんないこと言ってないで、離せ!」
「やだ。離さない」

 漆黒の瞳に涙を浮かべ、長い睫毛を羽ばたかせる。超人的に整った彫りの深い眉目をすり寄せて、キスをせがんでくる。その陶器のような白い額に、小生は容赦なく頭突きを食らわせる。

「痛ってぇえー!」
「そうやって美貌振りかざしたってダメ。嘘泣きも無駄。ちっちゃいころから見飽きてるよ?」

 さっきから不気味な行為を迫るこの超絶イケメンは、泣く子も黙る近衛兵長。

 かつ、小生の乳母の息子である。

 血のつながりこそないけれど、小さいころから一緒に育った。いわば、乳兄弟。義理の弟みたいなものだ。

 容姿端麗、武勇に秀で、はた目には非の打ち所のない騎士である。ただ、惜しむらくは、ご覧の通り重度のブラコン。この性癖さえなかったら、とっくにどこぞの姫君の婿の座でもゲットしてるだろうに。

「皇太子さまぁ……」
「その呼び方、マジでやめて」

 皇太子と呼ばれた瞬間、現実がよみがえってきて、小生はげんなりしながら、ベッドにもぐりこむ。

 父の後を継ぐはずだった兄が病で倒れたのが七年前。兄と父の存在及び、自分の素性を知ったのもその時。

 会ったこともない兄の死を悲しむ暇もなく、城に呼び戻された小生を待っていたのは、王の跡継ぎとなるための勉強の日々。

 まさか自分がシブヤ領主、ひいてはこの国の皇太子になるなんて。学問も修め、将来はジャーナリストになるって決めていたのに。「ペンは剣よりも強し」ってのが信条だったのに。一転、剣と冠を渡されて、この国を守れときた。憂鬱であった。

「……ケイト? 寝たの?」

 いざ皇太子の座についてみると、憂鬱はさらに増した。この城の因習の多さ、この国の政治の不行き届きさは半端じゃない。不明瞭な財政状況、私腹を肥やす貴族たち。

 父上も母上も兄上も、この状況に、まるで気が付いていなかったのだから驚きである。家臣を疑うのは王の恥だとのたまって、絶対に裁こうとなさらない。

 驚きだ。憂鬱だ。ストレスだ。黙ってだまされているのが王の務めだというのなら、小生は到底その器でない。

「ケイちゃん……」

 シーツにぴったりくるまって、ジュンに背を向ける。今日も一日犬のように働いた。丸太のように眠りたいのだ。

「頼まれてた件の報告にきたんじゃん。ちょっとくらい、ご褒美くれたっていいだろ」

 眠りかけていた脳が半分目覚める。振り向くと、ジュンは黒い犬のように、目を輝かせてキスをせがんでくる。

「……報告する前から褒美に飛びつくやつがあるか」

 おでこをぺしっとたたいて、報告を促す。

「侯爵婦人と、話してきたよ」
「…こちらの条件は飲むって?」

 小生、不正を黙って見ていられるような質でない。父の教えを破っても、やはり動かずにはいられない。その手足となるのが、このジュンだった。どうしても通したい案件の、根回しを頼んであった。その報告を受ける。どうやらうまくいったらしい。

「何にもしない。一緒に寝るだけ。それくらい、いいでしょ?」

 用がすむなり、その長身をベッドにもぐりこませてきた。小生は黙って目を閉じる。早くジュンがブラコンを卒業してくれることを祈るばかりだ。

 なんだかんだ言っても、孤立無援の小生の右腕として、危ない橋を渡る仕事も日々こなしてくれている。添い寝ぐらいは大目に見るかと、つい絆される。ガキの頃から一緒に寝てたし。

「……ケイちゃんと二人きりの夜も、これが最後になるのかな」
「はぁ、ぜひそうしていただけると助かりますな」
「なんでそんなに冷たいの?!」
「お前が言ったんだろ。聞いたからな。絶対今日で最後にしろよ」
「だって嫌でもそうなるじゃん! ケイちゃんは明日から、人生の墓場に入るんだから」

 文字通り、寝耳に水である。

「何のことだ?」

 驚いて振り返ると、宝塚もびっくりの彫りの深い顔が、びっくりするほどの至近距離で、びっくりした表情を浮かべている。

「何って…とぼけてるの?」
「人生の墓場とは穏やかじゃないな。」

 ジュンはせわしなく瞬きをした。

「ねえケイト。明日の舞踏会に、誰が招待されてるか知ってる?」
「誰って、各地の王侯貴族だろう?」
「ちがうよ。もう、何で。そういうことには、マジでうといんだからなあ。」
「何? 何、何、何?」

 急に不安が募る。超不安である。明日の舞踏会は単に母上の誕生を祝う宴だと思っていたが。小生は何か重大な陰謀でも見落としていたのだろうか。

「ケイちゃん可愛い。チューしてくれたら教えたげ……」
「頭突くぞ」
「……国中の、年頃の娘が集められてるんだよ!」

 拍子抜けである。結構じゃないか。城の大広間はバカみたいに広いんだし。国中の人が招かれたって余裕だろう。若い御嬢さん方が身分を問わず楽しんでくれるならそれに越したことは無い。

「で?それが?」
「だからー!シンデレラ読んだことないの?今回の舞踏会は、お妃探しが目的なんだよ」
「オキサキサガシ?」

 ばらばらだったパズルのピースが、猛スピードでつながっていく。狩りの途中、それとなく女性の話を持ちかけてきた父上の顔、やけににこやかだった母上の顔、いつもにも増して念入りだった明日の衣装合わせ、ジュンの言う『人生の墓場』の意味。

「……マジか!!」

 そうか、明日は玉の輿目当ての御嬢さん方が城に押し寄せてくるというわけか。知らぬは小生ばかりというわけか。

 そうかそうか。小生ひとりのために、国中の御嬢さんを集めるとは。スケールがでかすぎて、庶民育ちの小生にはとうてい考えられない発想でしたよ。

「明日の舞踏会で花嫁を探せということか」

 怒りと焦りで、自分がみるみる青ざめていくのが分かった。確かに今は心惹かれる女性などいないけど、そりゃいつかは結婚するさ。恋愛くらい自由にさせてくれ!惚れた腫れたが国を挙げてのイベントにされるなんて、冗談じゃない。

「なんだ……ケイちゃんも承知なんだと思ってた。でも、そうじゃないんだね」

 ジュンは満足そうに、小生の胸にぎゅっとすがりついてきた。

「承知なんてするわけないだろ、そんな人権無視のイベント!」
「……なんか焦点ずれてない?」

 もはやおちおち寝てなどいられない。小生はベッドから跳ね起きた。

「舞踏会は中止だ!」
「無理だよ。名目上は王妃様の誕生祝だし。第一、もう国中の御嬢さんがドレスや馬車の手配もすませて準備万端なんだから。経済効果もバリバリに上がってる。ここで中止なんてことになったら、全国民が落胆するよ?」
「……」

 然り。ジュンの言うことは至極もっともだ。だが、それならこっちにも考えがある。

「すまないが、ジュン。出て行ってくれ。一人になりたい……」

 ジュンが、傷ついた子犬のような目で小生を見る。小生は寝返りを打って、ジュンが部屋を出て行った後もずっと、冷たい壁を見つめていた。


 
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