氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

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第二章 氷の森

6 妖精の贈り物

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6  妖精の贈り物



「俺のも、おいしいって言ってくれるかな?」
「言ってくれるよ。ピノのすっごくおいしいもん」

 プリッツが起き上がると、今度はピノがベッドの真ん中に寝そべる。手足の長いプリッツに比べて、ピノは、華奢で白くて、なまめかしい。ちゃきちゃき動き回っているときは気付かなかった。改めて見ると、ピノは整った顔立ちに、とび色の綺麗な目をしている。目尻を赤くして見つめられると、男でもドキドキしてしまう。

「次はピノにもしてあげて」

 髪を胸のところで抑え、もう片方の手で、ピノの耳を持ち上げた。ピノの耳はあっという間に筒状になった。

「……俺のこと好き?」

 嫌いになる要素なんかなかったけど、それだけの理由で好きなんて言っていいのか。分からないので無言で舐める。

 ピノの蜜は、ショートケーキの生クリームみたいな味がした。僕が感想を言うと、ピノは変な猫みたいにうねうねと抱きついてきて、涙目を僕の服に擦り付けた。

「いよいよアリスの番だね」
「えっ?!僕はいい!遠慮する!」

 人間の耳なんて百味中の96位くらいだろう。妖精さんの耳とは訳が違う。

「だーめ。遠慮すんなって」
「アリス、君は本当にいい子だったよ」
「試験は合格。いま、ご褒美をあげるからね」

 どう反応していいやらわからない。

「アリスの願いは、森の向こうでお使いを済ませることだろ」
「そうだね。どうする?」
「女子としての完成度を上げてやろう……」
「ああ、いいね」

 二人が何やら呪文を唱える。すると、今まで感じたことのないような快感が、僕の体を走り抜けた。

「この長い髪も、本物にしてあげるってのはどう?」
「いいね!本物の、しかも純金にしてあげよう」
「いいじゃん。一生お金に困らないね」

 プリッツの呪文で、ぽわーと、僕の髪が光る。

 ようやく、二人のしていることがわかってきた。おとぎ話でいう「妖精の贈り物」が始まったんだ。でも待って。方向性が変!

「ね、いいよ。そんなことしないでホントいいから!」
「無欲!」
「なんて謙虚なんだろう」
「もっと幸せにしてあげたくなる」
「ね。ほんとほんと」

 遠慮とかじゃないんだけど、なかなか伝わらない。

「幸せといえば、愛かなあ。素敵な男性に愛されますようにってのはどう?」
「はあ?!」

 僕とピノは絶句する。

「だってさ、外は危険だから。アリスちゃんを守ってくれる男がそばにいた方が絶対いいよ」
「……なるほどな。まあ、愛するんじゃなくて、単に愛される分には悪くない」

 ピノがまさかの納得。いつものツッコミはどうした。何がなるほどなのかわからない。愛されるも愛するも僕にはどっちも同じことのように思えた。

「よし。じゃあ俺がやろう」

 ピノが両手を僕に向ける。

「この国で一番ハンサムで、権力があって、なおかつ賢い男が、アリス=ビョルンに命がけで愛をささげる。ただし、報われないっと」

 体中がふわあっと、お酒でも飲んだみたいに熱くなる。

 僕は慌てて二人を止めた。ちょっと手遅れかもしれないけど……。

「ちょっとまって! な、なんで男に愛される必要が? 僕は一人でも……」
「まあ、任せなって。女の子の一人旅は危ないんだよ」
「そもそも僕、女の子じゃないって!」
「あ……」

 プリッツは口を開けたままピノの顔を見る。完全に忘れてたに違いない。

「ま、まあ大丈夫! 旅は道連れってね、いうからね。人間たちはいつも。うん」
「……」

 笑って誤魔化すプリッツと、聞こえないふりのピノ。

「あとさ、なんか……最初にかけてくれた魔法は何? よく聞こえなかったんだ」

 沈黙が訪れる。怖すぎる。最初の呪文は口に出されなかったけど、体感的に、バイオ系の贈り物をされた気がする……。

「端的にいえば、女子力?」
「そうそう、女子力を上げたんだよ~」

 そんなもん、世界で一番いらぬし! あと端的に言えばってなに。僕は二人に、もっと具体的に詳しく教えてくれと迫るが、後でわかるよなどと笑ってはぐらかされる。嫌な予感しかしない。

「贈り物の変更とかは、可能?」

 二人は顔を見合わせた。

「したことないな」
「うん」
「できない」

 そ、そんな。僕はベッドにめり込む勢いでうなだれる。

 その瞬間、あたりに靄が立ち込めて、二人の白い顔が、どんどん透けていった。

「ざんねん!時間切れだ!」
「まあ……がんばれ」

 ……まぶしい朝日が、僕の目を射た。

 気が付くと、僕は森の出口に倒れていた。目の前には、大都市シブヤへと続く、煉瓦の道が延びていたのだった。




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