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第2章 黒騎士と魔王
第62話 出会い頭の事故。~トンネルを抜けたら、黒かった~
しおりを挟む深い井戸のような、長いトンネルのような真っ暗な場所を、猛烈な勢いにて引っ張られるようにして落ちていく。
遠ざかる入り口はすぐに点となって見えなくなった。
ここで景色が一変。
急に視界がひらけたと思ったら、そこは空の上。
眼下に広がる真っ赤な大地へとスカイダイビングの真っ最中。
そんなわたしのカラダにのびてきたのは富士丸くんの手。
彼はそっとわたしの身をつかむと、すぐさま背中のロケットを点火。
おかげでことなきを得たわたしたちは、そのまま地表へと降り立つ。
見渡すかぎりの赤さび色の荒涼地帯。土も空気も風も、何もかもが乾いている。
雰囲気がどことなく富士丸の亜空間に似ている。
天を見上げるも自分たちが落ちてきたとおぼしき箇所はどこにも見当たらない。
おそらくはあの石のヒョウタンの中にとり込まれたのだろうけれども……。
「どれ、人形召喚! おいでませ。たまさぶろう」
ちょっと格好よく言ってみたけれども、反応はなし。
富士丸にも自分の亜空間へ行けるか試してもらったけど、こちらもダメ。
まいったね、こりゃあ。どうやらここは外部から完全に隔絶された場所らしい。
となると、ルーシーたちとわたしとの間のエネルギー供給回線がどうなっているのかが気になるところ。抜け目のないルーシーのことだから、不測の事態に備えて備蓄はしているだろうけれども、それとてもいつまでもつかわからない。
わたし発電のクリーンエネルギーにて回っているリンネ組やその周辺にとって、歩く電源であるわたしの身柄こそが肝要。
青い目をしたお人形さんもつね日頃から「リンネさまは余計なことはしなくていいから、ただ健やかでいて」と口をすっぱくして言っていたっけか。
ムムム、これはマズいね。急いで外に帰る算段をつけないと。もたもたしていたら怒られちゃうよ。
珍しく己の脳細胞を使い、うんうん唸っていたら富士丸がある方向を指し示す。
荒野を渡った先にある山。
そこには城らしきものの姿が見えている。
「建物があるってことは、ここには何者かがいるってことか。とりあえず行ってみようか」
富士丸くんの手の平にのって、ギューンとお空をゆく。
ずんずんと近寄って来る山のお城。岩肌を削ったりくりぬいて作ったような野趣たっぷりな造り。
「あら、けっこう大きな山城。おーい、誰かいませんかー」
わたしが声をかけたら奥から聞こえてきたのは、カサカサという音。
その音を耳にしたとたんに、背中にゾクリと悪寒が走る。
これは……、なにやら聞き覚えがあるような。
台所の片隅とか、お風呂場の片隅とか、部屋の片隅とか。
見つけた人を阿鼻叫喚へと誘うは黒くテカるボディ。
不快度指数と血圧を急上昇させる憎いあんちくしょう。
「ちっ、よもやこんなところで『Gの戦慄』と遭遇するハメになるなんてね」
昆虫型のハイボ・ロードがいる以上、その可能性が十分にあり得ることにはとっくに気がついていたさ。でもあえて考えないようにしていたんだ。
もちろん相手がいかにソレからの進化系であろうとも友好的な種族であれば、わたしは偏見を捨てて手をとりあって誼を結ぶ所存であった。
だが城の中からゾロゾロと溢れ出てきた連中からは、品性の欠片すらも認められない。
それどころか念話にてこちらの脳裏に届くは「喰いたい」という一念のみ。
なんとも旺盛な食欲にて本能全開。
あー、これは意志の疎通は無理だね。
しかも鬼メイドのアルバよりも一回りデカい「Gの戦慄」とか、とんだ悪夢だよ。
映画公開されたら失神者続出にて、即上映禁止処分をくらうであろう大迫力の光景。
健康スキルによる神鋼精神でなかったら、わたしとてどうなっていたことか。
まぁ、だからこそ何者かの手によって石のヒョウタンの中に封じられていたのかもしれないけど。
ついに辛抱たまらんとばかりに、連中がワラワラと向かって来たので、わたしは左人差し指型マグナムをズドンと放ち、先頭の一匹の脳天を打ち抜く。
車が派手に横転するかのごとくカラダがはずみ、黄色い体液が血飛沫となりて舞い散る。
これが開戦の合図となって、これより地獄の大乱戦が幕を開けた。
はじめは空の上から一方的に射撃を展開しようかとおもったけれども、連中にもツバサがあることを思い出してヤメる。
ぶーんとこっちに向かってくる姿はちょっと見たくないもの。
富士丸の眼がピカっとして光線が一閃。爆発大炎上する大地。吹き飛び爆散する無数の敵影。だがそれでも怯まずに突っ込んでくる連中を、富士丸の肩の上からわたしがバンバン右の中指マシンガンで掃射し、左腕から発射されるロケットランチャーで蹴散らす。
「遠慮はいらないよ! 存分にやっちゃって、富士丸」
「ウンガー」
日頃は何かとチカラを抑えることを強要されてばかりいる異形の巨人。
しかしここでは遠慮は無用だろう。いちおう隔絶された空間みたいだし、きっと大丈夫。
だから「好きにやっちゃえ」と許可を出す。
嬉々としてロケットパンチを放つ富士丸。なんだかよくわらないが金色に輝く拳が飛んでいき、バチバチの火花とプラズマが大量発生。視界を埋め尽くし、敵勢力をなぎ倒し粉砕していく。ついでに大地もゴリゴリ削れていく。
そしてわたしもこれまで「こいつはちょっとヤバすぎてダメかなぁ」と考えて、使用を自主的に控えていた武器を解禁。
左膝を立てる形にてしゃがみ込むと、膝の頭がパカンと開いてジャキンと姿をあらわしたのは小型の砲塔。見た目はちょっとずんぐりむっくり。それこそいつの時代の兵器だよと言いたくなるようなレトロ具合。しかしその実態はわたしの魔力を攻撃へと転化して放つ魔導砲なる武器。ちなみに連射こそはできないけれども、魔力を込めれば込めるほどに威力が増していく。
「エネルギー充填はえーと、とりあえず三十ぐらいにしておくか。では、ファイヤー」
ほんの様子見にて初弾は軽くすませるつもりだった。
だけれどもいざ攻撃を放とうとした瞬間に「あっ、これマズい」と本能が警鐘をガンガン鳴らしたもので、わたしはすぐさま「富士丸っ、しっかり押さえて!」と叫ぶ。
あわてて富士丸がわたしの体をその大きな手で器用に掴み支える。
ほぼそれと同時に放たれた一撃は、神の怒りか、悪魔の咆哮か。
世界を破滅させるに足る禍々しい蒼光が敵勢もろとも、背後の城、山、それどころか大地に空をも割って、ついには次元の壁をもパリンとぶち抜いた。
リンネが魔導砲をぶっ放したのと同時刻。
岩山から発掘されたナゾの巨大ヒョウタン。その内部にのみ込まれたとおぼしき富士丸とリンネの身を案じて、対象の調査検分をしていたルーシーと分体たちは、何やらイヤな気配を感じて、総員が即座に現場を離脱。
直後にヒョウタンの表面に無数の亀裂が入ったかとおもえば、内部からとんでもないエネルギー量の光線が飛び出してきたからたまらない。
斜め上空へと突き抜けていった光の奔流。
空の厚い雲を突破、風穴を開け消し飛ばし、更に飛んで、ついには星の海へ。三千世界の彼方にてキラリ一番星となる。
一方地上の発射現場はまるで一度に何十ものロケットをまとめて発射したかのような灼熱の風が吹き荒れ、稲妻の嵐が轟々と渦をまき、しっちゃかめっちゃか。
それがようやく収まったあと。
ごっそりすり鉢状に抉れた穴の中心部。
半ば瓦礫に埋もれるような格好にて、コテンとひっくりかえっていたのは、富士丸とわたしことアマノリンネ。
わたしたちの姿を見つけて駆け寄って来るルーシーズ。
ムクリと起きて、それをぼんやりと眺めながらわたしが「魔導砲は封印だね」とつぶやくと、富士丸が小刻みに震えながら、コクコク頷いて同意した。
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